M-080 起点を作って調査を始めよう
グリナスさん達は魔道機関を2ノッチまで上げていたそうだ。
皆で小さな島の入り江に船を泊めると、砂浜に集まって一緒に夕食を取る。おかず釣りの竿でおもしろいように釣れた小魚を焚き火で焼きながらワインを酌み交わした。
「アオイのトリマランから比べれば遅いだろうが、これでも速度を上げたんだぞ。この辺りが氏族の島から1日半の距離だ」
「ネイザンさん達はこの辺りで、漁場を探すんですか?」
「そうなるな。南に下がりながら探っていくつもりだ。小魚が多いところを見ると、大物もいるんじゃないか?」
ワハハ……、と笑いながらネイザンさんが仲間と肩を叩きあっている。
グリナスさんも仲間達と目を輝かせながら頷いているから、明日は大物狙いということになるんだろうな。
「アオイ達はもう1日、進むんだろう?」
「全速で進んでみます。氏族の島から4日というところでしょうね。一応、砂浜に石か倒木で印を付けておくつもりです」
グリナスさんの問いに答えたら、ネイザンさんが俺に体を向けた。砂浜の印に興味があるのかな?
「ほう、石で十字を描くというのか。その印の北か南に小さな印をいくつか置いておくんだな? 俺達も取り入れるべきかもしれんな」
「アオイ達が十字なら三角に並べてみるか。漁場を見付けても、それがどこにあるか説明するのは大変だからなぁ」
ネイザンさんの話しに、仲間達が案を出している。
きっとそんな印をいくつか作って、コンパスの方向を示すんだろう。できれば距離も測っておきたいところだが、そんなことはできないからいくつかの島の方向で山立てをするほかに無いだろう。
俺達だって、やることはそれほど違いが無いはずだ。
翌日、再び浜に集まって皆で朝食を取る。
朝食が出来上がるまでの時間を使って、砂浜に大きな三角形の形に石を並べた。この島をネイザンさん達は起点にするようだ。
食後は早々にトリマランに帰り、ザバンを船首に引き上げて固縛する。
アンカーを上げると、グリナスさん達は南に向かい、俺達は東に向かってトリマランの速度を上げた。
直ぐにトリマランが水面に浮かぶ。
このまま1日進むなら、将来の漁場を明日からでも探せそうだな。
マリンダちゃん操船をして、ナツミさんは図板を持って屋根に座っている。真っ直ぐ東に向かって航行しているときに、南北に見える島の順番と見掛けの形を描いているらしい。
今のところ、することが無いから船尾のベンチでパイプを楽しむ。
乾季の日差しはかなり暑いけど、トリマランの速度が速いから、風が結構当たって涼しく感じる。
とは言っても、ナツミさんは屋根の上だからなぁ。さぞかし暑いんじゃないかな?
交代で2人が休憩に下りてくると、お茶をたっぷりと飲んでいく。
脱水症の予防なんだろうけど、やはり暑さが半端じゃないってことなのかな?
昼を過ぎたころに、トリマランを停めて3人で海に飛び込んだ。
ぬるま湯のような水温だけど、火照った体を冷やすことはできる。
しばらく海水に浸かったところで甲板に戻り、蒸したバナナを頂いた。30分ほどの
休憩だけど、潮流が緩やかだからアンカーを下ろさずともそれほど船は流されない。
屋根に上ったナツミさんが島を使って山立てを行い、トリマランの位置を直したところで再び東を目指す。
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夕暮れには少し間があるけど、大きな島が前方に見える。入り江は無さそうだが、砂浜が広がっているのが遠くからでもよく分かる。
「あの島に向かうわよ。調査の起点にするからね!」
「大きな島だね。水場があればいいんだけど」
俺に振り返って教えてくれたナツミさんに答えたけど、横に広いけど標高がそれほど無さそうだから水場は期待しない方が良いのかもしれない。
とはいえ、こんもりした森を持っているから、井戸を掘れば案外真水が出そうな感じもするな。
氏族の島を遠く離れて漁をするなら、水場は何としても確保しておきたいところだ。
渚から200mほどの位置で、ザバンを下ろし俺が先行偵察を行う。
船底に翼が出てるからね。海底にぶつかったりしたら大変だ。
渚から50mほどの位置で、どうやら2mほどの深さだ。一旦、トリマランに戻ってナツミさんに報告すると、渚から100mほどの位置まで船を進めた。
アンカーを下ろしたところで、マリンダちゃんから釣り竿を受け取り、ザバンでおかずを釣ることにした。
数匹を釣り上げたところでトリマランに戻り、ザバンを船尾に繋いでおく。
「大きいね。やはり、氏族の島が小さいのかなぁ?」
ナツミさんの感想は、氏族の島が小さいように聞こえるけど、カマルの大きさの事だよな。
食事時にお皿に乗って出てきた焼き魚は、確かに大きかった。焼くだけでもかなり面倒だったんじゃないかな?
