M-112 オルバスさん達が帰ってきた
氏族の島に帰って来たのは、翌日の昼過ぎなってしまった。
一晩中、走り続けていたんだが、速度が10ノット程度だからね。朝になって速度を上げたのは、早くに漁果を氏族の皆に見せたかったに違いない。
入り江に入ると、浮き桟橋に大型の商船が横付けされていた。
ネイザンさんの指示に従い、1隻ずつカタマランが桟橋に横付けされて獲物が降ろされる。
俺達は最後になるから甲板から、その光景を眺めることになった。
俺も家形の屋根で、パイプを咥えながら、世話役の前にある大きなカゴに入れられた獲物を眺めているのだが、今のところハリオを突けなかった船は無さそうだな。
「お~い! どうだったんだ?」
良く知った声に桟橋の反対側を見ると、オルバスさんとバレットさんがザバンを漕いでやって来た。
何事もなく帰ってきてくれたか。
入り江にリーデン・マイネが無いところを見ると、すでに隠匿場所に持って行ったのだろう。
2人に手を振りながら、家形を下りて出迎えることにした。
操船楼のマリンダちゃんに後を頼んでハシゴを下りると、すでにオルバスさん達は甲板に上がって保冷庫の蓋を開けて眺めている。
「とんでもない数だな。カイト様を抜いたようだ」
「そんなことはありませんよ。皆が手伝ってくれましたし、俺が突いたのはハリオだけですからね」
2人が船尾のベンチに腰を下ろしたので、家形の壁に置いてあったベンチを持ち出して腰を下ろす。
「フルンネはナツミが突いて、ブラドはマリンダにゃ。フルンネを突く嫁は初めてにゃ!」
トリティさんが、ココナッツのカップを俺達に渡してくれた。中身は酒のようだから、ゆっくりと飲んでいよう。
「ナツミがフルンネを突いただと!」
バレットさんの目が丸くなる。そうなるよな。俺だって驚いてるんだから。
「神亀と話せるということだ。それほど驚くことはあるまい。ナツミも龍神の加護を受けているのかもしれんな」
「聖痕は待たずとも、ということか? まあ、ここだけの話にしておけば良いだろう。あまり広まると、龍神の加護を受けすぎると妬まれそうだ」
次々とカタマランが漁果を降していく。
その都度オルバスさん達が腰を上げ、世話役の前のカゴを覗いては、にんまりとした表情で酒を飲んでいる。
「かなりの漁果だな」
「奴らなら、大漁と言っても良いんじゃないか? どうやら魚も戻っているようで安心したぞ」
今夜の氏族会議では、そんな話題が出るんだろう。
来年には、婚礼の航海を復活できそうだと言っている。この漁果を見ればそうなるだろうな。そうなると、あの辺りの海域は漁を自粛することにもなりそうだ。
オルバス達には、良い漁場だと思うんだけどね。
「私達の番よ。ロープで固定して頂戴!」
操船楼からのナツミさんの言葉に、立ち上がって船首に走る。船尾はオルバスさん達にお願いしといた。
甲板に戻ると、ナツミさんとマリンダちゃんが背負い籠に獲物を押し込んでいる。
トリティさん達はアルティを抱っこしているから、その光景を見ているだけだ。
男がやる仕事ではないと前に言われたから、手伝うことはできないんだよな。
「行ってくるね!」
「ハリオ以外はワインにするんでしょう?」
ナツミさんが頷いてくれたから、フルンネを突いた目的は忘れていないようだ。
「4YM(1.2m)越えの奴ばかりじゃねぇか。アオイの腕は確かだな」
「フルンネもそれなりだ。あれだけ突ける漁師は10人いないんじゃないか?」
今回は突かなかったけど、ナツミさんならハリオも突けるんじゃないか?
出来れば子供と一緒にトリマランにいて欲しいけど、そうもいかないんだろうな。今回は、ナツミさんのストレス発散も兼ねているのだろうから、少しは行動を押さえてくれるかもしれない。
3回に分けて獲物を運び終えると、トリマランを浮き桟橋から俺達の停泊位置にゆっくりと動かしていった。
すでに停泊しているオルバスさんのカタマランの隣にトリマランを停めれば、今回のハリオ突きは終了になる。
「オルバスが戻ってるから引っ越しにゃ!」
トリティさん達が、荷物を纏めて隣のカタマランに戻って行ったが、すぐに戻って来た。
どうやら、トリマランに食料がないらしい。
リジィさんといっしょにオルバスさん達が乗って来たザバンで商船に買い出しに行くようだ。
「トリティさん達は出掛けたのね。私達は、トリティさん達が戻ってからにするわ」
ナツミさん達も買い物があるってことなんだろう。
アルティ達は家形の中でハンモックでお休み中らしい。
新たに、ココナッツを割って中身を取り出しているところを見ると、さらに来客が増えるのを予想しているみたいだ。
「グリナス兄さんやネイザン兄さんがやって来るに違いないにゃ」
「となると、あれがそうかな?」
マリンダちゃんの呟きに桟橋を見ると、何人かの男達がこちらに向かって歩いている。相変わらずの2本丸太の桟橋だから、俺ならザバンを使うところだな。
「だいぶ突いたそうじゃないか!」
そう言って乗り込んできたのはネイザンさんだった。その後ろにはグリナスさんとラビナスの姿も見える。
「やって来たな。ネイザンはフルンネ狙いだったな。グリナスは別の漁をしてきたはずだ。ラビナスの結果も気になるところだ」
オルバスさん達もベンチから腰を上げて、甲板に座り込む。甲板が大きいから、皆で丸くなって座ると、マリンダちゃんが改めて酒のカップを配ってくれた。
「フルンネを8匹だ。ブラドを追わずにフルンネを専門に突けば、それなりに数を上げられる」
ネイザンさんの言葉にバレットさんが頷いている。
俺達の船を率いる者として、素質は十分と考えているのだろうか?
