M-075 マリンダちゃんがやってきた
ナツミさんは、この世界で暮らす以上妻2人は同意すべきだというのだけれど、俺の方がなんとなくこだわっているのかな?
「諦めることね。海人さんだってそうなんだから、それに、ハーレムは男の夢なんでしょう?」
「そんな話は友人達としたこともあるけど……」
「なら、長老に任せるべきだわ。オルバスさんを通してね」
とは言ってもねぇ。
今夜の酒の席にでも伝えるか。素面では言えないな。
昼を過ぎると、ナツミさんはトリティさん達と一緒に浜に出掛けて行った。となると、俺も焚き火の準備を始めなければなるまい。
焚き木はネイザンさん達の仲間がたっぷりと運んできてくれたらしい。
その夜に、グリナスさんの息子さんの名の発表があった。ケルナールという名になったらしい。ティーアさんのところの息子さんと一緒に遊ぶんじゃないかな。
「そうか、それでこそトウハの男だ。明日の氏族会議が楽しみだな」
酒を飲みながらオルバスさんに、2人目の嫁さんの話をする。
「ナツミさんと喧嘩しそうにない女性を頼みますよ。でないと、俺の居場所がなくなります」
「嫁同士の仲たがいなど聞いたことも無いぞ。他の嫁となると話は別になるんだがな」
トリティさんとレミネイさん達はいまだに張り合っているみたいだからな。ん? そういえばオルバスさんは嫁さんを1人亡くしたんだが、3人目は貰わないんだよな。
その辺りの考えは俺には良く分からないけど、30歳を過ぎるとそんな話は無くなるのかもしれない。
とりあえず「よろしくお願いします」と答えておいた。
俺に顔を向けると、笑顔で頷いてるから、すでに話が進んでるのだろうか? ちょっと心配になってきたぞ。
かなり酔いが回った体をナツミさんに抱えられながら、どうにかトリマランに戻ることができた。
何かあると、すぐに宴会というのは氏族の習わしかもしれないけどね。変化の少ない島暮らしであるからかもしれないな。
ハンモックに乗ることもできずに、家形の竹のベッドで横になる。
直ぐに眠りに着けそうだけど、明日は二日酔い確実だろう。
翌日、痛む頭を抱えるようにして甲板に出た。
すでに昼近くになるのだが、顔を洗って冷たいお茶をナツミさんに貰って飲むだけだ。
食欲が出ないどころか、動くのも億劫という状態になってしまった。
「アオイくん、明日でも良いから、オルバスさんに断って欲しいんだけど?」
「だよね。やはり2人は無理だと言っておく」
「そうじゃなくて、東への遠征の件よ。トリマランは手に入ったわ。速度も十分だからカタマランの1.5倍は遠くに行けるわよ」
ん? ナツミさんはこのトリマランに別の女性が来るのが嫌じゃないのかな。てっきり2人目はお断りと言うんじゃないかと思ってたけど。
「妻が2人はこの世界なら問題もなさそうよ。私ももう1人女性がいるなら色々と助かるところもあるしね。問題は気心だけど、それも問題は無いと思うわ」
心当たりでもあるんだろうか?
とはいえ、あまり考えないでおこう。今日は頭がガンガンだからね。
「商船が来たら、食料をまとめ買いしておくわ。生鮮食料は、果物を島のお店に頼めそうだし、水は水瓶3つに満たしておけば何とかなるんじゃないかな……」
炭も必要だろう。食料や水がなくなればココナッツやバナナを島で補給できそうだ。だけど木登りが下手だからなぁ。切り倒すことになってしまいかねない。
長期の遠征をナツミさんと考えながら時を過ごす。
行くんだったら、早めに行ってくるに越したことはない。老人になってからではそんな考えすらなくなってしまいそうだ。
翌日。ナツミさんが島のお店に、野菜とココナッツの実を頼みに出掛けた。
俺の方は、オルバスさんに東に向かうことを告げたのだが……。
「そうか。やはり一度は行くべきだろう。俺も付いて行ってやりたいが、カタマランでは付いて行くことも難しそうだな。もし、そこで船の島の果てを見たなら、俺達に教えて欲しい」
「分かりました。たぶん、最初で最後ですからしばらく留守にします」
俺が頭を下げていると、トリティさんが家形からヒョイと顔を出した。
「オルバス。早く伝えた方がいいにゃ!」
「おお、そうだった。行くなら2人よりも3人がいいだろう。3人なら夜も遅くまで船を進められるぞ。アオイの2人目の嫁は……」
ごくりと唾を飲み込んだ。
長老達が合意したということなんだろう。トウハ氏族の仲間である以上、俺達はその決定に従うことになるのだが、果たして誰なんだ?
