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M-120 俺達は漁を始めよう


 ケネルさんがトウハ氏族を去ったけど、ケネルさん達の心の中にはいまだにトウハ氏族の信条が残されているはずだ。

 その信条が心の中で大きく叫んでいる間は、トウハ氏族の出であることを誇りにするに違いない。

 『龍神に、導かれたる我が氏族、トウハの銛に突けぬものなし!』

 100年近く前に、カガイの席で披露されたその歌は、他の氏族でもいまだに話題に上るそうだ。

 ケネルさん達の銛の腕なら、その歌が現実であることを、これから暮らすナンタ氏族にも分かるんじゃないかな。


「何を考えているのだ? ケネル達がいなくなった分、俺達が漁で頑張らねばならん。明日の朝に出掛けるぞ!」


 すでにカタマランは姿を消しているのだが、ジッと海を見ていた俺を心配したのだろう。後ろを振り返るとオルバスさんが立っていた。


「急ですね。それで、一緒に行くのは?」

「バレット達だ。ネイザンも行きたがっていたが、生憎と俺達の足についてこられんからな」


 そういうことか。あのカタマランでの漁が、ケネルさん達の移住でお流れになっていたんだよな。

 ならば付き合わねばなるまい。

 オルバスさんにしっかりと頷いたところで、船尾のベンチに座り漁の相談を始めようとしたら、トリマランにザバンが近づいてきた。

 

「バレット達だ。相談は奴が来てからだな」

 オルバスさんがバレットさんに手を振ると、向こうも手を振っている。昔からの仲間が1人減ったから、その悲しみを忘れようと漁に出掛けるのだろうか?


「レミネィが一緒にゃ。バレットも同じ船を手に入れたにゃ」

 トリティさんが、トリマランの甲板にカタマランからぴょんと飛び乗って来た。近づいてくるザバンに手を振っているから、表裏の乖離がはなはだしいな。

 思わず、オルバスさんと顔を合わせて溜息をつく。

 ザバンがトリマランに横付けされたところで、バレットさんだけが下りて、レミネィさんはザバンを漕いで帰って行った。


「明日が出発だったな。それで、どこに出掛けるんだ?」

「それを考えようとしたときに、バレットの姿が見えたんだ。バレットはどこを選ぶ?」


 マリンダちゃんが小さなカップとワインのボトルを俺達の前に置いて家形に入って行った。

 ボトルに半分ぐらいのワインだから、3人で飲むなら悪酔いはしないだろう。朝からワインは久しぶりだな。


「やはり東と行きたいな。南に向かうとケネルを追い越しそうだ。奴に船を見せびらかすような感じになってしまうぞ」

「なら、アオイが見つけた亀裂まで行ってみるか? アオイの船で1日半なら、昼夜を走らせれば1日だろう。船が見掛けによらなくても明後日の昼には到着できるはずだ」


 最初から昼夜を走らせるのか?

 となると、他の家族にも協力してもらいたいところだな。


「ネイザンとヤグル、それにグリナスが一緒だ。アオイにネイザン、俺のところにグリナス、オルバスのところはヤグルになる」

「嫁が2人ずつなら、夜間も航行できるな。根魚も竿が多ければ獲物も多いはずだ。曳釣りや延縄も使えるぞ」

「ああ、他の船では夜間も走らせて2日というところだろうが、先ずは俺達で行ってみよう」


 明日の日の出が、出発の時間ということでバレットさんが帰って行った。

 オルバスさんも自分のカタマランに引き上げたから、次にやって来るのは一緒に出掛ける連中に違いない。

 家形の中で双子と遊んでいる2人に、明日の日の出とともに東に向かうことを告げると、すぐにマリンダちゃんが飛び出して隣の船に向かった。

 リジィさんがやって来たから、買い物をする間の子守を頼んだに違いない。


 商船は来てないのだが、前と同じように、浜辺近くの小屋で守り役のおばさんが商ってくれているから、そこで手に入れるのかな?

 

「行ってくるにゃ。お米とココナッツを買い込んでくるにゃ」

 マリンダちゃんが背負い籠を担いで出掛けて行った。そうなると俺も水を運ばなくてはなるまい。

 水汲み用の容器を持って、桟橋を落ちないように何度か往復することになった。


 やっと終わったところでパイプに火を点けていると、桟橋を歩いてくる2人に気が付いた。


「ネイザンさん達も来たようだ。明日が出発だと急にバレットさんから告げられたんで驚いたんだが、アオイは準備が出来てるのか?」

「相変わらず、思い立ったらすぐに行動ですからね。雨期の漁を一通り行うと思ってます」


「しばらくだな」

 そんな言葉を言いながら、ネイザンさんとヤグルさんがトリマランの甲板に上がってくる。

 甲板に座り込むと、ナツミさんが来客に挨拶しながらお茶のカップを渡してくれた。


「急な話だが、どこに向かうかは聞いてなかったんだ」

「先ほど決まりましたよ。この船で東に1日半の漁場に昼夜カタマランを走らせて1日半で向かうそうです。かなり大物が出ますから仕掛けは一回り大きい方が良いかもしれません」


