M-117 スマートなカタマラン
数日後に、トウハ氏族からナンタ氏族に移る家族が氏族会議で決まったようだ。
その中にケネルさんがいると聞いた時には、ちょっと驚いてしまった。
オルバスさん達と別れの挨拶にやって来たから、今までいろいろとお世話になったお礼を言った。
「向こうにも、聖痕の保持者がいるんだから、あまり変わりはないだろうな。子供達もたまには訊ねると言ってくれたし、俺もこの島にはやって来るつもりだ。しかし、アオイの言ったトウハの誇りは、説得力があったぞ。なぁに、ナンタ氏族の中で、銛を誇れば良いだけだからな」
そんなことを言って笑ってるけど、少しは寂しいに違いない。
話を聞くと、30代の4家族を率いていくそうだ。子供が小さいから、向こうで直ぐに他の子供と曽部に違いない。その子供は成人したらどちらの氏族の誇りを持つのだろう。
案外、良いとこ取りをするのかもしれないな。トウハとナンタの2つの氏族を融合した新たな誇りを自覚したりしてね……。
「たぶん何年かおきに、氏族の者を交換する動きもあるようだ。どうやら長老達も、氏族ではなくニライカナイの一員としての自覚を俺達に持たせようとしているようだな」
「まあ、それは俺達の孫の代になるんじゃねぇか? 急ぐと碌なことになんねえからな」
オルバスさんの話しを、バレットさんが心配無さそうに言ってるけど、意外と早いかもしれないぞ。
そのためにも、早く商船を手に入れないといけないだろう。
「それで、出発は?」
「雨期明けのリードル漁を終えてからだ。漁で得た魔石は氏族に引き渡さずに向こうでの資金にできる。ナンタ氏族は根魚釣りが本業だ。リードル漁もするんだが、トウハ氏族と違って、取れる魔石は中位だと聞いたぞ」
根魚と言っても色々とあるんだろうな。
素潜り漁を持ち込んだら、大漁続きになりそうな気もする。それに、延縄漁を持ち込めば、案外津波前の漁果も期待できるんじゃないかな。
3人が帰ったところで、皆でお茶を飲みながら次の漁の話をする。ケネルさんのお別れの挨拶にオルバスさん達が付き合っているから、出漁は早くとも3日後になるんじゃないかな。
マリンダちゃん達は、どうやら曳釣りをしたいらしい。
「津波が来てから曳釣りをしてないにゃ。東の溝に沿って走らせれば、大きいのが釣れそうにゃ」
「私も賛成! 前に行った時も延縄で大きいのが釣れたもの。それに数を上げるために延縄を2カ所ぐらい仕掛ければいいでしょう?」
ナツミさんまで賛成してるし、トリティさん達は黙って頷いている。
オルバスさんは俺達に付き合ってくれそうだから、ここは俺も賛成しておこう。
「それなら、曳釣りだ。ところで、曳釣りはトウハ氏族だけなんだろうか?」
「他の氏族もやってるにゃ。でもバルだけだと聞いたことがあるにゃ」
俺の素朴な質問に答えてくれたのはジルさんだった。
トリティさんも、アルティをあやしながら頷いているところを見ると、本格的な曳釣りをしているのはトウハ氏族だけってことらしい。
「ヒコーキや潜水版をカイト様が教えてくれたにゃ。他の氏族からやってきた嫁が驚いてたにゃ」
「そうなると、ケネルさんが広めてくれるでしょうね。一緒に4家族が行くとなればすぐに始めるかもしれません」
漁の方法が広がるというのも、氏族の垣根をなくすことになるのかもしれないな。もっとも、最初は酷い結果になるのかもしれない。その理由を考えることができるなら、ナンタ氏族は大型の獲物を手にできるんじゃないか?
根魚では、それほど大物はいないだろうし、同じ場所で漁を続けると、すぐに釣れなくなってしまうだろう。
トウハ氏族よりもナンタ氏族の方が、資源の枯渇を現実視していたんじゃないか?
