M-114 東も数が出るようだ
翌日の昼下がり、予定通りに東の漁場に着いた。
この漁場は東西に長く溝があった場所だ。所々でサンゴの残骸が転がっているけど、あまり変化のない漁場と言える。
雨期になれば多くのカタマランが曳釣りを行うために集まるんじゃないかな?
「潮通しの良い場所がいいよ。シメノンは回遊するからね」
「だいじょうぶ、今回の場所はマリンダちゃんが決めるからね」
それで家形の上であちこち眺めているんだな。偏向レンズを使えば海底近くまで見ることができる。さすがに水深のある海底までは見えないだろうけどね。
「あの辺りが良いにゃ! 大きなサンゴが転がってるにゃ」
「あれね! 近くに寄せるよ」
どうやら流されてきたサンゴの塊近くにトリマランを停めるらしい。
流れに邪魔があるなら、そこに魚も集まってくる。シメノンは流れに乗って来るけど、根魚は岩陰に隠れながら移動するからね。
マリンダちゃんがアンカーを下ろしたところで、ナツミさんも操船楼から下りてくる。
直ぐに家形の中に入って行ったから、トリティさん達と交代するのかな?
「かなり潮通しが良い場所だが、釣れるのか? 他のカタマランは溝の縁にアンカーを下ろしているようだぞ」
「今回は船が多いですからね。色々と試してみるのも良さそうです」
釣れない時は諦める外ないけれど、すぐに始まるリードル漁で相殺できる。なら、誰もやっていない場所での釣りも良いんじゃないかな。
「まあ、分からんでもないが。それで、今夜はシメノンと根魚なんだろう?」
「それ以外に、延縄を試してみます。少し長めの延縄ですが、他の船と離れていますから問題は無いでしょう」
延縄を固定せずに、船尾からロープで伸ばしておけば、他の釣りの邪魔にはならないはずだ。
根魚は真下に仕掛けを下ろすし、シメノンは甲板から左右に仕掛けを投げれば良いからね。
先ずは延縄仕掛けを屋根裏から取り出して、釣り針にカマルの短冊を付ける。餌を長く持たせるために、皮から針を入れて皮に針先を抜く縫い刺しという方法を使うから面倒なんだよな。根魚の仕掛けは同じ短冊の天辺を釣り針で引っかけるだけで済む。
15本の釣り針に餌を付け終えたところで、延縄仕掛けの片方に浮きを結び、潮の流れに任せて船尾方向に伸ばしていく。仕掛けの最後に大きな浮きを付けて、本来は海底に沈めるアンカーを船尾の縁に絡めておいた。
「次は根魚だな? 何本使うんだ?」
「根魚用の竿は3本です。シメノンが出れば、マリンダちゃんの竿の仕掛けをシメノン用に変えれば良いでしょう。ナツミさんが専用の竿を持っていますし、俺は手釣りで挑みます」
「アオイの仕掛けを貸してもらおうかな。アオイは根魚を狙い続ければいい」
とりあえず、根魚用の竿を3本取り出してベンチの端に置いておく。
ナツミさんの竿は、シメノンが出てからでも十分だろう。オルバスさんには、手釣り用のシメノン仕掛けを入れたカゴのありかを教えておいた。
「明かりを点けるよ!」
提灯のような枠の中に魔法の光球が入れられる。最初見た時には驚いた夜間光源なんだけど、家形のなかでは皆、ロウソクを使っているようだ。
光球があまりにも明るいんだよね。トリマランの甲板の左右に掲げれば、漁や獲物を捌くのにも苦労は全くしないんだよな。
どう考えても、100Wの電球3個ぶんはあるんじゃないかな?
トリティさん達が作ってくれた夕食は、カマルの団子と米粉の団子の入ったスープだった。大きな鍋で作ったようだから、夜食も期待できそうだ。
双子達も、このスープは大好きなようで、小さく切り分けた魚の団子を美味しそうに食べている。
「ネコ族の血よりも人の血が濃いのだろうな。まだ歯が生えそろわないようだ」
「小さい頃の違いはネコ族にもあるにゃ。数年たてば、浜で一緒に遊んでるにゃ」
オルバスさんの心配事も、トリティさんにとっては気にも留めないほどの出来事らしい。要するにいろんな子供がいるってことなんだろう。大きくなれば皆と同じというのが、俺にとって安心できる一言だ。
食事が終わって後片付けが終わり、皆でお茶を頂く。
早い船はすでに根魚釣りを始めたようだ。俺達の仕掛けの数は多いからねぇ。ゆっくりと始めよう。それに、一番肝心のシメノンの姿はどこにも見えない。
この辺りを回遊しているということだから、その内にやって来るんだろうな。
ナツミさんがアルティ達をトリティさん達に預けると、船尾の端に置いてあったリール竿の仕掛けに餌を付け始めた。
胴付き3本バリの仕掛けは釣り針が大きなものだ。食い付けば早々外れるものではない。
「始めるにゃ!」
「なら俺も!」
3本の竿が舷側に並ぶ。
俺達の様子を見ながら、オルバスさんはココナッツジュースで薄めた酒を飲みながら、パイプを楽しんでいる。
釣れたら、捌くのはナツミさんのようだから、その時に竿を譲ってもらうつもりのようだな。
