M-104 水路が深くなっている
氏族の島を出て4日目。南を目指して進んでいた俺達のトリマランは水路に到着した。
水路の水深は2.4mほどあるんだが、問題はこのトリマランが水中に1.8mほどの翼を伸ばしていることだ。
「北側にサンゴの破片が広がってるわ。修理が必要かもね」
水路の手前でトリマランを停め、船の上から状況を見ていたナツミさんが教えてくれた。
このまま進みたいけど、トリマランの船底には俺の身長ほどもある翼があるからねぇ。
先ずはザバンを下ろして、水路の状況を見ることにした。
途中で何度か潜って調べようと素潜り装備で、マリンダちゃんの漕ぐザバンに乗る。
先ずは入り口付近だが、標識として積み上げたサンゴは左右とも崩れてしまっている。途中の標識も全く見当たらないな。
首位中に潜ってみると、かなり水路が削られていた。
確か、2.4mほどに作ったはずだが、どう見ても3mを越えている。水路の底は何かで削ったような形で平らになっていた。神亀が手伝ってくれたとはいえ、当時の水路の底はかなり凸凹だったんだよな。深い穴もあったから壁を削ったサンゴをそんな穴に入れた思い出がある。
だが、この辺りで見た感じではまるでブルドーザーでならした感じだ。
水路の途中途中で潜りながら状況を見る。
やはり最初に潜った時と同じに見えるな。あの津波が水路を深く掘り下げたということなんだろう。
問題があるとすれば、標識が無くなったことと、水路の左右の壁が削られて垂直ではなく急な斜面になっていることだ。
もっとも、それほど気にすることはないだろう。ほとんど崖に近い状態だ。水路の真ん中を進んでいる分には何ら気にすることはない。
水路の南に出たところで、再び海に潜る。
やはりサンゴの残骸が広範囲に散らばっている。
急いでトリマランに戻って皆に状況を説明すると、ナツミさんがすぐに水路へトリマランを進める。
水中翼がぶつからないと知って一番喜んでいるんだから困った人だ。
「また工事がいるにゃ」
「工事と言っても、標識だけですよ。南に向かう船団に頼めばすぐに終わりますよ」
トリティさん達も、水路工事に参加したからね。水路には思い入れもあるんだろうな。
水路を出たところで、ザバンを船首に引き上げてひょうたん島を目指す。
ひょうたん島の沖合でアンカーを下ろしたから、今夜はここで一泊だな。
まだ日暮れには早いから、東と北を中心に周辺の島を双眼鏡で観察してみた。
南に来ただけあって、この辺りの津波の高さは4mを越えていたように思える。南に見える島の北斜面が横に色が変わっているから、あの線まで海水が上ったんだろう。
北に見える島の南斜面はかなり木々が流されている。丸坊主になった島も途中で見かけたからな。
昔のように緑の島に変わるのには何年も掛かるに違いない。
「釣れたにゃ!」
嬉しそうな声を出したのはマリンダちゃんだ。
何が釣れたんだ? と家形の上から甲板の見ると、大きなシーブルの尻尾を持ってトリティさんに手渡しているところだった。
あれ1匹で俺達のおかずに十分だな。どうやら、この辺りにも魚が回遊してきたみたいだ。
家形から下りると、ナツミさんが双子の1人を抱きながらジッと南西方向に目を向けていた。
何を見てるのかと、その方向を見ると水平線の彼方に小さく噴煙が見えた。
「また噴火するんだろうか?」
「こればっかりは誰にも分からないわ。でも沈静化してるんでしょうね。前に来た時には火山があるなんて分からなかったけど」
水平線の噴煙は雲と見間違えてしまいそうだ。小さく横にたなびいているから納まったと見るべきなんだろうな。
翌日は、俺達が見つけた漁場を巡る。
潜ってみると、サンゴの崖が緩やかな傾斜になるほどの被害だ。
サンゴ礁に空いた穴もだいぶ塞がっている。これでは……、とため息を吐いていると、俺の横を真っ黒な魚群が通り過ぎて行った。
大きさからしてシーブルのようだ。根魚は無理でも曳釣りや延縄なら狙えるかもしれないな。
「やはり島の南側は悲惨な状況だ。だけど、北側はそれほど被害が無いな」
「素潜りは島の北側ってこと?」
「そんな感じ。島の南なら曳釣りか延縄だね。浅くまで育ったサンゴ礁が壊れたから潮通しが良くなったようだ」
漁場は改めて開拓することになるんだろうな。
やはり一時的に漁果が少なくなりそうだ。その辺りも考える必要があるだろうな。
3日程、漁場を回ったところで、朝早くひょうたん島の南側に延縄を仕掛ける。
2本流したところで島の北側に移動し、素潜り漁を始めた。
ひょうたん島を起点としてあちこちの漁場で漁をしていたようだから、ひょうたん島の近くは誰も漁をしてないんじゃないかな?
大型のブラドを次々と突いて、ザバンのマリンダちゃんに届ける。
トリマランではナツミさんが根魚を釣ると言っていたけど、果たして釣果はどうなんだろう?
