M-100 入り江の桟橋を何とかしよう
津波に襲われてから20日程過ぎると、入り江のゴミが殆ど無くなった。
かつて石の桟橋があった場所より少し北に、4FM(12m)四方の大きな浮き桟橋が長老の指揮の下で昨日海に浮かべられた。
10人以上乗ってもほとんど沈むことが無いから、かなりの浮力なんだろうな。
この浮桟橋が使える間に、石の桟橋を補修すればいいはずだ。
「父さんが3回目の捜索に出掛けているし、バレットさんはオウミ氏族の島に向かったままだ。浮き桟橋は長老が浜で見ていてくれたけど、実質はアオイが取ったようなものだ。それで、次はどうするんだ?」
いつものメンバーが浜に集まってくる。
一応、俺達のリーダーはネイザンさんになるんだけど、まだ長老としては心もとなく思っているのかもしれない。
皆で浮き桟橋を作っている時には、長老が俺達の仕事ぶりを見ていてくれたからね。
「俺達より上の連中が、小屋作りをしていますから遊んでるわけにはいきませんね。桟橋を作りましょう。津波で破壊されてますけど、一部の杭は残ってますよ」
「その杭を目印にすれば前と同じってことだな」
ネイザンさんが嬉しそうに頷いてくれた。本当はネイザンさんに気付いてほしかったんだけど、この後はネイザンさんの指揮に任せよう。ついでにちょっとしたアドバイスを行う。
桟橋の先端に小さな浮き桟橋を付けておけば、荷下ろしは格段に捗るはずだ。
「アオイの船の甲板ほどもあれば十分だな。昼は子供達の遊び場になるし、夜は俺達で酒盛りができそうだ」
グリナスさんの言葉に、集まった連中が声を上げて賛成してる。
作業が終わったところで、毎日カップ1杯の酒を飲んでるんだけど、お店の在庫があるんだろうか?
無くなったという話も聞かないし、ここでパイプを楽しむ連中はいまだにタバコを切らしていないのもおもしろいところだ。
常に2包は棚に入れてあるんだろうな。それに、この状況だから普段よりも消費が少ないからね。
「長老に話しておかねばならないな。アオイは先端部に使うカゴの数を考えてくれ。最初は燻製小屋の前が良いよう思えるが、長老の意見も聞かないとな」
「後で、何でここが最初なんだ! と怒られないようにしとかないとな」
ネイザンさんの言葉に、グリナスさんの仲間が呟いてる。確かに、バレットさんなら言い出しかねないな。
さて始めるか! と皆が腰を上げたところで俺も炭焼き小屋に向かった。炭焼き小屋は浜から離れているから津波の被害を受けなかったが、住処を無くした連中が老人達の小屋を借りてるんだよな。新しく小屋を作ってもそこから離れない人もいるらしい。
まだ、津波の恐怖から覚めてはいないのだろう。
「アオイじゃないか! どうしたこんなところにやってきて?」
炭焼き窯の前でパイプを咥えていた老人が俺に顔を向けた。
「ちょっと大きめの浮き籠を分けて貰おうとやって来たんですけど……」
老人が、どっこいしょと言いながら腰を上げると小屋の中から2つほどカゴを持って来てくれた。
「まだ漁には行けんだろうが、漁の準備をするとは感心じゃ。この間の浮き桟橋とやらで、作っておいたカゴは全て供出したから、その後に作ったのはこの2つじゃ。持って行くがいい」
「もう1つ、小さな浮き桟橋を作ろうと思ってたんです。その浮きの形をどうするかと考えたものですから、こっちを1つ頂けませんか? 必要な数は俺達で何とかするつもりです」
氏族のためならと、2つも持たされてしまった。
老人達も自分達のできる範囲での協力は惜しむつもりがないようだ。俺達も頑張らないとな。
貰った籠浮きは、枕ほどもある代物と、その半分ほどの2つの大きさになる。俺が延縄に使ってる浮きは小さな浮き籠と同じぐらいだが、大きな方を使ってる人もいるんだな。これなら長い竹竿を立てられそうだから、見付けるのも楽になるんだろう。
問題は、この浮き籠をいくつ作るということだな。
面倒な計算が嫌だから、俺に押し付けたんじゃないか?
文句を言いたいところだが、砂浜に簡単な絵を描いて数を算出する。
大きさが6m四方だから、1.5mほどの四角い板になるように籠浮きを並べて、浮き桟橋の枠に納めれば良いだろう。2段に重ねれば長く使えるんじゃないかな?
