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M-094 出産は龍神の手を借りて


 ナツミさんが産気づいたのは、グリナスさん達が北の漁場に向かって2日目の事だった。

 トリティさんとリジィさんが駆けつけてくれたんだが、すぐに甲板に追いやられてしまった。

 男では手伝いもできないと言われたんだが、グリナスさん達も同じだったんだろうな。

 仕方なく、砂浜をパイプを咥えながらうろつくことになってしまった。

 ネイザンさんが砂浜をうろついていた時の心境が少し分かってきた。期待と不安が入り混じっていたに違いない。

 カタマランから、その姿を見て笑っていた自分達を恥じるばかりだ。


 しばらくぼんやりと浜を眺めていたんだが、だいぶ日が傾き始めた。入り江が眩しく輝き始めたのでサングラスを掛けると、南の桟橋から掛けてくる女性の姿が見えた。

 マリンダちゃんじゃないか! 生まれたのかな?


「マリンダちゃん!」

「ちょっと急いでるにゃ。かなりの難産にゃ!」

 

 声を掛けたんだけど、それだけ言って北に走っていく。あの方角だと、カヌイのおばさん達の住むログハウスじゃないのか。

 一端戻って、様子を聞いた方が良さそうだぞ。


 砂浜を歩いていると、俺の横をマリンダちゃんと2人のおばさんが風のように駆け抜けていった。

 長距離レースなら上位を狙えそうな勢いだ。

 だが、そうなるとそれだけナツミさんの容態が切迫しているってことになりそうだ。俺もいつの間にか砂浜を駆けだしていた。


「難産ですが、今のところはだいじょうぶですよ。これは女の戦いでもあります。手助けは女性だけ、男性は下がっていてください」

 家形に入ろうとした俺を、カヌイのおばさんが押しとどめるようにして、注意してくれた。

 とは言ってもねぇ……。

 そんな俺を、隣のカタマランからオルバスさんが手招きしている。

 見てられないってことかな? とりあえず隣のカタマランに移動してオルバスさんの隣に腰を下ろした。


「出産は、男には何もできん。生まれる子の無事を祈って酒を飲めばいい」

 そう言って、ココナッツのカップに注いだいつもの酒を渡してくれた。

 一口飲んで、パイプを取り出す。

 あまり酔いが回っていたら、将来何を言われるか分からないからね。


「長老の1人が慌てて、オウミ氏族の島に向かったぞ。アオイが最悪に備えろいうからにはネコ族全体がそれに備えることになりそうだ」

「ナンタ氏族にも聖痕の保持者がいるはずです。彼の意見も参考にすべきでしょう?」


「向こうも何らかの啓示を受けているのだろう。オウミ氏族の島で緊急にそれを確認するとのことだ」

 バレットさんが連れて行ったらしい。

 かなりの速度を出せるからな。島で一番ならこの船なんだが、操船を行うナツミさんが大変な事態だ。


「俺達の漁場にも異変が現れたというのが問題です。かなりの範囲で異変が起きているのではないでしょうか? ニライカナイ全体に及ぶような災厄が起きないことを祈るばかりです」

 

 島が吹き飛ぶような爆発を起こしたなら、火山灰は成層圏にまで達するはずだ。グリーンランド辺りの火山が爆発したことで、中世ヨーロッパには飢饉が起きたという学説があると地理の先生が言ってたぐらいだからね。

 大陸の王国にも被害が及ぶかもしれないし、千の島にだって豊富な果物が取れなくなる可能性も無きにしも非ずだ。


「それほど、アオイは恐れるのか?」

「かつて歴史を学んだ時には、その影響でいくつかの王国が滅びることもあったようです」


「事は、ネコ族だけでの問題ではないと?」

「一応、商船を通して商会ギルドには連絡してあります。それで、ギルドの記録は昔から続いているようですから、過去の様子が少しは分かるかもしれません」

 

 あまり脅かさないようにしないといけないのかもしれない。

 氏族全体が委縮するようでも困ってしまう。とはいえ、観測機器もない世界のようだから、食料を少し備蓄しておくぐらいは考えた方が良さそうだな。


「島の売店は、商船から食料を買い込んでるんですよね? それを保管する倉庫はどこにあるんですか?」

「燻製後の魚を保存する倉庫群の一角だ。アオイが知ってる建物は……、炭焼き小屋の近くになるな。少し、高台になるんだが、風通しを良くしろとのカイト様の指示で作った倉庫だ」


