M-073 ラビナスの銛の腕はグリナスさん以上かな
マリンダちゃんが蒸かしたバナナとお茶を用意してくれた。
手カゴに入れたバナナを操船楼に持って行ったから、ナツミさんと操船しながら食べるんだろうな。
まだ豪雨が続いているし、今日は止みそうもない気がする。
それを考えると、甲板の板を外して釣りができるというこの船の構造はよく考えたものだと感心してしまう。2人なら十分に釣りができそうだからね。
「アオイさんの船は変ってますけど、他のカタマランではダメなんでしょうか?」
「まあ、ナツミさんの好みもあるんだろうな。俺はナツミさんが操船しやすければどんな船でも構わないよ。ラビナスも魔石を順調に集めているんだから、そろそろ船をどうするか考えないといけないだろうな」
俺の言葉に下を向いてしまった。それなりに考えてはいるけど、何か足りないように思えるんだろうか?
「余り迷うなら、船に乗せる人というか、ラビナスの嫁さんになる人の意見を取り入れるのも有りなんじゃないか? カタマランを手に入れるのはラビナスでも、その船を操船したり、料理を作ったりするのは嫁さん達なんだからね。最初の船だからあまり無理は言わないと思うけどね」
ナツミさんもカタマランにはあまりこだわりが無かったからね。強いて言えば帆柱みたいな帆桁を持った柱だけだけど、これはタープを被せるには打って付けだし、大物を引き上げる時にも使えるから、このトリマランにも付いているぐらいだ。
「中々相手に言いだせなくて……」
ほう、これはナツミさんに報告しとくべき事かもしれないぞ。さて相手は……。
「バレットさんの次女、レーデルさんなんです」
「カレンさんの妹?」
「そうです。小さい頃はよく遊んでたんですけど、父さんが亡くなってからは、遊ぶこともありませんでした。この間……」
まさか、豪雨の下でラビナスの恋バナを聞くとは思わなかったな。
相思相愛なら問題は無いだろうけど、相手の父親は筆頭漁師という肩書があるのが問題らしい。だけど、バレットさんとリジィさんは知り合いらしいのも気に掛かる。
親の青春時代に何があったかは分からないけど、子供達には関係ない気がするぞ。最悪の時には、長老に間を取り持ってもらうこともできそうだからね。
「頑張れ! としか言えないけど、それほど先の話しじゃなさそうだな。だけどリードル漁が無理しないで欲しい。船を持つのはリードル漁を1つ伸ばせとも言われてるそうだ」
「分かってます。無理をせずに、とは母さんからも言われてますし」
ラビナスがカタマランを持てればリジィさんも安心できるに違いない。女手1つで2人を育てたんだから苦労はしたろうと思うけどね。
待てよ……。そうなるとオルバスさんの末っ子のマリンダちゃんはどうするんだろう?
あまり浮いた話を聞いたことが無いんだけど、ナツミさんは意外と聞いていそうな感じだな。今も操船楼でおしゃべりしてるみたいだからね。
ラビナスと一緒に、根魚釣りの準備をしていると、トリマランが速度を緩め始めた。
進む方向があちこち変わるから、大きなサンゴの穴を探し始めたのかもしれない。
ということは、2日の距離を1日も掛けずに来たってことになりそうだな。水中翼船の速度は半端じゃなかったけど、これほど時間を短縮できるとは思ってもみなかった。
やがてトリマランが停止すると、船首からドボン! と音が聞こえてきた。
たぶんアンカーを投げ入れた音なんだろうけど、豪雨の中で誰がやったんだろう?
「ようやく着いたわ。前回と同じ海域だけど、前よりサンゴの穴は大きいと思うわ」
「それは良いんだけど、アンカーを入れたのは?」
「私にゃ。サンゴの穴もちゃんと選んだにゃ!」
びしょ濡れのマリンダちゃんがナツミさんからタオルを受け取って体を拭いているけど、着ているのはどう見てもビキニなんだよな。それも蛍光色のオレンジだから目立ってるぞ。
「これが気になるのかにゃ? ナツミが商船に頼んでくれたにゃ。昨日から発売してるにゃ」
あの会談の後に男性を遠ざけたのは、水着の製作だったのか!
となると、流行は時間の問題となるんだろうな。
「母さんやリジィおばさんも買ってたにゃ」
恐ろしいことをマリンダちゃんが教えてくれた。オルバスさんに遠回しに話をして、ビキニの年齢制限を氏族会議に諮ってもらうことも検討しなければなるまい。
マリンダちゃんが家形の中に入ると、次に出てきた時にはTシャツと短パン姿に代わってた。さっきの水着は、家形の梁にでも干してあるんだろうな。
「1着売れるごとに、5Dを貰えるのよ。流行を作った感じね。ファッションデザイナーになりたいって友達がいたけど、私もその中に入れそうね」
ナツミさんが嬉しそうに教えてくれた。衣服にも特許に似た制度があるのかな?
