M-116 他氏族への移民
3日間の漁を終えて島に戻ると、1日の休養を取って再び漁に向かう。
南に半日ほど行くと、かつてのロデニル漁のサンゴの崖に出る。北側の崖はサンゴが崩れて斜面になっているが、南側はまだ崖の面影が強い。
あまりサンゴが崩れていない場所を見付けて、素潜り漁をすることになった。
結果としては、平均的なかつての漁果になってしまったが、あの惨事を考えると、ここに魚が戻ってくれていることだけでも嬉しくなる。
「カゴ漁の連中は東に向かったらしいな。ここでは見えないが、場所が変れば少しは魚果が増えるだろう」
「将来に備えて、もう1つ探しておくべきでしょう。2、3年ごとに漁場を変えれば、枯渇することはありません」
素潜りを終えて、根魚釣りの準備をする。
手伝ってくれるオルバスさんと海域を眺めながらの会話だ。
惨事の後だからと言って、同じ漁場に固執すると以前に逆戻りになってしまう。
こんな時だからこそ、今後の漁を真剣に考えるべきだと思うけどね。
東の海から帰って来ると、氏族の島にやって来た商船に、ナツミさんのメモを持ってバレットさんと2人で出掛けたから、カタマランの注文をしてきたのだろう。
リードル漁が終われば、さらにカタマランを作ろうとする者もいるんじゃないかな。
少しずつ、以前の姿に戻って来たけど、石の桟橋と俺達が利用する桟橋の工事が中々進んでいない。
浮き桟橋を作ったことで、あまり不便を感じないのかもしれないけど、丸太を2本並べた桟橋は、早めに板を張ってほしいところだ。それができないなら、丸太を3本にしてほしい。
「一昨日に、バレットとカタマランを注文したが、俺達以外に2隻も注文を受けたようだ。他の氏族の話を聞くと、ナンタ氏族が5隻を新たにするらしいぞ。サイカ氏族は俺達の台船に似た船を注文したらしい」
「船外機の付いた奴ですか?」
オルバスさんが小さく頷いた。
根魚釣りの準備を終えたから、船尾のベンチに腰を下ろし、2人でパイプを楽しむ。
まだまだ夕食までには間がありそうだ。しばらくは、オルバスさんの話しを聞こう。
「オウミとサイカ、それにホクチとナンタ氏族に動きがある。10家族以上がホクチからナンタに移動し、オウミの旧氏族の島から数家族がサイカに移るそうだ。トウハとしても、ナンタ氏族に数家族を送ってやりたい。その人選で氏族会議が纏まらん」
「ナンタとサイカの打撃は大きいということですね。カガイを通して人の移動はあったんでしょうが、今回は規模が大きいと?」
「まあ、そういうことだ。ネコ族でも初めてのことじゃないか? だが、ナンタ氏族が受けた被害を思うと、数家族を送らねばなるまい」
暗い顔をしているのは、選ばれた連中を思ってのことだろう。
一度氏族を離れると、再び氏族の元に戻ることはないらしいからね。
だが、たまに帰って来ることを前提にすれば……。いや、こちらから訊ねることもできそうなんじゃないか?
「やはり、大型船を中心にした漁を早めに実現したいですね。そうすれば、氏族間の交流が活発になりますから、他の氏族に組み込まれたとしても、育った氏族の島を訪れることができますから」
「ん! 例の話しか……。確か他の氏族の島にも漁果を下ろすことも視野に入れていたな。なるほど、互いに行き来することができそうだ」
俺の肩を、ポンっと叩いてベンチからオルバスさんが腰を上げる。
どうやら夕食が出来上がったようだ。ナツミさん達が、ココナッツの椀にスープを分けているのを、トリティさん達に抱かれた双子が見ている。トリティさんの隣に座ったオルバスさんがアルティの相手をしているぞ。
俺もしっかり懐かせないと、父親が誰だか分からなくなってしまいそうだ。
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雨期前のリードル漁が終わると、釣りが主体の漁になる。
天気が良ければ素潜りもするんだが、豪雨が突然やって来るんだよな。そんなことで、トリマランの甲板で根魚釣りになってしまう。
2日程の漁をして、氏族の島に帰る日々が続く。
氏族会議があるから、あまり遠出ができないらしい。それでも、釣りができる人が多いから、頭割にしても100D近くになるとナツミさんが教えてくれた。
「新しいカタマランが来たら、私も釣りをするにゃ!」ということで、トリティさんにも根魚用のリール竿を作ることになったから、これは俺の暇つぶしに丁度良い感じだ。
そんなある日のこと。
氏族の島に戻ったら、浮き桟橋に商船が止まっていた。
船の旗を見ると、前に簡易なスピニングリールを頼んだ商船だ。タバコを手に入れるついでに様子を見に行ってみると、店員が荷の包を俺に渡してくれた。
「試作品だそうです。値段は100Dにしたいそうですが、これは特許の見返りとしてお渡しするそうです。それと、トウハ氏族には3割引きでお渡しすると言ってましたよ」
