M-101 災害から1か月
津波の被害を受けて1カ月が過ぎようとしている。
氏族の島から1日程離れて漁をしていた連中の安否の確認がどうにか終わったらしい。その場で荼毘にした犠牲者もいたということだから、トウハ氏族で亡くなった人達の数は合計で30人近くになったようだ。
「それでも俺達氏族の被害は他の氏族と比べて少ないと言えるだろう。ナンタ氏族は三分の二が犠牲になった。オウミ氏族は死者だけで50人を越えるそうだ。サイカ氏族は三分の一を失っているし、ホクチ氏族でさえ死者が出たらしい」
昨夜戻ったバレットさんの報告を聞いて、俺達は声さえ出ない状況だ。
やはり、被害は甚大だったということになるんだろうな。
「商会から聞いた話では、大陸の王国も大なり小なり被害を受けたらしい。商会は次のリードル漁はできるのかとしきりに聞いてきたな」
「入り江でも、数日前から魚が釣れだしてきました。やはり一時的にどこかに身を潜めてたんでしょうね。少しずつ漁場にも戻って来るでしょう」
リードル漁は1か月ほど先の話だ。
昔通りとはいかなくとも、半分ぐらいはいるんじゃないかな。
「後は、いつも通りの魚の商いをしたいらしいが、どの氏族も動力船の痛みがひどいらしい。俺達トウハ氏族でさえ、リードル漁に出掛けられるのは30隻ほどじゃないか」
「やはり、1隻で3家族程乗せることになりそうだな。それで船を更新できるものもいるだろう。王国の造船所は笑いが止まらんのじゃないか」
特需にはなりそうだ。
それは仕方がないとしても、動力船の購入は早期に行わねばなるまい。
「そういえば、アオイに確認しろと言われたことだが、やはり王国の海軍が動いているようだ。名目は津波にさらわれた領民の捜索ということらしいが、サイカ氏族の領海を我が物顔に動いているらしいぞ」
「サイカ氏族の島付近にも近づいてるんでしょうか?」
「今のところは大陸沿岸部だけらしい。商会ギルドを通して抗議はしたと言っていたな」
サイカ氏族の島と大陸の間の海域は、大陸の軍船や商船が行き来している場所だ。
一応、ニライカナイの領海を岩礁や、小さな島に表示をしているらしいが、今回の津波被害を名目に反故にしようということなんだろうか?
ふと顔を上げると、全員が俺に注目している。長老までが俺に顔を向けているぞ。
「我等に知らせずにバレットに確認させたのは、まだ確証があったわけではないのだろう? それは構わぬが、今の話を聞いたアオイはどのように考えるのじゃ」
「ニライカナイへの干渉と見るべきでしょうね。人の困っている隙を狙うとは、とんでもない連中です」
とんでもない連中ではあるけど、大陸に魚を供給することで俺達の日々の暮らしが立っていることも確かなんだよな。
主食であるコメや調味料、服、それに漁に必要な船や銛までもが俺達には作れないというところに問題がある。
ネコ族全体で1万人入るんだろうか? 俺達の世界では小さな町でしかないんだろう。その中で完全に閉じた生活を送ることはできないから、せめて大陸の王国と対等の取引と不干渉の政策を海人さんは目指したのだろう。
長老の話しでは、2度の海戦までやったらしいからね。だが、それを過去の出来事として、再び千の島に版図を広げようというのだろうか?
ならば、断じて阻止しなければなるまい。
海人さんがせっかく勝ち取ってくれた立場を崩すのが、俺達の傲慢ではなく津波の不幸に逢って氏族の力が低下した時を狙っているのも問題だろう。
そんな連中が、どんな目にあわされるかをきっちりと教育しないと、今後にも同じことが起こりそうだ。
「……で、どうするんだ?」
俺がジッと黙っているのを見て、耐えられなくなったのだろう。バレットさんが問いかけてきた。
「戦争! ということになるんでしょうね。確か、海人さんが作ったという砲船の話を聞きました。サイカ氏族の西にある領海の目印を越えてこようものなら、沈めても問題はないはずです。『ニライカナイの領海の捜索は我等が行う。他国の協力は必要ない』と突っぱねましょう」
途端に小屋が騒がしくなりだした。
長老も、我が意を得たりという顔をして笑みを浮かべているし、バレットさんの周りにはたちまち男達が取り囲み始める。
「まあ、待て。ワシもアオイに賛成じゃ。じゃが、かつて砲船の1隻はたぶん破壊してしまったかもしれんし、我等のリーデン・マイネも津波の後の確認をしておらん。リーデンマイネ1隻でも十分に相手をすることはできそうじゃが、この話、ホクチ氏族にも伝えねばなるまい」
直ぐには出航できない、ということになるんだろう。
確かに、氏族の島を優先的に復興をしていたからね。隠匿した砲船の様子は誰も見ていないようだ。
「明日にでもオルバスと出掛けて来る。ホクチにはケネルに行ってもらおう。だいぶ海域に浮かぶ流木が少なくなっている。往復に1か月は掛からんだろうから、リードル漁には間に合うぞ」
筆頭連中は忙しそうだな。
俺達も桟橋作りに頑張らないとね。
・
・
・
リードル漁の直前に、島に商船がやって来た。
船首部分を板で補強しているのが笑えるんだけど、長距離の航海にはまだまだ流木の危険性があるということなんだろう。
とはいえ、約2か月ぶりの商船の入港だ。
沖に浮かべた浮き桟橋にはたくさんのザバンに乗った女性達で溢れているぞ。マリンダちゃんもトリティさん達と一緒に出掛けて行ったけど、食料は購入量に制限が付きそうな感じだな。
そんな光景を眺めながら、船尾でおかず用の竿を出している。
津波前と比べると、あまり釣れないんだけど全く釣れないということが無くなった嬉しい限りだ。この分なら、リードルも半減まではしていないんじゃないかな。
「はい。少し休んだら?」
「ああ、そうするよ」
ナツミさんが渡してくれたお茶のカップを受けとり、釣竿を甲板においてベンチに腰を下ろす。
双子はハイハイするようになってきたから目を離せないんだけど、ナツミさんが出てきたところを見ると寝てるのかな?
