M-109 大物用の銛作り
俺が若い連中を連れてハリオを突きに向かうという話を、ケネルさんとネイザンさんは誰に聞いたんだろう?
翌日の昼過ぎに、トリマランを訊ねてきた2人が、すぐにその真偽を聞いてきた。
「ラビナスがハリオを突いたことが無いと言ってましたので、連れて行こうと思ったんですが……」
「ラビナスのことだ。友人達もということになったんだな?」
ネイザンさんの言葉に、黙ってうなずいた。
俺達の話をパイプを咥えて聞いていたケネルさんも一緒になって頷いている。
「色々あったからなぁ。新たなカタマランを手に入れて嫁を貰ってもハリオを突きに行っていないものは多いだろう。親や兄貴達が行ってるんだ。少しは負い目もあるんじゃねぇか? 若手ばかりだが、10隻には届くまい。それに船を失った連中もいるようだ。ネイザン、今夜の氏族会議には俺と同席するんだぞ。アオイに任せるのも良いが、お前が率いて行け!」
今度は、ネイザンさんが吃驚した表情でケネルさんに顔を向けている。
たぶん将来の筆頭となるための技量を試したいのだろう。俺もその方が気が楽だ。
「だが、この計画はアオイが考えてものだ……」
「実は、俺も思う存分ハリオを突いてみたいんです。そんな風習が無い場所で育ちましたからね。今までに付いたハリオは、このぐらいの大きさの奴が1匹ですからね」
聖痕の保持者となれば、ある程度の実績を示すことも必要と考えたのだろうか?
ケネルさんも俺の言葉に頷いている。
「そういうことだ。アオイもトウハ氏族として参加ということだな。婚礼の航海は一生に1度だけだ。本来ならそいつらだけで行くんだが、模範を示してやったらどうだ?」
やはり、ネイザンさんの技量を確認するつもりのようだ。オルバスさん達が帰ってきたら、面白おかしく報告するに違いない。
「日取りは今夜決めてくる。ハリオもそうだが、大型を突く機会はこの辺りではあまりないことも確かだ。突き方の教えを請いに来る者もいるだろうから、ちゃんと説明するんだぞ」
ケネルさんが、グリナスさんに注意しているけど、ちゃんと教えられるんだろうか?
ちょっと心配になってきた。
家形の扉のところで、心配そうな表情で俺達を見ていたトリティさんも、首を振ってるんだよね。グリナスさんに若手の指導は無理だと思ってるんだろうな。
「銛と突き方位は教えましょう。まるで突けないとなれば、嫁さんの立場もあるでしょうから」
「そういうことだ。かつての航海でも突けなかった連中は、少し肩身が狭い思いをしていることも確かだからな。アオイが思い切り突きたいというのも、俺にはよくわかるぞ」
俺の言葉に頷きながら、ケネルさんが後に続ける。
改めてトリティさんがココナッツで割った酒を俺達のカップに注いでくれたんだが、ケネルさんはトリティさんに笑みを浮かべて頭を下げながらカップを差し出していた。
「私らの時に一番大きなハリオを突いたのはケネルにゃ。グリナスのところにやってきたら、ケネルに教えを乞うように言っとくにゃ」
「まだ覚えてたのか? まったくあの頃はおもしろかったなぁ」
一生に一度ということで、いつまでもその時のことを覚えているんだろうな。そうなると、婚礼の航海を行わなかったのは残念を通り越しているのかもしれない。
ラビナスに負けないように、俺も頑張らねばいけないようだ。
翌日は、のんびりとラビナスの銛を作って過ごす。俺の銛は向こうから持ち込んだものを使えば良い。
銛先はチタンだから錆びすらないし、刃先も鈍ってはいない。ゴムの劣化を確認したのだが不思議と亀裂さえ見当たらない。親父の思い入れもある銛だからなんだろか?
ある意味、祝福された銛ってことになるのかな?
