M-095 南方の火山が心配だ
トウハ氏族を巻き込んだ大騒ぎの中で生まれた双子は、アルティにマルティとカヌイの長老が名を付けてくれた。
名前が自分に似ていると言って、トリティさんが喜んでる。俺達に子育てが上手くできるとも思えないから、色々と教わらなくちゃならないだろう。
俺達を自分の子供のように見守ってくれるオルバスさん達にはいくら感謝しても足りないくらいだ。
子供のお披露目の宴が終わっても、バレットさん達は俺を宴が終わった焚き火の傍に引き留めて話を始めた。
ネイザンさんが残っているのは、場合によっては仲間内に伝えなければならないと感じたようだ。
「漁に出ていた連中が残念がっていたぞ。まさか氏族の島で龍神を見ることができるとは誰も思っていなかったようだ」
「爺様の話しでは、カイト様をこの島に案内してきたのは龍神ということだ。『トウハ氏族の島には龍神が住まう』ということで、島の周囲は禁漁区になっている」
それで、入り江の中は余り釣れないけれど、入り江の出口付近に行くと途端に釣れだすんだな。やはり漁場を長く保つには期間を限った禁漁区を設けるべきなんだろうな。
「いずれにせよ、龍神が我等をいつも見守ってくださっていることが良くわかった。あの歌の通りということだ」
「うむ。若い連中も、あれを見たら銛の腕を上げるべく頑張るだろう。そう言う意味では、たまに龍神に顔を出してもらいたいところだ」
海人さんが教えた、カガイの席での返歌だな。
『龍神に導かれたる我が種族、トウハの銛に突けぬものなし』
あの歌を今でも、長老達がたまに諳んじているらしい。氏族の誇りを歌にできたのが嬉しいのだろうが、『トウハ』でなく、『ナンタ』や『オウミ』に変えても良さそうな歌だ。
「現状は、トウハ氏族に何の問題もねぇ。だが……」
「南だな。長老はカヌイの婆さん達にも相談する始末だ。婆さん達のログハウスの隣の納屋を一回り大きくして、食料を保管すると言ってたな。材料を運んで来たら俺達で作ることになる」
長老達の住むログハウスだけでは足りないということになるのだろうか? 大量備蓄を考えるのは気候的に無理もあるんだが。
「そんな心配気な顔をしなくてもだいじょうぶだ。元々、漁のできない連中には暮らしに困らないだけの食料を渡しているからな。毎月の量は米が3袋ほどだ。米を20袋ほど貯えても、すぐに入れ替えられる」
島の互助会的な役割を、少し変えるだけで済むようなら問題もあるまい。
これも皆で助け合う氏族の暮らしがあればこそだ。
「後は、本当に起きるかどうか……、ということだな」
「俺は起きるんじゃないかと。ナツミさんは、暗い空の下での惨事を龍神から伝えられたと言っていました。カヌイのおばさんにそれを話したそうです」
「それで、氏族会議にカヌイの長老がやって来たのだな。それで、長老のあの裁可か」
バレットさんの話しでは、南で活動している燻製船を一時北の海域に移動するとのことだった。
そこまでしなくとも、と反対する連中もいたらしいが、長老の指示は絶対だからねぇ。こんな時には役に立つな。
「だが、島が吹っ飛ぶなんてことが起きれば、どんな事態になるかわかったもんじゃねぇ。俺達にも、食料ぐらいは少し余分に用意しておけという始末だからな」
「少なくとも10日分の食料を持って漁に出れば良いだろう。周囲の島で果物も取れるのだからな。それと問題がもう1つあるぞ」
あれだけ飲んでいたのだが、バレットさん達はほとんど酔いを俺達に見せずに話を進めている。
「魔石……、ですか?」
ネイザンさんが呟くと、3人の視線がネイザンさんに集まった。
「そうだ。魔石を得て俺達は動力船を手にする。魔石があればこそのニライカナイではあるのだが、万が一、魔石が取れなくなれば一気に漁獲が減るだろう。半減どころか1割にも満たねえことになりそうだ」
「南の島の火山活動で、変った魚まで見られるようになってます。漁場が荒れるのは覚悟した方が良さそうです。場合によっては10年後に入り江に並ぶ船は外輪船ということもあり得ますからね」
それでも、ニライカナイの砲船が無事なら独立は保てるだろう。
魔石が完全に獲れなくなることはないだろうが、激減は覚悟した方が良さそうだ。
「次のリードル漁は何とかなっても、その次は、同じように魔石が得られるとは限れないってことか」
ケネルさんの言葉に、黙ってうなずいた。
せっかく生まれた双子だけど、果たして幸せに暮らすことができるんだろうか?
先行きを考えると、不安だけが浮かんでくる。
酒を飲んで忘れようとすると、かえって深刻に考えてしまうんだよな。
「まあ、今日はアオイの双子の披露をしたんだ。祝いの席で悪いことを考えるのは良くねぇ話だ」
「そうだな。そんな話は長老に考えさせておけばいいだろう。俺達は次の漁を考えれば良い話だ」
無理やり話題を変えてしまったけど、次はリードル漁になるんじゃないかな?
