M-096 火山島の大噴火
リードル漁を終えると、俺達はそれぞれ小さな船団を組んで漁を始める。
ナツミさんがまだ完全じゃないし、赤ちゃんが2人もいるから近場で根魚を釣ることにした。
甲板の床を開くと釣り場ができるというのは、こんな時には便利だな。豪雨が襲ってきても気にせずに釣りができる。
俺とマリンダちゃんで釣りをしていると、ナツミさんが赤ちゃんを入れたカゴを持って、少し離れた場所から見学している。
まだ立つこともできないから、カゴに入れておけば船の上でも安心だ。
「形も小さいし、あんまり釣れないにゃ」
「少し移動した方が良いのかもしれないな。島から半日ほどだから、狙い目だとは思ったんだけどね」
俺達の話を聞いて、ナツミさんが小さな笑い声を上げた。
俺の勘は当てにならないと思ったのかな?
「でも、移動は明日にした方がいいよ。ほら、豪雨がやって来るわ」
ナツミさんが南西に腕を伸ばしている。その先には、滝のような豪雨が海面に落ちているのが遠目にも分かるぞ。
「赤ちゃんが濡れたら可哀そうだ。家形の中にカゴは入れといた方がいいよ」
「そうする。でも、中々大きくならないよね」
グリナスさんのところは元気に走り回ってるからね。ネコ族の子供は育ちが早いんだろうか?
たぶん、歩くのは1年後になるんじゃないかな?
そうなったら、目を離せなくなりそうだけどね。
カゴを家形の中に入れたナツミさんが、カマドにポットを乗せている。
豪雨だから、一休みしようということかもしれないな。そんな姿を見た俺達も仕掛けを引き上げることにした。
バタバタとタープに大粒の雨音がしたかと思ったら、ゴオォォと滝のような雨が降って来る。
運動会のテントの屋根のような感じだから、飛沫は受けても直接雨に打たれることはない。
お茶を頂きながら、パイプを楽しむことにした。
「しかし、凄い雨だよね。向こうでこんな雨が降ったら、たちまち大洪水になってしまいそうだ」
「周囲が海だから、これほど振るのかしら? 昔、スコールを外国で経験したけど、丁度こんな感じだったよ。急に降り出して、ぴたりと終わるの」
スコールねぇ。地理の先生が言ってた、東南アジアのスコールを経験したんだろうか?
その話を聞いて、メリハリの付いた雨は粉当たりの雨よりも良いんじゃないか? ぐらいの気持ちだったんだけどね。
確かにメリハリが付いていることは認めるけど、その間の雨量はもう少しどうにかならないものなのだろうか。
早めの夕食ということで、マリンダちゃんが準備を始める。
体の汚れを【クリル】の魔法で落とせば、赤ちゃんを抱かせてもらえるだろう。
どれどれ、と家形に入ってカゴを覗いたら、2人ともぐっすりと寝入っていた。
「ダメよ。ようやく寝たんだから。3時間もすれば起きるから、その時お願いね」
「マリンダちゃんに取られちゃうんだよね。もう1人はナツミさんが抱っこだろう?」
「ちゃんと、抱かせてあげるわよ」
そう言って笑みを浮かべてるけど、疑わしいところだな。
まだ豪雨が降り続いているから、船尾にベンチを移動してパイプを楽しむことにした。涼しい風が吹いているから、家形に煙が向かうことも無い。
「西が明るくなって来たにゃ。もう少しで雨も納まるにゃ」
カマドに鍋を掛け終えたマリンダちゃんが教えてくれた。
少し雲が切れ始めたのかな? あの様子なら、1時間もしないで再び晴れるに違いない。
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どうにか雨が納まって、再び南国の強い日差しが差し込む。
トリマランの甲板もたちまち乾いてしまうだろう。まだ太陽が沈むまでは間がありそうだ。
「南に雲がまだ残ってるにゃ。でもあれだとかなり離れた場所に振ってるにゃ」
マリンダちゃんの呟きに、笑みを浮かべて南を見た瞬間、『あっ!』と大声を上げたのは仕方がないことだろう。
俺の声に驚いて、マリンダちゃんは俺に振り返ったし、ナツミさんは家形から甲板に出てきた。
「あれは、雨雲じゃない……。噴煙だ!」
マリンダちゃんが、操船楼に上って行くと双眼鏡を持ってきた。
双眼鏡をマリンダちゃんから受け取ったナツミさんの顔色がどんどん白くなっていく。
「あれだと、水蒸気爆発を伴っていそうね。もう直ぐ衝撃波がやって来るわ」
ナツミさんの言葉が終わらない内に、家形が軋むような音を立てる。風とは異なる空気振動というやつなんだろうな。
益々噴煙がそれに上っていくようだ。これは、ただでは済みそうもないぞ。
「間に合うだろうか?」
「異変に気付いていればいいんだけど、私達も対応を考えないといけないわ」
もったいないけど、食事のカマドの火を落としたところで、マリンダちゃんが操船楼に上った。
ナツミさんが家形の中に入り、双子の入ったカゴをしっかりと掴んでいる。
急いで船首に向かってアンカーを引き上げ、甲板の穴を塞いでおく。後は、屋根裏に納めた銛の柄をロープで巻いて動かないようにしておく。
