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M-074 2人目の嫁さんだって?


 運が良いことに、一日中晴れが続いてくれた。

 昼過ぎまで銛を3人で使ったから、石鯛を2匹に石垣ダイが5匹という幸運に恵まれた。ブラドも数匹を突いたからこれで十分だろう。

 昼食を終えたところで、トリマランを反転させると北に向かって走らせる。

 見通しが良いから、すぐに水中翼船モードになって進んでいくと、南の漁場に向かう途中のカタマランに遭遇した。

 ひょっとしたら、俺達が入り江を出た時に追い越したカタマランかもしれない。

 水中翼船の速度は、やはり論外の速さだ。


「これなら遠距離の漁も容易ですね」

「だけど操船は難しそうだ。進路をあまり変えてないだろう?」


 真っ直ぐに北上すれば島にぶつかってしまうだろう。ナツミさんは舵が効き難いと言っていたがそれなりに進路を変えることはできるみたいだな。とはいえ、カタマランのように軽快に進路を変えることはできないようだ。


「前に、アオイさんのカタマランに乗せて貰いましたが、あの時の倍は出ている気がします」

「さらに速度を出せるはずだ。最初の航海だから抑えてるんじゃないかな」


 ナツミさんもこのトリマランで高速を堪能したら、次の船は少し考えてくれるんじゃないかな。

 俺達は漁で暮らしを立てているんだから、漁に特化した船であるべきだと思う。


「今度はあのカタマランを追い越すにゃ!」

 いつの間にか家形の屋根にマリンダちゃんが乗っていた。帽子は飛ばされてしまうんだろうな。まるで海賊のように布を頭にかぶっている。それにサングラスを掛けて、オペラグラスで前方を監視しているようだ。

 どこに置いたんだろうと思っていたけど、操船楼に置いてあったみたいだ。


「あの格好は目立ちますね」

「帰島するのは今夜遅くだから誰にも見られないはずだよ。それより、ラビナスのお母さん達があの水着を着てないかと心配してるんだ」


 俺の言葉を聞いて、ラビナスが首を振って否定している。やはり恐ろしい想像をしたんだろうな。

 せめて、おとなしめのセパレートぐらいにしてほしいところだ。


 そんな俺達の気持ちも知らずに、操船楼の2人は軽快にトリマランを滑走させていく。

 夕暮れまでの3時間ほどの間に、いくつかの船団とすれ違ったから、トウハ氏族のカタマランは南方の漁場を開拓しようとしているのかもしれない。


 夕暮れが迫って来た時、トリマランは水中翼を使った滑走を止めて水上を航行し始めた。それでも15ノット(約時速27km)位は出てるんじゃないかな。


 操船楼からナツミさんが下りてきて、夕食の準備を始める。ランプを2つ付けて、1つはマストの旗竿を使って高く掲げている。

 夜間に航行するつもりらしい。他のカタマランよりも速度を上げているから、相手に気付かせる意味でも灯りは必要だろうな。


「簡単なものにするけど?」

「それでいいよ。でも、帰島したら夜食を作って欲しいな」


 俺の言葉に微笑んで、ココナッツを放ってくる。どうやら、ココナッツジュースを必要とする料理らしい。

 鉈で穴を開けて渡すと、船尾のベンチに移動してパイプに火を点けた。

 ラビナスが恐る恐るハシゴを上っているのは、家形の屋根に乗り前方を眺めようとしているんだろう。

 もうすぐ太陽が沈むから、サングラスも必要ないんだろうし、強い日差しも無いから帽子もいらないはずだ。

 気持ちよく風に吹かれて、涼めるんじゃないかな。


「ラビナスもカタマランの購入を考えているようだよ」

「まだ早いんじゃない? 17歳の筈よね」

「すでにトウハ氏族では成人だよ。遅くとも次の雨期にはカタマランを発注するんじゃないかな」


 俺達だって23歳だからね。

 友人達も大学を終えて社会人としての洗礼を受けたはずだ。

 どんな暮らしをしてるんだろうか? 俺達は、文化的には遅れているけど、毎日を楽しく暮らしている。

 日々残業で遅くに帰宅する親父と比べてみると、家族が一緒になって漁をする、この世界の人達が幸せに思えるんだよな。


 料理が終わると交代で夕食を取る。

 ココナッツジュースで煮たお米は雑炊とは言わないだろうな? 甘いと思って食べてみると、酸っぱいぞ。どうやら柑橘系の実を味付けに使ったらしい。

 不思議な味だけど、不味くはない。魚の切り身がたくさん入っているし、塩味も付いているからラビナスと一緒にお代わりをしてしまった。

 

 微笑みながら真鍮の深皿に雑炊を入れてくれたところで、ナツミさんはマリンダちゃんと交代するために操船楼に向かった。

 直ぐにお鍋から自分の食器に雑炊を入れて食べ始めたから、マリンダちゃんはお腹を空かせていたみたいだな。


「さっきロデニル漁の船団が見えたにゃ。このまま進むと夜半になるにゃ」

「お祝いは明日だから、十分に間に合うね」


 やはり水中翼船は偉大だということになるんだろうな。東に巡航速度で10日間とナツミさんは言ってたけど、他の連中のカタマランでならどれだけ掛かるんだろう?

