M-127 帰る途中で漁をしよう
翌日は、朝から豪雨だった。
昨夜、明かりが見えた方角にトリマランを進めると、2隻のカタマランが舷側を並べて停泊していた。
俺達の接近に気が付いて、こちらを見ていたけど若い夫婦はどこかで見たことがあるんだよな。
「アオイさん達でしたか! 最初は海賊にしては船が小さいと話してたんですよ」
「すまんすまん、ちょっと南の漁場を探してたんだ。たしか、ラビナスの友人だったよね?」
自分のことを覚えてくれっていたということで、嬉しそうな顔を見せてくれる。
「そうです。ファンデルと言います。ちょっと待ってくださいね。隣の連中も呼んできます」
トリマランを彼のカタマランの隣に停めると、とりあえずマリンダちゃんにお茶の用意をしてもらう。
やがて2組の夫婦がトリマランに乗り込んできた。男3人は甲板のたーぷの下でベンチに腰をおろし、女性達は子供と一緒に家形の中に入って行く。
「かなり漁があるんじゃないか? 西で曳釣りをした時には4YM(1.2m)ほどのフルンネが掛かったぞ」
「そりゃ、すごいですね! この辺りはそこまで大きくはありませんが3YM(90cm)を越えるものが殆どです。延縄もやってみたんですが……、獲物が大きくて、引き上げるのに苦労してます」
そんな話を聞いて、家形の屋根裏からザルを取り出した。
2人前にザルを置いて仕掛けの話をすると大物用の延縄だから、2人とも真剣に聞いている。
氏族の島に帰ったら、すぐにでも仕掛けを作るに違いない。
「道糸をこれほど太くするなら、手を切ることも無いでしょうね。たまに指を切った話を聞く時があります」
「とはいっても、取り込みにはグンテを必ず着けるんだぞ。大物の引きは強いからな。耐えられなければ仕掛けを離すんだ。道糸の末端には浮きが付いているから、逃げられることは無い」
2人で顔を見合わせて頷いている。
たぶん、知人に誘われてこちらにやって来たんだろう。
氏族の島の周囲とは、魚影と大きさがまるで違うから戸惑っているに違いない。
でも、基本は同じなんだけどね。普段漁をしている魚の大きさが変ったら仕掛けと漁の方法をどう変えるかを仲間と一緒に考えて欲しいな。
彼らに燻製船の停泊方向を聞いて、その方向にトリマランを進める。
水中翼船モードを使用しないから、マリンダちゃんはぶつぶつと文句を言ってるようだけど、知らない海域で豪雨の中だから諦めて欲しいな。
家形の屋根で見張りをしないから、今日は子守を開放されたようだ。船尾のベンチに腰を下ろして周囲の島を眺めるんだけど、ともすれば雨の中に消えてしまう。
コンパスがあるから方向を見失うことは無いだろう。
他のカタマランもコンパスを持ってはいるんだろうが、磁石を紐で吊るしたり、針を水面に浮かべるようなものだからなぁ。それでも無いよりはマシということなんだろう。
燻製船を見付けたのは翌日の昼前だった。
燻製船はずっと停泊したままだから、現在地を明確に知ることができる。ナツミさんのナビはかなり正確みたいだな。
「ここから真っ直ぐに帰るの?」
「せっかく来たんだから、漁をして帰りましょう。前にバレットさんと漁をしたよね」
確か、サンゴの水道を出た場所じゃなかったか?
津波でサンゴが酷いことになってるけど、魚は戻っているようだ。
晴れれば素潜りで、雨なら延縄と根魚釣りで漁をしよう。
豪雨の中、水道を通るのはちょっと勇気がいるな。
途中まで水道の道標を作ったようだけど、もう少し高さが欲しい。あれでは小さな波で潜ってしまうからね。
サンゴの水道を抜けて、最初の島の小さな入り江にトリマランを停泊する。
直ぐにおかず用の竿を出すと、カマルが掛かったから、魚影は濃いんじゃないか?
ここまで来たら、サンゴのすいふぉうを抜けた先に皆が向かうようで、この辺りで漁をするものはほとんどいないようだ。
「やはり、ここまで来たら! ということなんだろうね」
「灯台下暗しっていうぐらいだもん。誰もが無視する場所こそ良い漁場ということね」
それって、ここだけのことに限らないんじゃないか?