雨期前のリードル漁は、雨期の漁獲が減ることもあって生活を維持するためにも大事な漁だからね。
深夜まで、そんな話をしたところでトリマランに帰って来た。
すでにナツミさんと赤ちゃんは寝ているらしい。マリンダちゃんが俺を甲板に連れ出して、お茶のカップを渡してくれた。
「次の漁の話しをしてたのかにゃ?」
「そんなところだね。次はリードル漁になる。ナツミさんは島に行けないし、グリナスさん達の子供も預かることになるけど、島の方は人手不足にならないかな?」
「明日、母さんに相談するにゃ。カヌイのおばさんを雇うこともできると言ってたにゃ」
子育てを終えた、おばさん達だからね。女性達がやるべき仕事は何でもできる人達だ。本来なら、一番島に寄与できる集団なんだけど、龍神に俺達の無事を祈る日々を送っている。
「そうだ。商船が来たら、食料を余分に買い込んどいてくれないかな? 常に10日分あればいいんだけど。もちろん、調味料も一緒だよ」
「母さんが、教えてくれたにゃ。ちゃんと用意しておくにゃ」
俺も、タバコとワインを買いこんでおこうかな。バレッタさん達の話を聞く限り、商船がしばらくやってこないことを想定しているようだ。
数日が過ぎると、商船がやって来た。
マリンダちゃんがカゴを背負ってトリティさんと買物に出掛けて行く。リードル漁前の食料購入だから、女性達で混んでいるだろうな。
夕暮れ近くになったところで、カゴを持って商船に向かう。タバコとワイン、それに蒸留酒と2,3の調味料だ。魚醤は何にでも合うし、油も唐揚げに欠かせないからね。
「今回は、皆さん食料をたくさんお買い上げですが、魔石を取る期間を長くするのでしょうか?」
「船の種類がまちまちなのと、魔石漁を終えたところで、普段の漁に移る連中もいるからなんだろうね。島の近くが不漁続きだから、皆遠方で漁をしてるんだ」
「そうですか。となれば、時期遅れの魔石が売りに出されることもあるということですね」
少し偽装工作が必要かな?
あまり食料を一時期に買い込みすぎたようだ。
夕食後に、オルバスさんにその話をすると、すでにバレットさん達と話が済んでいるらしい。
「そういえば、言ってなかったな。お前達はいつも通りでいいが、中堅漁師以上はリードル漁から帰った時に売る魔石を半分にする。これで、見た目は俺達の一部がそのまま漁に残ったということになるだろう。嫁さん連中が一時に食料を買い込めば商船も不審に思うだろうからな。そうか、アオイに聞いてきたのか。彼等への返事はそれで満点だ」
オルバスさんの言う中堅とは、どの辺りを言うんだろう?
ちょっと気になる話だから確認してみると、2隻目のカタマランを購入した連中を差すらしい。
グリナスさんも含まれるわけだ。もっとも2人目の嫁さんを貰ってるんだから、見た目は中堅なんだけどね。
「ナリッサもお腹が大きくなってきたにゃ。アオイの船でまとめて面倒をみて貰うにゃ」
「私と、カヌイの1人が残るにゃ。島はトリティに一任にゃ」
そうなると、何人が島に渡るんだろう? トリティさんが指揮してくれるなら問題ないだろうし、リジィさんが残ってくれるならナツミさんも心強いに違いない。
「カヌイのおばさんへの礼金は俺が用意します。1日、魔石1個でしたね」
「全部というわけにもいくまい。半額で十分だ。グリナスやヤグルの矜持もあるだろうからな」
低級魔石の使い道が決まったようなものだ。
氏族に上位魔石を1個贈っても十分に次の船の貯えを増やすことができそうだ。
「本来なら、島で休養させたいところだが……」
「ナツミさんは同行すると言ってましたよ。まだ10日というところですが、リードル漁の途中で出産した例もあるようですから、問題はないと言ってました」
いつものように海面を滑るような速度は出さないだろうし、だいぶ船でのくらしも慣れてきたからね。
家形を大きく作ってあるから、子供達を預かるのはいつものことだ。
「明日はたくさん果物を取ってくるからな。ネイザンさんとラビナスを連れて行けば、食べきれないほど取れるはずだ」
それも大事なことなんだよな。俺は木登りが下手だから、ココナッツを得るのに木を切り倒したことがあるんだよね。
もっとも、それは東への遠征をおこなった時だけだ。やはり島に生える木々は大切にしなければならない。
ナツミさんはまだ床にいるけど、この頃は少し動くようになってきた。それでも家形の外には絶対出ないようにトリティさん達から厳命されているらしく、おとなしくしている。
たまに双子が目を覚まして泣き出すから、おちおち寝てもいられないんじゃないかな?
でも、双子が泣き出すと直ぐにマリンダちゃんが家形に入って行く。
「2人一緒に抱っこはできないにゃ!」
嬉しそうな表情でそのわけを教えてくれた。
そういえば、俺は1回だけしか抱かせてもらってないぞ!




