M-119 寂しくなるな
昼前にトリマランから笛の音が何度も聞こえてきた。
漁を終える合図なんだろう。銛の先にブラドを付けたままトリマランに泳いでいく。
甲板に立っていたグリナスさんに銛を預けて、船尾のハシゴを使って甲板に上がる。
濡れた体は、直ぐに乾くだろう。
リジィさんが渡してくれたココナッツのジュースを飲みながら保冷庫を覗くと、たっぷりと獲物が入っている。氷の塊が数個入っているからこのまま氏族の島に運べそうだ。
人数の確認が終わると、ナツミさんが操船楼に出発を告げた。すでに船首のアンカーは引き上げられていたようで、ゆっくりとトリマランが北西に向きを変える。
子供達は家形に入っているのかな? ナツミさんとカリンさんが家形に入って行くと、トリティさん達が昼食を作り始めた。
嫁さん達が多いから安心できる。俺達は船尾でパイプを使いながら漁の成果を話し合う。
「やはり、ナツミの銛の腕は氏族でも上位に入るんじゃないか? 途中でマリンダに変わったけど、あのまま漁を続けたら俺達の立つ瀬が無かったぞ」
「その上俺よりも大きい魚を突くんですからね。レーデルも途中参戦で頑張っていたようですけど……」
確かに異常な腕ではある。だけど、途中でマリンダちゃんに変わったのは、その腕をあまり見せたくなかったにかもしれない。
それなら、最初から適当に突けば良いんだろうけど、それはできないみたいだな。
その状況下で最善を尽くすというのが信条のようだ。
そんな信条があればこそ、ヨット部の部長を務められたんだろうし、個人的にいくつものタイトルをものにしたんだろう。
「努力家ですからねぇ。俺にはもったいない嫁さんですよ。でも、マリンダちゃんも負けてはいませんよ。傍に目標がいるんですからね。姉妹のように仲良しですし」
「だから、マリンダがカリンよりも魚を突けたのか。最初からカリンと同じように突いたら、自分より上だったと言ってたぐらいだからな」
俺達も漁果を競うように、嫁さん達もそれなりに競うものがあるようだ。
俺としては、競うことよりも自分に合った、安全な漁に心がけたいところなんだけどね。
「この辺りも良い漁場と言えますね。俺のカタマランでも1日掛ければ漁に来られそうです」
「俺はもう直ぐ、カタマランを新しくするよ。さすがにこの船を手に入れることはできないが、魔石8個の魔道機関を搭載するつもりだ。それで今までよりも遠くの漁場で漁をするんだ」
1日半の漁場に1日で行けるからね。
オルバスさん達の船の速度を見て、グリナスさんなりに考えたんだろう。少しはカリンさんの希望も入ってるかもしれないな。
「速度を上げるにゃ!」
カリンさんの声が聞こえたと思ったら、フワリと体が持ち上がる。
水中翼船モードにしたみたいだ。
トリティさんが羨ましそうに操船楼を見上げたけど、どうやら調理が終わったみたいだな。
・
・
・
氏族の島に戻ったところで、いつもの停泊場所にトリマランを泊めると、ザバンが浜からやって来た。トリティさん達が手際よくザバンからカゴを受け取って保冷庫の魚を入れて手渡している。
何隻もやって来るけど、まだまだ魚があるようだ。
一体どれぐらい突いたんだろう?
俺は8匹だと思うんだけど、嫁さん達も頑張っていたからな。全部で40は超えてるかもしれない。
「これが最後にゃ。私達も浜に向かうにゃ!」
トリティさんの言葉に嫁さん達が頷いて、次々とトリマランから自分の船や桟橋に向かって行った。
ナツミさん達は? と視線を向けると、マリンダちゃんだけが先行するみたいだ。
「ナツミは夕暮れが始まってからでいいにゃ。カリンもそうするにゃ。浜は暑いから子供が可哀そうにゃ」
そう言って麦わら帽子を被って桟橋を歩いて行った。すでにトリティさん達は向かって行ったから遅れてはならないと思ってるんだろうな。
男達は邪魔だから、同じく夕暮れ時で良いらしい。桟橋で転んだりしたら危ないからザバンで浜に向かおうかな。
子供達をカゴに入れてザバンで浜に向かう。夕暮れの紅に島が染まる一時だ。
カゴから双子を出した途端、焚き火に向かって走り出した。慌ててナツミさんが追い掛けていく。ザバンを砂浜に引き上げたところで、俺も後を追い掛ける。性格が同じなら同じ場所に行くんだろうけど、差があるからね。ナツミさんも双子には苦労をしているみたいだ。
波打ち際でマルティを確保したところで、焚き火近くに行くと泣き喚いているアルティをよしよしと頭を撫でているナツミさんを見付けた。顔中砂だらけだから転んだのかな?