しかし、1着で5Dねぇ。どれだけ売れるんだか心配になって来たな。
だんだんと薄暗くなってきたので、ランプを2個灯す。タープの竹竿に下げたから甲板を広く使えそうだ。
「この板はカマドの壁じゃないのよ。こうやって、ロックを外して船尾に倒せば……、テーブル兼マナイタの出来上がり!」
60cm×1.5mほどのテーブルができた。厚さ2cmほどの板だから、大物を捌くにも十分な大きさということになる。
食事の準備をするとなると、おかずを釣らねばなるまい。屋根裏からおかず釣り用の竹竿を取り出して、タープの中から船尾方向に竿を出す。
餌は塩漬けの切り身なんだけど、直ぐに当たりがきた。
引き上げると、30cmほどのカマルだ。氏族の入り江よりもやはり型が良い。
途中でラビナスに替わってもらったけれど、十数匹のカマルを釣り上げることができた。大きいのはおかずになって、小さなカマルは今晩の根魚用の餌にする。
少し辛めのスープにカマルのぶつ切りの唐揚げと未熟なマンゴウの漬物の夕食だ。トリティさんの味よりもリジィさんの味に似ている気がするな。
唐揚げはトリティさん直伝らしく、からりと揚がっているからたちまち俺達のお腹に消えてしまった。
直ぐに無くなってしまったおかずを見て、ナツミさんはニコニコと嬉しそうだ。また作ってくれるといいんだけどね。
食事が終わると、お茶を頂く。まだ雨が降っているのは仕方のないことなんだが、明日は晴れて欲しいところだ。
食器を集めると、ナツミさんが魔法を使って食器の汚れを綺麗に落とす。
いよいよ、根魚釣りの始まりだぞ。
甲板の板を3枚ほどの単位で外し、板を裏で支えている梁も外す。そうすることで、大きな開口部が現れたから、マリンダちゃんとラビナスが仕掛けを落とした。
俺は舷側の端にベンチを移動して竿を下ろす。
さて、最初に釣れるのは誰かな?
「掛ったにゃ!」
グンと竿を上げてマリンダちゃんが声を上げる。すかさずラビナスが自分の仕掛けを巻き取り始めた。
開口部は大きいように見えても、すぐ隣に仕掛けを落としている感じだからね。早めに巻き取らないと、絡んでしまう。
「頑張って!」
ナツミさんがタモ網片手に声援を送っていると、ランプの灯りで水面下の魚体が少しずつ姿を現した。
「大きいですよ!」
「だいじょうぶ。このタモ網も大きいから!」
ハラハラしているラビナスと、勇ましくタモ網を構えて待っているナツミさんが姉と弟に見える。
「エイ!」
大きな声と共にタモ網が甲板に引き上げられると、バタバタと暴れる魚の頭にマリンダちゃんが棍棒を振るった。
良い音がした途端に暴れなくなった。相変わらずトウハ氏族の女性の振る棍棒の腕は超一流だ。
「ハイにゃ!」
釣り針を外した根魚をナツミさんに渡している。今度はナツミさんの仕事が始まるな。
3人で、交互に根魚を釣り上げる。型は40cm以上だし、たまにバッシェも混じるようだ。
3時間ほどの釣りで、十数匹を得たところで竿をしまう。
明日も根魚釣りをすれば、宴会には十分な数を得られるだろう。
甲板を元に戻して、全員の体を【クリル】で汚れを落とす。魚の匂いまで落ちるんだから魔法は凄いものだ。
明日の大漁を祈りながら、錫のカップでワインを頂く。ラビナスも18歳に近いから構わないだろう。
オルバスさんの船ではお茶かココナッツジュースだけみたいだから、2人とも嬉しそうに小さなカップのワインを飲んでいた。
家形の2間の手前に、マリンダちゃん達のハンモックが吊ってある。俺達は奥だから家族と家族外という感じだな。
ハンモックに入ると直ぐに目が閉じて来る。今日は精神的に疲れた感じだ。
翌日。朝早くから俺とラビナスをナツミさん達が家形から追い出した。
とりあえず海水を汲んで顔を洗う。
今日は晴れてるな。このまま晴れてくれればいいんだけどね。
タープを家形に半分ほど戻して一服を楽しんでいると、ナツミさん達がビキニ姿にエプロンを付けて家形から出てきた。
その姿を見て、ラビナスが思わず顔を赤らめる。まあ、青少年の基本的な反応なんだろうな。
「朝食を作るから、着替えてきていいわよ」
ナツミさんの言葉に、今度は俺達が水着に着替える。俺はサーフパンツなんだけど、ラビナスは短パンのような水着だ。
「ザバンを使わずにトリマランの周辺で魚を突く。この辺りの魚は少し型が良いから、上手くやるんだぞ」
「突いたら、もう一度柄を伸ばすように、オルバスさんに教えて貰いました。だいじょうぶです」
返しの小さな銛だからな。突くのではなく、突き通すことを教えて貰ったようだな。
今回の報酬は無いから、俺と同じ銛先をプレゼントしてあげようかな。
自分で柄を選んで銛を作れるだろう。返しが可動式なら、かなり大物でも外れることは無いだろう。
簡単な朝食を終えると、俺達は海に飛び込んだ。
マリンダちゃんまで銛を持って飛び込んできたけど、ちゃんと突けるんだろうか?
サンゴの穴を巡りながらサンゴの裏を丹念に探すと、石鯛がこっちを睨んでいた。
前を向くと魚体が平たいから突く場所が無いんだよな。横を向くのを待って、銛を持つ手を緩めると、鋭く研いだ銛が石鯛の腹を貫通した。
銛の柄を引いて、石鯛をサンゴの下から引き出すと、海面を目指す。
シュノーケルの水を噴き出して、新鮮な空気を吸い込みながらトリマランを探して泳ぎだした。
先ずは1匹。ラビナス達はちゃんと獲物が突けただろうか?
獲物を外した銛をナツミさんから受け取って泳ぎだすと、トリマランに向かって泳いでくるラビナスに出会った。
「これです!」
水面に持ち上げた銛の先には30cmほどの石垣ダイが刺さっている。いつの間にか腕を上げている。グリナスさん、うかできないんじゃないか?