 となると、長老達の暮らすログハウスよりも、島に入ったところということになる。

 海岸から100mほど離れているなら、海が荒れても潮を被ることは無さそうだ。


「場合によっては、商船の便が一時途絶えることもあり得ます。食料の備蓄を図るように伝えておいた方が良いでしょう」

「各カタマランとも、5日以上の備蓄はあるだろう。それを倍にするように伝えればいいな?」


 可能ならば、1か月は欲しいところだが、あまり無理も言えないだろう。10日でも周囲の島から野生の果物を取ることができるのならそれで良いのかもしれない。


「差し入れだ!」

 俺達の前に、カゴと竹の水筒が置かれた。振り返ると、ケネルさんが心配そうな顔をして立っていた。


「お前らがここにいるってことは、まだ生まれねえってことだろうが、確か昼前に『生まれる!』と騒いでなかったか?」

「そうなんです。さっきマリンダちゃんがカヌイのおばさんを連れて行ったんですけど……」

「難産ってことか。まあ、出産は色々あるって聞いたからな。とりあえず、食べて元気を出すんだな」


 カゴの中身は蒸したバナナをバナナの葉で包んだものだった。ちょっと甘いのが難点なんだが、竹の水筒に入ったお茶が丁度良い味を出している。

 ありがたく頂きながら、流木で焚き火を作る。

 2つほど摘まんだところで、お茶を頂きながらパイプを咥えていると、入り江の沖合がぼんやりと光っているのが見えた。

 海ボタルならアオイ光だけど、あれは黄色に見える。


「アオイ、あれが見えるか?」

「ええ、何なんでしょう? 少しずつ近づいているようにも見えるんですが」


 ジッと沖を眺める。

 確かに近づいているぞ。少し横長なのかもしれない。まるで月を光を一所に集めたようにぼんやりと輝いている。

 浜に人が集まって来た。こんな怪異は、トウハ氏族の中で見た者がいないんじゃないかな? 後ろを振り返ったら、長老達もログハウスを出て海を眺めていた。


「入り江を南に向かったぞ。何が出るか分からん。一旦、船に戻るぞ!」

「ですね。行きましょう」

 

 ケネルさんに簡単に礼を言うと、オルバスさんと一緒に浜を南に駆けた。桟橋を音を立てて渡ると、トリマランの屋根裏から銛を引き出す。

 

「まて! アオイよ。龍神の御出ましだぞ。銛はいらん。我等の守り神だ」

 

 銛のゴムを引き絞った俺に、慌ててオルバスさんが止めるように注意してきた。

 龍神だと?


 振り返ったオルバスさんは安堵のに満ちた顔をしている。

 安心できる相手ということであれば……。銛を下ろして、ベンチの端に置こうとした時だ。

 舷側すれすれに、まるで噴水のように海水が吹き上げた。海水の奥に光り輝く柱が見える。

 雨のように降り注ぐ海水が納まった時、俺の目の前に黄金の龍の姿があった。

 

 俺としばらく目を合わせていたのだが、やおら開け放たれた家形の戸口から、家形に体を伸ばしていく。


 呆気に取られて、その姿を見ているしか俺には出来なかったが、すぐに場違いな赤ちゃんの鳴き声が聞こえてきた。

 しばらくすると、もう1つ鳴き声が加わる。

 ひょっとして、双子なのかな? 

 赤ちゃんの泣き声が合図になったのだろうか? 龍の胴体がするすると海に戻っていく。

 最後に、海面の上に雄々しいその姿を光り輝かせると、入り江を出て行った。


「生まれたにゃ! 龍神様が手伝ってくれたにゃ」

 マリンダちゃんが家形から飛び出して俺の両手を握ると、ブンブン振って喜びを伝えてくれた。ほとんど泣き顔なんだけど、うれし涙だけではないのかもしれない。

 たぶん、半ば絶望視されていたんじゃないかな。あれほど慌ててカヌイのおばさんが駆けるわけはないだろうからね。


「それで、ナツミさんは?」

「ぐっすりと眠ってるにゃ。きっと疲れてるにゃ」


 俺の問いに、元気に答えてくれたところを見ると、無事に出産は終えたということなんだろう。


「マリンダよ。ところで肝心なことを俺達にまだ伝えてないぞ!」

 オルバスさんの言葉に首を傾けて考えてるけど、そういえば確かにまだ聞いてなかったぞ。


「元気な女の子にゃ! 話には聞いていたけど、龍神様がいればどんな難産も安産に変わるにゃ」

「カイト様の話は、本当にあったんだな。俺もあの話は信じられなかったのだが……」


 俺達に教えてくれたのは、トリティさんだった。

 ずっと考え込んでいたマリンダちゃんに呆れたんだろうな。ぞろぞろと、家形の中から御婦人方が現れたのを見て、マリンダちゃんが慌ててお茶のポットをカマドに乗せている。

 大仕事は終わったんだから、とりあえずワインでも良いんじゃないかな?

 そっと、マリンダちゃんに耳打ちすると直ぐにワインのカップとボトルが用意された。まだ中には、リジィさんがいるらしいが、その内にトリティさんが替わってくれるだろう。


「どうやら無事に生まれたようです。皆さんには心より感謝いたします。ありがとうございました」

「まさか、龍神が立ち会う出産になるとは……、龍神の髭がナツミさんのお腹に入ると、すぐに生まれたにゃ。難産が安産に変わるのを見たのは始めてにゃ」

「すぐ横に龍神様の姿があったにゃ。きっと良い娘に育ってくれるにゃ」


 カヌイのおばさん達が帰るのを見送ったところで、トリティさんに手を引かれて自分の娘を見ることにした。

 白い御包みに小さな赤ちゃんが2人入っている。

 ちゃんと育てられるかなぁ。可愛いというよりもそれが最初に頭に浮かんできたんだよね。



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