M-123 3人目?
翌日は低い雲が垂れているから、いつ豪雨が降り出すか分からない状態だ。
そんな中、俺達を乗せたトリマランは入り江を出ると、一路南に向かって速度を上げる。
降り出しても困らないようにと言って、最初からビキニ姿で2人が操船楼に上って行ったから、俺は家形の中で子供達と積み木で遊んでいる。
窓は空いているけど、横に桟が入っているから落ちることは無いんじゃないかな? 甲板への扉は開いているけど、オルバスさんが作ってくれた柵で囲んでいるから、家形から双子が脱走することは無いだろう。
不意に、浮遊勘が襲ってきた。
水切り音が半端ないから、水中翼船モードに入ったみたいだな。豪雨が襲ってくる前にできるだけ距離を稼ぐってことかな?
アルティは1人で積み木をしてるし、マルティは俺の拳の中の針の付いていないプラグがどっちの拳に入っているかを悩んでいる。
首を傾げる仕草がナツミさんにそっくりだ。
「ちゃんとお守りしてるかにゃ?」
「やってるさ。2人とも泣き出してないだろう」
柵を跨いでマリンダちゃんが俺の隣に座ると、ヨイショっと言いながらマリティを膝に乗せる。
「代わってあげるにゃ。お茶をお願いするにゃ」
「ありがとう。まだ降り出さないようだね」
「南が真っ暗にゃ。その前にタープもお願いするにゃ」
マリンダちゃんに頷いたところで家形を出ると、南の空を眺める。なるほど墨をこぼしたような空だ。その下は海面にまで届く白いものが見えるけど、かなりの豪雨じゃないのかな。
急いで、ポットをカマドに乗せると、家形の屋根際に畳んだタープを広げる。船尾に竹竿を立てて、タープの端を竹竿に入れておけば甲板のほとんどをタープの下にすることができる。
竹竿を紐で動かないように補強していると、バタバタと帆布を叩く雨音がした。直ぐに、周囲が見えないほどの豪雨に包まれる。
さすがにナツミさんもトリマランの速度を落としたようだが、いまだに自転車ほどの速度を保っているようだ。
「ナツミさん、前が見えるの?」
「どうにか50mほどは見えるのよね。周囲の島が全く見えないから、アンカーを下ろして停船しようかしら」
停船しようかしらでは無くて、停船すべきだろう。
慌てて、ハシゴを上り家形の屋根を船首に向かって走る。
船首に付いたところで、ナツミさんに手を振ると船の速度が遅くなった。ほとんど動きを止めたところでアンカー代わりの石を投げ込む。
その間も、豪雨が体を叩く。
雨粒が大きいのかもしれないな。頭が痛くなるほどだ。麦わら帽子を被った方が良かったかもしれない。
「ご苦労様!」
タープの下に戻ったら、ナツミさんがお茶のカップとタオルを渡してくれた。だいぶくたびれたタオルだけど、水気を落とすならこれが一番だな。
元々短パンだけだったからベンチに腰を下ろしてパイプを使いながら、家形の扉から見える双子達を眺めて過ごす。
「少し、マリンダちゃんのお腹が大きくなってきたみたい。次の雨期には生まれるのかしらね」
「姉妹になるのかな? 出来れば弟が欲しいところだけど、海人さんは子供3人とも女の子だったらしいよ」
アルティ達も2歳だから丁度良い。しばらくは苦労しそうだけど、今のところは暮らしに不自由はしていないからね。
それにしても、すごい雨だ。
このまま明日まで降り続けるのだろうか?
「水路の真ん中に留めてしまったけど、他の船と衝突はしないよね?」
「この雨ではトルティさんだって操船しないと思うよ。動かすとしてもゆっくりだし、気付いてから舵を切っても十分に間に合うわ」
とはいえ、南の漁場と氏族の島の間を往復する船はあるからねぇ。雨が止んだら早々に岸に近付けなければならないだろう。
もっとも、ナツミさんのことだから、雨が止んだら南に向かってトリマランを進めそうだ。
ナツミさんが家形に入ると、すぐにマリンダちゃんが甲板に出てきた。
「まだ早いけど、夕食を作るにゃ!」
張り切ってるな。何ができるんだろう?
「おかずを釣ってみるよ。この雨だから、釣れるかどうかは分からないけどね」
嬉しそうに頷いている。やはり新鮮な魚の方が美味しいからね。
家形の屋根裏からおかず用の釣竿を取り出して、タープの中から竿を出す。
甲板が低いから、ベンチに腰を下ろせば浮きの動きがどうにか見える。問題はこの豪雨だ。滝の内側から釣り竿を出しているように思えるんだよね。
豪雨だからか、魚は活性化している。
直ぐに当たりが出て、浮きが海中に潜っていく。すかさず竿を立てると、良い引きが腕に伝わって来た。
引き寄せたところでゴボウ抜きにする。
パタパタと暴れるカマルの頭をマリンダちゃんが棍棒でポカリ! 針を外してくれたので、切り身の餌を付けて仕掛けを振り込む。
再び当たりが浮きに伝わって来た……。
数匹釣れたところで、マリンダちゃんのOKが出た。
これで、夕食のおかずが期待できる。塩焼きかな、それとも炊き込みかな?