「どこに向かうにゃ?」
「北に向かってくれ。なるべく速度を上げてだ!」
問題は、いつ津波がやって来るかだ。
あれだけの噴煙を上げてるなら、間違いなく水蒸気爆発で島が吹き飛んでいるはずだ。それに伴って発生する津波の規模は分からないけど、島がたくさんあるからここまでやって来る時に減衰してくれればいいんだが……。
遠雷のような低い音が聞こえてくる。噴火の音なんだろうか、それとも島を飲み込む津波の音なのか……。甲板から余分な物を退かして、タープも巻き上げて紐で縛っておく。トリマランが転覆しても、引っ掛かって脱出できないなんてことが無いようにしておかないと。
サンダルからマリンシューズに履き替え、いつ海に投げ出されても良い状態にしておく。男は俺1人だ。何があっても4人を助けないと。
「前方に大きな島にゃ。天辺は岩がむき出しにゃ」
マリンダちゃんの声を聴いて、舷側から前を見ると標高30mほどの岩山を持つ島があった。
「あの島の北側に向かってくれ。リードル漁をする倍ぐらいの位置でトリマランを停めるんだ。船首は島に向けてくれよ」
「分かったにゃ」
間に合うか……。あの島なら直接津波の先端に巻き込まれることはないだろう。左右から押し寄せる津波を乗り切れば、何とかなりそうだな。
北から東に大きく舵を切った時、南から押し寄せる白いものが見えた。あれが津波の先端なんだろう。思ったより高くはないが、2m以上ありそうだ。
島の北に回って、マリンダちゃんが再び舵を切る。
さて、上手く乗り切れるかな?
「もう少しでやって来る。カゴをしっかり押さえといてくれよ!」
家形の扉は開いたままだ。家形が歪んで閉じ込められたらとんでもないからな。
中から不安そうな表情で、ナツミさんが俺の言葉に頷いてくれた。
津波の高さは3mほどだが、島が防波堤になってくれたから直接衝撃を受けることはなかった。
だが、左右から押し寄せる波がトリマランを木の葉のように揺らしながら持ち上げられた。
流木が何度もトリマランに当たったけど、水中翼船として使えるように船体強度をやたらと魔方陣で上げているのが幸いしたようだ。
ゆっくりと引いていく潮の流れに合わせて船首の向きを変えながら、次の津波をやり過ごすことにした。
しかし、傷は付いただろうけど船体はビクともしない。数度の津波をやり過ごしたころにはとっぷりと日が暮れていた。
アンカーを下ろして、とりあえず夜を明かすことにした。
水路がどのように変化しているのか分からないし、大きな流木も流されてきている。夜の帰還は危険この上ない。
「終わったのかしら?」
「どうにか……、というところだね。問題は被害規模だ。無傷ということはないだろうな。トウハ氏族の海域でさえこれだからね。ナンタ氏族はかなり悲惨な状況だと思うな」
オウミ氏族も、ナンタ氏族とかなり近いからな。被害も大きいに違いない。サイカ氏族は俺達氏族と同じぐらいだろうし、ホクチ氏族の被害はそれほどでもなさそうだ。
「ナンタ氏族が全滅、なんてことはないよね?」
「何とも言えないな。だけど人間は結構強い生き物だ。被害は甚大でも生き残った人はいるんじゃないかな」
「トウハにもナンタ氏族から嫁に来てる人がたくさんいるにゃ。助けてあげないといけないにゃ」
「もちろんだ。同じニライカナイの住人なんだからね。復興は素早くやらないと、問題がどんどん大きくなってしまうからね」
俺の言葉にマリンダちゃんが少し表情を和らげたけど、明日は早めに戻らねばなるまい。復興と同時に、いかに大陸の干渉を無くすかを長老達に考えて貰わねばならない。
簡単な夕食を作って食べたけど、味も分からないくらいに頭がいっぱいだ。
漁に出ている皆は、ちゃんと津波を乗り切ったんだろうか?
上手く乗り切れなくとも、命が助かっていることを祈るばかりだ。
「この近くで漁をしてたのは私達だけなのかな?」
「分からない。だけど、マストにランプを上げてあるから、助けを求めてくる船があるかも知れない。今夜は俺が見張っているよ。何かあれば起こすからゆっくり休んでくれ」
故障して流されていくカタマランだってあるかもしれないからね。そんなときに、ランプの灯りが見えれば希望も出てくるだろう。
2人が家形に入って行ったけど、ベンチでしばらく海を眺めることにした。
さすがに素潜り用のマスクはカゴに入れたけど、代わりに競泳用の眼鏡を首に下げておく。長らくそのままにして置いたけど、ゴムも劣化しないでいるみたいだ。
素潜りをしない時には、これを首に掛けておいても良さそうだな。邪魔にはならないし、万が一の時にはすぐに飛び込める。
濃いお茶で眠気を覚ましながら、パイプを楽しむ。
たまに海をオペラグラスで眺めるけど、流木が浮かんでいるだけだな。
明日は、あの流木を避けながらトリマランを進めなければならない。人の歩く速度程度になってしまいそうだ。




