M-079 分散して漁場を探そう
トウハ氏族の漁は順調らしい。カタマランで1日の航程より先での漁に限ることで、型も少しは改善したらしい。
「できれば1日半としたいところだな。それでかなり禁漁区を広げられる」
「ロデナス漁の連中も南に下がったそうだ。3年も漁場を休ませれば、また大きなロデナスが手に入るだろう」
バレットさんの言葉に、ケネルさんが答えるように話をした。
氏族の暮らす島から1日を禁漁区と下なら、西への出漁はできないな。南北と東に目を向けねばなるまい。
「リードル漁がすぐそこだ。アオイ達はその後はどうするのだ?」
「乾期になるんですから、今度はリードル漁の島の先で漁をしたいと思います。南は、多くのカタマランが向かいそうですからね」
オルバスさんの問いに答えると、思いがけないような表情を見せた。
「南に向かうのではないのか? 長老は20隻と数を区切っている。1か月を区切りに交代させる考えだが、アオイはいつでも参加してよいと言っていたぞ」
「あの水路を作った立役者だからなぁ。俺達も了承しているし、誰も反対する者はいなかったぞ」
少し酔っているのかな? おもしろそうな話を聞いたという感じで、バレットさんやケネルさんが俺に氏族会議の内容を教えてくれた。
「せっかく、氏族で一番速い船を手に入れたんですから、新たな漁場を探ってみます。リードル漁で魔石を得られますから、少しぐらい不漁でも十分に暮らしを立てられます」
「となると、俺達も動かんと示しがつかんぞ!」
自分達の矜持に関わるという感じでケネルさんがバレットさん達に訴えている。
「まったくだな。アオイが東に行くなら、俺達は北を目指すか! 魔道機関のノッチを少し上げて、夜もカタマランを走らせれば2日の距離など1日で航行できそうだ。幸いにも、俺達3人とも操船を行える嫁達は2人いるからなぁ。オルバスもリジィがいればトリティだけに頼らずに済むだろう」
「おもしろそうだ。3人で腕を競ったあの頃を思い出すぞ!」
互いにポットの酒を注いでいる。まったく、いつまでも少年の心を失わない大人達だ。さぞかしトリティさん達も苦労してるんじゃないか?
「父さん達はそれでいいかもしれないが、俺達はつまらんな」
ネイザンさんがグリナスさんに同意を求めている。直ぐにグリナスさんが頷いたところを見ると、同じことを考えていたんだろう。
「東が空いてるぞ。アオイは更に先に向かうはずだからな」
バルテスさんの言葉に親父連中が頷いている。
ちょっと面白くなさそうな表情をネイザンさんがしてるけど、隣のグリナスさんと何やら内緒話を始めた。
出掛けるつもりなのだろうか。
小さな子供がいるから、近場でしばらくは漁をした方が良いんじゃないかな?
「まあ、全てはリードル漁を終えてからだ。ネイザン達も氏族に貢献するなら、俺達も鼻が高い。だが、まだ子供が小さいから、無理はするなよ」
やんわりと注意してるけど、果たしてどうかな? かえってやる気を出している気がするんだよな。
ポットの酒がなくなったところで、お開きになった。
それほどリードル漁まで日数が無いということだが、リードル漁前には必ず商船がやって来るから、食料には困らないだろう。
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東の果てを見に出掛けてから1か月も過ぎると、毎日が晴天続きだ。
サイカ氏族の不漁を取り戻すためにも、俺達が頑張れねばなるまい。
オルバスさんは、バレットさん達熟年連中で北に向かい、中堅の漁師達の半数は、燻製小屋を搭載した台船と共に南に向かった。
外輪船が一緒だから目的地への到着までに5日以上は掛かるんじゃないかな? かつての俺達のカタマランは、3日後に野菜や食料を積んで後を追うらしい。
「皆、出掛けたなぁ。俺達は明日で良いんだな?」
「一緒に出掛けても、俺達はもう少し先を目指しますよ。乾期明けのリードル漁でたっぷりと魔石を手に入れましたからね。漁をしながら漁場を探します」
「小さな漁場はあるんだけどねぇ。カタマランで1日半辺りを探ってみるよ」
船尾のベンチに座って、グリナスさんと談笑しながら小さなカップでワインを頂く。
すでに食料は積み込んであるし、水瓶にもたっぷりと組んでおいたからな。グリナスさんのカタマランで出掛けたココナッツ狩りは、背負い籠からはみ出すほどに手に入れた。バナナの房がその上に乗ってるから、後はナツミさん達が商船から帰ってくれば準備完了になる。
ワインとタバコの包を頼んだんだけど、忘れてないよな?