「俺の末娘のマリンダだ。バレットが悔しがっていたが、奴のところの末娘はようやく10歳を過ぎたところだからな」
「ええっ!」
びっくりして仰け反ってしまったから、危うく船の間に落ちるところだった。
腕を振り回してどうにか体制を整えたところで、オルバスさんに顔を向ける。
「マリンダちゃんなら長い付き合いで、良い娘さんだと思っていますが……。マリンダちゃんにだって昔からの友人がいたんじゃないんですか?」
「生憎と、あいつはグリナス達の友人達と一緒に遊んでいたからなぁ。場合によってはカガイの席に出すことを考えていたんだが、アオイが良いと伝えてくれた時には、トリティと一緒にワインを開けたぞ」
トリティさんにとっても、他の氏族に嫁入りするよりは、ということなんだろうな。嫁入り先の船の停泊場所が隣なんだからね。
とは言っても、ナツミさんとは仲が良さそうだから、見ず知らずの女性を連れて来られるよりは遥かに良いだろうし、美人になったからなぁ。
お店から帰って来たナツミさんに、2人目の妻はマリンダちゃんだと伝えたら、笑顔で頷いている。
「いくらネコ族だって、本人の同意無くして一緒になることはないはずよ。予想は付いていたけど、その通りってことね」
「ナツミさんの負担も少しは減るかもしれないけど……」
「ネコ族の女性の仕事は結構多いのよ。たぶん妻が2人を考えての事なんでしょうけどね。操船も2人なら遠くまで漁に出掛けるし、魚の取り込みも出来るでしょう?」
今の生活を考えると、確かに2人の妻は暮らしに合っているのかもしれない。だけど、かつてのネコ族は大陸で暮らしていたと聞いたことがある。漁ならばと俺も納得できるところがあるんだが、陸でのくらしとなると、当時も2人の妻がいたんだろうか?
「そんな風習がいつ頃からあったのか? と悩んでるのかしら。ティーアさんのところに行ったときに、カヌイのおばさんに聞いたことがあるの。大陸に住んでいたころから妻は複数だったらしいわよ。数人の妻を持った男性もいたらしいわ」
「それって!」
「ネコ族は戦闘民族! ということになるんでしょうね。男性は幼いころから戦士となるべく教育を受けていたそうよ」
驚いたな。元々が男性の比率が少ないところに、戦に明け暮れる民族であったなら、生産作業は全て女性で行っていたことになる。
その名残が今も続いているってことか。
「この群島に落ち延びてきたのがいつ頃かは、すでに忘れ去られているみたい。でも、ニライカナイ国の独立には、かつての戦闘民族の血が生かされたと教えてくれたわ」
「そういえば砲船もあるんだっけ」
海人さんが作ったという大砲を積んだ船は、3隻が今でもあるそうだ。
バレットさん達が1年に1度試射をするために数隻の船を率いて出掛けているけど、その島の在処は俺も知ることが無い。
グリナスさんも知らないらしいから、氏族会議に出る一部の男達がその場所を大切に守っているのだろう。
「各氏族に1隻だけ作ったらしいわ。トウハ氏族の船が旗艦と教えて貰ったけど」
「その内に乗せてもらいたいね。いつになるか分からないけど」
ある意味、ネコ族の男性としての通過儀礼なのかもしれない。海人さんは3人貰ったとオルバスさんが教えてくれたからな。
とはいえ、いつも女性には優しくしてた海人さんが3人の妻をもった暮らしはどうだったんだろうな? 意外と、船の隅に追いやられた暮らしをしてたのかもしれないぞ。
「今夜にもやってきそうね。家形の中を綺麗にしとかないと」
「いつもきれいになってる気がするけど?」
「それはそれよ。じゃあ、炭をお願いするわ」
長期の航海だから、炭も足りないってことか。どれ、行ってくるかな。
籠を背負って、トリマランを後にする。
・
・
・
その夜。夕食を終えてトリマランの甲板でワインをナツミさんと飲んでいると、マリンダちゃんがカゴを背負ったオルバスさんに連れられて俺達のところにやって来た。
「よろしくお願いするにゃ」
「こちらこそ、よろしく。直ぐに長い航海に出るけど大丈夫かな?」
「だいじょうぶにゃ。トリマランなら動かしたこともあるにゃ」
「マリンダちゃん。仲良く暮らしましょう」
ナツミさんも嬉しそうだな。妹ができたと勘違いしてないか?
よっこいしょ、と声を出してオルバスさんがカゴを甲板に下ろすと、ナツミさんとマリンダちゃんが荷物を家形に運んで行く。
俺達は船尾のベンチに座って、オルバスさんと一緒にワインを飲み始めた。
「これで全て片付いた。聖痕の持ち主に嫁ぐなら、マリンダの兄弟達も肩身が広いだろう。トリティも喜んでいる」
「マリンダちゃんを妻に頂けましたが、入り江の停泊場所は今のままですし、リードル漁には今までと同じく焚き火を囲みたいと思っています。こちらこそこれからもよろしくお願いします」
オルバスさんに丁寧に頭を下げると、桟橋の方から笑い声が聞こえてきた。
「そんなに恐縮することはないにゃ。マリンダは嫁に出したけど、今まで通りにゃ。寝る場所が変ったぐらいに思えるにゃ」
トリティさんとリジィさんが笑いながら俺達の船に乗り込んできた。
2人にカップを渡し、ワインを注ぐ。
そんなところに、家形からナツミさん達が現れたから6人でワインを酌み交わすことになった。
豪華な料理は無いけれど、質素な嫁入りのお祝いになるんだろうな。




