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M-082 サイカ氏族が心配だな


 拠点の島から南に向かって5日目。

 1日の漁をしたから、保冷庫は一夜干しの魚で一杯だ。氏族の島に胸を張って帰れるな。


「まっすぐに帰るよ!」

「夜も進むのかい?」


 当然と言った表情で2人が俺に顔を向ける。

 俺も舵を握ることになるのかな? ちょっと嬉しく思えるけど、俺が舵を握ってもすぐに取り返されるんだよね。

 

 大きな鍋でご飯を炊いたのも、途中で船の速度を落としたくないのだろう。さすがにスープの作り置きはしないだろうけどね。

 昼食はバナナとココナッツジュースになりそうな気配だ。


 2人が操船楼に上がるのを見て、慌てて後を追った。船首に走り、アンカーを引き上げると操船楼に合図を送る。ザバンがしっかりと固縛されているのを確かめてから家形の屋根を通って船尾に向かう。船尾のベンチに腰を下ろすとタバコ盆を隣に置いて、パイプを咥えた。ここなら2人の後ろ姿が見えるから少しは安心できる。

 

「出発するよ!」

「気を付けて操船してくれよ!」


 そう言っておけば、速度をあまり上げないかもしれないからね。

 やがて動き出したトリマランが北西に向かって進み始める。徐々に速度を上げ始めると、ふわりと船体が浮き上がる感触が伝わって来た。水中翼が飛沫を左右に上げるから、かなり速度を上げているのが分かる。

 時速20ノットで水中翼船モードに変わるようだが、さらに速度が上がっているぞ。最終的には時速25ノットほどに上げるつもりのようだ。

 

 操船楼のナツミさんは、家形の屋根の乗ったマリンダちゃんと話をしながらトリマランを進めている。

 周囲の島を確認しながらなんだろうが、お目当ては俺達が南進した起点となる島を見付けたいようだ。

 その島を見付ければ、底から西に向かえば氏族の島に到着できるはずだ。

 俺達が南に進んだ日数は、漁場を探しながらの低速だったから、日数が参考にならないのだろう。

 それでも、南に向かっていくつ島を越えたかぐらいはナツミさんが掴んでいるはずだから、島の数を確認しながら浜の目印を探すんだろうな。


「あったにゃ!」

 家形の屋根から大声でマリンダちゃんが東の島に腕を伸ばした。

 2kmほどの距離があるから俺には、何かがあるぐらいにしか見えないんだけどね。ナツミさんが操船楼から双眼鏡をかざして確認して頷いているところを見ると、まさしく起点の島に作った目印ということに違いない。


「間違いなく起点の島よ。西に進路を変えるからね!」

 俺に向かって大声を上げると、屋根の上のマリンダちゃんが身を低くしているのが見えた。この速度で急速回頭をしようってことか?

 慌てて、ベンチに深く腰を据えると左右の腕を伸ばして背もたれをしっかりと掴んだ。


 次の瞬間。トリマランが左に傾き、体が右に持って行かれる。

 いくらトリマランが魔道技術で強化されてるとはいえ、この急速回頭は無いんじゃないかな? 右船体は宙に浮いたかもしれないぞ。

 

 再び甲板が水平になったから、現在は西に向かったということなんだろう。まったく、ナツミさんの無茶にも困ったものだ。

 清楚なお嬢さんだと思ってたんだけど、この世界にやってきて地が出たのかもしれないな。

 ナツミさんが部長を務めていたヨット部の訓練は、かなりハードだとクラスの女性から聞かされていたんだが、悪友達と笑っていたんだよな。

 ナツミさんを妬む声ぐらいに思えていたんだが、この世界に来てそれが本当だと知った時には俺も驚いたぐらいだ。

 マリンダちゃんも末っ子のお転婆だから、ナツミさんと似たところがあるのかもしれないな。直ぐに意気投合していたぐらいだからね。

 トリティさんの実の子ではないらしいけど、気性はトリティさんと似ている気がするな。


 このままの速度で帰るなら、2日程度で戻れそうだ。それに夜間も走らせるとなれば、明日の夕刻前には帰島できるかもしれない。

 そうなると、あの海域の漁場を現在利用できるのは俺達だけになってしまうんだが、起点となる島に燻製小屋を持つ台船を置けば、南と同じような漁ができるだろう。


 昼食は、案の定蒸したバナナだったけど、夕食はトリマランを停めてゆっくりと取ることになった。

 おかず用の竿に次々とカマルが掛かる。30cmを越える良型だから、少し多めに釣って甲板で一夜干しを作ることになった。

 おかず用として、トリティさんに進呈するのかな?


