M-110 ナツミさんも漁をするの?
ハリオを突きに出掛ける船は、皆若い連中だ。ネイザンさんの下が俺になるとは思わなかったな。
赤い吹き流しを付けたネイザンさんのカタマランの後ろに、俺達のトリマランを含めて7隻のカタマランが続く。
浜で俺達に手を振っている人が多いのは、事実上の婚礼の航海だと思っての事だろう。
トリティさんがマリンダちゃんと一緒になって手を振って応えているけど、ちょっと違和感がありすぎるんだよな。
オルバスさんが不在だからだろうけど、トリティさん達はネイビーブルーのビキニを着ている。スレンダーな体形が似ているから遠目には姉妹に見えるんじゃないかな。
「初めて着てみたにゃ。似合ってるかにゃ?」
「まるでマリンダちゃんのお姉さんに見えますよ」
「夕食は、アオイの好物を作るにゃ!」
嬉しそうに手を叩いてはしゃいでいる。それをジト目でマリンダちゃんが見てるんだよね。
「父さんが帰ったらビックリするにゃ。いつもの服が一番にゃ!」
「まだまだ、若いにゃ。マリンダとあまり変わりがないにゃ!」
親子で言い合ってるけど、平和なものだ。ナツミさん達のビキニよりは布地が大きいから、ラビナスが衝撃を受けることも無いだろう。それよりも、40歳を超えてもビキニが似合うお母さんを見直すべきじゃないかな。
操船はナツミさんが最初みたいだ。お母さんに口で勝てなかったマリンダちゃんが家形の屋根に上っていく。
双子はまだハンモックの中だから、銛を研いで時間を潰そう。
大物用はしばらく使っていなかったからね。いくら錆びるような部材を使っていないとは言え、刃先は軽く研いでおくべきだろう。
「南東に向かってるにゃ。南は津波の影響が酷いと聞いたにゃ?」
「サンゴがかなりひどいことになってます。でも、この方向なら深い溝のある岩場ですから、影響は少ないと考えたんじゃないでしょうか?」
トリティさんの心配は俺にもあるんだけど、ハリオを突く漁場については、族長会議で指示が出されたはずだ。
いないということはないんだろうが、突き難いということはあるかもしれないな。
全ての船が1匹以上突ければ良いんだけどね。
いつもより、少し船足が速い気がするな。皆ワクワクしながら、ネイザンさんのカタマランを追い掛けているんじゃないか。
その気分を、帰島するときにも維持したいところだな。
女性が4人もいるから、操船を交代しながら昼食も作れる。ナツミさんはアルティ達におっぱいを飲ませないといけないということで食事作りを免除してもらったようだ。
たまに、家形の上から下りてきて家形の中を覗いているけど、今のところはぐっすりと寝ているらしい。
「まだ寝てるわ。この揺れが良いのかしら?」
お茶のカップを差し出しながら、呟くように言った。
「そうかもしれないね。俺が小さい時には、夜泣きをすると父さんが車に乗せて近所を一回りしたと言ってたよ」
「私も、似た話を母さんから聞かされたわ。それと同じってことね」
小さな振動は余り俺達には気にもならないんだが、赤ちゃんにとっては良い心地になるんだろうな。
パイプを取り出して火を点ける。
まだまだ漁場は先になる。夕暮れ前に到着できればいいんだけどねぇ。
「15ノット近くは出てるんじゃないかしら? このまま速度が落ちなければ、予定通りよ」
「普段の1.5倍ってこと?」
「それに近い速度で進んでるわ。明日は朝からハリオを突けるわよ」
氏族の島から1日半という距離らしい。
そうなると、午後は素潜りの道具を確認しといた方が良いだろうな。
太陽が傾き始めると、さらに船足が早まる。
若い連中のカタマランが魔石を6個使う魔道機関であることを考えると、2ノッチ半ほどに機関の出力を上げてるんじゃないかな?
ちょっと心配になる航海になってきたが、夕暮れが始まるころには速度がかなり緩まってきた。
どうやら、目的の漁場に到着したということなんだろう。
周囲を見渡しても、俺達の船団以外のカタマランは存在していない。長老の気遣いかもしれないな。
ネイザンさんの法螺貝が聞こえてきたところで、船団が解かれて漁場にカタマランが散っていく。
さて、ナツミさんはどこに向かうんだろう?
ゆっくりと速度を押さえながら、トリマランは東を目指す。
ネイザンさんのカタマランを追い抜いて300mほど進んだところで、ナツミさんが船首で待っている俺に手を振った。
アンカーを下ろしてロープを伸ばす。目印に着けたリボンを見ながら水深を確認すると、およそ6mほどの深さだ。
少し遊びを取ってロープを固定すると、船尾の甲板に向かって家形の屋根を歩いていく。操船楼は誰もいなかったから、全員が甲板にいるのかな?