サイカ氏族の漁場に当てはめてみると、彼等の漁場の多くが大河の近くにある遠浅の浜を持つ島になる。
石積みの漁を教えたのも、そんな島が多いからだ。
だけど彼等の漁場は、氏族の島から東にも大きな領域を持っている。その場所を有効利用しているとは思えないんだよね。
サイカ氏族の漁は、かつては延縄に似た仕掛けだったようだ。
延縄を使って、氏族の東の海域で漁をする日が来れば良いのだが……。
それにしても、今日の豪雨は止みそうにない。
朝からずっと振り続けているから、双子も柵に掴まって外を見ている。
そういえば、ナツミさんが歌とダンスを教えるような話をしていたけど、まだ教えてはいないようだ。
龍神がやって来るとなれば、出来れば教えずにいたいけど、ナツミさんが教えなければカヌイのおばさん達が教えるんだろうな。
今度はマリンダちゃんが子供を産むけど、龍神との接点は必要ないようにも思える。海人さんの最初の子供は、神亀から宝玉を貰ったらしい。それを使って子供達がかも亀の背中に乗って遊んでいたという話だ。
あの亀に乗れるとしても、ちょっと心配になってしまう話だな。
「もう直ぐ、夕食よ。何を考えてたの?」
ナツミさんが俺に微笑みかけてくる。まったく、隠し事はできないな。
実は……。と先ほどの思いを離したんだけど、ナツミさんは笑顔で俺を見ているだけだった。
「たぶん、何かが起きるでしょうね。でも心配はいらないわ。龍神も神亀もネコ族の人達を考えているし、その為に私達に協力してくれるの。神亀は双子が大きくなるのを心待ちにしてるみたいだけどね」
「それって?」
「神亀は純真な心の持ち主なの。私達よりは、子供と一緒にいたいみたい」
大人は毒されているってことなんだろうか?
自分の胸に手を当てて、やましいことは無いかと考えると、いろんなことが浮かんでくるから、やはり俺では問題なのかもしれないな。
翌日は、朝からからりと晴れた空だった。とはいえ雨期だから油断はできないが、昼前までなら問題は無いだろう。
朝食を終えたところで、銛を片手に海に潜る。
型の良いブラドを次々と突いて、ナツミさんの漕ぐザバンに運んだ。
トリマランでは、マリンダちゃんがおかず用の竿でカマルを釣り上げているようだ。双子はカゴの中から、マリンダちゃんを応援してるみたいだな。
「すでに10匹を越えてるよ。やはり、水路の北は盲点だよね」
「ブラドがたくさんいるけど、バルタスを見掛けないんだよね。何匹か突きたいところなんだけど」
「贅沢な話ね。先ずは漁果、その次が獲物の種類で頑張りましょう」
確かに、無いものねだりという感じはするな。これだけブラドが突けるんだから。
昼までに20匹を越えるブラドを突いて、マリンダちゃんも1YM(30cm)を越えるカマルを大きなザルに一杯釣り上げたようだ。
昼食を用意している間に、ザバンで延縄を仕掛けて午後に備える。
午後は根魚釣りだから、延縄の引き上げは夕暮れ前というところだな。
リゾット風の昼食を終えると、マリンダちゃんが家形で子守をする。根魚釣りは俺となつみさんになるが、ナツミさんがマリンダちゃんの竿を引き出しているから、途中で交替するんだろう。
カマルの切り身を餌にして、仕掛けを放り込むと直ぐに当たりが竿先に出る。
グンと竿を絞り込んだところで、軽く合わせれば後は引き上げるだけだ。
最初の獲物は1YM半(45cm)というところだが、これぐらいで数が揃えば大したものだ。
「こっちも掛かったよ!」
ナツミさんが嬉しそうに叫んで竿を操っている。
家形の中にいたはずの双子が柵から俺達を見ているけど、マリンダちゃんは寝てしまったのかな?
柵から出ない限り、そのままにしておこう。
2時間ほど経過したところで、ナツミさんがマリンダちゃんと交代する。
眠そうな顔をして家形から出てきたところをみると、お昼寝をしていたみたいだ。
「だいぶ上げたにゃ!」
保冷庫のカゴを覗いてやる気を出しているけど、さてどうなることやら。
夕暮れが近くなったところで、根魚釣りを中断して延縄を引き上げに向かう。
浮きが揺れているから何匹か掛かっているに違いない。
ザバンを停めて浮きを回収すると、慎重に道糸を手繰り寄せる。
15個も釣り針を下げているんだから数匹は物にしたいところだ。近くまで寄せたところでマリンダちゃんが下ろしたタモ網に魚を誘導する。
「エイ!」
掛け声とともに引き上げた魚の頭に棍棒を振るっておとなしくさせた。掛ったのはシーブルだな。
次の獲物も同じかもしれない……。
「だいぶ取れたにゃ。2YM(60cm)を越えてるにゃ」
6匹も獲れたから、マリンダちゃんの機嫌が良い。
これで今夜夜釣りをすれば、当座の食料は手に入るんじゃないかな。
夕食は双子も一緒になって食べるけど、ナツミさんやマリンダちゃんの膝の上なんだよね。来年にはお姉さんになるんだから、1人で食べられるかな?
夕食が終わると、皆でお茶を頂く。
双子はココナッツジュースだけど、美味しそうに飲んでいるな。手を伸ばすと、首を振りながらコップを握り閉めている。取られるんじゃないかと思ったんだろうか?
「余りからかわないでね」
ナツミさんが苦笑いを浮かべながらアルティの頭を撫でている。
この頃は、自意識が高まったんだろうな。見ていると色々といたずらをはじめるようになってきた。
危険なものはなるべく周囲から取り除くようにしてるんだけど、危ないものとか危ない場所に限って握ったり、その場所に行こうとするんだよね。