「昼夜をカタマランで走らせるとなれば、1家族では無理が出るってことか。だが一回り大きな魚体は魅力だな」

「取り込みに苦労するだろうな。ばらしが多ければバレットさんに怒鳴られそうだ」


「バレットさんの話しでは、俺とネイザンさん、バレットさんとグリナスさん、オルバスのところはヤグルさんになるようです」

「その組み合わせは、バレットさんにも言われたんだ。カリンが喜んでたけど、俺は気が重いんだよな」


「乾期に比べればマシだと思えば良いですよ。銛ではなく釣りの腕になりますから」

 俺の話に、全くだと言いながらグリナスさんが頷いている。

 その肩を叩いてネイザンさんが励ましているけど、さて結果はどうなるんだろうな。

 基本はオルバスさん達の新しいカタマランの試走なんだろうけどね。


 皆が帰った後は、仕掛けの点検をしながら1日を過ごす。

 先が鈍った釣り針を研ぐのでさえ一苦労だ。まして餌木の針は多いからね。それに鋭くなければ引っ掛からないからヤスリで丁寧に研ぎあげた。


「東の漁場に行くのは分かるんだけど、どんな漁をするのかを言ってなかったのね?」

「雨期だから、延縄を仕掛けたところで曳釣りだとは思うんだけどね。天気が良ければ素潜りもあるんじゃないかな? だけど、オルバスさん達はあのカタマランを動かしたいと思うんだ。となれば曳釣りじゃないかな」


 夕食が終わったところで、そんな話が始まる。

 今夜は誰もやってこないところをみると、日の出前に出発するんじゃないだろうか?

 ネイザンさん一家が起こしてくれそうだな。

 とにかく早いところ寝た方が良さそうだ。


 翌日。扉を叩く音で目が覚めた。急いで身支度をして甲板に出ると、ネイザンさん一家の5人が甲板で俺達を待っている。


「オルバスさん達は朝食中だぞ。早いところ準備をしないと置いて行かれそうだ」

「とりあえず子供達は家形の中で二度寝させても良いでしょう。マリンダちゃんに頼んでおきます」

「なら、リネールにも見ていてもらおう。少しお腹が大きくなってきたからな」


 2人目の嫁さんはリネールさんということだな。

 ナツミさんが甲板に出てきたところで、タリダン君と一緒に屋形の中に入って行く。

 マリンダちゃんが一緒だから、おしゃべりしながら子守をしてくれるだろう。


「たぶん寝てると思ったから、これを作って来たにゃ!」

 ティーアさんがナツミさんにカゴを渡している。何が入ってるか楽しみだけど、とりあえずはカマドでお茶を沸かしながら出船の準備を始める。


「銛と根魚釣りの道具を持ってきたが、それで十分か?」

「だいじょうぶです。根魚も少し型が大きいですから、結構楽しめますよ」


 俺の話に笑顔で頷いているんだから、ネイザンさんも生まれながらの漁師ってことだな。

 お茶が沸いたところで、ティーアさんから貰った朝食を頂く。

 チマキのような感じにバナナの葉でくるんだ米を蒸したものだけど、カマルの一夜干しが魚醤に付けられて混じっている。

 ティーアさんは料理上手だな。ちょっとネイザンさんが羨ましくなってきた。

 

「今日は1日中、走らせるだけですから、のんびりしてましょう。仕掛けの手入れは昨日やっておきました」

「アオイは漁具の手入れをいつもしているな。長老も感心していたよ。若い者も少しは見習わせるべきだとも言ってたぞ」


「腕を漁具でカバーしてるんですから、当然だと思ってます」

 俺の答えがおもしろいのか、ネイザンさんが急に笑い出した。


「長老がアオイの言葉通りのことを言ってたぞ。なるほどなぁ。俺も少しは身を入れるか」

 笑い声が納まると急に真顔になって頷いている。少し考えることがあったということなんだろう。


「出発できるのか!」

 隣の甲板からオルバスさんが俺達に声を掛けてきた。

 オルバスさんの後ろにはヤグルさんが俺達に手を振っている。直ぐにも出発できそうだ。操船楼にはトルティさん達がすでに上がってるんだろう。


「出来ると思います。出掛けますか?」

「そうだな、そろそろロープを解いてアンカーを引き上げた方が良さそうだ。バレットがカタマランを動かし始めたようだ」


「アオイ君、アンカーを引き上げてくれない。少し南に移動するから」

 ナツミさんが操船楼に上がりながら頼んできたので、急いで家形の屋根を伝って船首に向かう。

 戻ってくると、桟橋とつないだロープが解かれている。ネイザンさんがやってくれたのかな? とりあえずお礼を言うと、笑って頷いてくれた。


「動くよ!」

 ナツミさんの声と共に、トリマランが桟橋を離れる。

 バウスラスタと船尾のスクリューを巧みに使うから、まるで横に移動しているようにも見える。トリティさんがトウハ一番の操船というだけのことはあるな。

 ティーアさんが慌てて操船楼に上って行ったのは、どんな操作をしたらこの動きができるのかを見たかったんだろう。


 俺達が桟橋を離れたことを確認したんだろう。

 入り江の出口にバレットさんのカタマランが方向を変えた。その後ろに向かってオルバスさんのカタマランが動いていく。俺達は桟橋からそれほど離れていないんだが、操船はナツミさんだからね。直ぐに2隻に追い付くに違いない。


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