船尾のベンチに、トリティさん達がアルティ達を抱いて座っている。夕日が綺麗だから一緒に眺めてるのかな。
ナツミさんはマリンダちゃんと一緒に夕食を作り始めたようだ。
トリティさん達が見てるからなんだろう、ちょっと緊張した表情でスープに入れる野菜を切っている。
「明日も晴れるにゃ。絶好の素潜り日和にゃ」
「余り期待しないでくださいよ。今までだって突いたのは1匹だけですから」
「だいじょうぶにゃ。聖痕の力は偉大にゃ!」
おばあちゃんから、海人さんの漁をについて教えて貰ったんだろうな。
俺から見ても海人さんの銛使いは憧れの対象だった。海人さんと同じ聖痕を腕に持っているとしても、比べる対象が海人さんでは、最初から結果が見えてる気もするんだよね。
苦笑いをしたところで、甲板の風下に移動してパイプに火を点けた。
普段の漁なら根魚釣りを始めるところだが、今回はハリオ狙いだからね。ゆっくりと体を休めておこう。
夕食はちょっと豪華にカマルの身を解した炊き込みご飯だ。少し酸味が効いたスープとカマルの唐揚げが出てくる。昨日入り江で釣ったカマルかな?
アルティ達は、炊き込みご飯をココナッツミルクで煮たリゾットみたいだな。ナツミさんとマリンダちゃんで食べさせている。
「ネコ族なら歩き始めるにゃ。この子達はようやく掴まり立ちにゃ」
「俺も、歩き出したのは遅かったと母さんが言ってましたから、似てしまったんでしょうね」
こんな世界だから医療技術が発達しているとも思えない。今のところは元気に育っているけど、これからも病気などしないで育ってほしいところだ。
食事が終わると、ワインを飲みながらトリティさんとリジィさんがかつての婚礼の航海の話をしてくれた。
オルバスさん達が先を争って海に飛び込んだということだ。トリティさんも、他の船の様子をうかがいながらオルバスさんの最初の獲物を待ったらしい。
「最初が、ケネルで次がバレットだったにゃ。最後に上がって来たオルバスが一番大きなハリオを突いて来たにゃ」
「最初にハリオを突いて上がってくる者が必ずしも1番とはならないにゃ。よく相手を見て銛を打つにゃ」
なるほど、と頷いてしまう。
1番が必ずしも1番ではないということだな。矛盾した言葉だけど、銛を使う者の心得として十分に伝わってくる。
1番を争うことなく、結果として1番となれ、ということなんだろうけど、中々に奥が深い心得だ。
「マイペースで漁をするってことね。私も賛成よ」
「まさか、ナツミさんも突こうなんて考えてないよね」
「対象魚以外を狙うつもりよ。それぐらいは分かるわよ。ブラドを突けば、浜のお祭りの足しになるでしょう?」
要するに、酒代を稼ぐってことだな。
当然マリンダちゃんも参加するだろうから、良いワインが買えるんじゃないか?
後で、オルバスさんに文句を言われそうだけど、婚礼の航海の真似事だからねぇ。男だけが銛を突くとは聞いてないし、ここは頑張って! と言っておこう。
「私も潜って漁がしたかったにゃ。間違えてハリオを突いても構わないにゃ」
トリティさんの言葉にリジィさんも頷いている。
早くオルバスさん達が帰って来ないと、新たな伝統ができそうな気もしてきたぞ。それに俺が一枚かんでいるとしたら、俺に矛先が回ってきそうだ。
「戦の最中には、海人様の3人のお嫁さんも銛を使って漁をしたと聞いたにゃ。女性が素潜り漁をしないのは、船の上の仕事に忙しいだけにゃ。男に任せると碌なことにならないにゃ」
要するに家事ができないってことkなんだよな。俺もそうだから、オルバスさんも似たようなものだろう。
だからと言ってねぇ……。
「ワイン3本分ぐらいにしてくれる?」
「頑張ってみるわ」
マリンダちゃんも頷ているから、俺の心情も少しは理解してくれたに違いない。
いつの間にかアルティ達を抱いていいたトリティさんとリジィさんが二人で頷きあっている。何らかの合意が出来たみたいだけど、あまり波風を立てないで欲しいところだ。
だんだんと不安がこみあげてくる。
早いところ、漁を始めたい気分になる。海中に潜ればそんなことを考えずに済むだろう。
翌日。起きて甲板に出ると、東に顔を出したばかりお日様が見える。
すでに朝食の準備を終えていたようで、顔を洗って甲板に戻ると直ぐに朝食が始まった。アルティ達は夢の中だから、ちょっと静かな食事風景だ。
「もう少し、お日様が上ったら、飛び込む連中も出て来るにゃ。競わずに1番を目指すにゃ」
「普段の力で漁をします。無理をすれば、それだけ自分に負担が掛かります」
「ラビナスは、ちゃんと突けるかにゃ?」
「待つことを学ぶことになるでしょうね。腕は十分ですし、問題はないと思いますよ」
群れの先で待って、ハリオの1YM(30cm)先を狙えと教えたんだけどね。結果は、今夜にでも分かるだろう。きっとマリンダちゃんが様子を見に出かけるに違いない。




