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M-076 東の果てを見に行こう


 東に向かっての航海に備えて、夕暮れ前にたっぷりと水を汲む。

 船内の真鍮製の水瓶3つに満杯近くまで水を入れたし、水の運搬容器2つも水を入れた。

 ポットや水筒にまで水を蓄えているの見て、おもしろそうな表情でオルバスさんがパイプを楽しんでいた。


「だいぶ積み込むな」

「雨期の終わりですから、飲料水に困ることは無いと思ってはいるんですが、こればっかりは分かりませんからね」


 ナツミさん達も頼んでいた野菜や果物を2回に分けて運んできた。保冷庫はそんな野菜で一杯になっている。

 

「朝早くに発つのか?」

「一応、朝食を取ってからですけど、今晩中には用意しとくはずです」

 たぶん、団子スープになるんじゃないかな? 昼は蒸したバナナかもしれない。

 

 昼過ぎから豪雨がトリマランを叩いている。

 ナツミさんとマリンダちゃんが、たくさん小さなお団子を作っているから、思った通り明日は団子スープになりそうだ。

 夕暮れ前には、豪雨の中をグリナスさんが数匹の燻製を持って来てくれた。


「この雨だからな。これを持って行ってくれ」

「良いんですか? 申し訳ありません」

「その代わりに、帰ってきたら様子を教えてくれよ」


 トウハ氏族の男達も、俺達のような酔狂な真似はしないだろう。

 だが、誰も行ってないというのが俺達の冒険心をくすぐることも確かなんだよな。

 突然島が無くなるんだろうか? それとも、さらに遠くまで小島が続いているんだろうか。


 夕食は、トリティさんに分けて貰ったご飯を使った雑炊モドキだった。

 食事が終わると早めに家形に入って寝ることにしたんだが、ハンモックを3つ吊っても、家形の中は十分な広さがある。

 子供が生まれても、10年ほどはこの船で暮らせるんじゃないかな。


 ゆさゆさとハンモックを揺すられて起こされた。

 揺すっていたのはマリンダちゃんで、俺が目を開けると笑顔を見せて家形を出ていく。家形の窓から見える海面は、まだ真っ暗なんだけどね。早めに出掛けると言っても、少し早すぎるように思えるなぁ。


 着替えて甲板に出ると、ナツミさんがスープを温めている。昔は俺と同じに遅かったんだけど、いつの間にかこの世界の暮らしに馴染んでいるな。

 思った通りの団子スープを頂いてお腹を満たす。お茶のカップを渡してくれたナツミさんは嬉しそうな表情を見せてくれた。

 念願の東の海の調査だからね。その為にこのトリマランを作ったようなものだ。


「お茶を飲んだら、アンカーを引き上げて。舷側の籠はマリンダちゃんにお願いするわ」

「了解だ。いよいよ東に向かえるんだね」

「10日もしないで島が無くなってしまうにゃ。でも誰も行ったことはないにゃ」


 伝承はどこまで正しいんだろう? かつてこの地に暮らしていた人達は神亀に導かれて東に去ったらしい。そんな人達が暮らす島が見つかるかもしれないな。それとも、どこまでも広がる大洋があるのかもしれない。その人達が黒潮に乗ってはるか遠くの日本に流れ着いたとも考えられるんだよな。

 爺様に聞いた昔話だと、俺達の遠い祖先は南の海から来たことになっていた。


 お茶を飲み終えたところでベンチから腰を上げると、ハシゴを上り家形の屋根を歩いて船首に向かった。

 アンカーを引き上げて、船首にしっかりとロープで結びつける。ついでに、ザバンの固定ロープを引いてしっかりと固縛されていることを確認した。

 すでに操船楼に上がっているナツミさんに片手を振ると、頷いてくれたからアンカー引き上げが終了したことは伝わったはずだ。


 屋根を歩いて船尾の甲板に向かうと、ハシゴを上って来たマリンダちゃんと鉢合わせしてしまった。

 マリンんダちゃんが操船楼に潜り込んだところで甲板に下りる。

 後は俺にできることはない。必要に応じてナツミさんが指示してくれるだろう。のんびりと船尾のベンチでパイプを楽しむことにするか。


 ゆっくりとトリマランがオルバスさんのカタマランから離れだした。バウ・スラスタは1個と聞いたけど、それなりに使えるみたいだな。

 1mほど離れると、今度は後退していく。グリナスさん夫妻が甲板から俺達に手を振ってくれる。まだ星明りなんだけど、すでに起きたみたいだな。俺達の出発が誰にも知られない内に行うはずだったらしいが、しっかりとグリナスさんは俺達を見送ってくれる。ベンチから立ち上がると、頭を下げてる。

 30mほど後退したところで、その場で船首の方向を変えるように左に回転を始めた。

 入り江の出口に船首が向くと、ゆっくりと進み始めた。

 いつの間にか、桟橋の端に数人の人影が見えるのはオルバスさん達を起こしてしまったのかな? 船尾から桟橋が見えなくなるまで手を振って応える。


 入り江を出て北に進路を変えると、氏族の島の北を出発点として東に向かうようだ。

 リードル漁で2日程の航海を行う海域だから、周囲の島を良く知っているのも都合がいいということなんだろう。


 広い海域に出たところで東に向きを変える。

 すでに15ノット近い速度を出しているはずだが、これからはいよいよって奴だな。


「速度を上げるからね。安定するまでは余り動かないで!」

 操船楼の後ろの窓から顔を出したナツミさんが教えてくれた。マリンダちゃんも家形の屋根に移って前方の監視を行うようだ。ナツミさんから貸してもらったのかな? 偏向レンズの付いたサングラスと俺の帽子を被っている。