包を開いてみると、形はスピニングリールだな。糸を巻くドラムが前後しないけど、遠投はしないから問題はあるまい。
道糸を30YL(60m)ほど巻いてもらって、ついでにガイドと竹を束ねた硬めの竿を買うことにした。
「ところで、それで何を狙うんですか?」
「これかい? シメノンさ。シメノン釣りは何度も仕掛けを投げ入れるからね。これが一番使い良いんだ」
タバコとワインを忘れずに買い込むと、ザバンでトリマランに早めに戻る。ザバンはナツミさん達も食料を買い込みに使うはずだ。
トリマランの甲板で釣り竿にガイドを取り付けていると、桟橋を歩いてくる3人の姿が見えた。
「バレット達が一緒にゃ。また、氏族会議で話がまとまらなかったのかもしれないにゃ」
「まだまだ以前の暮らしには程遠いのに、困った話にゃ」
トリティさん達の評価は厳しいみたいだな。だけど、少しでも前よりマシにしようと頑張っているに違いないんだけどね。
「何だ、また釣竿を作ってるのか? 少し、相談に乗ってくれ」
バレットさんが甲板に座るなり俺に告げた。
とりあえずは聞いてみないとね。釣竿を操船楼の薄路に作ったタモ網を納める場所に立て掛けておく。ガイドは糸で止めて、その上に樹脂を塗ってあるから、樹脂が他とくっ付かないようにしておく。
「改まらなくて良いですけど、いったい何なんですか?」
「実は……」
バレットさんの話しでは、どうやらナンタ氏族に送り出す家族の人選に悩んでいるらしい。
今まで通りなら氏族の絆が強いから、氏族を離れるということは再び氏族の仲間に会えないということに等しいらしい。
他の氏族から嫁に来た女性達も、2度と出身の島に帰ることは無かったそうだからな。
そんな状態で一方的に氏族から離れるよう言い渡すことはできないのは俺にでも理解できる話だ。
「氏族と家族の絆のどちらを大事にするかも考えた方が良いですね。氏族を離れても家族の絆を無くすことはできるものではありません。例え氏族を離れても、たまに親や子の元気な姿を見ることができるなら問題はないと思うんですが?」
「氏族を離れても親は親ということだな。親子が消息を確認するのは当然ということか。それで少しは納得させやすいだろう」
「アオイは氏族の垣根を破ろうってのか?」
おもしろそうな表情でバレットさんが俺に顔を向けた。
小さく頷いたところで、話を進める。
「同じニライカナイの住民じゃないですか。それがあるからこそ他氏族が困っているのを助けるんでしょう? 絆の深さを考えれば、親子が一番、2番目がニライカナイ、3番目が氏族になると思ってます。俺が昔暮らしていた場所だって、氏族に似た村や町がありました。隣町に嫁に行く女性だって多かったんです。一家で移り住む人達もたくさんいましたよ」
俺の話に3人が顔を見合わせている。家形の扉を開いてトリティさん達が耳を傾けているから、双子はお昼寝の最中らしい。よく眠る子供達なんだよね。
「大陸に町や村があるのは俺達も知っている。その村で暮らす人達と俺達氏族が似ているということか?」
「かなり似てますよ。でも氏族の絆は村を越えています。氏族はまるで家族のように思えることもありますからね。村はそこまでの絆を持ってはいません」
オルバスさんの問いに答えると、今度はケネルさんが口を開く。
話が長くなりそうだとトリティさんは思ったんだろう。俺達に酒のカップを運んでくれた。
「アオイは氏族を村に近い形にしたいとは思っているようだ。だが、氏族の絆は残しておきたいというのはムシが良すぎないか?」
「ムシが良いですよ。ですからやってみるんです。しばらくすれば課題が見えてきます。そのころには各氏族も平穏な漁に出られるんじゃないですか?」
ダメなら廃れる案に違いない。だけど、トウハ氏族の漁師が必ずしも銛が得意ということにはならないだろう。
自分の得意な漁が生かされる氏族ならば、自ら移住を決意しそうにも思えるんだけどね。
「たとえ、トウハ氏族から他の氏族に移っても、トウハの誇りは持ってもらいたいですね」
「ワハハ……、『トウハの銛に突けぬものなし!』ってか? まったく、その通りだ。子供達もトウハの流れを持つということを誇れるようにしたいな」
バレットさんが大声で笑い出したから、家形の中から泣き声が聞こえてきたぞ。アルティが起きたみたいだな。
「バレットが大声を出すから、泣き出してしまったにゃ!」
そんな愚痴を言いながら、トリティさんが酒を俺達に注ぎ足してくれた。
「すまん、すまん。今夜の話し合いに少しは目途が立ったからな。トウハで生まれたものは、どこに行ってもトウハの誇りは忘れてはならない。それを持つなら、どこに行ってもトウハ氏族だからな」
バレットさん達は納得してるけど、それをあまり表に出すと、他の氏族の中では浮いてしまうんじゃないかな?
その辺りの加減が分かる連中を送り出すべきだろう。




