M-107 氏族会議への報告
俺達が甲板で漁の話をしているところに、家形の中からカヌイのおばさん達とナツミさん達が出てきた。
一様に安堵の表情をしているから、特にネコ族の宗教上の問題は無かったのだろう。ナツミさんも、双子の片割れを抱いているし、もう1人はマリンダちゃんが抱いていた。
カヌイのおばさん達に船尾のベンチを譲り、家形の入り口近くの壁に積み上げたベンチを持ち出して俺達が座った。
もう1つぐらいベンチを増やした方が良いのかもしれないな。結構来客が多いからね。
「まさしく聖印にゃ。長じれば歌を教えようと思ったにゃ。でも、ナツミがその歌を知るなら問題ないにゃ」
「でも、軽々しく呼び出してはダメにゃ。カイト様のお子でさえ、呼び出したのは2回にゃ」
寂しくて、歌ったんだろう。
その心根に龍神が応えてくれたんだろう。ちゃんと教えておかないといけないな。
「聖印だと?」
「間違いないにゃ。ナツミの出産に龍神が立ち会っているにゃ。それで聖印が無いのが不思議だったにゃ」
そういえば、話してなかったな。ケネルさん達に、南の海で起きたことを簡単に説明すると、頷きながら聞き入っている。
「ナンタ氏族の聖痕の持ち主にも子供がいるが、聖印を持つ者はいないようだ。それだけ、トウハ氏族は龍神の庇護にあるのだろう。我等もおごることなく氏族の為に漁をせねばならんな」
「それを言うなら、ネコ族全体のためと考えた方が良さそうです。俺は、オルバスさん達に何かあったと考えたぐらいですからね」
「それは無いにゃ。かつて神亀がカイト様の長女に宝玉を授けた時は戦の最中だったにゃ。もしも、オルバス達に何かあったなら、神亀はトルティやグリナスのところに行くにゃ」
偶然ということなんだろうな。だけど紛らわしい話だ。
しっかりと双子を育てるように、俺達に言って台船に乗って帰って行った。
あの台船は、桟橋補修用に活躍してるらしいから、夕暮れだから仕事を終えた後なんだろう。
「色々あったようだから、今夜の氏族会議には顔を出すんだぞ」
「そうですね。それと、グリナスさん達は?」
「まだ帰って来んな。明日には戻るんじゃないか。オルバスも漁場を巡ってはいるが、そこで漁をしたわけじゃねえからな」
目ぼしい漁場を全て回ってくるつもりなのかな? それだとかなり時間が掛かりそうだ。
ワインの礼を言って、2人が帰っていく。
リジィさんが夕食の準備を始めたから、俺も釣竿を出してみるか。
釣れた魚は3匹だったから、スープの材料になってしまった。
夕食を済ませたところで、桟橋を歩いてく。丸太2本の足場はちょっと危ないから慎重に歩かないとね。
長老達の住むログハウスが、どうにか完成したみたいだな。
前より少し会議の場が広くなったように思える。長老の横手に座って、パイプに火を点けると、会議の始まりを待つ。
いつも気になるんだが、氏族会議の始まる時間はどうやって決めるんだろう? オルバスさんが帰ってきたらきいてみよう。
「さて、主だった連中が揃ったようじゃな。欠けた長老の席を心得の中から選んでおる。これでトウハ氏族の長老は4人になったぞ!」
長老の言葉に、ケネルさん達が一斉に頷いている。ちょっと遅れたけど俺も頷いておく。
「長老。東の漁については昨夜話した通り。今夜は、南に向かったアオイの話を聞きましょう。アオイは帰りに神亀に会ったと言っておりました。トリティ達が帰るなりカヌイの婆さん達を呼び出す始末。なんでも、双子の子供に聖印を授けたそうですぞ」
ケネルさんの言葉に、集まった男達が一斉に俺を見る。ちょっと怖いくらいに揃ってるんだよな。
とはいえ、一応、あったことを説明せねばなるまい。
「南の水路の先の漁場を見てきました。帰りにひょうたん島の周辺で漁をした結果が、夕刻に世話役に持って行った魚です。
水路は段差が坂のようになって、中心は深くなっています。通行に何ら問題はありませんが、目印は破壊されていました。
漁場は、南斜面のサンゴがかなり破壊されています。島影の北側は従来通りと考えられます。
ここまでは、調査の結果なのですが、その帰路に神亀に遭遇しました」
ここからは、少し詳しく話した方が良さそうだ。
神亀にトリティさんが赤ん坊の手を添えて振らせると、神亀が近寄って来た。
近寄って来た神亀とナツミさんが無言でしばらく見つめ合っていたが、赤ん坊を神亀に差し出すと、神亀の舌が赤ん坊のほくろを聖印に変えた。
カヌイのおばさん達は、聖印に間違いと言っていることと、双子が歌えば龍神を呼び出せる。その歌は、ナツミさんが知っていると伝えた。
長く話したから、喉が渇いてしまった。
世話役が配ってくれたお茶を飲んだけど、かなり温くなってるな。
「ナツミが神亀を意思を伝え合えるということじゃな。不思議な話じゃがカヌイの婆様達は我等よりも心の奥に通じておる。となれば、神亀を呼ぶこともできるのじゃろう。さらに聖印を持った双子が、龍神を呼び出せるのは真のことじゃ。我もまだ小さい子供の頃に、呼び出された龍神を見ておる。
浜で双子が歌いながら踊ると、入り江から龍神が姿を現した。双子としばらく顔を合わせておったが、その後に消えてしもうた」
隣の長老も、その話に相槌を打っている。見たということなんだろうな。
だけど、あの歌で目覚めたり、やって来るのは別の代物なんだけどねぇ。要するに敬虔な歌に答えてくれるのかな?
