M-078 帰還報告
神亀のおかげで、西に向かう水路を見付けることができた。
俺達の不安が神亀を呼び出したんだろうか?
南の水路工事も助けて貰ったこともあるし、姿を持った神を見ることができるんだからこの世界は凄いと思うな。
俺達が暮らしていた世界では、いろんな神を信仰しているようだけど、その信仰対象である神を見たことがある人物が果たしているんだろうか?
その点この世界は、自分の目で神を見ることができるんだからねぇ。
龍神にだって、長く暮らしているなら会う機会があるんじゃないかな?
「北の島の砂浜に目印があるにゃ!」
「コースはこのままで良いわね。まだ日が高いから、もう少し進むわよ!」
操船楼と家形の屋根の上でナツミさん達が大声で話している。
俺は船尾のベンチに座ってのんびりとパイプを楽しむ。
南の空が少し怪しいから、もうすぐ豪雨が襲ってきそうだけど、上の2人はそんなことは気にもしないんだろうな。
夕暮れ前に豪雨が襲ってきた。
浅場にアンカーを下ろして、トリマランを泊める。トリマランの甲板の屋根は帆布を大きく張ってあるから、ナツミさん達の夕食作りもカタマランの時のように濡れることはないようだ。
「島を発ってから15日目だけど、まだ先なんだろうね?」
「ん~、8日目で大洋を見付けて、9日目にビンを流して進路を変えたんだけど、それから2日はコースを見付けるのにふらふらしてたでしょう。神亀に進路を教えて貰ったのが11日目で、それから3日進んでいるのよね……」
良く覚えてるな。俺なんか島を出てからの日数だけだぞ。
今の話しからすると、進路を変えてからの日数は6日になるのだが、帰還コースを探していた日数を考えると実数は5日にも達していないということか。
帰路の半分を過ぎたあたり、ということになるのだろう。
晴れれば、水中翼船モードで海面を滑走し、豪雨が来れば速度を落として西に向かう。
マリンダちゃんも水中翼船モードでの走りが気に入ったようだ。1時間おきにナツミさんと交代して舵輪を握っている。
簡単な食事やお茶を作る時は、俺が替わって屋根に上る。
俺には操船をやらせてくれないんだよね。ちょっと残念な気がするな。
「右舷の島に石積みがある。間違いなく俺が作ったものだ」
「コースに問題なし。まだ日が高いから先に進むわよ!」
一番心配していた魔道機関に問題は全くない。すでに神亀が正しいコースに運んでくれてから7日目が過ぎようとしている。
8日目で大洋を見たんだから、俺達の旅ももうすぐ終わりになるだろう。
その翌日、リードル漁をする島を目にした。
さんざん漁をした島だから忘れることはない。ここからトリマランなら1日で帰島できる。
旅の最後の夜は、早めに寝ることにした。
ずっと漁をしてこなかったからね。リードル漁が始まる前に何度か漁をしなければなるまい。例の2割の増産も気になるところだ。
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トウハ氏族の島に帰島したのは、出発してから19日目の事だった。
ほぼ計画通りの旅だったと言えるが、カタマランでは不可能な旅だともいえる。どう考えても片道だけで半月以上は掛かるだろうからね。
オルバスさんに連れられて、氏族会議で簡単な報告をすると、皆が熱心に話を聞いてくれた。
「伝承の通りということか。それにしても神亀に助けられねば、まだまだ帰島できずにおったということじゃな?」
「そうなります。外洋の塩の流れは予想以上。北に向かって流れています。俺の住んでいた世界は北にありますから、あの潮の流れを利用すれば行きつくこともできるでしょう」
「だが、お前達は帰らなかった……」
オルバスさんが俺の向かって呟いた。ひょっとしてマリンダちゃんを俺の嫁にしたのは俺達がこの世界に留まるためのアンカーとしての役目を期待したんだろうか?
「かつて俺に銛を教えてくれた海人さんという人物がおりました。俺達がこの世界に来る、2年前に海で行方不明になっています。その後俺達がこの世界に来たんですが、すでに海人さんは寿命を全うしています」
「時の流れが違うということじゃな。アオイ達が元の世界に帰っても、アオイ達を知らぬ世代が暮らしておるとも限らぬということか……」
長老達が頷きあっているのは、海人さんから色々と聞かされたのかもしれないな。
そう簡単に納得できるものではないように思えるんだけどね。
「ビンの中に手紙を入れて海流に投げ込みました。運が良ければ誰かが拾って俺達の家族に渡してくれるでしょう。俺達がこの世界で楽しく暮らしていることを伝えられたら、それで満足です」
「神亀もお前達が心配で遠くで見ておったに違いない。我等ネコ族の元に帰るか、それとも自分達の世界に帰るかとな」
うんうんと頷いてるぞ。自分で都合よく解釈してないかな?
