M-105 双子と聖印
グルリンの回遊域に上手く延縄を仕掛けたのだろう。良形のグルリンが12匹も掛かっていた。
延縄を再び仕掛けたから、夕暮れまでにまた掛かるんじゃないかな?
まったく、運が良いとはこのことなんだろう。
「あすの昼まで待ってから、帰れば良いにゃ。グリナス兄さんにも教えてあげるにゃ」
マリンダちゃんの頭には、また同じだけのグルリンが掛かる光景が浮かんでるんだろうな。
「そうね。お土産は多い程いいわ!」
ナツミさんも賛成してるし、トリティさん達も頷いてるから、これで帰るのは明日の午後に決まったようなものだ。
トリティさん達が昼食を作っている間に、改めて餌を付け直した延縄をマリンダちゃんに手伝ってもらいながら流し終えた。
後は、日が傾くまで少し深場にトリマランを停めて釣りをすればいい。
根魚用と青物用の2種類の竿を使えば、どちらかに掛かってくれるだろう。
マリンダちゃんがトリマランを停めた場所は、崩れたサンゴが東西に延びている場所だった。
南面は崩れているが、北面は南の島のおかげで崖の形がまだ残っているようだ。
北面の崖から数mの距離があるなら、根魚も狙えるだろう。
竿を出す前に、昼食になる。
トリティさんとリジィさんが乗船してくれるから、料理に当たり外れが無い。ナツミさん達だと、たまにおこげや、お粥のようなご飯になってしまうからね。
もっとも、微妙なカマドの火加減で炊くんだから、その辺りは許容範囲になるんだよね。電気もない生活なんだから、仕方がないと言えばそれまでになる。
とはいえ、魔法や魔道具の発達した世界なんだから、ご飯を炊ける調理器具ぐらいあっても良さそうなんだけどねぇ。
「夕暮れ前には降り出すにゃ」
食後のお茶を飲みながらリジィさんが南西の空を見て呟いた。
風はあの雲の砲から吹いているから、やって来るんだろうな。雨期だけど、しばらく降っていなかったからあまり気にしていなかったんだが。
「甲板の床を上げなくてもいいでしょう。でもタープは張っておきます」
「甲板が広いから、甲板にザルを並べられるにゃ」
トリティさんは、甲板で一夜干しを作るつもりなのかな? となると、夕食後の夜釣はできなくなりそうだ。
マリンダちゃんとナツミさんが交代で根魚を釣り、俺は船尾から道糸を伸ばして青物を釣る。
昼間だから、それほど掛かるものではないのだが、3時間ほどで数匹を釣り上げることができた。
次は、延縄の方だな。
竿を片付けて、船首に向かいアンカーを引き上がると、トリマランは昼に延縄を仕掛けた海域に向かって進んでいった。
「リジィさんの言う通りね。もう直ぐ降り出すよ」
ナツミさんが腕を伸ばした先には、滝のような雨がこちらに向かってやってきている。
一応、サーフパンツにTシャツ姿だし、頭には麦わら帽子を被っているから雨ぐらいは気にすることも無いだろう。
ナツミさんとマリンダちゃんはビキニ姿にグンテ装備だ。頭に同じような麦わら帽子を被っているのも、あの雨に叩かれるのが嫌だということなんだろうな。
「双子達は?」
「リジィさんが見てくれてるわ。柵があるから、扉のところでつかまり立ちして私達を見てるはずよ」
ネコ族の子供達の成長より、俺達の子供の成長が遅いのは仕方のないことなんだろう。どうにかつかまり立ちできるまでになったけど、歩き出すのはもうしばらく掛かりそうだ。
「あれにゃ!」
マリンダちゃんの声は豪雨の雨音と共に聞こえてきた。
凄い雨なんだけど、マリンダちゃんは浮きを目指してトリティさんの操船を支えてくれている。
ギャフを使って浮きを引き寄せると、組紐を手繰り寄せる。
組紐にグイグイと魚の引きが伝わってくるから、今回もそれなりに釣果があるんじゃないかな?
上がって来た魚体を見て、ナツミさんがタモ網を海中に沈めた。
掛け声とともにタモ網を引き上げると、良い形のシーブルが甲板を叩いている。
さて、次もシーブルなのかな?