そうなると使う籠浮きの数は……。
「やってるな? 長老は、燻製小屋に真っ直ぐの桟橋に感心していたぞ。俺達の人数を聞いてきたから、その場で答えたんだがこれを貰った。アオイにも1包渡しておくぞ」
ネイザンさんがくれたのはタバコの包だった。トリマランの棚に残ってたのが1包だから、ちょっと嬉しくなるな。
「手抜きができなくなりますね。ありがたく頂きます」
受け取った包をベルトの小さなバッグに入れるのを、ネイザンさんが笑いながら見ている。早速パイプを取り出したんだが、タバコ入れの革袋にはまだたっぷりと入っているから、長老から貰った包を使うのはだいぶ先になるだろう。
2人でパイプを咥えながら、俺の描いた絵をネイザンさんに説明する。
「浮き籠を入れた枠を18個作るのか……。これは嫁さん連中にも手伝ってもらわないといけなくなるな。浮き籠の枠は竹でもいいが、桟橋の枠は丸太になるだろう。その上の床は竹を並べるのは俺も賛成だ。だが、その上に荒いゴザを敷かないと滑ってしまうぞ」
「気が付きませんでした。確かに竹は滑りますからね。それにゴザを敷けば床の竹を長く使えそうです」
いつの間にか、仲間が集まってきた。
グリナスさん達は、桟橋の状況を先端付近まで確認してきたらしい。
「桟橋を支える杭で無事なのは5本に1つというところだな。杭打ちも頑張らないといけなくなるぞ。前と同じ長さの桟橋なら50本以上打たないとダメだ」
「先端の浮き桟橋はこんな形らしい。使う浮き籠は200以上は確実だ。嫁さん連中にも手伝ってもらうことになるな」
ネイザンさんが、次の作業に入るための人数を割り振り始めた。俺とラビナスで浮き桟橋の準備ということになった。さすがに先端にへの取り付けは全員で当たることになるから、小さな枠を18個作るまでが俺達の仕事になる。
「一応、これで進めよう。だが、困ってるようなら助けてやってくれよ。知恵が欲しい時にはアオイに相談すれば何とかなるだろう」
長老からタバコの包を貰ってるから、皆の表情に笑顔も見える。それだけ長老の期待を受けているということが嬉しんだろうな。
さて始めよう! とネイザンさんの言葉に皆がそれぞれに散っていく。
残ったのは、俺とラビナスだけだ。ちょっと不安そうな表情で俺を見つめている。パイプを咥えたまま、そんなラビナスに笑みを浮かべた。
「さて、俺達も始めるぞ。先ずは俺のトリマランに先に行ってくれ。俺は竹を切ってから向かうつもりだ」
「用意するものはありますか?」
「そうだな……。レーデルちゃんはカゴを編めるかな?」
「編めますよ。俺の延縄の籠は全て編んでくれました」
それなら都合がいいな。ついでにカゴを編める嫁さんを何人か連れてきてもらおう。先ずは1つの枠を作ることが大事だ。その後はトリティさん達のも手伝ってもらえば一気に作り上げられる。
島の奥に向かって竹を切り出す。いつもはグリナスさん達がやってくれるんだけど、自分で切り出すのは初めてじゃないかな?
様子を見に来た炭焼きの老人が、俺の手つきを見て代わってくれた。
「まったく、竹の切り方も知らんとはのう。なるべく下から節のすぐ上で切るんじゃ」
そんな子供に教えるような話を聞かされながら、10本近くの竹を切り出して、要していた紐で結わえてくれた。
俺が紐も持って来てないことは、とうに感ずいていたみたいだな。
手伝ってくれた老人に頭を下げて、浜に向かう。
ザバンの後ろにロープで先端を縛りつければ、何とかトリマランまで持って行けるだろう。
トリマランに着くと、ラビナスが切り出した竹を受け取ってくれた。1人では引き上げられないから、ザバンから下りて俺も手伝うことになる。
どうにか引き上げてホッとしていると、ナツミさんがレーデルちゃんとマリンダちゃんを連れて甲板に姿を現した。双子は寝てるのかな?
「ご苦労様。アオイ君の考えた浮き桟橋はこんな感じね?」
メモ用紙にいくつかの絵を描いている。俺が砂浜に描いたのとまるで同じなのは、大型の浮き桟橋を考えたのがナツミさんだからなんだよな。
「これの説明をネイザンさんにしてきたよ。ネイザンさんからのダメ出しは、竹の床の上にゴザを敷かないと足元が滑ってしまうということだけだった」
「うんうん、確かにそうなるわね。大型の方は板を張ったけど、こっちは簡易型だから、そこまでは考えなかったわ」
粗末な鉛筆のようなもので、浮き桟橋の上に四角を描いてゴザを乗せると書いている。
これが設計図というkとになるんだろうな。
「簡単な説明はしておいたから、早速始めましょう。この際だから、私も覚えようと思ってるの」
思いは立派だけど、ナツミさんに細かな手先の作業ができるんだろうか?
魚を捌くのができるようになるまで半年以上かかった人だからねぇ……。
さて、始めると言っても、先ずは竹を割くことから始めないといけない。
道具箱から小さな鉈とのこぎりを取り出して、ラビナスと一緒に竹を割り始める。
数本の竹を細工しやすい長さに切ったところで、後の作業をラビナスに任せる。
俺の方は、浮き籠を入れる枠を作ることにした。
四角形の1辺の長さを1.5mにして、きちんと仕上げるのは難しい作業なんだよな。井形に組み上げるなら簡単なんだけど、今回は出っ張り部分を無くさないといけない。大型桟橋はある程度無視できたんだが、小さなものになるとそれが問題になってくるのだ。
枠を並べる時に、その辺りを気を付けないといけないだろうなんて考えてたんだけど、井形の出っ張り部分を隠すように竹を並べれば済むことじゃないか?
そうなると、枠の内側の寸法が変ってくるな。
先ずは1つ作ってみるか。簡単なスケッチを作って、枠作りを始めることにした。




