M-081 東の新たな漁場
南に向かって3日目の昼過ぎ。俺達は漁場の調査を終えて、見付けた漁場の1つに向かってトリマランを滑走させている。
大きなサンゴの崖なんだが、崖の底が見えないんだよな。釣り糸を下ろして棚を調べると、水深が30mほどあるようだ。
海底は岩ではなく砂地らしい感触が重りの石を通して伝わってきたから、どんな根魚がいるか楽しみなんだよね。
南西方向の崖が続いているから、前に南の調査をしたときに見つけた崖がこの辺りまで続いていたのかもしれないな。
「夜釣りができるにゃ!」
マリンダちゃんが嬉しそうに取り出したリール竿は、俺が作ってあげたものだ。きちんと手入れをしていたみたいで、竿があめ色をしている。
ちょっと見せて貰って、ガイドを見てみる。まだ摩耗痕は出ていないようだ。
「ちゃんと手入れをしてたんだね。まだまだ使えるよ」
「使った後は、水拭きして油を塗ったにゃ。これで大物も釣り上げたにゃ!」
大物と言っても40cm程度の根魚なんだろう。この辺りの根魚はどれぐらいの大きさなんだろう? 俺達は太鼓型のリールだけどナツミさんはスピニングなんだよな。名魚釣りには向いてないから、俺の竿を使わせようかな。俺は手釣りでやってみよう。
「アオイ君、今の内にアンカーのロープを伸ばしといて!」
操船楼からナツミさんの指示が飛んできた。直ぐに船首に向かいアンカーのろーおうの予備のロープを結んで伸ばしておく。
アンカー用のロープを、もう少し長くして置いても良さそうだな。
どうやら目的のサンゴの崖に着いたようだ。ナツミさんがマリンダちゃんと話をしながら、ゆっくりとトリマランの方向を変えながら進んでいる。
やがて、トリマランの魔道機関が止まると、操船楼から身を乗り出したナツミさんがアンカーを下ろすように指示を出した。
下ろすといっても、石を投げ込むだけだからね。
船首の先に投げ込むと、ロープがどんどん伸びていく。やがてロープが緩むと、10mほどの余裕を取って船首の横梁に結び付ける。
これでトリマランをサンゴの崖近くに停めることができた。潮流はサンゴの崖に沿って流れているから、降ろした仕掛けが崖のサンゴに絡まることも無いだろう。
2人が夕食を作り始めたところで、おかず用の竿を使う。
おかずだけではなく、餌となる小魚も釣りたいところだ。直ぐに当たりが出て引き上げると、小型のシーブルが掛かっていた。
唐揚げには丁度良さそうだな。10匹ほど釣り上げたところでマリンダちゃんに釣果を渡しておく。
意外と、青物も狙えるんじゃないか?
ナツミさんの竿に青物仕掛けを付けて流しておくのも良さそうに思えるな。
夕食を頂きながら、そんな話を2人にしてみた。
「根魚と一緒に青物を狙うの? 青物は余り夜は釣れないんだけど……」
「ものは試し、と言うじゃないか。それにダメ元ってことで、試してみようよ」
仕方なわねぇ。という表情をナツミさんはしているけど、試してくれるならそれでいい。置き竿にするだけだし、釣りを終えた後の手入れは俺がするんだから問題はないはずだ。
「アオイ君の竿を貸してくれるんでしょう?」
「使ってください。俺は手釣りで挑みます。場所は……」
「私が、北でナツミが南。アオイは西で釣るにゃ!」
すでに2人で決めていたようだ。タモ網だけでも出しておくか。さすがにギャフは必要なさそうだ。
にこにこと笑みを浮かべて食事が進むのは、この海域での釣りが楽しみだからに違いない。
まだ夕暮れには時間がありそうだけど、お茶を飲む時間も惜しむように夜釣りの準備が進んでいく。
どうにかお茶を飲み終えたころには、すっかり準備が整っている。カマドの甲板側の壁も倒されて、調理台ができていた。
短冊に切ったシーブルの切り身を仕掛けに付けると、ナツミさん達が先を争って海中に投入していく。
海底は砂地みたいだから、錘を引掛けることも無いだろう。俺も糸巻きの角を両手
で抑えながら仕掛けを投入した。
海底に錘が着いて、糸ふけが出たところで糸巻きを足元に置いてゆっくりと片手でシャクリを繰り返す。2、3回繰り返して少し休む。それをひたすら繰り返すのだが、単調にならないように強弱を付けるのがコツでもある。
「来たにゃ!」
マリンダちゃんの竿を見ると、大きく竿が弧を描いている。
あの竿をあれだけ引くとなると、かなりの大物らしい。立ち上がって両足を踏ん張りながら獲物とやり取りをしている。
「こっちも来たわ! アオイ君手伝ってくれない」
同時に2人となると、確かに介添えが必要だろう。素早く糸を手繰ってザルに入れておく。
ナツミさんがしっかりと握った竿は、青物用の竿だ。自分の竿だからナツミさんも扱いが慣れてるな。
リールのドラグを緩めて、青物の突進に耐えているようだ。あの感じだとナツミさんの方も大物じゃないかな?