2本の延縄の引き上げが終わる。釣果は8匹だったけど、俺には十分な漁果に思えるな。魚を捌いている2人は少し不満らしく、もう1つ延縄を作るように言っていた。
曳釣りではなく、延縄で魚を得るならもう1つあった方が良いのかもしれない。というより、延縄の仕掛けを、現在の10本針ではなく、15本に増やしても良さそうだ。
枝針の長さも、1.8mだけではなく、少し長めの仕掛けをいくつか増やすのも効果があると分かったからね。
あまり長くすると、巻き上げ機が必要になるのだろうが、20mを30mにするぐらいなら、俺一人でも引き寄せられるだろう。
「ご苦労様にゃ」
トリティさんが、アンカーを下ろして一服している俺に、ワインのカップを渡してくれた。
ナツミさん達は、どうにか魚の捌きを終えたらしく。夕食の準備を始めている。
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ひょうたん島の近くで1日半の漁をしたところで、氏族の島に向かってトリマランを進める。
流木が怖いから水中翼船モードで進めないことが、女性達には不満らしい。
それでも15ノットは出てるんじゃないかな? 俺には十分な速度に思えるんだけどね。
「このまま行くと、明後日になってしまうにゃ」
「広い場所に出たら、速度を上げましょう」
操船楼から、ちょっと不安になる話声が聞こえてくる。
トリティさん達は、家形の中で双子達と遊んでいるようだ。アルティ達のはしゃいだ声が聞こえてくる。
ジッとしているのも、問題だから長い延縄作りを始めた。
浮きは、氏族の島に帰ってから、炭焼きの老人に分けて貰おう。延縄を使う漁師も多いけど、嫁さん達の中にはカゴを上手く編めない人もいるようだ。
マリンダちゃんは大きなものは編めるけど、ナツミさんは論外だな。リジィさんが教えようとして、すぐに諦めたぐらいだからね。
「あれは!」
「神亀にゃ! この辺りでどうしたのかにゃ?」
操船楼で大声を上げたから、トリティさん達がアルティ達を抱えて甲板に出てきた。
神亀は俺達は何度も見たけど、アルティ達には初めてだからね。
アルティ達の手を握って神亀に手を振っている。
突然、神亀の進む向きが変った。俺達の北東数百mを甲羅だけ出して進んでいたのだが、トリマランに近寄ってくる。
ナツミさんがトリマランの速度を落とした。
やはり、こっちに近づいてくるな。またトリマランを持ち上げて運んでくれるんだろうか?
甲羅に乗れるぐらいに近づいた神亀が、甲板のすぐ横にいる。
乗ったら怒られるかな?
そんなことを考えてると、水中から大きな頭が顔を出した。
顔そのものは、間違いなく亀なんだけど、俺を見る目には知性すら感じられる。
「神亀さん、何か御用なの?」
その質問はどうかな? ちょっと考えてしまうけど、ナツミさんの後ろに赤ちゃんを抱いたトリティさん達は何も言わずに見守っている。
「そういうことね。なら、トリティさん。双子をこちらに……」
何だろう?
俺には何も聞こえなかったけど、ナツミさんには神亀と意思を通じ合えるのだろうか?
おずおずとトリティさん達が神亀の前に行くと、神亀にアルティを差し出すように神亀の前に掲げた。
その瞬間、神亀の目がまるで優しさをたたえた目に変わったように思ったのは、俺の気のせいなんだろうか?
アルティの顔に自分の顔を近づけると、舌を伸ばしてペロリと額をなぞる。次はマルティの番だ。
ゆっくりと2人から顔を離すと、海中に頭が消えていく。
直ぐに、甲羅がトリマランから離れて行ったから、神亀の目的は達成したということになるんだろうか?
「何だったんだろう?」
「これにゃ。出産に龍神が関与したにゃ。何かあると思ってたけど、これだったにゃ」
去って行く神亀を見ながら呟いた俺に、応えてくれたのはリジィさんだった。
後ろを見ると、ナツミさん達が双子を取り囲むようにしてジッと見ている。
何だろうと思って、ナツミさんの肩越しに双子を見てみると……。
額に、小さなほくろがあった。
前からあったんだろうか? 目立つ場所でしかも2人とも同じ位置というのが気にはなるんだが。
「アオイの聖痕と違うのね。でも、龍神のおかげで生まれた2人なら、神亀が祝福してくれるのも分かる気がするわ」
「聖印にゃ。カイト様の双子の子供にもあったと、亡くなった母さんが言ってたにゃ」
最近まで、これと同じ印を持った人がいたということか。
「トリティのおばあちゃんにゃ!」
「小さいころ、おばあちゃんの額にこれと同じものがあったにゃ。歌いながら踊ると龍神様がやって来ると言ってたにゃ!」
思わず、口を大きく開けたのは仕方がないことなんだろう。
だけど、ナツミさんは冷静な表情で、リジィさん達の話に聞き入っている。
「それで、どんな歌なの?」
「こんな歌にゃ! ……」
操船楼から下りてきたマリンダちゃんが歌ってくれたのは、俺が良く知る双子の妖精が歌う歌だった。
まさかと思うけど、この歌を教えたのは海人さんじゃないのかな?
昔から怪獣映画が大好きだったからね。
「それなら私が教えてあげられるわ。小さいころ、一生懸命に覚えたのよ」
だんだんと、俺の持っていたナツミさんの幻想が消えていく。
怪獣映画が好きで、空想好き、頭が人一番切れて、スポーツ万能、何事にも興味を持ってそれなりにこなすことができる……。そうそう、美人でスタイルが良いのはデフォルトだった。
とはいえ、俺の嫁さんであることは確かだからね。
まだまだ俺の知らないナツミさんがいるのかもしれないな。
ほくろに見えたのは、俺の聖痕と似た石のようだ。石と言っても宝石なんだろうな。少し赤く透き通っているけど、ちょっと離れるとほくろにしか見えないんだよね。
「本当に、呼べるんだろうか?」
「2回おばあちゃん達は呼んだと言ってたにゃ。やって来たのは龍神だったと言ってたにゃ」
千の島の守り神だからね。あの映画と少し似たところもあるようだ。
千の島に危機が訪れた時、アルティ達は龍神を呼ぶことになるんだろうな。