ご褒美のワインを飲みながら、ベンチで雨を見ていると、少し雲の切れ目が見えてきた。
たちまち切れ目が広がり、豪雨がピタリと止む。
いつも感じることだけど、メリハリの利いた雨なんだよな。
青空が広がるかと思ったけど、生憎と夕暮れが始まる少し前という感じだ。
少し早い夕食と言っていたけど、それほど早いというわけでもないな。
「アルティ、綺麗な夕焼けだよ!」
家形に呼び掛けると、双子が扉の所にある柵に寄りかかって西を眺めている。
「ほらほら、柵を除けてあげるから、父さんのところで見て見なさい」
ナツミさんが柵を除けると、双子が俺に飛びついてくる。ベンチの背もたれ越しに海面に落ちる太陽を眺めている。
ジッとしてくれていれば良いんだけど、目を離せないんだよね。
「だいじょうぶ、周囲に動力船はいないみたい。マリンダちゃん、夕食は?」
「出来てるにゃ! 早く食べて先に進むにゃ」
やはり、夜もトリマランを進めるみたいだな。
ナツミさんと一緒に、マリンダちゃんが料理を並べる。ご飯に焼いたカマルが身を解されてまぶしてあった。スープを掛けると美味しいんだよね。
ナツミさん達が子供を膝に乗せて、一緒に夕食を食べている。俺も、次の雨期にはそうなるんじゃないかな?
だけど、マリンダちゃんも双子だったら、どうなるんだろう?
なんとなく不安になってくる。その時には、リジィさんに訳を話して同乗してもらおうかな。
食事が終わると、ワインを楽しむ。錫製の小さなカップだから酔うことも無いだろう。アルティ達はココナッツジュースを美味しそうに飲んでいる。
「最初は、私にゃ!」
「なら、アンカーを引き上げるよ」
俺達がハシゴを上ると、ナツミさんは双子を連れて家形に入って行く。柵を閉めておけば、ナツミさんが寝てしまっても安心だろう。
アンカーを引き上げて、マリンダちゃんに合図を送る。
トリマランが動き出したところで、船尾の甲板に急いで戻ると、タープを家形の方に巻き上げておく。家形の屋根から甲板を広く見渡せるから、双子が甲板に出ても直ぐに分かるだろう。
甲板に光球を閉じこめたランプを帆柱の桁に結び付け、もう1つのランプは帆柱の上に滑車で吊り上げた。
夜に動力船を走らせるのは俺達ばかりではない。
相手に早く発見してもらうのなら、帆柱の先にランプを掲げるのが一番だ。
カマドに乗せてあったポットから竹筒の水筒にお茶を入れる。2つの竹筒にお茶を入れたところで、パイプに火を点ける。ポットを火のないカマドに移して、家形の屋根に上った。
すでにトリマランの速度は10ノットを越えているんじゃないかな? 穏やかな海面に航跡を伸ばしながら南へと進んでいた。
「はい、お茶だよ!」
「ありがとう。あの星が傾くまで、私が操船するにゃ」
南西の空に輝く明るい星だ。星の動きで時間経過を知るのは、トウハ氏族の昔からのやり方なんだろう。
1時間に星が動くのは15度だから、3時間ほどになるんだろう。
屋根の上で、マリンダちゃんと世間話をしながら過ごすことにした。
俺の目では数百mほど先が見えるだけだけど、ネコ族のマリンダちゃんの目にはさらに遠くが見えるんだろうな。
ちらりと見たマリンダちゃんの瞳は大きく開いていたからね。
「順調なのかい?」
「知ってたのかにゃ? 今のところは問題ないにゃ。母さんもいつも通りに仕事をした方が良いと言ってくれたにゃ」
それなら良いんだけどね。ナツミさんの前例もあるから、生まれるまではちょっと心配になってしまう。
このまま進めば、明日の昼にはサンゴ礁に作った水路に到着しそうだ。
もう一度パイプを楽しもうと甲板に下りると、ナツミさんが家形から姿を現した。
「双子は?」
「ようやくお寝んねしてくれた。今度は私が操船するわ。でもその前に、お茶を1杯っと!」
カマドのポットを移し替えてお茶を沸かし始めたのを見て、竹筒の水筒を準備してあげる。
そっと差し出した水筒を手に取って、「ありがとう」と言いながら微笑みを見せてくれる。
沸いたお茶を2つのカップに注いで1つを渡してくれた。お茶だけど、カップを合わせて頷きあう。
「かなり速度が出てるわね。夜だと私にはここまで出せないわ」
「余り急がなくても良いんじゃないか? 漁場は動かないよ」
と言っても、漁場の魚群は動くんだろうな。
まぁ、今度の漁は、燻製船の活躍を見てみたいのが本音だから、あまり漁に期待されても困るんだけどね