 Tシャツと短パン姿はナツミさんとお揃いだ。まだ使ってない衣服があったんだろう。

 

 グン! とトリマランの速度が上がる。20ノット以上に速度を上げたところで、体が浮くような感覚が伝わって来た。

水中翼の水飛沫が大きく広がるから船尾から左右が見えないほどだ。船尾方向と船首方向は見えるからこれで良いんだろうけどね。


 一端、水中翼モードで走り始めると、30ノット近い速度で安定した航行ができる。ナツミさんとマリンダちゃんが会話をしながら操船しているぐらいだから騒音もあまり無いんだよな。

 しかし、この世界の魔道技術は驚く限りだ。木造で水中翼船を作るんだからねぇ。ナツミさんの話しでは、いくつもの魔方陣を水中翼に描いて強度を増していると教えてくれたんだけど、それができるんだったら俺達が以前暮らしていた世界よりも進んでるんじゃないかと思うくらいだ。


 太陽がようやく顔を出した。

 海面に反射してさぞかしナツミさん達は操船に苦労するだろう。

 そんなことを考えていると、少しずつトリマランの速度が落ち始める。


「前方がピカピカして見にくいから速度を落とすにゃ!」

 家形の屋根からマリンダちゃんが教えてくれた。片手を上げて了承を伝えると、すぐに船首に移動していったから、前方監視はマリンダちゃんの仕事になってるんだろう。


 そうなると、俺もスポーツサングラスじゃなくて、偏向レンズの入った釣り用のサングラスに替えた方が良さそうだ。

 家形に入ってバッグの中身を家探しすると、出てきたサングラスを交換する。ついでにヤシの葉で編んだ帽子を被る。しっかりと紐が付いているから、風で飛ばされることはないし強い日射も少しは軽減できる。

 改めて甲板に出ると、マリンダちゃんがポットから竹筒の水筒にお茶を入れていた。お茶を冷ましていたのかな?

 保冷庫の中の竹筒と交換して、1個を渡してくれた。2個を持って操船楼に上って行ったのは、操船しながら飲むつもりなんだろう。

 だんだんと暑くなってきたからね。脱水症にならないための予防ってところかもしれないな。


 太陽が高くなったところで、再びタクマランは水中翼船モードで東に向かう。

 この速度なら、夕暮れ前にリードル漁をする島を通り過ぎるかもしれないぞ。

 昼前に、東に向かって進んでいくカタマランの船団の傍を通り過ぎる。

 大きな水飛沫を上げながら、カタマランの2倍以上の速度で進む俺達の船を呆然とした表情で見ているようだ。

 マリンダちゃんが家形の屋根の上から手を振っているんだろう。何人かが思い出したような形で手を振っている。

 

 これから漁に出る船団や、島に帰る船団にすれ違うのは今日だけだろう。カタマランで2日の距離で氏族の男達は漁をしているのだ。

 ある意味、この距離以内で漁をするなら、カタマランが故障したとしても島へ帰る手立てはあるということになる。

 だが、俺達の向かう海域は、ネコ族が漁をする場所ではない。トリマランの故障が俺達の命を左右しかねないんだが、そんなことをナツミさんは考えたことがあるのかな?

 東に向かって一直線に海面を滑走しているトリマランを見ると、そんなことは全く考えていないようにも思える。

 しょうがないから、俺が帰る手立てを考えておくか。


 夕暮れの中を進んでいたトリマランが速度を落とす。

 どうやら、近くの島で一夜を明かすらしい。どんな島かな? ベンチから立ち上がって眺めたら、リードル漁を行う島だった。

 本当に、カタマランで2日の距離を1日で進んだらしい。

 マリンダちゃんがアンカーを依頼してきたので、ハシゴを上って船首に向かう。水中翼船だからあまり浅い場所には停められないんだろうな。

 それでも島からいつもの距離を取ってナツミさんがトリマランを停船させた。すかさず、アンカーを投げ入れると水深は3mほどだ。船底から伸びた水中翼の長さは1.5mほどだから、あまり気にしないで良いのかもしれないな。


 ナツミさん達が操船楼から下りたところで、全員が衣服を脱いで海に飛び込んだ。

 かなり体が火照っているから、熱を下げる方法はこれが一番だ。とはいえ、水温が温めのお風呂のように思えるんだよな。もうちょっと水温が下がってほしいけど、あまり下がると素潜り漁がきつくなる。


 海から上がったところで、自分に【クリル】を掛けて汚れを落とす。

 新たな衣服に着替えると、さっき脱ぎ捨てた衣服をナツミさんがまとめて【クリル】で綺麗にした。洗濯や風呂がいらないんだから便利だよな。


 ビキニ姿でエプロンをして夕食を2人が作り始めると、おかず用の釣竿を出して獲物を捕らえる。人数分を釣り上げたところでマリンダちゃんに渡した。

 これでおかずが1品増えたことになる。


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