M-091 延縄の獲物
海底の溝が北東に続いてるが、溝の幅は50mもない。
今回の船団は6隻だから横に並ぶこともできず、3隻ずつ並んで前後の距離を300mほど取ることにした。
前を進むカタマランの航跡を外れて進めば少しは釣果も期待できるんじゃないかな?
前の3隻をバレットさんが率い、後続の俺達の船はオルバスさんが率いる。
「帰りは俺達が先になる。明日は今日と逆になるからそれほど差は出ないだろう」
「前との距離はもう少し離すべきかもしれません。魚が掛かったら減速するでしょうからね」
「それなら、釣果も同じになるんじゃないか?」
俺の言葉に、ヤグルさんが頷いている。オルバスさんも先に行く3隻のカタマランを見ながら、「それで行こう!」と俺達に告げる。
オルバスさんの船を真ん中に、北に俺達のタクマラン、南にケネルさんのカタマランが位置に着く。白い旗を確認したオルバスさんが笛を吹くと、横一列に並んだ俺達の船が北東を目指して進み始めた。
速度は歩くよりも少し早いぐらいだ。
舷側に設けた曳釣り用の竿を張り出して、細いロープに付けた洗濯バサミに曳釣り用の道糸を通す。ヒコーキ仕掛けを投げ入れると、道糸をどんどん送る。
およそ35mでリールをロックして釣竿を舷側の穴に入れる。
左右に1本ずつ、船尾に1本の3本の仕掛けを流し終えたところで、パイプに火を点けた。
後は、魚が掛かるのを待つばかりだ。
「前方右で掛ったにゃ!」
マリンダちゃんが家形の屋根で状況を見ていたようだ。
俺達と逆の方向が最初のヒットということになる。群れに遭遇したんだろうか?
「次は、父さんの船にゃ!」
思わずヤグルさんと顔を合わせる。
その時、大きな音を立てて洗濯バサミから道糸が飛んだ。ヤグルさんに竿を任せて、残りの竿の道糸を急いで手繰り寄せる。
「大きいぞ!」
「ナツミさん! 速度を落としてくれ」
俺達の動きを見ていたナリッサさんが、ナツミさんの肩を叩いている。直ぐにトリマランの速度が落ちていく。
「かなりの引きだ。今までこんな引きに出会ったことが無いぞ!」
「大きくとも、姿を見せれば何とかなります。頑張ってくださいよ」
とは言っても、リールに巻く道糸と出ていく道糸では出ていく方が多いような気もするな。
数分の死闘を隣で見守り続けていると、どうにか巻き取る量が多くなったようにも思える。かなり移動しているからそれだけ体力を消耗したに違いない。
やがて、ゆっくりと道糸が巻き取られ始めた。
だが、ここで焦りは禁物だ。焦って最後の瞬間にハリスを切られたことは1、2度ではないからね。
「最後に一暴れするかもしれませんよ!」
「ああ、それは心得てる。軽く握っていればだいじょうぶだ」
ギャフを構えて、ヤグルさんの隣に立つ。甲板が広いからヤグルさんの邪魔にはならないだろう。
海面を見つめていると、やがて銀色に光る魚体が見えてきた。
「4YM(1.2m)はあるぞ!」
「でしょうね。とんでもなく重いです!」
ゆっくりと浮上してくる。ヒコーキを甲板に投げ出して、ハリスを掴んでいる。残り5mというところだ。
ギャフを沈めて、その瞬間を待つ。
「ヤア!」
気合と共に魚体にギャフを掛ける。柄を持つ手が暴れる魚の為に開きそうになるのを懸命に掴んで耐えたところで、ヤグルさんと力を合わせて甲板に引き上げた。
バタバタと甲板に血を播き散らす魚の頭に、マリンダちゃんが棍棒を振るった。ボグ! と鈍い音がしたんだが、1発ではダメみたいで続けて棍棒が唸りを上げた。
どうにかおとなしくなった魚を見て、3人でハイタッチをする。
「ハリオですね」
「5YM(1.5m)のハリオなんて初めて見たにゃ!」
「さて、次を狙いますよ。引きあげた方の仕掛けは俺が直しますから、手繰り寄せた仕掛けを戻してくれませんか?」
「任せとけ! それにしても重かったな」
俺達が仕掛けを戻している間にマリンダちゃんが海水を桶で汲んで甲板を流している。血が飛び散って凄惨な光景だからね。
また同じように汚れるかもしれないから、曳釣りを終えた時にクリルの魔法で綺麗にしとけばいいんじゃないかな。
少し速度を上げて船列に並ぼうとしているようだ。
ヒコーキが盛んに跳ねているから、この間に一息入れよう。
2人でパイプを咥えていると、ナリッサさんが俺達にココナッツを割って渡してくれた。さらに割っているのは操船楼の女性達で勝利を祝うつもりなのかな?
