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M-085 南は豊漁らしい


 ご婦人方を乗船させた漁を終えて氏族の島に帰ったのは、予定通り4日目の夕刻だった。

 トリマランから下りる時には少し残念そうな表情をしていたけど、「また乗せてもらうにゃ!」とナツミさんに挨拶して帰って行った。

 お土産に、シメノンの一夜干しを持ち帰ったからバレットさん達も喜ぶんじゃないかな?

「今夜は宴会にゃ!」なんて言いながらトリティさんが帰って行ったけど、すぐにオルバスさんが様子を聞きにやって来た。

 となると、バレットさんもやってきそうだな。


「ラビナスを連れて近場で漁をしていたんだが、ラビナスも一人前だな。グリナスを追い越すのは時間の問題かもしれん」

「ちょっと、のんびりしたところがありますからね。でも、カリンさんが尻を叩いてくれますよ」


 オルバスさんが俺の言葉に笑い出した。きっと似たようなことを考えていたんだろう。


「となると、次の嫁もカリンのような娘を探さねばなるまい。勝気な娘は引く手がおおいようだ」

「なんだ? 今更、嫁を貰う歳でもあるまいに」


 声の主は、バレットさんだった。やはりやって来たようだ。

 とりあえずバレットさんにベンチを譲り、いつものベンチを引き出して腰を下ろす。大きな声にナツミさんが家形から出てきて、バレットさんに頭を下げて引き込んだ。直ぐにワイン用の錫製のカップとボトルを用意してくれた。


「済まんな。嫁達が絶賛していたぞ。氏族で一番はナツミで、自分達が2番目だとな」

「私が生きてる間は、3番目にゃ!」


 隣のカタマランからトリティさんがやってきた。木製の皿に焼いたシメノンが切り身になって乗っている。

 

「カイトの船に乗って、少しは変るかと思ったが」

「まあ、俺達の銛の腕と同じだな。ケネルはたまたま筆頭を逃しただけだと言ってるぐらいだ」


 旦那達もそれほど変わりはないってことだろうな。ある意味、似た物同士が結婚したってことなんだろう。

 でも、少年時代のままに仲間と暮らせるなら、それは幸せなことなんじゃないか。


「あの浮き上がる感覚が良いにゃ。速度はカタマランの2倍以上にゃ」

「やはり浮き上がるのか? 水煙の中に浮かぶ船だと仲間達が話してくれたが」

「そうにゃ。また乗せてもらうにゃ」


 また操船したいの間違いじゃないかな?

 だけど、それなりに人気があるってことなんだろうな。でも、次の船は絶対にベーシックにするぞ。


「1日でカタマランの2日を越えるってことだな? まったく困った仲間だ」

 バレットさんがおもしろそうな表情で俺を見ている。

「前にアオイが乗っていたカタマランも人気があるな。魔石8個はオルバスも付けているようだが、ナツミの操船に何とか近づこうと努力しているようだ」


「あれはバウ・スラスタがあっての事です。あまり無茶な操船は問題ですよ」

「あれぐらいならだいじょうぶだ。家の嫁さん連中もあれぐらいなら良いんだが……」


 バレットさんの話しに頷いたオルバスさんを、トリティさんが睨んでるぞ。後で夫婦喧嘩なんてことにならないことを祈るばかりだ。


「南は順調なんですか?」

「ああ、順調そのものだ。中堅の連中が出掛けているが、結構大物が混じっている。燻製であの大きさだからな。毎日祝宴を上げているかもしれんな」


 男達の話に女性が問いかけるのはネコ族の間ではあまり見かけない。ナツミさんの問いに、ちょっと周囲の様子を思わず見てしまったが、バレットさんは気にせずに答えてくれた。


「確か、1か月で交代だったはずだな」

「すでに3回目の連中が行っている。帰って来た連中は皆喜んでいたぞ。あそこに水路を作ったのは正解だったな」

 そう言って身を乗り出して俺の肩を叩く。

 何はともあれ氏族の筆頭だからね。実績を残したというのが嬉しいのだろう。


「長老達は、次は東と言っていたぞ。一気に漁場が広がるな」

「親を越える魚も突けるだろう。しばらくガルナックを見てないのも気になるところだ」

「俺達がカタマランを持つ前じゃなかったか? 長老達が安堵の表情をしていたな」


 それって、20年以上前なんじゃないのか?

