M-121 魚を運ぶ専用船
氏族の島を時計回りに巡り、島の東に来たところで先頭を進むベレットさんのカタマランが進路を東に向けた。
途端に速度を上げて俺達の船を引き離していく。
負けじと、トリティさんが速度をあげるんだが、ナツミさんはは余裕で付いて行く感じだな。
さすがは魔石10個の魔道機関を2基搭載しているだけのことはある。
「この船は海面を浮かぶと聞いたが?」
「まだそれほど速度が出てないからですよ。それにしても、オルバスさん達のカタマランの航跡が小さいですね」
「やはり設計が良かったのかしら。たぶん2ノッチで進んでるんだろうけど、これで2ノッチ半にしたら、水中翼船モードで追い掛けることになるわよ」
それほど時間はないんじゃないか?
カタマランの速度がどんどん上がっているように思えるぞ。
子供達が家形の開いた扉からこっちを見てるけど、柵があるから乗り越えようとは思わないようだ。
少し速度が上がってるから、家形の中に入れといた方が安全だろうな。
夕暮れを迎えると、さすがに速度が納まって来た。
午後一杯は水中翼船モードで走ってたからね。少なくとも20ノット以上は出ていたに違いない。
俺とネイザンさんで家形の中で子供達のお相手をしている間に、ナツミさん達が夕食を作り始める。
現在の操船はマリンダちゃんとリネールさんらしい。真っ直ぐに走らせるのはそれほど難しくはないから、リネールさんも舵を握っているんだろうな。
「それにしても速いカタマランだ。アオイが最初に乗っていたカタマランよりも早いんじゃないか?」
「そんな感じですね。でもその分、生活空間を犠牲にしてるようです。左右の船体を絞ってますから、水瓶も特注ですし、保冷庫はかなり横長ですよ」
その上、家形と甲板も小さくなっている。最初に手に入れるカタマランとそれほど居住空間が違わないんだよね。
「やはり子育ての間は、甲板と館を広くしたいな。子育てに一段落したら、オルバスさん達のようなカタマランに乗って漁をしたいところだ」
「大型船と組み合わせたカタマランを色々考えてるんですが、やはり居住空間が大きい方が良いですね」
氏族の島のように子供達を遊ばせる空間を持てないんじゃないかな。できれば「大型船の一部をそんな子供達に開放してあげたい。
待てよ、浮き桟橋を使って近くの島で遊ばせることもできるんじゃないか?
浮き桟橋と近くの島への往復は船外機付きの台船が使えるはずだ。
保育所のように子供達を集団で預かってくれる場所を作れば、親達も安心して漁をすることもできるだろう。
俺達が寝ている間も3隻は東に向かって進んでいく。
漁場に着いたのは、翌日の午後になってからだった。
トリマランの甲板にカタマランが寄ってくると、オルバスさん達が飛び乗って来た。
車座になって、最初の漁の相談が始まる。
「延縄に、根魚だと? まあ、順当なところだな。明日は、延縄を仕掛けて北東に向かって曳釣りってことだな」
「獲物が大きいですから、浮きも大きいのを付けないとダメですよ。用意してない時には、舷側に卸すカゴでも代用できるでしょう」
「アンカーも大きい石を結んでおくんだな。何個か用意してあるから、2個を下ろしても良さそうだ」
相談が纏まると、すぐにオルバスさん達が自分のカタマランに戻っていく。
先ずは、場所を決めねばならない。ナツミさんの操船に、マリンダちゃんが偏向レンズのサングラスを掛けて水底を確認して指示を出している。
船首からアンカーの石を落とす音が聞こえてきた。先ずは延縄仕掛けを下ろさねばならない。仕掛けのカゴを屋根裏から取り出すと、短冊に切った魚を針掛けして仕掛けを次々と投げ込んでいく。
最後に、浮きを付けてその紐を船尾に結び付けた。
「引き上げは夜中で良いでしょう。早めに夕食を済ませて根魚釣りを始めます」
「俺は手釣りだが、ティーアはリール竿だ。アオイに貰ったと言ってるが、あの竿で暮らしを始めたころはだいぶ助けられた」
贈ったかいがあったということだろう。嫁さん達に手釣りは難しいだろうからな。
ナツミさん達が夕食を作り始めると残った嫁さん達が家形で子供達の相手をしてくれる。
早く寝てくれると助かるんだけどね。
夕食を食べていると、突然豪雨がやって来た。
タープを広げているから濡れることは無いけど、根魚釣りをすればずぶ濡れ確定だな。
「夕食が済んだら、甲板を開くよ!」
ナツミさんが嬉しそうに話してくれる。この仕掛けにはオルバスさんも首を捻っていたけど、濡れずに根魚釣りは目的通りにできるんだよね。
甲板の板を外すと、四角い穴ができたのを見てネイザンさん達が驚いていた。
タープの端に座ると、釣竿が船尾に届くから、俺は船尾で釣りをすることにした。
ネイザンさんもmティーアさんの竿を借りて舷側に竿を出している。
甲板の穴は嫁さん達に任せよう。釣り竿が2本あるから、交代で釣りが楽しめるだろう。
しばらくすると、甲板で大騒ぎが始まった。
ほとんど入れ食い状態でバヌトスが掛かる。ナツミさんとティーアさんが大忙しで捌いているけど、どんどんカゴに溜まっていくようだ。
「これほど釣れる場所なのか?」
「前はそうでは無かったんですが……。たまたまじゃないですか?」
マリンダちゃん達に負けないように、ネイザンさんとバヌトスを釣り上げる。
どうにか当たりが遠のいたところで終わりにしたんだけど、50匹は超えてるんじゃないか?