昼を過ぎたところで、小さな島に6隻の船を停めて状況を確認し合う。
先に行った船は4、5匹だが、俺達航続組は3、4匹というところだ。やはり先に行った方が獲物の数は多いようだ。
「5YMのハリオなんぞ、長老だって信じねぇだろうよ。よくも釣り上げたものだ」
「シーブルが多いな。バレットもグルリンを釣り上げたのか」
バレットさんとオルバスさんは、他の船の釣果を確認し合いながらも酒を飲んでるんだよな。
これから往路の曳釣りなんだから、俺達には勧めないで欲しいところだ。
軽い食事を取ったところで、今度は俺達が先頭になる。
シーブルがグルリン混じりで釣れたけど、ハリオは午前中の1匹だけだった。
「ハリオは群れると聞いてたけど」
「群れから外れたんでしょうかね?」
残念な表情で呟く俺に、ヤグルさん慰めるような口調で答えてくれた。
屋根の上では、マリンダちゃんとナリッサさんが延縄の浮きを探している。
周囲の島との位置関係から、この辺りなんだが探すとなると中々見つからないものだ。
「あれにゃ! 少し南に移動してるにゃ」
屋根の上のマリンダちゃんの言葉を聞いて、思わず俺達は顔を見合わせてしまった。一応、錘を付けてあるから移動することは過去には無かったことだ。
「大物ってことかな?」
「そんな感じですね。浮きをだいぶ揺らしてますよ」
なんとなく2人で微笑んでしまうのは、仕方がないことなんだろう。
タクマランを反転させて、船尾から浮きに近づいていく。この辺りの操船はナツミさんが得意なところだ。
ナリッサさんが操船楼でナツミさんの操船をジッと見ているんだろうな。
近づいた浮きの海面下を探るようにジャグを動かして錘を繋いだロープを手にする。後は、ゆっくりと手繰り寄せればいいのだが、どうやら錘の石がサンゴに引っ掛かっているようだ。
強く引くと外れたから、サンゴに絡まったわけじゃなさそうだ。
錘のロープを回収したところで、浮きを甲板に持ち上げる。
道糸として使っている組紐を持つと、強い引きが腕まで伝わってくる。
「ギャフが必要かもしれないぞ! かなりの大物だ」
「両方持って待機してます!」
グンテをしてるからいきなり引き込んでも怪我はしないだろう。人差し指の横に組紐を乗せて親指で押さえる。
抑える強さがブレーキになるのだが、引くだけでも力がいるな。
グイグイと引き込んでるが、すでに体力を使い果たしたようにも思える。
やがて、魏に路の魚体が水中に見えてきた。
「4YM(120cm)ほどありますよ。ギャフを使います!」
「もう少しだ。頼んだよ」
沈めたギャフの方向に組紐を手繰って魚体を誘導する。
海面に顔が出ようかと思った瞬間。勢いよくギャフが引かれた。獲物が甲板に上がってバタバタと騒いでいる。
後はマリンダちゃんに任せて、組紐を手繰ることにした。
「全部で5匹ですか。シーブルの4YMは始めてみましたよ」
「確かに大きかったな。だけど2人で上げればそれほど苦労はしない。明日はヤグルさんに任せるからね」
俺の話に嬉しそうな表情を見せてくれた。すでに日没が過ぎたけど、トリマランはアンカーを下ろしているし、ナツミさん達は夕食を作りながら獲物を捌いている。今夜も一夜干しができそうだな。
「御飯よ! 早く食べて根魚釣りをしましょう」
ナツミさんの言葉に、軽く返事をして甲板にあぐらをかく。
バヌトスの唐揚げは久しぶりだな。
これを食べて、同じ大きさのバヌトスを釣れって事かもしれないけどね。
「気圧が下降気味だから、床の穴を使いましょう。ヤグルさんとアオイ君は舷側でお願い」
「雨が降り出したら終わりにするよ」
そう言って、甲板の左右に俺達は陣取った。パイプを咥えてのんびりと釣りを楽しもう。タープを張る帆桁に2個のランプを下げているから、周囲はかなり明るい。この海域に停めた他のカタマランもランプを灯しているから、何となく風情もあるな。
棚を取って2、3度、竿を上下させて餌を躍らせる。
そんなことを繰り返していると、突然竿が絞り込まれた。一旦竿を下げて食い込ませたところで大きく体を反らせながら竿を上げた。
グイグイと竿を絞り込むから確実に針掛かりしたようだ。後は、力づくで巻き上げればいい。
道糸とハリスの号数を考えれば、十分魚と綱引きができる。
「助けに来たにゃ!」
「もうちょっとで顔を出すからタモ網を下げといてくれないかな?」
「分かったにゃ!」
マリンダちゃんが海中に沈めたタモ網に上がって来た魚を寄せていく。
魚体の半分が入ったところで、「エイ!」という声と共にタモ網が引きあがられたが、魚体が重くて手こずっている。どうにか引き上げた魚体に、マリンダちゃんがと止めの棍棒を振るった。
「バッシェにゃ。大きいにゃ」
ちょいと釣り針を外すと、バッシェの顎を持って用意したカゴに入れている。
釣り針に餌をチョン掛けして、仕掛けを放り込む。
後ろはどうなってるのかな?
振り返ると、ナリッサさんが竿を持って立ち上がっている。大物みたいだ。ヤグルさんは、自分の嫁さんの様子を見ながら、手伝おうかどうか悩んでいるみたいだな。
やはり最後までやらせてみるべきだろう。隣にナツミさんもいるから、どうしようもなければ手を貸してあげるに違いない。