「保冷庫が一杯にゃ。一度、トリマランに戻って休憩するにゃ」
「そうだね。それなら島の南の延縄も確認した方がいいかもね」
ザバンの船尾を掴んでトリマランまで運んでもらう。
乗り込むより。ちょっとした移動はこの方が楽なんだよね。
ザバンをトリマランの甲板に横付けすると、トリティさんがマリンダちゃんが保冷庫から取り出した魚を受けとっている。カゴで渡すには重すぎたんだろうな。
船尾のハシゴを使って甲板に上がると、家形の扉から双子が俺に手を振ってくれた。
やはり小さい子は可愛いいな。
思わず笑みを浮かべて手を振っていると、ナツミさんがお茶のカップを渡してくれた。
「かなりの漁ね。私も3匹釣り上げたのよ」
誇った表情をしてるから、「凄いね」と返すと笑みを浮かべている。
「大きなバヌトスにゃ。近頃珍しい大きさにゃ。でも1匹、捌くのを失敗したから今夜はごちそうにゃ!」
ナツミさん、嬉しさ余って油断したみたいだな。
でも、バヌトスのスープと、焼いた切り身の入ったご飯は俺の好物なんだよな。思わずトリティさんに笑みを浮かべてしまった。
ナツミさんが竿をしまって、家形に入って行く。
どうやら、根魚釣りの間はリジィさんが面倒をみてくれたらしい。
甲板に這い出して来ないように柵をオルバスさんが作ってくれたんだけど、やはり誰かが付いてないと安心できないんだよな。
「昼前に、延縄仕掛けを引き上げたいな」
「なら、ザバンは船首に乗せた方がいいにゃ。明日は真っ直ぐ、氏族の島にゃ」
確かに邪魔になりそうだ。早めに引き揚げるか。
マリンダちゃんに手伝ってもらい、アウトリガーを外してザバンを船首の小さな甲板に引き上げる。操船でザバンが動かないように、しっかりとロープで固縛しておいた。
トリティさんがブラドを捌き終えたところで、トリマランのアンカーを引き上げた。水深が5mほどだから、簡単な作業だな。
操船楼のトリティさんに向かって腕を上がると、ゆっくりとトリマランがその場で方向を変える。
バウ・スラスタの使い方を覚えたみたいだ。オルバスさんに強請るかもしれないぞ。
家形の屋根を伝って船尾の甲板に着くと、今度はマリンダちゃんが家形の屋根の上っていく。
屋根の上から延縄の浮きを探すんだろう。島を半周するから、その間に一服を楽しむ。
海中に潜らなければ、津波があったと思えないほど穏やかな海だ。そうは言っても、島を見ると横一線に狩れた木々が見える。潮に浸かった木なんだろう。
何度か豪雨が襲ってくれたから、島の塩気を流してくれたと思っていたんだけどね。
もっとも、数年もすれば枯れた木を苗床にして新たな木々が茂るんだろうな。
一服を終えたところで、グンテを手にしてギャフを操船楼の後ろに作っ物置の壁から外しておく。
浮きを拐取するのに、ギャフの先端に引っ掛けると簡単なことに気が付いた。グリナスさん達にも教えたんだけど、たちまち島中に広がったようだ。
やはり、不便だと思っていたんだろう。
ひょうたん島の南にトリマランが回ったところで、パイプをしまい海を眺める。
家形の上では、マリンダちゃんがオペラグラスをかざして探しているんだろうな。確か、くびれた場所が真北に見えたんだけど……。
「あったにゃ! 動いてるにゃ」
マリンダちゃんが腕を伸ばして教えてくれるんだけど、甲板からでは良く見えないな。
トリマランが方向を変えたから、浮きに向かって進んでいる違いない。
「あれにゃ!」
「だいじょうぶ、ちゃんと見えたよ」
俺が頼りにならないと思ってるのかな? それでも少し前に前方で激しく動いている浮きを見付けた。
一体何が掛かったのかな? あんなに浮きが動いているのを見たのは初めてだ。
ゆっくりとトリマランが暴れる浮きの傍に寄る。
ギャフで浮きの下を払うようにして、アンカーの紐を引き寄せた。
船尾の真ん中の板を外して取り込みがしやすいようにしたところで、浮きを引き上げると、浮きに結んだ太い組紐をグイグイ引く奴がいる。
かなりの大物かもしれないぞ。
慎重に組紐を引きながら獲物を近づける。
ちらりと横を向いたら、タモ網を持ったナツミさんが、殺気を振りまきながら立っていた。その後ろでは、マリンダちゃんが棍棒をくるくる回してるんだよな。
これでバラしなどしたら、何を言われるか分かったもんじゃないぞ。
左手の握りを調節しながら少しずつ、引き寄せる。
「ナツミさん。タモ網だ!」
俺の言葉が終わらない内に、右手にタモ網が入れられた。少し深めに網を沈めているのは以心伝心というやつかな?
すでにハリスを握っている。魚体が白く海中に見えるんだが、まだ力が残ってるようだ。
それでも、ふと弱まった魚の引きを逃さずに、「えい!」と声を上げてタモ網に寄せる。すかさずナツミさんがタモ網を引き上げたんだが、バシャバシャと網の中で跳ねる魚に前進がびしょ濡れだ。
2人で力を合わせてタモ網を甲板に引き上げると、マリンダちゃんが棍棒で魚の頭を殴りつけた。
「グルリンにゃ! こんな大きなグルリンは始めてにゃ」
トリティさんが操船楼から顔を出して驚いていた。
1mを越えてるんじゃないか? だが、延縄の組紐を握ると、まだまだ引きがある。
次は何が掛かってるんだろうな。