最後に延縄を引き上げると、こっちはシーブルが4匹とあまり振るわない。全てが満点とはいかないようだな。
まだ豪雨の最中だから、一夜干しはタープの下になる。ベンチの上にザルを並べてあるから雨に濡れることは無いだろう。
【クリル】で体の汚れを落としたところで、濡れた衣服を替える。漁の後の一杯は家形の中でやろう。
翌日の曳釣りは、1m近いシーブルがかなりの頻度で掛かってくる。
これほど魚影が濃いとは思わなかったな。
トリマランをゆっくりと進めるから屋根にザルを並べてスノコで覆う。夕暮れまでに、干し終わらないと、今夜の獲物を入れる場所が無くなってしまいそうだ。
結局3日程漁を行うつもりだったが、3日目の朝に氏族の島に帰島することになってしまった。
大漁で早じまいというのは、バレットさんでもそれほど無かったと言っていたな。
あの惨事で一時的に離れていた魚が、大挙して押し寄せてきた感じにも思える。
こんな大漁がいつまでも続けば良いのだが……。
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島に戻ると、丁度商船が停泊していた。
浮き桟橋に船を停め、順番に獲物を下ろしていく。
何隻かのザバンがやってきていたから、ネイザンさん達はそのザバンに乗せてもらうということで、この場で解散したのだが、2分割した売り上げは180Dを越えていた。
1舟で銀貨3枚を超える等、早々あるものではない。
今後の漁をどうするかについては、氏族会議で話し合うんだろうな。
「さて、戻ろう。操船で疲れたでしょう?」
「予備の保冷庫を着けたいね。保冷庫が満杯になりそうだったから戻って来たのよ」
ナツミさんの話しに、マリンダちゃんも頷いている。やや不満足というところなんだろう。本来の保冷庫以外に野菜用の保冷庫にまで魚を入れてきたからね。
とは言っても、場所的に残ってないような気もする。ナツミさんは新たな保冷庫をどこに付けようと考えてるんだろう?
翌日。のんびりと銛を研いでいるところに、オルバスさんとバレットさんが連れ立ってやって来た。
氏族会議で問題でもあったんだろうか?
2人をベンチに座らせたところで、やって来た目的を聞いてみると、保冷庫が少し小さいということだった。
ナツミさんの話しでは、前のカタマランと同じ容積を確保したと聞いたんだけどね。
「大漁だったのは確かだ。前と同じ大きさの保冷庫ということだから、アオイに文句はないんだが……」
「俺のところも、野菜用の保冷庫にまで入れる始末でした。何とかしないと、とナツミさんも言ってるんですが、今のとことは解決策が無いようです」
困った表情でバレットさんが話してくれた。オルバスさんも同じ思いなんだろう。パイプに火を点けながら頷いている。
急に魚が獲れるようになったのは、良いことなんだろうな。
だけど、獲れ過ぎるというのも困った話だ。漁をする調子が狂ってしまう。たぶんオルバスさん達も、それを感じたんだろう。
「やはり、魚を運ぶ専用の船ということになるんだろうな。それを考えると、前に出た商船を改造する大型船が現実味を増してくるぞ。商船が手に入らなければ、燻製船のようなものでも良さそうだ。皆の獲物を纏めて先に運べば良いんだからな」
バレットさんは、現状重視の考え方だ。漁場さえ明確であるなら、カタマランの速度に付いて来られなくても良いってことかな?
とはいえ、外輪船では問題だろう。速度が半分以下だからね。
「当座ということで対応を考えますか。大型船の構想はそのままで良いですね?」
「それで十分だ。俺達の保冷庫代わりになる船ってことだな。その上で、速度は外輪船より早いことが条件になる」
カタマランになるんだろうな? どんな形になるかははっきりとしないけど、なるべく安くというのも裏にはあるんだろう。
それでいて、可能な限り保冷庫を大きくするんだから、だいぶ変わった船になりそうだ。




