M-124 ナンタ氏族の海域を目指そう
氏族の島を出て、2日目の夕暮れ近くになってようやく燻製船を見付けることができた。
煙を出しているから遠くからでも分かると思っていたけど、燻製用の煙は焚き火ではないからあまり出ないし、風に流されt直ぐに拡散してしまう。
島の陰から大きな船が見えた時には、思わず立ち上がって手を振るほどに嬉しかった。
燻製船は大型の外輪船をカタマランのように連結した船だ。家形がたくさんあるようにも見えたんだけど、傍に寄ってみると船尾に3つの家形と船首に2つの燻製小屋があったから、そう見えたに違いない。概略の姿を自分達で描いていたんだが、実際に近くで見るのは初めてなんだよな。
燻製船にトリマランを寄せると、ロープを投げてくれた。
燻製船の真ん中にある甲板に、トリマランを接舷させるとお土産の野菜のカゴを保冷庫から取り出す。
「これが水上を浮かんで走る船か! 野菜の差し入れは助かるよ」
「大きいですね。周囲に動力船が見えませんが?」
話をしながら燻製船の甲板に野菜のカゴを持って上がると、お茶を出して歓迎してくれた。
ナツミさんとマリンダちゃんがアルティ達を抱えて薫製船に乗り込んできたから、再度戻って野菜のカゴを持ってくる。
「すまんな。5日おきに補給船が来るんだが、カタマランが10隻で漁をしているからなぁ。直ぐに野菜が無くなってしまうんだ」
「オルバスさん達に伝えておきますよ。氏族会議に諮ってくれるでしょう」
燻製小屋の住人は4人家族が2組に、老人の枠に入るような夫婦が1組だった。子供は10歳ぐらいになるんだろうな。少しは親の手伝いができそうだ。
燻製作りで大変だろうと思っていたけど、燻製船から底釣りをして稼ぎを増やしているらしい。
「アオイの話は長老から聞いているが、やはりこの辺りで漁をするのかい?」
「少し南西に向かってみようと思っています。カタマランの人達は北東方向から南西に走る溝で漁をしているでしょうから、その先をと思いまして……」
「良い漁場を見付けたら教えてくれよ。カタマランの連中はこの船から1日の距離で漁をしてるんだが、2日の航行ぐらいはできるだろうからね」
次の嘲弄ということなんだろうか? 年かさの男は、南の漁場の状況を知りたいんだろうな。
俺とバレットさんで、漁場の調査を行ったけど、あまり大きくは調査をしていない。あれから津波があったから、必ずしも漁場が同じ状況とは限らないんだよな。
お茶のお礼を言って、トリマランに乗り込んだ。
まだ夕暮れには時間があるから、もう少し先に向かってみよう。
燻製船から、島を2つ越えたところでトリマランを島近くに泊める。
底が砂地だけど、おかず用の竿を出したら、大きなカマルが数匹釣れた。マリンダちゃんが喜んで持って行ったけど、昨夜もカマルだったんだよね。
夕食が終わると、ワインを頂く。
今夜は早めに眠ろう。明日からは漁場を探さないといけないからね。
マルティと一緒にハンモックに揺られると、すぐにマルティが寝てしまった。お腹の上で寝てるなら落ちることも無いだろう。タオルを掛けて俺も目を閉じた。
翌日。目が覚めるとお腹の上にいたはずのマルティがいない。
ナツミさん達も家形の中にいないところをみると、甲板にいるのかな? 急いで身支度をすると、甲板に出た。
ナツミさんがベンチに腰を下ろして、双子と一緒に北東の海を見ている。
マリンダちゃんはカマドで朝食作りのようだ。
「何を見てるの?」
「カタマランの船団よ。燻製船に向かうんでしょうね」
ナツミさんが腕を伸ばして教えてくれた先には、3隻のカタマランが北西に向かって進んでいた。
「大漁だと良いんだけどね。どれ、父さんのところにおいで」
ナツミさんに代わって双子の子守をする。ナツミさんは直ぐにマリンダちゃんの応援に向かったから、俺が起きるのをずっと待っていたのかな?
船が停まっているから、落ちても安心なんだけど、ナツミさん達に何を言われるかわかったものじゃないからね。双子の動きを常に監視してるんだけど、何で一緒に行動しないんだろう?
