M-090 先ずは根魚を釣ろう
リードル漁が終わって、明日は曳釣りに出掛けようとしている前日。
背負い籠に一杯のココナッツとバナナ2房を積んでヤグルさんのカタマランがトリマランの隣に停泊した。
トリマランの甲板に荷を下ろしながら、船の大きさに感心してる。
「大型カタマランよりも大きいんですね。これが海面に浮かぶとは信じられません」
「改造しすぎた感はあるね。だけど基本はカタマランとそれほど違いはないよ」
お茶を飲みながら、明日の漁に使う道具を説明する。
たぶんヤグルさんも持って入るんだろうな。その使い方が教えられた通りということに問題があるんだけどね。
「天候でプラグを選ぶと?」
「必ずしも、それだけではないんだけどね。左右に竿を出しているんだから、違うプラグを使うことで十分だ。最初に当たりの出たプラグに合わせればいい」
そんな話をしていると、夕暮れが近づいてくる。
ナツミさん達が料理を始めると、ナリッサさんも手伝ってくれた。隣からリジィさんもやってきて、ナリッサさんに言葉を掛けている。
トリマランの大きさに最初は戸惑っていたけど、今では良い集会場になってるようにも思えるな。皆で料理を持ち寄っての夕食は氏族の島ではいつもの事だ。
「向こうでは、いつも家族だけで静かな食事だったの。部活の合宿が楽しみだったわ」
「ここはいつでも合宿気分ってこと?」
「同じ目標に向かって集う人達だからね」
人が集まってくるのをナツミさんはいつも喜んでくれる。
それを知っているから皆が集まってくるんだろうな。俺も爺様が元気だったころを思い出すことが度々だ。やはり大勢で食べた方が美味しいし、漁の話題でいつも賑やかだ。
「明日の船はどうなってるんだ?」
「バレットの船にラビナス、俺の船にグリナスだ。ケネルのところにネイザンが乗って、アオイの船にヤグル達が乗る」
「4隻だな? 場合によっては少し増えそうだが、それは相手に任せればいいだろう。一応、明日の朝に出発と氏族会議で話してあるからな」
バレットさんとオルバスさんは最終確認をしているんだろう。すでに漁の競い合いは始まっているのかもしれないな。
バレットさんがラビナスを乗せるのは他の船と技量を調整しようとしたこともあるんだろう。ちょっとしたハンディってことかな?
だけど、曳釣りは魚の泳ぐ棚を早く見つけることと、相手の食いつくプラグをいち早く見つけることにあるように思えるんだよね。
勘と一概に括ることはできないかもしれないが、一番大事なことは水温や潮流、海底の起伏、天候を勘案した勘が大事だと思うな。
早めに夕食を終わらせると、女性達が明日の朝食の準備を始める。
保冷庫があるからね。南国で電気も無い世界に保冷庫があるんだから世の中広いと思わざるをえない。
おしゃべりしながら楽しそうに準備をしているのを見ながら、グリナスさんとワインを傾ける。
「マディスを母さん達が面倒をみてくれるのが助かるな。夜釣りも3人でできるし、延縄も仕掛けられる」
「餌はたっぷりとラビナスが届けてくれましたからね。とはいえ、明日は漁場までの移動になりそうです」
グリナスさんが帰ったところで、カップをカマド近くのカゴに入れておく。
さて、そろそろ俺も横になるか。
家形のハンモックに横になり、漁を思い浮かべていると、だんだんと瞼が重くなる。
翌日、屋根の上を歩く音で目が覚めた。
隣のハンモックを見ると、すでに2人の姿は無い。慌てて、ハンモックを抜け出して短パンとTシャツ姿で甲板に出ると、ヤグルさんがパイプを咥えていた。
「動きだしましたよ。変わった動きをするんで驚いてました」
「ちょっと寝過ごしたかな? 他の船も?」
「入り江の出口近くで終結してるようです」
数隻のカタマランが集まっているようだ。
トリマランも、その方向にゆっくりと移動している。オルバスさんの船は今桟橋を離れるとこだな。
「ようやく起きたのね。皆とっくに起きてるんだから」
操船楼から下りてきたナツミさんが文句を言いながらも、朝食を温めてくれた。
ありがたく皿に盛られたリゾット風のご飯とスープを頂く。
「船団の位置はいつも通りよ。ケネルさんのカタマランも魔石8個の魔道機関らしいから、かなり速度を上げるんじゃないかしら」
「浮くこともあり得るの?」
「そこまでは出さなと思うけど、15ノット近くにはなるでしょうね」
時速30km近いんじゃないか? 他のカタマランと比べれば5割増し近い速度になるんじゃないかな。
やがて終結したカタマランの前方で法螺貝の音が聞こえてくると、その音に呼応したように鋭い笛が聞こえてきた。
再度の法螺貝の音が入り江に響き渡ると、カタマランが入り江を出て、北上を開始する。
俺とヤグルさんにはこれといった役目は無いんだよな。
景色を見ながら、漁の雑談をして過ごすことになった。
昼を過ぎても、速度を落とすことはない。氏族の島を北上してすぐに東に進路を変えたのだが、このまま進めばリードル漁を行う島がもうすぐ見えるんじゃないかな?
