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M-106 神亀とナツミさん 


 広い海域に出ると、トリマランの速度が上がる。

 前方をマリンダちゃんが監視しているからだいじょうぶなんだろうが、このトリマランを水中翼船モードにすると、あまり舵が効かないとナツミさんが教えてくれたんだよね。

 ちょっと心配になるけど、トリティさん達は何も言わない。むしろ、さらに速度を上げるように言いたいような表情で操船楼をたまに見てるんだよな。


「この速度なら、明日の夕暮れには氏族の島に着けそうですよ」

「夜は私とリジィで船を進めるにゃ。それで夕暮れ前には着けるかもしれないにゃ」


 やはり、双子の聖印をカヌイのおばさんに見せたいんだろうな。

 海人さんの子供達は2度龍神を呼んだようだが、その原因は何なんだったんだろう?

 単なる子供の興味なら良いんだが、ニライカナイの危機をそれで防いだともなれば、問題じゃないのか?


「トリティさん。トリティさんのお婆さんが龍神を呼んだ時、何か氏族の重大な事件があったんでしょうか?」

 俺の問いに、トリティさんが顔を向けた。

 双子は家形のハンモックで寝ているらしいから、リジィさんといっしょに船尾のベンチでお茶を飲んでいる。


「あの事件にゃ? 最初の時は、お姉さんが嫁に行った時にゃ。寂しくて歌いながら踊ったら入り江の中に現れたと聞いたにゃ。2度目は、カイト様が亡くなった時にゃ。竜神がカイト様から聖痕を回収したと聞いたにゃ」


 そんなことがあったんだな。氏族の重大な事件では無さそうだ。

 子供達の優しい気持ちに龍神が応えてくれたんだろう。その時に、ナツミさんのように意思を交わしたかは怪しいことだが、2人の前に現れれば少しは気がまぎれるだろうし、龍神が近くにいるというだけで、寂しい気持ちも無くなったに違いない。


 それにしても、神を見ることができるんだからね。

 祈る対象が明確で、それなりに御利益があるなら、ネコ族の人達が崇めるのも無理のない話だ。

 

 夕食を交代で食べたトリティさん達が、ナツミさん達に変わって操船楼に上がる。

 嬉しそうに操船楼に上るのを見て、一言を諦めた。

 なるようにしかならにだろうからね。それにリジィさんがいるのが少し心強いところだ。

 家形のハンモックに横になると、すぐに睡魔が襲ってくる。

 精神的に疲れてるんだろうな……。


 甲高い水切り音で目が覚めた。

 頭だけを上がて家形の中を見回すと、俺の隣にアルティ達が寝ているだけだ。すでに皆起きてるみたいだな。

 雨期だからサーフパンツにTシャツ姿で甲板に向かうと、ナツミさん達が朝食を作っている最中だった。

 俺に気が付いたマリンダちゃんがココナッツを渡してくれる。自分で割って飲めということなんだろう。

 倉庫の壁にタモ網と一緒に下げてある鉈を使ってココナツを割ると、そのまま飲み始めた。少し甘みがあるから朝はこれが一番だな。できればコーヒーが飲みたいけど、無理を言っても仕方のないことだ。


「どの辺りまで来てるの?」

「昼前にはカゴ漁の船団がいた海域にゃ。夕暮れには氏族の島に到着にゃ!」


 夜通し、水中翼船モードで走ってたのか?

 ちょっと無茶な操船だけど……、トリティさんだからねぇ。リジィさんではダメだったか。


「不思議な世界よね。あんな大きな神亀もいるんだから。テレパシーで話し合えるし、困ったら手伝ってくれると言ってたのよ」

 思わず、ココナッツジュースを噴き出してしまった。

 慌てて、口を手で拭いながらナツミさんを見る。困った人ねという感じで俺を見ているけど、そんな話は早くに教えて欲しいものだ。


「本当なの?」

「ええ、本当よ。かなり知性的な生物みたい。善悪の判断ができるみたいよ」


 あの大きさで、善悪を判断して行動するなら神と呼ばれてもしかたがないだろうな。

 だけど、神亀をナツミさんは本当に呼べるんだろうか?

 もし呼べるならば、リーデン・マイネなんて物の数では無くなるんだけどねぇ。

 

「でもね。争いごとには呼び出したくないわ。ネコ族の皆の暮らしをずっと見てきた亀さんなんだから」

「みんなの前では、亀さんって言わない方が良いよ。神の縁戚なんだからね、それと、俺もナツミさんに賛成だな。俺達でできることをしたいね。神亀には、これまで通りネコ族を見守ってもらいたいのは俺も同じさ」


 パイプを取り出して、火を点けた。

 魔法もあるんだから、俺達に見える神がいてもおかしくはない。双子に龍神を呼ぶことができるのだとしても、安易に呼び出すことが無いようにしつけをしとかないとな。

 それはナツミさんにもいえることだけど、俺が言わなくとも分かっていると信じたいところだ。

                 ・

                 ・

                 ・

 夕暮れに赤く染まった氏族の島が見えた時、正直ほっとした気分だ。

 女性達の操船が、ほとんど水中翼船モードで走り続けていたんだからね。いくらカヌイのおばさん達に早く伝えたいと言っても限度がありそうな気がする。

 予定では、今夜遅くの筈だったんだが、入り江近くに来て速度を落とし、土台すらなくなった灯台跡を見ながら、ゆっくりと入り江の中に入ると、トリマランを浮き桟橋に横付けした。