直ぐに離れて別の行動をするんだから気が気ではない。
どうにか朝食が出来たところで、マリンダちゃんに双子を預けると、桶に海水を汲んで顔を洗った。
温く感じる海水だけど、顔を洗えば少しはシャキっとする感じだ。
「南西に向かうんでしょう? 一気にトリマランを走らせるから双子を家形で見ててくれない」
「水中翼船モードで航行するの?」
「漁をしないなら、その方が距離を稼げるでしょう? それに場合によってはナンタ氏族の動力船に逢えるかもしれない」
そういうことか。漁をしなければナンタ氏族の海域に入っても問題はないだろう。上手く行けば、ナンタ氏族の漁を見ることも出来そうだ。
確か、根魚釣りが主流だと聞いたけど、そんな釣りなら海域の広範囲に動力船を出しているに違いない。
朝食の団子スープを頂いたところで、パイプを楽しむ。双子と家形の中にいるとなれば、パイプは使えないからね。少なくとも、双子が昼寝をするまでは我慢しなければなるまい。
俺が双子と共に家形に入ると、ナツミさん達が操船楼に上がっていく。
麦わら帽子とお茶、それにサングラスは必携だろう。朝から青空が広がっている。
雨期の天候は変りやすいけど、午前中は持つんじゃないかな。
ゆっくりとトリマランが動き出したところで、甲板の扉に柵を取り付けた。その近くに座って、双子が積み木で遊ぶ姿を見ることにする。
水切り音がだんだんと大きくなっていき、不意に浮遊感が襲ってきた。水中翼船モードに移行したんだろう。時速25ノット近い速度でトリマランは驀進しているはずだ。
たまにアルティが膝に乗ってくる。
そんなときは頭をポンポンと軽く叩くと目を細めてイヤイヤと首を振るんだよね。マリティはマイペースで積み木を積み上げているけど、トリマランの振動であまり高く積み上げられないようだ。
子供のおもちゃも何か考えた方が良さそうだな。積み木は海人さんがこの世界に広めたらしい。1つの面に文字が書いてあるのは、これで文字を覚えさせようとしたみたいだ。
とは言っても、好き嫌いがあるようで、読めるけど書けないという人が結構いるとオルバスさんが教えてくれた。
そうなると、数の数え方かな?
ソロバンみたいなものを作ってみるか。丸い球を棒に10個取り付けて、5段に積めば、50までは数えられるだろう。
100を数えるなら、もう1つ作れば良いし、引き算や足し算を教えることも出来そうだ。
いつの間にか遊び疲れたようで、たまに頭がこくんと下がっている。
そんな双子をカゴに入れると、2人も丸まって寝てしまった。柵の近くにカゴを移動して、麦わら帽子を被って甲板に出る。
作り置きのお茶のポットからカップにお茶を注いで船尾のベンチに腰を下ろし、パイプを取り出した。この位置なら双子が起きても直ぐに分かるだろう。
家形の屋根にいるのはナツミさんのようだ。操船はマリンダちゃんということになる。
偏向レンズの付いたサングラスで海底を見ながらの操船だから、かなり緊張しているかもしれないな。
ココナッツの実を割って、ナツミさん達に差し入れをすると嬉しそうに受け取ってくれた。
「ありがとう。すでに島を8つも超えたわよ。このまま進めば、午後にはナンタ氏族の海域になるんじゃないかしら」
「良い漁場はありそうかい?」
「今のところは、崩れたサンゴばかりね。溝のような場所があればいいんだけど……」
やはり、津波の影響は大きいようだ。火山にもちかくなっているしね。いまだに煙を上げているようだけど、あの時から比べると雲泥の差がある。
火山活動は収まったとみるべきだろうな。次の噴火がいつ起きるか分からないけど、少なくとも近々ということは無さそうだ。
昼食は蒸かしたバナナということで、カマドの番まで仰せつかった。
と言っても、たまに鍋の蓋を開けてお湯の量を見るだけで良いらしい。空焚きをしたくないだけなんだろう。お湯が半分になったら火の気のないカマドに移し替えることになるんだが、それぐらいの調理なら俺にだってできる。
昼食時には、さすがにトリマランを停める。
30分ほどの休息だが、食事を取るには十分だ。午後は、ナツミさんが双子の世話をすることになったから俺が航路の監視をする。
マリンダちゃんが俺を疑っているけど、俺も偏向レンズのサングラスは持っているんだよね。
それでも、水中翼船モードを保てるギリギリの速度に抑えているみたいだ。
「午前中はもうちょっと速かったにゃ。でも、これで進むなら1日でカタマランの2日分にゃ」
「それにしてもサンゴの被害がひどいね。午前中もこんな感じだった?」
「そうにゃ。サンゴの穴が1つも無かったにゃ」
そうなると、ナンタ氏族の漁は酷いことになっていそうだ。このまま進めばナンタ氏族の海域に明日には入れるだろうから、状況を教えて貰いたいな。
2時間ほど経過したところで、操船がナツミさんに代わった。
途端にトリマランの速度が増したけど、だいじょうぶなんだろうか?
「ちゃんと海の色で判断してるからだいじょうぶよ。よく見ると浅瀬と深場の色が変ってるから分かるでしょう? 偏向レンズで見るのは周囲が全て浅場に見える時ぐらいかな?」
ナツミさんに顔を向けたら、そんな言葉が返って来た。
早い話が、勘で操船しているんじゃないか? 前より心配さが増してきたぞ。
俺の心配なぞ無視するようにトリマランは南西に向かって進んでいく。今夜はどの辺りの島で夜を過ごすのだろう。
それまでの2時間ほどは、この心配が続くんだろうな。




