M-111 たくさん突いてみたけれど
婚礼の航海ではザバンを使わないらしい。
嫁さんを船に残し、その船の周囲で銛を突くということだから、それぐらいの風習は守るべきだろうな。
船尾のベンチに腰を下ろして、素潜りの準備をしているとナツミさんが隣で同じように準備を始めている。
ちゃんとシュノーケルも持っているし、長さが短めのフィンまでマリンシューズの上に取り付けているぞ。
「先が1本の銛を貸してね?」
「構わないけど……、ちゃんと使えるの?」
ペタペタと甲板を歩いて家形の屋根裏から銛を取り出して、ナツミさんに手渡した。
俺の使う銛は、これだな。柄がカーボン繊維で作られたものだから狂いが無いんだよね。
「私はサンゴの方に向かうわ。アオイ君は深場でしょう?」
「なるべく起伏の激しい場所ってことだけど、底が岩場だからそうなるね」
ハリオはシマアジだし、フルンネはフエフキダイだ。フルンネの方が少しだけ動きがゆっくりかもしれないけど、それほど大差はないんじゃないかな。強いて俺達が有利なのは普段突いているブラドよりも魚体が大きいことだ。横の投影面積は10倍近くあるかもしれない。
銛先が1本の銛をナツミさんに渡したけど、返しがそれほど大きくないんだよな。ちゃんと甲板まで運べるかな?
「お先に!」
ナツミさんが銛を持って甲板から飛び込んでいった。直ぐに浮かぶと、南に向かって泳いでいく。
さて、俺も見てる暇はないぞ!
「行ってくるよ!」
マリンダちゃんに手を振ると、甲板から北に向かって飛び込んだ。
銛を小脇に抱えるように持つと、水面近くをシュノーケルを使って泳ぐ。
先ずは漁場の確認と、獲物を見付けねばならない。
上から見ると青物だけあって、見付け難いのだが動きが速いからマスクの視野に入ってくれば確実に見つけることができる。
その回遊コースを見付けたところで、獲物を待ち構えれば良い。
10分近く進んだところで、眼下を黒い影が通り過ぎるのが見えた。途中でコースを変えたらしく銀色の側面が輝いている。
あの速度で回遊してるなら間違いなくハリオに違いない。
となるとコースを変えた、あの辺りが潜むには都合が良いのだが……。
近くを探しても適当な岩が無い。
ゴロゴロした岩が海底に転がっているだけだ。あの津波で岩が崩れたのかもしれないな。
少し大きな岩を見付けて、その岩に張り付く外に無さそうだ。
数回ほど、浅い呼吸を繰り返して海底に向かってダイブする。
水深は5mほどだ。海底の岩を右手で抱えながら銛を突き出して、ハリオの回遊を待つ。
1分ほど経過しても群れが来なければやり直しだ。
海人さんの能力が欲しくなるな。俺達を遥かに超える潜水能力だ。せめて2分近い潜水時間が欲しくなる。
そろそろ上がろうか……、と思った時。ゴォォォと低い音が聞こえてきた。
来たのか!
やや突き上げるような形で左手を上げ、ゴムをしっかりと握る。
上手く銛先に魚体が来なければ次の機会を狙うしかない。群れの通過は一瞬に近い。しっかりと目を開き、その時を待つ。
突然、視界に銀色の魚体が通り過ぎる。銛先を通過する魚体の先を読んで左手を緩めると、勢いよく銛の柄が左手の中を滑っていく。
命中したのは、運が半分に近い。ほとんど一瞬の出来事だったからね。
銛先が外れて、ハリオの暴れる姿が手に伝わって来た。
そのまま、海面に浮上するとシュノーケルに溜まった海水を噴き出して、息を吐きながらトリマランを探した。
数十mほど離れているようだが、先ずは獲物を運ばねばなるまい。
1mを越える大物だから、引いていくのも骨が折れる。ハリオの動きがだいぶ鈍ってきたな。それでも時々、ブルッと柄が震えている。
「先ずは1匹だ! ロープを下ろしてくれ」
「大きいにゃ。これを外せば良いにゃ」
マリンダちゃんがロープを渡してくれたので、ハリオのエラから口にロープを通したところで、銛を引き抜いた。
船尾の開口部を開けてあるから、3人なら楽に取り込めるだろう。
さて、次のハリオを突くことにするか。
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昼前に漁を中断して、トリマランの甲板に上がる。
昼食後にも、漁が続くんだから休憩は必要だろう。疲れるまで素潜り漁をするのは危険だと、海人さんに散々教えられたからな。
「午前中に3匹にゃ。やはり聖痕の加護効き目が凄いにゃ」
トリティさんがベンチに腰を下ろした俺にここナッツジュースを渡してくれた。口の中がしょっぱいから、いつもより甘く感じるな。
「ナツミさんはまだ戻らないんですか?」
「もう直ぐ上がって来るにゃ。フルンネを2匹突いて来たにゃ。グリナスなんか足元にも及ばないにゃ」
うんうんと頷きながら教えてくれたけど、本人の前では言わない方が良いと思うな。
だけど、フルンネを2匹ねぇ……。かなり才能があるんじゃないかな。
「これ、お願い!」
ナツミさんの声が船尾から聞こえてきた。
どうやら午前中の漁を終えて上がってきたようだな。トリティさんが受け取った銛を引き上げると、1mを越えるフルンネが刺さっていた。3匹目ってことだな。思わずナツミさんを見てしまう。
「中々でしょう? アオイ君には負けるけど、氏族の女性の中では良いところに行くんじゃないかな」
「フルンネを突く、嫁なんて聞いたことが無いにゃ。でも大きなフルンネにゃ」
銛からフルンネを外すと、慣れた手つきでトルティさんが捌いている。
飲んでいたココナッツをナツミさんに手渡すと、すぐに喉を鳴らして飲んでいる。
「午後はマリンダちゃんと交代よ。島の近くがサンゴの崖になっているの。大きなブラドがたくさんいたわ」
「フルンネとハリオは腹を抜いて保冷庫に保存するらしいけど、ブラドなら一夜干しになりそうだね」
「ロデニルもいたから、マリンダちゃんに頼もうと思ってるの」
「私が潜って来るにゃ。ロデニルは食べる分だけにゃ。それぐらい直ぐにゃ」
狩猟本能が刺激されたのかもしれないな。リジィさんと交代しながらエビを捕まえるとなれば、今夜の料理は期待できるぞ!