 浮き桟橋の杭に、ロープを結んでトリマランを固定すると、ナツミさん達が獲物を背負いカゴに入れて運び始める。

 商船が来ていないから、とりあえずは保冷庫に運ぶんだろう。

 急造の保冷庫だから、隣に新たな保冷庫を建てている最中だ。船を失った連中が頑張って建てている。

 

 ナツミさん達が戻ってくると、浮き桟橋から離れていつもの桟橋に向かうのだが、まだ制作途中らしく、杭と横木だけが伸びている。横木に乗せる板は商船からの購入品になるから、しばらくはこのままになるのだろう。

 それでも、丸太を2本並べて橋のようにしているから、ザバンを使わずに浜に向かうことはできそうだ。


「調査目的だから半額納めようとしたんだけど、2割で十分と言われてしまったわ」

「余り俺達だけで氏族に納めるのも問題がありそうだ。世話役に従っていた方が良いかもしれないね」


 ちょっと不服そうなナツミさんに、俺達の立場を自覚させる。俺も、半分を渡したいところだが、他の連中がそれに倣うことになりかねない。

 魔石はオルバスさんを通して余分に渡しているけど、普段の漁については余り氏族の取り分を多くしない方が良いのだろう。

 それでも、2割を受け取ってくれたということは……。

 

 家形の屋根に上って北を見る。

 何隻か、同じような状態の桟橋にカタマランを繋いでいるな。ケネルさん達は戻っているようだ。


「氏族への上納は1割だから、ケネルさん達がナツミさんと同じ交渉をしてたんじゃないかな。それで先例に倣ったというところだろうな」

「ケネルさん達だって、きっと私と同じ考えだったはずよ。意外と融通が利かないんだから……」

 

 ぶつぶつと小さな声で文句を言ってるけど、それでも情に厚い人達なんだから、少しの欠点は目をつぶるべきなんじゃないかな。


「あれって、トリティさん達よね?」

 トリマランに近づいてくる台船は船外機が付いている。数人の女性を乗せているから、カヌイのおばさん達を連れてきたのかな?


「ワインぐらいは用意しておかないといけないかもしれないな。それと、ナツミさんと神亀についても、この際だから話した方が良いんじゃないか?」

「そうするわ。カヌイのおばさん達なら、どうすればいいか教えてくれそうだし」


 台船の甲板への横付けを手伝っていると、桟橋を歩いてくる2人連れがいると、マリンダちゃんが教えてくれた。

 たぶんケネルさんとネイザンさんじゃないかな? 俺達の漁の結果を知りたいとやって来たんだろう。


 カヌイのおばさん達は、トリティさん達に連れられて家形の中に入って行った。まだ寝てるんだけど、起こされたら泣きだすんじゃないかな? ちょっと心配になってくる。


「どうした? 不安げな表情をして。世話役に聞いたんだが、良い形の獲物を運んできたそうじゃないか」

「どうぞ、座ってください。漁そのものは良かったんですが、神亀と出会いまして、今家形の中にカヌイのおばさん達がいます」


 俺ならそれぐらいは、ありそうだと言いながら、急いで用意したカップのワインを飲んでいる。


「東もまあまあの漁果だった。確かに漁場は荒れてはいるが、それほどひどくはねぇ。根魚はいつもの半分だが、ブラドは平然と泳いでいたな。シメノンの群れがいたぞ。おかげで普段より収入が多いと、嫁さん連中と笑ったもんだ」

「ひょっとして、氏族への上納を半分と世話役に言いませんでした?」


「良く知ってるな。この状態だ。普段よりも多く魚が獲れてるんだから、半額を上納しようとしたら、世話役の奴が……」


 なるほど、それで2割で妥協したんだな。

 早めに、氏族会議で取り決めておかなかったのが問題かもしれないな。


「南は北側のサンゴが酷い状態です。カゴ漁をしていたサンゴの崖は、なだらかな坂になってました。別の場所を探すことになりますね。

 水路は、損傷というより水路の水深が深くなってました。およそ俺の腰ぐらいは深くなってます。左右の崖は斜面に変わってましたが。真ん中を通れば問題なく通行できます。そうそう、出入り口と途中の目印は無くなってました」


「水路を出て南の漁場は?」

「島の陰になった南側なら、前と変わりません。北側はしばらく漁ができませんね。とはいうものの、深場に船を停めての延縄は有望です。4YM(1.2m)のグルリンまで掛かりましたからね」


 大型のグルリンの話を聞いて、2人の目が輝いている。その内、出掛けるつもりだな?

 

「大型のグルリンやシーブルが出ますから、俺も少し仕掛けを変えてみました。こんな形です」

 家形の屋根裏から、仕掛けを入れたカゴを取り出して2人に見せる。


「延縄の道糸が太いな。大型が出るんなら、太くしとかないと指を切りかねん。……しかし、この道糸は少し長くないか? それに釣り針も数が多いぞ?」

「1.5倍ほど長くしました。針も5本多くしてます。仕掛けを置いておくだけですからから、少しでも数を増そうと考えたんですが」


 俺の答えに2人とも頷いている。明日はこの仕掛けと同じような物を作るんじゃないかな。



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