曲がりを補正した柄の片方に十字を描き、慎重にノコギリで20cmほどの切れ目を作る。
その切れ目に沿って、さらにのこぎりで切れ目を広げる。切れ目の末端は糸ノコのような代物で横に切るのだが、切りすぎると割れてしまいそうだ。竹の柄なら楽なんだけどね。
小指ほどの太さがある鉄の棒は全体焼いて油に浸したものだ。何度も行ったから黒光りしている。
長く使ってもらいたいから少しは工夫しておかないとな。この世界にはステンレスが無いのが残念だ。
「こんなものかな?」
鉄の棒が、十字の溝の中心部に軽く納まるのを確認したところで休憩することにした。
次も面倒な作業だから、あまり急ぎ過ぎると手を抜きかねない。
「ラビナスの銛と聞いたにゃ。大型を突く銛は自分で作る人が多いにゃ」
リジィさんが、済まなそうな表情で俺にお茶を運んでくれた。
「たまに作らないと忘れそうです。ちゃんとした銛を渡せば、ラビナスも銛作りに手を抜くことはありません」
うんうんとリジィさんが頷いているけど、その目は遠くを見ているようだ。きっと亡くなった旦那さんの銛作りを思い出しているのだろう。
ラビナスも父親が生きていたなら、きっとこれを使えと渡して貰えたに違いない。まったく縁がないわけではないから、俺が兄貴として渡すのは氏族の習わしにも叶っているはずだ。
「すみませんが、カマドに少し強めの火を熾してくれませんか? 柄の先端を炙りたいんで」
「柄を炙るのは聞いたことも無いにゃ。でもちょっと待ってるにゃ!」
そんなことはしないというのが一般的なんだろう。だけど、大物を突く銛なんて滅多に使うことはないからね。使おうとしたら使えなかったでは後々困ることになる。
カマドに小枝を入れたようだ。炎が上がったのが甲板でも見える。柄を持って行き、カマドの炎に十字の溝を切った先端を入れて軽く炙ると、燃えださない内に引き抜いて竹筒に入れた油の中に浸す。
ジュ! と音がしたから、これで柄に油が浸みこんだはずだ。
それをカマドの上で柄を回しながら乾かしていく。
ちょっと黒ずんだ柄の先端に鉄の棒を差し込むと十字の手元を銅に針金でしっかりと巻き付ける。
銅で作った円環を得の上部に落とすと、先端が細くなっているから円環で締まる仕掛けだ。
氏族の連中は、針金をぐるぐる巻きつけているんだけど、この方が軸合わせがしやすいと思うんだけどねぇ。
柄を回して鉄の棒の先端が描く円が小さくなるように修正したところで、一気に銅の針金で切れ目の半分ほどまで巻き付けた。
再度柄を回す。作業で少し芯がずれたようだな。
円環を外して軸を補正すると、再度円環で柄を絞める。今度は円環まで銅の針金を巻き付けた。
最後にもう一度、銅の針金の上から油を塗ってカマドの火で乾かす。これを数回行って柄が完成した。
後は、銛にするだけだ。
柄の長さを3mにしたところで柄の反対側をノコギリで切り落とし、少し削るとカマドの火で炙ると油に浸したところで真鍮の円環を入れる。これにガムと呼ばれる、ゴム状の帯を取り付けるのだ。どう見ても帯状のゴムなんだけど、ネコ族や商人もガムというんだよね。
輪にしたガムの帯を2本取り付ける。1本では少し心もとないから2本にしたんだが、ラビナスにこれを引けるかが問題だな。
銛先の穴に紐を通して結ぶ。これは俺が向こうの世界から持ってきたパラロープを解したものだ。3mほどの長さなんだが、10本以上の丈夫なナイロン糸が取れる。細いけど丈夫な糸だから、俺の銛にも使っている代物だ。
紐の末端は銅の針金を巻いた後部に数回巻き付けたところで結びつけた。あまり長いと取り回しが不便だし、短いのも問題だ。1.5mほどが丁度良いんじゃないか?
鉄の棒の先端は細くなっている。そこに銛先を押し付けるようにして固定するのだ。
あまりゆるゆるでも困るから、松脂のような樹脂を鉄の棒の先に塗っておく。
出来上がった銛を、膝の上で転がして銛の先端が描く円を見る。描く円は小さなものだ。これなら存分に獲物を突けるだろう。
出来上がった銛を見ながらパイプに火を点ける。
すでに夕暮れが近づいているから、これで1日を掛けてしまった感じだ。
夕食は皆が集まるからその時に渡せば良いかな?
屋根裏に銛をしまって、代わりにおかず用の釣竿を出す。
何匹か釣らないと、夕食のおかずが単調になってしまうからね。
夕食前にネイザンさんがやってきて、ハリオ突きの日程を教えてくれた。
まるで自分が参加するかのように嬉しそうに説明するネイザンさんに、俺達は耳を傾けて聞き入る。
「まあ、そんな感じだな。出発は明後日の明け方。同行するカタマランは8隻だ。俺が先導するが、俺はハリオを突かないことで長老が許してくれた。せいぜい、フルンネをたくさん突こうと思ってる」
「2日間で、突けるだけ突くというのもおもしろいですね。カタマランの2ノッチで1日の距離ですか」
俺たち以上に、嫁さん達の目が輝いているんだよな。
トリティさんは「2回も行けるにゃ!」と言いながらまるで自分の事のようにはしゃいでいる。
これで、俺が最下位だったりしたら、一生あの時は……、と言われかねない。
俺も頑張らないとな。
「俺が先導するから赤い吹き流しを付ける。参加するカタマランは白い布を掲げてくれ。それとだ、殿はアオイに頼んだぞ。何かあったら笛で答えてくれ」
やはりネイザンさんを、将来の筆頭に考えているようだ。
それなら協力してあげないとな。
ネイザンさんが帰ったところで、夕食が始まる。
グリナスさんやトリティさん達がかつての航海で、ハリオを突いた話が夕食に花を添える。
ラビナスが目を輝かして聞いているから、ちゃんと夕食を食べたかを忘れてしまうんじゃないかな?
食後のワインを楽しんでいるときに、ラビナスに銛を進呈した。
驚いているラビナスに、使い方を簡単に説明しておく。ラビナスの持つ銛とは少し違っているからね。
「これを使ってくれ。5YM(1.5m)のハリオも突けるぞ。この銛の使い方は1つだけ今までの銛と違ってるんだ。銛先が簡単に外れる。この銛は打ち込んだら柄を素早く引くんだ。打ち込まれた銛が紐に引かれて魚体の中でこんな具合に回転する。絶対に外れることはないぞ」
「こんな銛を頂けるんですか?」
「ああ、使ってくれ。俺の銛と形は同じだ。さすがにガルナックは無理だけどね」
トリティさん達も、頑張るようにラビナスを激励している。
後はどうやって突くかを教えないといけないんだが、それは明日でも良いだろう。