 思わずナツミさんと顔を見合わせてしまった。


「カイト様は北の海域で30歳前に2匹も突いたらしい。8YM(2.4m)を越える大物だったらしいぞ」

 

 バレットさんは笑顔で俺を見てるんだが、お前も突いてみろ! と目では言ってるんだよな。

 ここは俺も笑ってごまかしておこう。


「次の満月でリードル漁が行われる。その魔石を使えば東への台船を何とかできるかもしれんな」

「台船だけでなく、運搬船も必要だ。その上でそれらを動かす連中も探さねばならん。もう少し先になるかもしれんぞ」


 このトリマランなら1日も掛からないんだけどね。

 だけど、まだまだこれを手放すことにはならないはずだ。


「それで、三者会談は上手く行ったんですか?」

「まだ帰って来ねぇ。そろそろだとは思うんだが、余りにも難癖を付けるようならリーデン・マイネの出番となりかねん」


 ネコ族の持つ超兵器の出番ともなれば、向こうだって少しは考えるということだろうか? だがそうなると、関係が極めて険悪になりそうだ。

 ギブアンドテークの考えができないものか……。

                 ・

                 ・

                 ・

 2日間体を休めて、再び東に向かおうとしたときだ。

 大きな商船が入り江に入って来た。

 ナツミさん達が商船を心待ちにしていたから、ここは1日出漁を伸ばしても良いだろう。

 嬉しそうにマリンダちゃんと商船に出掛けるのを見送っていると、桟橋に数人のネコ族の男が下りてくるのが見えた。ゆっくりと歩く姿は長老じゃないのか!

 オルバスさんの船に向かって、長老が帰って来たと大声で知らせた。


 バタン! と扉が開き、オルバスさんが甲板に飛びだすと、北にある石の桟橋を眺める。

「帰って来たか! アオイ、知らせを待っていろ」

 俺に振り返りもせずに告げると、桟橋を走って行った。


「どうなるんだろうね?」

「分からないけど、氏族の一員なんだから、長老の裁可には従わないと」

「だよね。今まで親切にしてくれたんだもの」

 

 そう言ってナツミさんが俺の手を握る。

 何か、とんでもないことが起きるような予感でもあるんだろうか?

 交渉が上手く行ったとも考えられるんじゃないか?

 あまり悪い方に考えない方が良いと思うんだけどね。


 そういえば、腰の強い釣竿を作ろうとしてたんだっけ。

 ナツミさん達と一緒に商船に出掛けて、ドワーフの職人を呼んでもらった。


「釣竿を作るだと? 竹竿で十分じゃないのか」

「それだと大物を上げるのに少し苦労します。ここに竹の棒がありますね。6YM(1.8m)の長さで釣竿を作れませんか?」


 俺が束ねた竹の棒を見せると、目を大きく見開いた。

 どうやら俺の意図していることを理解してくれたようだな。


「なるほど、かなり腰の強い竿ができるじゃろうな。これは特許も取れるじゃろう。3本作ってやろう。それでワシの特許取得を認めてくれんか?」

「トウハ氏族で欲しがるものがいる時には割り引いてくれれば手を握れます」


「ワハハ、それぐらいはお安いことじゃ。3割引きで売れば良いな。明日には3本ができるじゃろう。夕刻に取に来い。契約書はその時じゃ」


 タダで3本なら安いものだ。それに3割引きならそれほど値段も上がらないんじゃないか?

 互いに手を握り合って明日の再会を待つことになる。

 後は、ナツミさん達の買い物だな?