「俺達は北に行ったんだ。ブラドを15は突いたぞ。根魚釣りを合わせれば、普段よりも多いくらいだ」
「1航海の漁で銀貨1枚を目標にすればいい。それより多く突けるだろうが、無理をすればいずれ無理が祟るからな」
オルバスさんの言葉は、まだまだグリナスさんの向上の余地があるってことなんだろうな。「無理をせずに、焦るな」と言っているようにも思えるけど、グリナスさんにそんなことは分からないんじゃないかな?
後で教えておこう。
「それより、アオイの漁果だ。桟橋で荷を2人で3回も運んでいたからな。いったいどれだけ突いたんだ?」
ネイザンさんが、笑みを浮かべて聞いてきたんだが、思わずバレットさんに顔を向けたぞ。
「正直に話してやれ。仲間内なら問題も無さそうだ。お前らも、あまり言いふらさないようにしとけよ」
隣のオルバスさんも渋い表情で頷いている。
それなら、正直に話しておこう。
「ハリオが8匹、これは俺が突きました。フルンネ5匹はナツミさんです。ブラドはマリンダちゃんとナツミさんで10匹以上突いてました」
「ハリオを8匹! どうにか3匹を突きました。フルンネは2匹だけです……」
俺の言葉にラビナスが驚いて目を丸くしている。だけどラビナスだって立派な数字じゃないか。友人の中では一番だろう。
「どうやったらそんなに突けるか、想像もつかん。だが、全て4YMを越える立派なハリオだったぞ」
「聖痕の保持者ならと納得も出来ますが、ナツミがフルンネを5匹も突けるとなると……」
ネイザンさんの言葉は尻つぼみだ。自分の腕と比べて、それほど違いが無いことに驚いているのかもしれない。
「中には5YM(1.5m)もあるような奴もいたぞ。小さいころから本職に習ったらしい。アオイ達の国では女が潜ると言ってたからなぁ。それを聞いて前に納得したことがある」
オルバスさんの言葉を聞いて、無理矢理納得しているのだろうが、家形の屋根裏に並んだ銛を見ているから、銛の腕を鍛えようと考えているのかもしれない。
「まったく、驚くほどの腕だ。だが、腕の良い銛打ちはトウハ氏族の宝だ。アルティ達がどれほど銛を使えるかが楽しみだ」
バレットさんの話しでは銛の腕は遺伝するってことなんだろうか? そうなるとグリナスさんの腕が氏族の中間であることが問題じゃないのかな?
もっとも、本人は余り気にせずに漁をしているから、性格が漁に反映される良い事例とも言えそうだ。
「とりあえず、ラビナスがハリオを突けたことを喜びましょう。今回の漁の目的は、それなんですからね」
「だな。それで友人達は?」
ネイザンさんの問いに、ラビナスが話してくれたが、多くはハリオを1匹にフルンネが2、3匹というところだったらしい。
「あの銛を頂いたおかげだと思ってます。ブラドを突くより2倍ほど離れても、銛の勢いはそのままですし、真っ直ぐに伸びていきます」
「それもあるが、銛で獲物を突くのは、腕が8で銛が2だ。ラビナスの腕があればこそだろう」
うんうんと頷きながらバレットさんが褒めている。
良かったなと頭をグリグリしているのはグリナスさんだ。弟が褒められるのは義理の弟であっても嬉しいんだろうな。
「あの真っ直ぐな銛だな。俺もたまに炙って補正はしてるんだが……」
「柄の手直しだけで半日を潰すほどだ。いくら腕があっても、最後は銛ということにもなるな」
少しは銛の大事さが分かったかな?
カイトさんに散々銛の講釈を受けたからね。海人さんは腕が5分で銛が5分とまで言っていた。
「それで王国はどのように?」
「軍船を退いてくれた。無用な争いは我等も望むものではない。調停はギルドがしてくれたが、詳細は族長会議で決まるだろう。トウハ氏族には異存はない」
俺の問いにオルバスさんが答えてくれた。
ココナッツのカップで酒を飲みながら話してくれた内容では、津波の被害に対して小型の外輪船を各王国ともに5隻ずつ贈与してくれるとのことだ。この船はサイカ氏族とナンタ氏族に渡すということに、俺も異論はない。
「3年で漁獲を元に戻して欲しいとのことだ。トウハ氏族も新たなカタマランを手に入れなければならん。だが、リードル漁がその間に6回はあるのだからな」
「その漁獲は例の2割増しの漁獲ですか?」
「その通りだ。あの津波が無ければ何とかなるだがなぁ」
バレットさんが渋い表情で酒を飲んでいる。
そうなると、例の計画を早めに形にする必要が出てくるんじゃないか?
長老には話してあるから、帰って来たバレットさん達に新たな指示が下りるかもしれないな。