 単に2倍ということにもならないだろうな。群島の広がりがどこまであるか、その旅で分かるかもしれない。

                 ・

                 ・

                 ・

 氏族の島に到着したのは深夜を過ぎていたから、入り江の中は静まり返っている。

 入り江の出入り口と石造りの桟橋にある灯台の灯りが浮いて見えるな。皆寝ているに違いないから、普段よりもゆっくりとトリマランを進めて、オルバスさんのカタマランの傍に泊める。

 アンカーを下ろすのも、なるべく音を立てないようにロープを引きながらだ。2隻の船の間にカゴにギュウギュウ詰めにしたカゴを下ろし、オルバスさんのカタマランとロープで結ぶ。


「夕食の雑炊を温めようか?」

 ナツミさんの言葉に俺達は揃って頷いた。たぶん水増しするんだろうけど、小腹がすいているからね。お腹に何か入れればぐっすり眠れるような気がするんだよな。


 翌日、俺達の帰還を知ったトリティさんが朝食を準備してくれていた。

 さっぱりしたスープに漬物は、何となくかつての朝食を思い出す。


「バルタスにバルタックはごちそうにゃ。これぐらいはお返しにもならないにゃ」

 嬉しそうに目を細めて、お礼を言ってくれた。

「ラビナスがバルタスを突けたなんて……。主人はとうとう突けなかったにゃ」

 リジィさんも嬉しそうに息子を見ている。父親を越えた漁師に育ってくれたと感心してるんだろうな。


「それよりもだ。白い変わった船は水面に浮かんでいたと氏族の者が言っていたが、アオイのトリマランだな?」

「はあ、速さに特化したとナツミさんが教えてくれてはいたんですが、まさかあんな構造になっているとは思ってませんでした。1ノッチでカタマランの2倍ほどの速度を出せます」


 オルバスさんが呆れた表情を見せたが、同時に納得もしているようだ。


「例の東に10日というやつだな。さすがにそこまで島があるとは思えないが、誰も行ったことが無いことも確かだ。若者は冒険好きだからな。一度はそんな無茶なことを試してみるのもいいだろう」

「申し訳ありません。20日程留守にすることになります」


 俺の言葉に、パイプを取り出しながら、俺に手招きしている。

 何だろうと、カタマランの船尾にあるベンチにオルバスさんと並んで座る。


 俺がパイプを取り出すと、タバコ盆を2人の間に移動してくれた。ありがたく頭を下げてパイプに火を点ける。


「アオイ達がトウハ氏族に入って、すでに数年が過ぎている。ナツミに子が無いのを長老達が気にしているようだ。オルバスとも話し合ったのだが、早めに2人目の妻を嫁がせるべきだということになってな……」

「ナツミさんで十分ですよ。2人の面倒をみるのは俺には難しいと思いますけど」


「アオイを思う氏族の総意だと思ってくれて構わん。カイト様でさえ3人を娶ったのだっぞ。2人はトウハ氏族、いやネコ族であれば普通だし、1人というのが珍しいというか、変り者ともとらえられかねん」


 似た話をナツミさんもしていたな。トリティさん達から伝えられたんだろうか?


「十歩譲っても、ナツミさんがどう思うか……」

「トリティ達が伝えた時は、嬉しそうに飛び上がってたと言ってたぞ?」


 嬉しいんじゃなくて、驚いたんだろうな。

 それで、あんな思わせぶりな話を俺にしたのかもしれないな。


「今夜にでもナツミさんと話し合ってみますが、たぶん反対されるんじゃないかと」

「ナツミも、アオイならそういうだろうと言っていたらしい。だが、アオイよ。お前、ひょっとして尻に敷かれてるのか?」


 驚いたような表情でオルバスさんが俺を見てる。

 俺としては尻に敷かれているとは思えないんだけど、傍から見るとそうなるんだろうか?

 

「たぶんここに来るまでの環境が違っていたからだと思います。俺達の両親を含めて妻は1人でしたから」

「大陸にはそんな部族もいるらしいが、ニライカナイで暮らすなら、やはり俺達の習慣に合わせるべきじゃないか?」


 郷に入れば郷に従え! というやつなんだろうな。それは目立つことなくひっそりと暮らすのが美徳だということに繋がるようにも思えるけどね。


「ナツミとゆっくり話し合ってくれ。アオイと一緒にという娘は多いのだが……、一応長老が待ったをかけている状態だ」


 事態は深刻ということなんだろうな。

 これは早めに、対策を考えないといけないぞ。

 俺達への心配に礼を言って、トリマランに引き返した。家形の中で、何やらやっているナツミさんにのところに行って、オルバスさんとの会話を話して聞かせると、俺に笑顔を見せる。


「そういうところまでに来てたのね。それで、トリティさんがあの話を持ってきたのか……」

 ナツミさんの頭の中では難しいパズルが高速で解かれているのだろう。自分で言って自分で頷いている。


「この際だから、早めに貰っちゃいなさい。前にも話したけど、私達2人のままだと周りから浮いてしまうのよ。リジィさんの場合は特殊で2人目を貰う前に旦那さんがなくなったみたいだから」

「だけど、それでナツミさんはいいの?」


「気心が知れない相手は嫌だけど、長老達がそんなことはしないでしょうね」

 ナツミさんには、すでに相手が分かってるんだろうか?

 面白そうな表情で俺をみている。


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