 店の棚を物色している一団にナツミさんを見付けて、近づいていくとちょっとバツの悪い場面だった。

 色とりどりのビキニが並んでいる。マリンダちゃんに先に帰ることを告げて急いで立ち去ったけど、あの場所にいつまでもいたなら変態呼ばわりされかねない。


 のんびりと砂浜を歩いて、俺達の桟橋に近づくと桟橋の突端でラビナスが釣竿を出していた。


「釣れたかい?」

「余り釣れませんね。ザバンを下ろそうかと考えていたところです」


 それならと、俺のザバンを下ろしてアウトリガーを取り付ける。

 入り江の出口近くは狙い目だからね。

 ラビナスと一緒に向かうと、互いに釣り糸を下ろす。途端に良型のカマルが掛かった。


「これなら夕食は楽しめます!」

 にこにこしながら、獲物から釣り針を外してラビナスが呟いた。

「子供達は余りこの場所に近づかないからね。水深があるから危ないと教えられてるんだろうな」

「桟橋2つ分までと母さんに言われてました。ここに来るのは初めてですよ」


 桟橋2つ分でも、それなりに魚は獲れるんだよな。

 あえて背の立たない場所に来ることも無いだろう。それに岸近くなら子供達も多いけど、桟橋の2つ分も岸から離れると、余り子供達もいないんだよな。


 十数匹の獲物を持ってザバンから下りると、今夜は皆で夕食ということらしい。

 それなら獲物を分ける必要もないな。トリティさんに渡すと、すぐに大きさに分けている。小さいのは短冊にして塩を掛けて保存しておくんだろう。根魚釣りの良い餌になるんだよね。

 ナツミさん達も応援に駆け付けたからオルバスさんのカタマランは急に賑やかになった。

 マリンダちゃんは子守担当ってことかな?


 俺に手を振っているグリナスさんとラビナスは俺達のトリマランでココナツジュースを飲んでいた。

 たぶんトリマランで食事をするんだろう。カマドの1つにはお茶のポットが乗せられている。


「母さんからこっちで待っているように言われてしまった」

「俺達に手伝えることはありませんからね。そうそう、明日の夕方には新しい釣り竿が手に入りますよ。1本ずつ進呈しますけど、ガイドは自分で付けてください」


 俺の話に、2人とも首を捻っている。もう忘れているんだろうか?


「氏族の島を遠く離れると、獲物も大きくなりますから、腰の強い竿をドワーフに頼んだんです」

「ああ、あの話か! 確かにカリンが苦労してたな。ラビナスも1本持ってるけど、どうなんだ?」


「近場の漁場を仲間と回ってますから、今の竿で十分です。でも……」

「作っておけば、俺達と一緒に出掛けてもだいじょうぶだ。素潜りならあまり大差はないが、釣りは腰が強くないと苦労する」


 それならと、納得している。まあ、リジィさんにはさんざん世話になってるからね。そのお返しは息子にしても問題は無いだろう。

 俺達の探した漁場での漁を話していると、ナツミさん達が次々と料理の皿を運んでくる。

 甲板に車座になって夕食を頂くのは、ネコ族ならではの事だ。テーブルをあまり見ないんだよね。島にある唯一のテーブルは、漁の獲物の数を確認する浜辺近くのログハウスにあるとナツミさんが言ってたな。

 トリティさんが山盛りにしてくれた御飯の皿に、ナツミさんがおかずを取り分けて乗せてくれた。

 トリティさんの作った未熟な果物の漬物がたっぷりと乗ってるから、思わず笑みが浮かぶ。

 昔、爺様が話してくれた大家族の夕食風景そのものだ。

 あちこちで別な話が始まってるし、俺達もおかずを噛みしめて、誰が作ったかを推理してるんだよね。


「トリティさん。オルバスさんはまだ帰ってきませんが?」

「別に取り分けてあるからだいじょうぶにゃ。残さずに皆食べてしまうにゃ!」


 思わず笑みを受けたのは俺だけじゃないんじゃないか?

 トリティさんに御飯の皿を出して、お代わりしながらふと考えてしまった。 


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