「他の氏族の模範とならねばなるまい。神亀と龍神を見ることができたネコ族の人間は、多くはないぞ」
「もちろん、それを心がけるつもりですが、大陸の王国にその後の動きはありませんか? リーデン・マイネを持ち出したとなれば、大陸の王国も何らかの動きを見せそうですが」
あまり長くこの話題を引きづっていると、長老の小言が長引きそうだからね。ニライカナイの緊急案件について尋ねることにした。
「確かに、そちらも大きな問題が出てきたぞ。王国がリーデン・マイネの引き渡しを条件に食料と動力船の提供を申し出ている」
やはり、そういうことになったか。リーデン・マイネの存在は大陸の王国にとっては目の上のたんこぶに違いない。
海戦では圧倒的な存在だからな。リーデン・マイネを取り上げればネコ族を思い通りにできると勘違いしてるのかな。
「無視しても良いでしょう。時間が掛かりますがリードル漁を続ければ動力船や食料は手に入ります。目先の利益に囚われぬようお願いします」
「うむ。族長会議も、その方向じゃ。商会ギルドも不当な値上げをすることはないとも言ってくれたぞ」
「そうなると、バレット達もすぐに帰ってきそうだな。漁を頑張らねばなるまい」
「問題は、カゴ漁の船が前と同じ場所で漁をできないということです。サンゴの崖沿いに東に向かい島影の南側を狙うことになるでしょう」
一応、船の修理は終えているそうだ。
漁場の確認を終えてからの漁と申し合わせていたようだから、これで場所が決まったようだな。
集めたロデナスを入れる生け簀の補修も終えているから、後は出漁だけということになる。
「ケネルさんの友人から、将来性のある話を聞きました。今それのシステムを検討しています」
俺の言葉に、何のことだ? という目をケネルさんに皆が向けている。
ぎょっとしているけど、かなり有効なシステムだと思うんだけどなぁ。
「ああ、たぶん、ギレネスの言った話だろう。もっと大きな船を使えば良いんじゃないかとか言ってたな」
「もっと大きな船、この場合は商船並みの大きさになります。船団に商船が付き添うような形になりますが、これだとカタマランを必要としません」
「他の氏族と同じように外輪船で漁ができるということか! それなら、船を失った連中もすぐに動力船を手に入れられるぞ」
だが、問題が無いわけではない。
大型船と氏族の島を結ぶ高速船が必要になる。場合によっては水中翼船になりそうだが、そうなると積み荷を大きくすることができないんだよね。
「大型船の保冷庫を大きく作れば、燻製の保管も容易でしょう。トウハ氏族だけでなく、他の氏族への荷下ろしも可能に思えます」
「なるほど、長じてはニライカナイ全体を1つにすることもできそうじゃな。まったく壮大な計画じゃわい」
「ワシらの時代にそれが見られずとも、次の長老達はその場に立ち会うこともできるじゃろう。心得を大型船に乗せるも良さそうじゃな」
「トウハの漁果を他の氏族に渡すのじゃな。上納の割合が難しくなりそうじゃが、他の氏族もそうなると良いのう」
「氏族の垣根が取り払われるのじゃな。無駄な争いをせぬように取り決めたのじゃが、それはいつでも取り外せる」
長老が乗り気だということは、この話は進めることになるのかな?
「氏族の島で生まれた者の発案であるのも良い傾向じゃ。とはいえ、我等にはどのように全体を組み合わせれば良いかが分からん。アオイには済まぬが、その考えをきちんと整理して欲しい。トウハ氏族だけの話ではないからのう。他の氏族にも話をせねばなるまい」
他の氏族への根回しは、長老にまかせられそうだ。
ナツミさんに、話してあるから、子育てをしながら考えているだろうし、ある程度まとまっているのかもしれないぞ。
最後に、2割増しは今でも有効だから、漁に励んでほしいと長老に頼まれてしまった。
まぁ、元々は大陸の王国の庶民用の食料調達だからね。数が減れば王国への不満も高まるんだろうな。
2本丸太の桟橋を歩いてトリマランに戻る。
ナツミさんとマリンダちゃんが、甲板でお茶を飲みながら俺を待っていてくれた。トリティさん達は、双子を寝かしつけながら一緒に眠ってしまったらしい。
2人に氏族会議の話を簡単に説明すると、オルバスさん達が帰って来ることを喜んでくれた。
「でも、大型船を使った漁は、まだ構想中なの。ちょっと時間が欲しいわ」
「アイデアは何となく理解できるし、動力船は外輪船を使えそうだ。船を失った人が多いからね」
氏族は助け合わなければならない。氏族が一段落すれば次は他の氏族だ。ネコ族はそうやって長年暮らしてきたのだろう。