他の子供達も、あちこち走り回っているからお母さん達も大変だな。
「走るからでしょう? お姉さん達はちゃんと座ってるよ」
エグエグと泣いているアルティに優しく声を掛けている。
「マルティを確保してきたよ。波打ち際で黄昏てた」
「ありがとう。……ほら、お父さんもやって来たよ。一緒に座るんでしょう?」
ナツミさんが【クリル】で砂を取り払って、ハイ! と俺にアルティを渡した。マルティをナツミさんに預けたところで、焚き火の輪に加わる。
マリンダちゃんの姿が見えないのは、裏手で調理の真っ最中だからかな?
「集まったようだな。明日、トウハ氏族よりナンタ氏族に5つの家族が移り住む。あの惨事でナンタ氏族は三分の二が亡くなったそうだ。同じネコ族同士、ニライカナイの国に住む国民だ。我等もナンタ氏族を滅びることが無いようにしなければならん……」
バレットさんの挨拶が始まったのを合図に、10人ほどの女性がココナッツのカップを配り始めた。
俺達にカップを渡してくれたのは、ナリッサさんだった。まだ子供が小さいはずなんだけど、リジィさんに預けたのかな?
酒のカップが行き届いたところで、長老の短い挨拶があり、乾杯の音頭はおるばすさんの出番らしい。
「「乾杯!!」」
島全体に届くような大きな声がこだまして、カップの酒を飲む。
移住者を代表して、ケネルさんが挨拶したのは、早めに挨拶しておかないと酔っぱらってしまうからなんだろうな。
再び、乾杯の声が上がり、それにこたえるようにカップを高く上げる。
こんな時は一緒に騒ぐのが一番だからね。
カップに酒が無くなるのを見計らって、女性達がポットで酒をカップに注ぎまわっている。
そんな中、姿焼きにされた魚が次々と運び込まれた来た。
先ずは長老、次に送り出されるケネルさん達、最後が俺達だ。バナナの葉に少しずつ取り分けられるから、元の魚が何か分からなくなりそうだけど、舌がその魚を思い出させてくれる。
大きな塊ではないから、双子達も安心して食べさせることができる。骨があるようだと困ってしまうからね。
俺達だけが漁をしてきたわけではないようだ次々と魚が出て来るし、シメノンやロデニルまで焼かれて出てきた。
「ようやく焼き終えたにゃ。アルティ、こっちに来るにゃ」
マリンダちゃんが差し出した手に掴まるようにして、俺の膝からアルティがマリンダちゃんにの膝に移ってしまった。
なんとなく寂しく感じてしまうな。そんな俺の気持ちを察したのか、ナツミさんがハイ! と言いながら、マルティを膝に乗せてくれた。
マリティは次々に運ばれる魚を見て喜んでいるから、とりあえず泣き出すことは無いようだ。
どちらかというと、焼き魚を美味しく頂いているんだけど、この後に炊き込みご飯も出てくるんだよね。
それまでにお腹がいっぱいになってしまうんじゃないかな。
「はい、お酒を頂いたわ。あまり飲まないで頂戴ね」
「ほどほどにしとくよ。ザバンで帰るんだからね」
双子を海に落としたりしたら大変だからね。
チビチビと飲んでる分には問題はないんじゃないかな。
夕暮れと共に始まった宴会は、食事が終わると本格的に酒が運ばれてきた。
適当に飲んで、酔いが回らない内に引き上げることにする。
マリンダちゃんとナツミさんがザバンに乗り込んだところで、桟橋を歩いてトリマランに先回りをする。ザバンから双子を入れたカゴを受け取るのは俺の仕事だ。
「寝てしまったわ。起こさないでよ」
「だいじょうぶだ。……ヨイショッと!」
ザバンからカゴを受け取って家形に運んでおく。後はナツミさん達に任せておけば良い。
甲板のベンチに座り、パイプを咥えながら浜の焚き火を見る。まだまだ騒ぎは続いているようだ。
翌日、家形の扉を開けてマリンダちゃんが俺を呼んでいる。
まだ夜明け前のような暗さだけど、身支度をして甲板に出ると大勢の人達が甲板や桟橋に出ている。昨日騒いだ砂浜にもたくさんの人が海を見て立っていた。
その視線の先に、5隻のカタマランがゆっくりと入り江の中を動いていた。
赤い吹き流しを先頭のカタマランがなびかせ、殿のカタマランは白い吹き流しをなびかせている。
ケネルさんが出発するんだな。
入り江の中を南北に往復したところで、ゆっくりと入り江を出ていく。
俺達が手を振る中、カタマランの家形の上に上っている人影も手を振っている。たぶんケネルさんその人だろう。
隣のカタマランの屋根に上ったオルバスさんが「頑張れよ!」と大声を上げた。
ケネルさんにその声が届いたのかもしれない、両手を振っていたからね。
「行っちゃったにゃ……」
「ああ、寂しくなるね。でも、俺達で会いに行くのは問題ないし、たまにはこの島に帰って来ると言ってたよ」
雨期の終わりにでも行ってみようかな。
トリマランを使うなら5日も掛からないだろう。