だけど……、ナツミさんの銛の腕も凄いな。
フルンネは、動きを予測しないと難しい獲物だからね。その上、銛を近づけると直ぐに泳ぎ去ってしまう。
フルンネから50cm以上、1m未満が銛を打つタイミングなんだが、そこまで近づくのが中々難しいんだ。
昼食を頂いたところで、午後の漁を開始したんだが、今度はハリオが1匹だけだった。
1日で4匹をどう評価するか微妙だけど、トリティさんとリジィさんは「さすが聖痕の保持者にゃ!」と喝采してくれた。
「明日もあるからね。海人さんの記録を破れるんじゃなくて?」
「同じ場所じゃないし、この世界での生活期間だって違うからね。海人さんと同じなら海人さんよりも腕は下ということになるんだよな」
何とか同じ数を上げるとなれば、明日は3匹で良いことになる。だけど、海人さんは婚礼の航海でフルンネだってたくさん突いてるからなあ。
やはり海人さんは偉大だと良くわかる。
昼から頑張ったマリンダちゃんが、ブラドを数匹突いてくれたから、その1匹が今日の夕食だ。
美味しい食事を頂くと、明日も頑張ろうという気が自然に出てくる。
ナツミさんも「頑張らなくちゃ!」とマリンダちゃんと一緒に明日の漁の場所を話し合っている。
2日目の漁の結果は、ハリオが4匹をどうにか突くことができた。
俺がハリオを突く間に、ナツミさんとマリンダちゃんがフルンネを2匹にブラドを8匹も突いている。
これだけあれば、酒盛りの酒を買うのはできるんじゃないかな。ハリオは商船に売って、皆で分ければ良い。アルティ達の面倒をトリティさん達が見てくれたから、ナツミさん達も思う存分漁に参加できただろう。
氏族の島に戻ったら、少しはおとなしくしていてくれるかな?
夕暮れ前に、ネイザンさんの吹く法螺貝の音が聞こえてきた。
終結の合図だ。船団を組んで氏族の島に向けて夜通し船を進めることになる。
すでに着替えを済ませたナツミさんが操船楼に上がっている。
双子の世話は、俺とトリティさんが行って、リジィさんとマリンダちゃんは夕食の準備に忙しい。
そんな中、ラビナスがカタマランの甲板で手を振っている。
俺が手を振ると、片手で3本の指を見せてくれた。3匹のハリオを突いたということなんだろう。
思わず笑みを浮かべて、アルティの手を一緒に振ってあげた。
「どうにか終わったにゃ。ハリオ8匹は、バレットでも無理にゃ」
「皆さんがいてくれたからですよ。俺とナツミさんでは4匹が良いところでしょう」
「それほど謙遜することはないにゃ。2日でハリオを8匹突ける漁師は、トウハ氏族でアオイだけにゃ」
そうなのか? オルバスさんやバレットさんなら、それぐらいできそうな気もするぞ。
「ありがとうございます。慢心することなく漁をしていきますよ」
うんうんと、マリティに顔を寄せてトリティさんが頷いている。
ちゃんと聞いててくれてるのかな?
終結下船が北西に向かって進み始めた。
夜だからだろう。10ノット程のゆっくりとした速度で進んでいる。
マリンダちゃんの「出来たよ!」の声を聞いたところで、トロンとした目のアルティをカゴに入れると、操船櫓に上ってナツミさんと交代する。
食事は女性達が最初で良い。1時間程度なら俺にも舵を握れるだろう。
前に並ぶカタマランを眺めながら、果たしてどれぐらい突けただろうという思いがつのる。ラビナスが3匹ということだから、1匹も突けないということはないんだろう。ハリオが突けなければフルンネをと聞いたことがあるから、数を突けなかった者達はフルンネを突いているだろうな。
それよりバルテスさん達は、まだ帰って来ないのだろうか?
色々とやることがあるんだけどねぇ。あまり長く王国を相手にしていると、王国の方も困るだろう。漁獲が少ないのは王国の軍船が乗り入れたためだとは、ギルドに言われたくは無いだろう。
何と言っても商品の流通を仕切っている連中だ。
魚が少ない原因が王国にあると知った民衆が、どんな行動に出るか分からないからね。