マリンダちゃんが嬉しそうに先割れスプーンで魚を崩しながら食べている。やっぱりネコの血が濃いのかもしれないな。
ナツミさんがそんな姿を見て微笑んでいるのは俺と同じ思いなんだろう。
「ところで、どっちから始めるの?」
ナツミさんの話しは主語が無いから、ちょっと考えてしまうな。たぶん明日からの漁場探しの事なんだろうけどね。
「南で良いんじゃないかな? 3日程探ったところで島に戻ろうよ」
「それなら1日追加して、探し当てた漁場で漁をしましょう。きっと大漁に違いないわ」
「サンゴの穴にトリマランを停めれば、釣りだってできるにゃ!」
それなら、大物を持って帰れるんじゃないか!
思わず笑みを浮かべたのは酔ったせいだけではないだろう。
ワインを2杯で止めて、早めにハンモックで横になる。明日は砂浜に大きな十字を描かねばなるまい。
すでに、ナツミさんの絵図には、砂浜に十字が描かれていたからなぁ。
翌日。ザバンで島に渡り流木を探したんだが、潮流が緩やかだから大きなものがない。
仕方なく、森から木を切り倒して十字を組むことにした。
波や風で動かないように、杭を何カ所か打ったからしばらくは持つんじゃないかな。波打ち際にあった、白化したサンゴを集めて、十字の縦に沿って並べておく。木が朽ち果てても、並んだサンゴは残るだろう。
2時間以上かかった作業を終えると、トリマランに戻って朝食を取る。
スープ皿に、ご飯を入れて焼いたカマルを解して乗せる。ちょっと行儀が悪い食べ方だけど、意外と美味しいんだよね。
「アオイ君が食事を終えたら出発するわ」
「余り浅場には行けないから気を付けた方が良いよ」
「ちゃんと、水中が見えるサングラスを用意してくれたにゃ。私が見てるからだいじょうぶにゃ」
偏向グラス付きのサングラスを、1人が掛けてるなら問題ないだろう。それにしても空に雲が1つも無いな。今日も暑くなるに違いない。
食事が終わると、ナツミさんが食器を纏めて【クリル】の魔法を使う。家事が減るんだから魔法の効果は偉大だとおもわざるをえないな。
ナツミさん達が竹の水筒を持って操船楼と家形の屋根に上る。
今日はトリマランをゆっくりと進めるのだろう。大きな麦わら帽子をマリンダちゃんが被っている。
マリンダちゃんがアンカーを引き上げたらしく、トリマランは島から離れるように船首を回頭していく。島を背にしたところでゆっくりと進みだした。
しばらくは俺の仕事は無いんじゃないかな?
念の為に、サーフパンツだけになってマリンブーツを履いて待機することにした。漁をするわけでもないからフィンはいらないだろう。首に競泳用の眼鏡を掛けているから、このまま潜ることもできる。
のんびりとベンチでパイプを咥えていると、ナツミさん達が何やら見付けたらしい。少し東に向きを変えてトリマランが進んでいく。
「大きなサンゴの穴が何個かあるみたいなの。直径だけでも50mを越えてるわ!」
「底は見えるかい?」
「うっすらとかな? 透明度からすれば20mは無さそうよ」
周囲のサンゴ礁の水深が数mぐらいだから、確かに穴というべきだろうな。根魚が潜んでいてもおかしくないし、周囲にそんな窪みが無いとなれば、魚が集まってきても良さそうだ。
単に潜れば良いというわけではないから、競泳用の眼鏡を水中マスクに替える。フィンも付けた方が良さそうだ。
「ここを調べてくれない? 私達はもう少し先に行って戻ってくるわ」
「了解だ。ちゃんと見付けてくれよ!」
甲板から海に飛び込むと、シュノーケルを使いながらで穴の周辺を調べることにした。
鋭く落ち込んでいるわけではなく、そこに向かった坂になっているようだ。
ダイブして、サンゴの裏を何カ所か見てみると、50cmを越えるブラドが俺を睨んでいる。
素潜りならかなりの数を突けるんやないかな?
あまり深く潜らずに底を眺めると、穴の底はごつごつした岩が突き出ている。サンゴもあまり繁茂していないから、岩の割れ目には根魚が潜んでいるかもしれないな。
夜釣でもすれば、それなりに獲物が得れれるだろうけど、根掛かりも考えべばなるまい。ある意味、上級者向けの釣り場になるな。
水上に顔を上げると、こちらに向かってトリマランが進んでくる。
両手を振って存在をアピールすると、家形の屋根でマリンダちゃんが手を振ってくれた。俺に気が付いたみたいだな。
俺から20mほど離れた場所にトリマランが停まると、船尾の方向に泳いでいき、船尾に設けたハシゴを使って甲板に戻った。
マリンダちゃんが梯子を下ろしてくれたみたいだな。
「同じような穴が北東方向に続いていたわ。大小合わせると10個以上あるわよ」
「大きなブラドを何匹か見付けたよ。素潜りなら銛の腕を競えそうだ。だけど釣りは難しいかもしれない。底を取ると根掛かりしそうな海底だったよ」
俺の話に頷きながら、図番の紙にメモしている。周囲の島の位置関係はすでに確認してるんだろうな。
マリンダちゃんが俺にお茶のカップを渡して、ナツミさんと操船楼に上って行った。
再びトリマランが南に向かって進み始める。
このままここで釣りでもするんじゃないかと思ってたけど、ちゃんと目的を忘れていなかったようだ。