ちょっと心配になって2人の帰りを待っていると、桟橋からトリマランの甲板に足を下ろしたところで、マリンダちゃんがタバコの包を3つ見せてくれた。
思わず笑顔になるのは、俺も愛煙家になったということなんだろうな。だけど、あまり吸い続けると素潜り漁に支障が出てきそうだ。
海人さんも愛煙家だったと聞いたけど、いつもパイプを咥えていただけなのかもしれないな。
グリナスさんが、ナツミさんや妹のマリンダちゃんに挨拶して帰って行った。
そろそろ夕暮れだから、カリンさんの調理時間はグリナスさんが赤ちゃんのお守りをするんだろう。
たまにナツミさん達も抱かせてもらって喜んでいるんだよな。
「明日早く、出掛けようって言ってたよ」
「途中までは一緒ってことね。私も、これを買って来たわ」
ナツミさんが取り出したのは図板のようだった。10枚ほどの紙がクリップで挟まれてるし、脇には鉛筆を入れるところまで付いている。
「起点となる島を選んで広範囲に調べるとなると、これぐらいは必要でしょう?」
「方向はコンパスで分かるだろうけど、定規と分度器が欲しいんじゃない?」
俺の問いに、ニコリと笑って図板の後ろから、竹製の定規と木製の分度器を取り出して見せてくれた。
すでに手に入れていたようだ。思わず苦笑いを浮かべてしまったのは仕方のないことだろう。
「本当なら、測量用の道具が欲しいところだけど、あっても私は使い方が分からないし、アオイ君もそうでしょう?」
「そうだね。となると、コンパスで方向だけでもきちんとしておかないといけないんじゃないかな?」
「ミリタリーコンパスを持ってるわ。航海用じゃないけど、父さんのものよ。こんなので方向を見ようというんだから、問題よねぇ」
ミリタリーコンパスは陸軍用だと思うんだけどな? 海釣りをするんだったら、航海用コンパスの方がすぐに方向が分かって実用的だ。
ナツミさんの父さんはかなり変わった人だということなんだろう。
そうなると、操船をマリンダちゃんに任せて、ナツミさんは家形の屋根で周辺の地図を描くということになるんだろうな。
2人で仲良く夕食作りを始めようとしている姿を眺めながら、ベンチでパイプを咥える。
翌日は、夜の明けぬ内に起きだして、早めに朝食を取る。
食後のお茶を飲んでいると、数隻のカタマランがゆっくりと桟橋近くに集まってくる。
「お~い、アオイの方は準備が出来てるのか?」
グリナスさんのカタマランの船首は、俺達のトリマランの船尾から2mも離れていない。そんなに大声を出さなくても聞こえるんだけどねぇ。
「準備できてます。出航ですか?」
「ネイザンさんもやって来たからね。そろそろ出かけようぜ!」
直ぐにお茶の飲み込んで、ハシゴを上って船首に向かう。ナツミさんも俺の後に続いて操船楼に上ってくるようだ。
アンカーを上げると、いつものように片手を上げて合図する。直ぐに動かないのは、マリンダちゃんが桟橋と結んだロープをまだ解いていないからなんだろう。
屋根に上がるころになって、トリマランが桟橋を離れ始めた。俺が船尾の甲板に下りたところで、マリンダちゃんが梯子を上っていく。
オルバスさんの話しでは、船団の出発時には法螺貝で合図をするのがしきたりらしい。
だけど、俺達の誰もが法螺貝など吹くことができないからね。笛と手信号で情況を伝え合いながらの出航だ。
ゆっくりと入り江を出ると、ネイザンさんのカタマランを先頭に俺達の船団は北を目指して進み始めた。
氏族の島を時計回りに廻ったところで、東に向かって速度を上げる。
時速15ノット(時速27km)ほどの船速で進むんだが、これだとナツミさん達がイライラしかねないな。
さらに速度を上げて時速18ノットほどになったが、これだと1ノッチ半ほどの速度じゃないかな?
1列で進んでいるから、けっこう航跡の波が俺達のトリマランにやって来る。ベンチは揺れるぐらいで済むけど、家形の屋根に乗ってるマリンダちゃんはだいじょうぶなんだろうか? たまに立ち上がって前方の様子を見てるんだけど……。
昼食は交代で取ることになった。
朝食のご飯をそのままスープで煮込んだ雑炊だったけど、辛いスープで食欲が沸く。
早めに食事を終えたところで、ナツミさんと舵を替わる。
心配そうな表情で俺に舵を預けてくれたけど、俺だってカヌーなら操船は一人前なんだけどなぁ。
前を走るグリナスさんのカタマランから50mほどの距離を取れば、いざとなれば左右に舵を切って衝突は避けられるはずだ。
15分もしない内に、マリンダちゃんが操船楼に上がって来た。
ナツミさんも心配症だからな。マリンダちゃんに舵を譲ってハシゴを下りると、ナツミさんからお茶のカップを受けとった。
「たまに操船するのは良いけれど、操船は女性の仕事よ」
「それは分かってるけど、俺も水中翼船モードで走りたいよ」
「なら、前のカタマランがいなくなってからね。氏族の目はいつもアオイ君を見てるのよ」
そんなものかな?
海人さんと比べて頼りない聖痕の持ち主と思われてるんだろうな。