「見えてきたにゃ!」
「待ってろ!」
マリンダちゃんの大きな声に、タモ網を持って駆けつける。
タモ網を沈めると、竿を使って獲物を誘導する。頭がタモ網に入ったところで、魚の尾に向かって網を使い、獲物を甲板に下ろした。
バタバタと体を甲板に打ち付けているカサゴに、マリンダちゃんが棍棒を振るっておとなしくさせた。いつ見ても、見事な一撃だな。
「バッシェにゃ! 幸先が良いにゃ」
マリンダちゃんが笑顔で教えてくれた。
「こっちもお願い! 寄っては来たけど、大物よ」
今度は、ナツミさんか! 忙しいけど、今度は何だろう?
ヨイショ! と掛け声とともに甲板に引き上げた魚はシーブルだった。60cmはありそうだな。
シーブルが釣れるとなれば、ナツミさんが使っていた俺の仕掛けを青物用に替えた方が良さそうだ。
甲板を忙しく動き回って2人の獲物をタモ網で引き上げる。
ランタンの灯りの下で、俺達の漁はまだまだ続く。
翌日は素潜り漁をする。
マリンダちゃんの漕ぐザバンに乗って、サンゴの崖に沿って広範囲に漁をする。トリマランに残ったナツミさんは昨夜に続いて青物を狙うらしいが果たして釣れるかな?
大物が釣れたら苦労しそうだけど、一応、船尾のベンチにタモ網を置いておいた。
「この辺りで始めるよ。狙いはブラドだ!」
がんばるにゃ! と手を上げて応援してくれるマリンダちゃんに笑みを浮かべたところで、ザバンから海に飛び込んだ。
ザバンから銛を外して、ゆっくりと穴の外周に沿って場所を探す。
だいたい大きなサンゴの裏にいるのが多いようだ。直ぐに目的に合うサンゴを見付けたところで海底にダイブする。
崖は切り立っているわけではないけど、坂というわけでもない。丁度中間の斜度だな。
目的のサンゴの下に回って裏を覗き込むと、こっちに側面を見せたブラドが不審者に驚いて、頭をこっちに向けた。
左手を伸ばして魚の眉間に向かって狙いを付けると、手を緩める。
鋭く手の中を柄が滑って繰り出され、ブラドの左側面に命中した。咄嗟に逃げようとしたみたいだな。
先ずは1匹だ。柄を引いてサンゴの下からブラドを引き出す。
50cmは超えていそうだ。これが揃うなら氏族の連中が驚くんじゃないかな。
海上でシュノーケルから勢いよく海水を噴き出して息を整える。
直ぐにマリンダちゃんがザバンを漕いでやって来た。
銛先からブラドを外してザバンに放り込むと、マリンダちゃんが大きさに驚いているのが見えた。
さて、次を目指すか……。
次々とブラドを突いてザバンに持ち込む。
数匹突いたところで、ザバンのフロートに腰を下ろして一休みすると、マリンダちゃんがお茶の入ったココナッツのカップを渡してくれた。
「この穴は大きいのがいるにゃ!」
「誰もこの辺りで突いた人がいないみたいだね。昨夜の釣りも大漁だったろう?」
俺は途中で釣りを諦めるほどに、2人が次々と釣り上げていたからね。20匹を超えていたんじゃないかな。
お茶を飲み終えたところで、再び銛を手に海底を探る。
昼食前に10匹以上は確保したいところだ。
マリンダちゃんの一度船に戻るにゃ! の言葉にトリマランに帰り、昼食を取ることにした。
ナツミさんが釣りをしながらスープを作っていたらしいけど、何を作ったのだろう?
カマドを弱火にして、ナツミさん達がザバンから下ろした魚を捌いていく。
その間俺は、船尾のベンチに座って、のんびりとパイプを楽しむ。
「やはりブラドの型が良いわね。それに数も多いし」
「ほとんど探すことなくサンゴの裏にブラドがいたよ」
ブラド以外の魚がいなかったんだよな。この辺りはブラドばかりなんだろうか?
団子スープの昼食を食べると、再び素潜り漁を続ける。
数匹を突いたところで、トリマランに戻ったけれど、今度はバッシェを2匹突くことができた。どうやら、水深で魚が分かれているようだ。数mまでならブラドだがそれ以下の水深になると根魚や、石垣ダイが潜んでいる感じだな。
「素潜りだけで20匹を超えてるわ」
「今夜も夜釣りをするんだろう? かなりの獲物を持ち帰れそうだね」
大漁だからナツミさん達の機嫌も良い。
日暮れ前に夕食を済ませると、ワインを飲みながら夜釣りの準備が始まる。
昼間の釣りの結果をナツミさんに聞いてみたら、シーブルが4匹と教えてくれた。それだけでもかなりのものじゃないかな。
その夜、途中でシメノンの群れを見付けたので、急にシメノン釣りに変わってしまった。ナツミさんの得意な釣りだし、マリンダちゃんも負けてはいない。俺もそれなりの腕は持っているから1時間ほどの間に20匹を超える釣果を得ることができた。
漁はこれで十分だろう。
魚を捌いてザルに並べると、屋根に乗せ一夜干しを作る。
今夜も満点の星空だ。雨は降らないんじゃないかな。