突然、グン! と竿先が引き込まれた。
竿を送り込むと、続いて強い引きが竿に伝わってくる。腕を上げるようにして、合わせを取ると、竿を立てながらリールの糸を巻き込んでいく。
それほど、大物ではなさそうだ。
タモ網を持ったオルバスさんと目が合ったから、首を横に振って必要のないことを伝えた。
「来た!」
ナツミさんが、大きく合わせると上げた竿を絞り込んでいく。あっちは大物のようだ。オルバスさんがナツミさんの横に陣取ってタモ網を持って待ち構えている。
どうにか甲板に引き上げたのは40cmに満たないバヌトスだった。甲板に用意した少し底の深いザルに投げ込んで、餌を付け直して仕掛けを投入する。
「こりゃ、でかいな!」
オルバスさんがタモ網を甲板に下ろすと、暴れる魚にマリンダちゃんが棍棒で殴りつけている。
「バッシェにゃ。2YM(60cm)ほどあるにゃ」
にこにこと上機嫌で竿をオルバスさんに渡したナツミさんは、早速魚を捌くようだな。
甲板の騒ぎに、顔を出したトリティさんが、屋根裏から直径1.5mほどのザルを下ろしている。
あのザルに並べて一夜干しを作るのだ。
「見てなくともだいじょうぶなのか?」
「ぐっすり寝てるにゃ。カゴに入れてあるからだいじょうぶにゃ。船首の扉も、左右の窓も塞いであるにゃ」
それでも家形の風通しは良いんだよな。昼はさすがに窓や扉を開けているけど、夜なら、閉じても暑苦しくなることはない。
リジィさんが家形から出てきたところで、俺の竿をトリティさんと交互に使うことになった。
少し離れて皆の様子を見ながら、大物であればタモを網を持って駆けつけて獲物を引き上げる。
2時間ほど過ぎたころ、突然ナツミさんが大きな声で叫んだ。
「シメノンよ! シメノンが群れてる」
ナツミさんとマリンダちゃんの仕掛けを引き上げて、マリンダちゃんの仕掛けをシメノン仕掛けに交換する。
ナツミさんは屋根裏からスピニングリールの付いた竿を取ると、すぐに2人が仕掛けを海に投げ込んだ。
オルバスさんから根魚用の竿を受け取って、オルバスさんはカゴを両足で挟むようにベンチに腰を下ろすと、餌木を投げ込んでいる。
シメノンの大きさはタモ網を使うほどではないから、俺の隣にタモ網を置いて、のんびりと根魚を釣ることにした。
笠羽歯車の技術は俺達の船でも使われているから小型のものができるならスピニングリールも出来そうな気もするな。30mほど投げるだけならドラムを前後に移動する仕掛けも必要なさそうだ。商船のドワーフに一度話をしてみるか。
シメノンは1時間もしない内に姿を消してしまったが、3人で30匹近く釣り上げたみたいだ。
その間に、俺も4匹のバヌトスを釣り上げた。
今夜はこの辺りで、おしまいにするか……。
「だいぶ釣り上げたな。ザル2つは誇れる数だぞ」
「最後に、延縄を引き上げて終わりにしましょう。かなり浮きが動いてますよ」
さすがに浮き全体を沈めることはできないようだが、結構動いている。何匹か掛かってるんだろう。
オルバスさんと一緒に慎重に延縄を引き上げる。
最初に引き上げたのはバルだったから少しがっかりしたけど、次の枝針には2YMを越えるグルリンが掛かっていた。
15本の枝針に掛かったのは、グルリンが3匹にバルが2匹、それとシーブルが4匹だった。
「この辺りも延縄が使えるな。雨期には、かなりのカタマランがやって来るに違いない」
「余り遠くというわけでもありませんからね。後で溝の崖の様子も確認した方が良いですよ。バヌトスもそれなりにいるんじゃないですか?」
それは、明日にでも素潜り漁をやればすぐに分かるだろう。
溝の縁と、中央部を分けて漁をするのも面白そうだ。
リール竿と、仕掛けを軽く水で洗ったところで、個々に【クリル】で体の汚れを落とす。生臭い匂いまでもが魔法で消えてしまうから、安心して眠れそうだ。
「夜食にゃ!」
夕食の残りを温めて頂く。
ココナッツのカップ1杯だけだけど、魚肉団子と米粉の団子が入っているから、夜食には十分だ。
夜食が終わると小さなカップでワインが渡された。
パイプを楽しみながら、周囲の船の様子を見る。まだ根魚を釣っている船もあるようだ。
明日は素潜り漁をするつもりだから、俺達の夜釣りはこれで終了だ。
「予想を超えた漁果だな」
「他の船も同じように釣れていれば良いんですが……」
俺の呟きを聞いたのだろう。オルバスさんが急に俺に顔を向けた。
「漁には上手い下手が出るものだ。下手であれば上手い者にそれを教えて貰えばいい。それができぬ者は氏族にいないだろう」
聞くは一時の恥というやつなんだろう。
確かに、大切なことだ。だけど、自分の腕が良いと思うことはあっても、仲間より一段下だとは中々自覚できることではない。
それが、漁に上手、下手ができる一番の原因じゃないかと思うな。