「ハンモックでぐっすりよ」
俺が家形の中を覗くのを見て、ナツミさんが教えてくれた。
赤ちゃん用のハンモックは低く釣ってあるし、その下には布団を敷いてあるから安心できると言ってたけど、落ちたりしたら危ないんじゃないかな。
「それにしても、リードル漁ができるのがありがたいわ。とはいっても、三分の一を復興予算として氏族に渡すんでしょう?」
「いくらあっても足りないくらいだ。半分は渡そうと思ってるんだけど……」
俺の言葉に、黙って頷いてくれた。
働き手を失った家族もいるし、動力船が壊れた者だっているのだ。この贅沢なトリマランが無傷だったのが不思議に思える。
龍神がしっかり稼げ、と言っているように思える時もあるんだよな。
「問題はその後よ」
「リーデン・マイネという砲船は無事だったようだ。バレットさん達が15人を乗せてサイカ氏族の西に出張ると言ってたからね。商会ギルドを通して、大陸の王国には俺達の言い分を伝えているから、無理に入ってこようものなら問答無用で攻撃可能だ」
リーデン・マイネの大砲は5門搭載しているらしいんだが、大砲を2門搭載したホクチ氏族とナンタ氏族の砲船も無事だったらしい。住民の7割近くが犠牲になったナンタ氏族だけど、ニライカナイの海は自分達の海だと息巻いていたとバレットさんが話してくれた。
過去に捕らわれることなく、今を幸せに生きるのがネコ族の本質らしいから、ナンタ氏族もすでに悲しみの時期を終えたということになるんだろうか?
20隻ほどの動力船を発注して、漁を心待ちにしているらしい。
これを機会に、サイカ氏族がナンタ氏族と合流するかもしれないと思ってはいたのだが、先祖代々の氏族はそう簡単になくすこともできないようだ。
痛手を受けてはいるが、これからの発展を自分達の手で行うことを彼らなりに誓っているようで、士気は極めて高いらしい。
とは言ってもなぁ……。例の、漁獲高の2割増しは重い制約だ。
何としても頑張らねばなるまい。まあ、相手への言い訳はある程度できることではあるんだけどね。
漁獲高を、食べる魚とは限定していないから、昨年の2割増しの魔石を確保できれば問題ないはずだ。
長老やカヌイの貯めてある魔石、俺達の手持ちの魔石、それらを合わせれば十分に昨年の2割増しの稼ぎにはなるだろう。
「バレットさんの性格もあるからねぇ。オルバスさんに期待したいところだわ。それでケネルさんは残るんだよね」
「クジ引きをしたらしいよ。運が無いとケネルさんが嘆いてたな」
とはいえ、ケネルさんが残ってくれるなら、と2人も安心してるんじゃないかな? 何と言っても昔からの付き合いらしいからね。
そんな会話を楽しんでいると、マリンダちゃんがザバンを漕いで戻って来た。
荷物をザバンから下ろしたところで、マリンダちゃんが甲板に上がってくる。
「お米が5日分にゃ。一律だから文句も言えないにゃ」
やはり制限されてたか。とはいえ、リードル漁が終われば2隻は商船がやって来るだろう。その時にはもう少し買い込みたいな。
「バナナの炊き込みになるね。米粉の方は?」
「1人1YG(ヤグ:3kg)にゃ。少しは足しになるにゃ」
あまり贅沢はできないだろうけど、リゾットや団子スープは作れそうだ。どちらも好物だから何の問題もないぞ。
お茶を飲みながらのマリンダちゃんの報告では、魚を買い取ることができないのを残念がっていたようだ。やはりどの氏族も漁どころではないらしい。
リードル漁が終わったなら、少しは漁をしなければならないだろう。桟橋はどうにか1つ出来たところだからなぁ。雨期の期間に、もう1つは何とかしときたいんだけどねぇ。