「それにしても、速いですね。俺のカタマランでは、長時間にわたってこの速度は出せないでしょう」
「速さを求めたカタマランだからね。ましてやこのトリマランはやりすぎだと思ってるよ。次に作る時は、大きさはこれぐらいでも速度は最初の頃に戻したいね」
速さを求めるのは、少しでも遠くの漁場を目指したいということに繋がるんだろう。だけど、1隻だけ特化すると氏族の中では浮いてしまいそうだ。
現に、氏族の中では速いと言われるバレットさん達と同行しても、水中翼船モードで航行することは無いんだから。
まだ日が高い内に、グリナスさん達が描いた三角形の石組を島の砂浜に見つけることができた。
船団の進路が少し南にかわり、さらに速度が上がってくる。
夕暮れが始まろうとしたときに、船団の速度が急に下がって進路が北東に変わる。
どうやら、目的の漁場に着いたらしい。
速度がどんどん落ち始める。ナツミさんがアンカーを用意するように伝えてきたので、急いでハシゴを上って船首に向かった。
「下は溝になってるわ。10mはあるんじゃないかしら?」
「アンカーを下ろしても良いのかな?」
「合図を待った方がいいよ。横に並び始めたから、それが終わり次第ってことになるんじゃないかしら」
前方の数隻が横に並び始めたから、ナツミさんもその右側に移動を始めた。俺達の右手にオルバスさんのカタマランが並んだ時、船首に発ったオルバスさんが笛を鋭く2回吹く。
笛の音を合図に、各船のアンカーが投入される。
俺も、アンカーを下ろしたところで余分なロープを巻き取って船の並びを合わせることにした。
終わったところで、ナツミさんに片手を上げる。
頷いてくれたから、今頃は魔道機関を停止したに違いない。
各カタマランの距離は20mほどだから、明日の曳釣りはもう少し距離を取ることになるのだろう。
船尾の甲板に向かうと、おかずを釣るために同付き仕掛けのリール竿を取り出す。まだ時間が早いからマリンダちゃんもマイ竿を取り出している。すでに漁は始まったということになるのかな。
「仕掛けがあれば、俺も手伝えるぞ」
「でしたら、この竿をお願いします。もう1本竿を出しますから」
腰の強い竿を取り出して、仕掛けを付けて竿を下ろす。シメノンが見えればナツミさんも参加してくれるだろう。
最初に獲物を手にしたのはマリンダちゃんだった。30cmを越えるバヌトスだから、幸先は良いんじゃないかな?
それほど間を置かずに俺達の竿にも当たりが伝わる。
次々と上がるバヌトスをナツミさんとナリッサさんが捌いている。雨期に入っているから屋根には干せないが、タープの下なら問題は無さそうだな。
日が暮れたところで、根魚釣りを止めて夕食を取ることにした。
明日は曳釣りを行うことになるし、その前には延縄を仕掛けることになる。色々と忙しいのが浮きの漁なんだよね。
御飯に掛けたスープの上には、焼いたバヌトスの半身が乗っている。いつもより豪華な夕食だけど、これではお代わりができないな。
御飯の無くなったお皿を見てたら、ナツミさんがお代わりをよそってくれたけど、さすがにバヌトスの半身は乗っていなかった。
ちょっと残念そうな顔をしてたのかな? ナツミさんが俺を見て微笑んでいる。
「明日は、延縄を仕掛けるんですよね。見せてくれませんか?」
食後のワインを飲んでいると、ヤグルさんが問いかけてきた。
「ああ、いいよ。……これだ」
屋根裏からカゴに入った仕掛けを持ち出してヤグルさんの前においた。
仕掛けの端を持って、どんな風に浮きのカゴに結び付けるかを教えると、次はハリスの長さを教えてあげる。
たぶん彼も作ってあるに違いないが、俺の仕掛けを見て少し自分の作ったものと違っていることに気が付いたみたいだな。
「親糸が太いんですね。これほど太いとは思いませんでした」
「手に持って引き上げるからね。太い方が力を入れられるし、指を切ることも無い。だけど引く時にはグンテを使うよ」
途中途中に入れる浮きも枯れの場合は少ないんじゃないだろうか? こんなに浮きをつけるんですか? と聞いてきたぐらいだ。
カップのワインが無くなったところで家形に入る。
甲板のベンチの上に、開いたバヌトスを並べたザルを乗せておいた。雨が降ってもタープがあれば濡れることはない。明日には一夜干しが出来てるんじゃないかな。
翌日は、笛の音で起こされた。
急いで甲板に出ると、バレットさんが延縄を仕掛けるように触れ回っている。
ここから曳釣りをして、戻ってkら引き上げるつもりのようだ。
ナツミさん達が朝食の支度を始めたから、延縄仕掛けを持ち出して、仕掛けの先に浮きを付けて投げ込んでいく。
道糸を送りながら、小さな浮きが出るたびに枝針にカマルの切り身を付けて投げ込んでいった。道糸の最後に棒の先端に赤と黄色のリボンの付いた浮きを結び付け、船尾から遠ざけるように投げ入れる。最後は握り拳2つ分ほどの小石の付いた紐を投げ込む。紐は浮きに結んであるから、アンカー代わりになる代物だ。