「形見分けじゃないけど、曳釣り用の仕掛けをいくつか作って渡してあげようか?」
「そうね。色々と世話になったし、津波の後は氏族を率いてくれたんですものね」
「それならヒコーキがいいにゃ。シーブルが狙えるにゃ」
トリティさんは上物狙いってことだな。潜航版は少し考えれば分かるかもしれないけど、ヒコーキの発想はできないだろう。
それなら、1式ずつ手土産に渡してあげよう。
商船が氏族の島に訪れた時、ナツミさんと一緒に商船に向かって釣り具を選んでいると、ポン! と肩を叩かれた。
「アオイは漁の道具を揃えるのが好きだな?」
「自分の、というわけではないんですけどね。ところでオルバスさんは?」
プラグの大きさに悩んでいた時だから、オルバスさんにはそう見えてのかな。
それよりも、オルバスさんが商船にいる方が驚きだ。
「商船がカタマランを曳いてきたんでな。バレットはとっくに引き取っているぞ。だいぶアオイには世話になったが、これでお前達だけで暮らせるだろう」
おめでとうございますとナツミさんと祝いを言ったんだけど、ナツミさんはちょっと残念そうだな。トリティさん達が一緒だと子守や食事の支度を手伝ってもらえるからだろう。
いつまでもお世話になるわけにはいかないだろうから、これからは俺達で頑張らねばなるまい。
でも、そうなると……。
「お祝いのお酒がいるよね」
ナツミさんがワインの並ぶ棚に向かって行った。
さて、その間にプラグを選んでおくか。それと弓角も選んでおこう。
獲物の大きさが分からないから、小さいプラグも買い込んでおいた。後は作るだけになる。
トリマランを留めてある桟橋は、未だに板が張られてないけど、丸太が3本並べてあるから、前から比べると安心して歩くことができる。
とは言っても、酔って歩いたらたちまち海に落ちてしまいそうだ。
「あれか! かなりスマートだね」
「両端の船の横幅が狭いのよ。水瓶は特注になったみたいだし、保冷庫も横長なのよ」
いそいそとトリティさんが引越しの荷物を運んでいる。オルバスさんは銛やタモ網を運んでいるみたいだ。
家形がかなり小さく見えるんだけど、あれでも横幅は3mは超えているんだよな。
全体的には、グリナスさんのカタマランを一回り大きくした感じなんだが、両端の船の先端が鋭くみえるから、スマートに見えるのかもしれない。
「あれで魔石を8個使った魔道機関を2基搭載してるんだろう?」
「速さは、3割増しになるんじゃないかしら? でも、漁をするなら速い必要が無いんだけど」
トリティさんのわがままを形にした感じだな。バレットさんの嫁さん達も同じカタマランだから、また競争が始まるんじゃないか?
困った人達だけど、1つぐらい欠点があった方が俺達も付き合いやすいことは確かだ。
普段は、誰にでも気さくな人だからね。
「帰ったか。引っ越しを始めたぞ。食料を買い込むとトリティが言ってるから、明後日には出漁ができそうだ」
「それにしても目立ちますね。見るからに速そうです」
「まだ走らせてないけど、きっと速いにゃ。皆よりも、遠くで漁ができるにゃ」
嬉しそうにトリティさんが話してくれたけど、操船楼の後ろから俺達を見下ろしてだからね。すでにトリティさんの頭の中では、疾走するカタマランを操船する自分が映ってるんだろうな。
「まあ、今夜は引っ越し祝いだ。できれば数匹釣ってきてくれないか?」
「もちろんです!」
大きいのを釣れば、から揚げにしてくれるかもしれない。
ここはザバンで、入り江の出口付近まで出掛けた方が良いかもしれないな。
船首のザバンを下ろしていると、マリンダちゃんが釣竿を持って乗り込んできた。その後ろからナツミさんが俺達にカゴを渡してくれる。
籠の中は、氷と水筒だ。時間を掛けても魚を獲って来いってことなんだろう。
「おかず用じゃなくて、根魚用の竿を持って来たにゃ。アオイの竿もあるにゃ」
「仕掛けが大きくないかい?」
「ナツミが別の仕掛けに変えてくれたにゃ」
近くのサンゴの穴で釣りをしたときに浸かった奴かな? 40cmに満たないバヌトスばかりだったから、釣り針を少し小さくした仕掛けだ。
とは言っても、根魚は口が大きいから、あまり釣果に相違は無かったんだけどね。
この辺りで釣れる根魚やカマルなら丁度良いかもしれないな。
仕掛けをよく見ると、丸い浮きが付いている。道糸と結ぶ仕掛けの元に付いているから、カマルも狙えるかもしれない。重りの小石を外せば上物もいけそうだ。
入り江の出口付近の岩礁近くにザバンを留めてアンカーを投げ込んだ。水深は5mも無いんだが、果たして根魚が釣れるんだろうか?
マリンダちゃんが根魚を狙い、俺はカマルを狙う。
カマルの皮の付いた短冊を針に付けて仕掛けを下ろす。仕掛けに付けられた浮きがゆっくりと入り江の出口に向かって流れていく。
「掛ったにゃ!」
マリンダちゃんがリールを巻いている。
カマルの方が早いと思ったんだけど、どうやらツキが無かったな。
嬉しそうな顔をしてバヌトスを取り込んでいるマリンダちゃんを見ていると、左手に持った竿に当たりが伝わって来た。
浮きはすでに海中に沈んでいる。竿を大きく上げて合わせを取ると、さらに引きが伝わって来た。
しっかりと釣り針に掛かったようだ。果たして何が掛かったのかな?
夕暮れが近づく前にトリマランに帰る。
色々と釣れたけど、シーブルが1匹混じっていた。40cmには満たない小型だけど、氏族の島でもたまに掛かるんだよな。
トリマランの甲板で待っているリジィさんに獲物を入れたカゴを手渡したところで、マリンダちゃんがザバンから甲板に飛び移る。
道具を手渡し終えると、トリマランの先端にザバンを引き揚げに向かった。
その夜は、グリナスさんやラビナスも嫁さんと子供を連れてやってきた。
たくさん並んだ料理を頂きながらワインを酌み交わす。
島にいる間は、一緒に食事をすることになったけど、漁に出たらナツミさん達はちゃんと料理をすることができるんだろうか?
ここしばらくはトリティさん達にお任せだったからね。