「夜も航行するの?」

「ええ、下弦だから最初は私で、その後はマリンダちゃんに任せるわ。島から離れて航行するなら船底をサンゴで壊すことはないわよ」

「私達なら夜もバッチりにゃ」


 確かに、ネコ族だからねぇ。俺達もその一員になったのだろう。前の世界より格段に夜目が効くようになった。とはいってもマリンダちゃんには到底かなわないけどね。


「一応、ランタンを出すんでしょう?」

「マストに1つとマストの横梁に1つ下げようと思うの。甲板も明るいし、マストなら遠くからでも見えるでしょう」


 この辺りを通るカタマランがあるとは思えないけど、一応俺達の存在を知らせることは必要だろうな。

 食事が終わったところで、ナツミさんは操船楼に上り、俺とマリンダちゃんは家形に入って横になる。


 マリンダちゃんが寝息を立てたところで、体を起こして短パンをはいた。夜なら上は羽織らずともいいだろう。

 甲板でココナッツの実を割るとジュースを取り出し、2つのカップに入れる。1つを持ってハシゴを上がり、ナツミさんに差し入れをした。

 パイプに火を点けて咥えると、もう1つのカップを持って家形の屋根に上がる。


「ありがとう。ちょっと喉が渇いてたのよね」

「もう1杯飲む?」

「まだ残ってるから。それより、その背中、かなりひどいわよ」

 そう言って笑ってるから背中に手を伸ばしてみると、なんだかぬるぬるするな。


「私も爪を少し伸ばすけど先は丸めるわ。ネコ族の女性の場合は先を鋭角にするみたい。その上、本能で逃げられないようにがっちりと抑えるんでしょうね。傷はかなり深そうよ」

「最初も驚いたんだけど、仕方がない話なんだろうな。美人の嫁さんを2人も貰った罰だと思えば気も楽さ」


 マリンダちゃんと一緒になって、最初の夜を終えた翌朝はナツミさんが驚いてたからなぁ。とはいえ、ナツミさんだって似たようなところがあるんだよね。

 出来る傷が浅いか深いかの話じゃないかな。


「次もあの海域で漁をしようか?」

「そうね。できれば起点から北を調べてみたいわ。あの海域辺りはグリナスさん達が一度漁をしているはずなんだけど、詳しい海図を残してはいないのよ」


 グリナスさん達だからなぁ。俺達は南行ったけど、ちゃんと次に来る連中の事を考えて簡易ながらも海図を纏めたんだよな。北に行ったオルバスさん達も似たような海図を作って来たんだが、グリナスさん達の海図は大まかすぎてよく分からなかったことも確かだ。

 あの起点の島は大きかったから、それを元に周辺の海域を纏めておこうか。将来的には漁船団が行くことになるだろうからね。


「他の島は上手くやってるのかな?」

「問題があるとすればサイカ氏族ね。一番の漁場が大陸の公害の影響を受けたんですもの、漁獲が半減してもおかしくないわ。石を積んだ漁法は教えたんでしょう?」

「教えてはいるけど、あれを漁網で使うことを考え出すのは時間の問題かもしれないよ。漁場が荒れてしまう」


 砂泥で干満の差が大きい場所に仕掛けるように教えたが、トビハゼのような小魚がいっぱい獲れるんじゃないかな。

 それが小魚達の聖域であるマングローブの湿地帯に無数に仕掛けられたなら、幼魚を根絶やしにしかねない。

 その時はサイカ氏族そのものが無くなるだろうし、ネコ族は没落の道を歩むことになるだろう。

 リードル漁がそんなときにできるかどうかは分からないな。できるのであれば細々と生活を続けることもできそうだ。


「あの漁を教えたのは失敗かもしれないね」

「漁獲高を上げることが目的だったんでしょう? 短期的にはそれほど手は無かったわ」

 

 確かに、短期的な方法ではあるし確実だ。一応、漁の期間を限定するように言っては置いたが、どこまで守ってくれるかは分からないんだよな。


 しばらくパイプを咥えながら、ナツミさんと話をする。

 下弦の月はまだ海に落ちるのは早そうだ。暗闇に慣れた目には周囲の島が黒々と見えるから、島に近い場所にある浅瀬にトリマランが突っ込む事態は無さそうに思える。


 時間を聞くと、1時を回ったと教えてくれた。そろそろマリンダちゃんを起こそうかな。4時間程度は眠れたはずだ。

 屋根から下りて、ぐっすりと眠っているマリンダちゃんを揺り動かすと、むにゃむにゃ言いながら体を起こしてくれた。


「時間かにゃ? 今度は私が操船するにゃ!」

 跳び起きたのは良いんだけど、何も着てないんだよね。思わず目を反らしたんだけど、マリンダちゃんはそんなことも気にせずにビキニに着替えている。

 上は羽織らなくて良いんだろうか? 夜だから日に焼けることは無いんだろうけど……。


 甲板に出ると、ポットの温いお茶を飲んで目を覚ましているのが気になるところだ。

 梯子を上って行くと、すぐにナツミさんが下りてきた。

 ニコリと俺に笑顔を向けると、俺の手を引いて家形に入って行く。

 ベッドで素早くビキニを脱ぎ捨て俺に抱き着いてきた。

 

 ナツミさんの寝顔を確認したところでサーフパンツをはいて甲板に出る。

 ポットに水を注ぎ足してカマドに炭を入れればすぐにお茶が沸くだろう。トリマランは順調に西に向かって進んでいるようだ。

 

 ハシゴを上って操船楼に行くと、マリンダちゃんと舵を替わる。

 ちゃんとコンパスを見て舵を取るように言われたけど、それぐらいは分かってるつもりなんだけどなぁ。


「お茶のポットをカマドに掛けておいたよ。しばらく休んでいてもだいじょうぶだ」

「アオイはいつ寝るにゃ?」

「朝食が終わったらのんびり昼寝をするよ」


 目が覚めたら氏族の島ってことになりそうだけど、夜1人で操船させるのは何となく気が咎めるんだよね。

 一緒に操船はできないけど、屋根に乗って話相手になることは俺にもできる。



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