とはいえ、長老の言葉は絶対だ。氏族会議に集まったバレットさん達も頷きあっているんだよな。どんな解釈になっているか各人に聞いてみたい気もする。
「神亀もニライカナイの住人として、アオイを認めたということだろう。それでこの件は終わりだな。東の端はカタマランで20日も行けば見ることができるということになる。逆に見れば、その間は俺達の漁場として使えるということだ。トウハ氏族を将来分けることになっても十分だな」
「2つどころか、3つはおける広さだ。そうなると例の件だな?」
バレットさんの言葉にオルバスさんが頷きながら言葉を繋げた。
俺が首を傾げているのを見た長老が笑いながら教えてくれたことによると、例の2割増しという漁獲高に関して、また問題が出てきたらしい。
その問題というのを、しばらく聞いていたんだがやはり当初危惧していた問題が浮上してきたようだ。
「他の氏族とも相談してはいるのじゃが、未だに結論を出せぬ。数というわけにもいかぬじゃろう。重さとなればさらに問題も出てくる」
小魚を多く取るサイカ氏族の漁獲が振るわなければ他の氏族が肩代わりすることになるが、カマルの小魚1匹がブラド1匹と同じ1匹になるのは確かに問題だろう。
まして、頭を落としたり内臓を取り去ったりすれば重さが軽くなってしまう。燻製にしたらさらに軽くなりそうだ。
「最終的な調整を始めるべきでしょうね。2割増しを売値で考えれば問題ないと思います。これは商会ギルドとの調整が必要でしょう。その辺りは長老の手腕に期待したいところです」
「前にそのような話をしていたな。とりあえずはどれほどの数が獲れるかを見極めて、その漁獲の伸びを考えることになったわけじゃが……。そうか、売値を考えればさほど苦労は無かろうな。サイカ氏族とトウハ氏族も年間の漁獲による収入で考えれば比較は容易、その補填も可能になるのう」
長老が笑顔を俺に見せてくれた。
バレットさん達もホッとした様な表情を見せているところを見ると、かなりこの問題で悩んでいたようだな。
「アオイのかつてのカタマランは改修が済んでおる。大型保冷庫が2つあれば十分じゃろう。燻製船の運用には世話役夫婦に商会からも乗船してくれるそうじゃ。商会の船も一緒じゃから、ちょっとした船団になるのう。リードル漁を終えた時に出発すると言っておったぞ」
「ついでに、外輪船を1隻派遣して全体の管理をしてもらうつもりじゃ。次期長老のグラッドならば集落を束ねてくれるじゃろう」
途端にバレットさんとオルバスさん達が苦笑いをしている。2人に影響力を持った人物ということになるんだろうな。会うのが楽しみだ。
「年寄りの島流しに思えるが、若い連中だけでは心配じゃ」
オルバスさん達の表情が変わったのを面白そうに見つめて長老の1人が笑いながら話をする。確信犯の1人ってわけだ。
「それで、リードル漁は、次の満月ということで氏族の連中に伝えるぞ」
「すべてはリードル漁を無事に終えてからじゃ。色々と大変じゃろうが、筆頭の責任は重い。オルバスも上手く助けてやってくれ」
長老の言葉に、オルバスさん達が頭を下げる。
これで氏族会議は終わりのようだ。ぞろぞろと部屋を出ると、自分のカタマランに皆が帰っていく。
そんな中、バレットさんは俺達と共に砂浜を歩いているってことは、これから酒盛りなのかな?
「アオイの船を貸してくれ。ケネルとネイザンもやってくるはずだ。俺達のカタマランの甲板は狭いが、お前の船は大きいからな」
「そういうことですか。とりあえず先に行って準備をしときます!」
これも大きな船を作った弊害と見るべきかもしれない。
砂浜を走って、一足先にトリマランに着くと、ナツミさん達に皆が集まってくると伝えた。
「そうなると、お酒とカップね。ココナッツの殻がたくさん残ってるからそれを使うとして、肴はトリティさんに頼もうかな? マリンダちゃん、頼んだわよ」
「分かったにゃ。アオイはおかずを釣っておくにゃ!」
分担して早速に始めたんだが、早々釣れるもんではないと思うな。
それでも釣竿を取り出して船尾から竿を出す。
最初の1匹を釣り上げたところで、皆が甲板に集まって来た。
ラビナスが応援に来てくれたので竿を預けて、皆の輪に入って行く。
「なるほど、さすがにでかいな。これなら東の端に行ったというのも頷ける」
「俺達のカタマランの甲板に比べて2周りは大きいです。この船が水面を浮かんで走ったと聞いた時には、さすがに寄った連中の話だと思ったんですが」
バレットさんの驚きに、ネイザンさんが話を続ける。
確かに、無駄な広さではあるけどね。だけどこんな集まりには十分だな。
マリンダちゃんが酒の入ったココナッツのカップを皆に渡したところで、輪の真ん中にポットに入った酒をナツミさんが置いた。
トリティさん達がやってきて、ナツミさん達と何かを作り始める。
酒のカップを持って、オルバスさんが俺達の探検の成功をお祝いしたところで、今後の具体的な話し合いが始まる。




