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M-070 倫理感の違い


 オルバスさんのカタマランに集まって夕食を頂くことになった。久しぶりにカマルの唐揚げを頂いたし、作り方をナツミさんがトリティさんに指導してもらっていたから、次はナツミさんの作る唐揚げが食べられるかもしれないな。


「だいぶ大きくなってきたにゃ。しばらく漁を休むといいにゃ」

 リジィさんがカリンさんのお腹を見てグリナスさんに忠告している。

 ヨッコラショという感じで動くカリンさんを見てると、確かにそう思えるな。


「そうだね。それほど先の話しじゃなさそうだし……」

 水路工事に向かう時だって、グリナスさんがカタマランを操船していたらしい。無理はしないで欲しいところだ。

 トリティさんが呆れた表情で息子を見てるんだけど、まあ、のんびりした性格でもあるんだよな。


 食事が終わると、お茶の時間になる。

 俺達はココナッツジュースに蒸留酒を混ぜた奴だ。カップ1杯ほどなら飲めるようになってきたけど、2杯目は遠慮することにしよう。


「工事の状況は簡単に説明しておいた。バレット達も明日には帰ってくるようだから、いよいよ南への進出を話し合わねばなるまい」

「燻製船と荷役船が無ければまだ無理ですからね。魚は多いですが遠すぎることも考えておきませんと」


 オルバスさんにやんわりと釘を刺しておく。そう言っておかないと、直ぐにでも船団を作る話し合いが氏族会議で始まりそうだ。


「問題は燻製小屋の維持と、荷役船を任せられる人物ということになるんだろうな。それに、燻製小屋である程度報酬を支払う必要も出て来る。その仕組みも考えないといけないだろう」


 それが分かっているなら問題ないだろう。ポケットから数枚のメモをオルバスさんに渡して検討を依頼する。


「組合という組織です。俺達が暮らしていたところで行われていたものですが、トウハ氏族の世話役の役目に手を加えると似た組織が出来上がります」

「商船への売買を一括して行うのか! さすがに全てとはいかないだろうが、量が多ければ売値も安くなるのは頷けるな」


「俺達が直接商船に獲物を持ち込めないってこと?」

 慌てて、グリナスさんがオルバスさんに問いかけている。


「近場ならそれも可能だ。燻製船を使う連中がこの恩恵を受けることになるんだろう。とはいえ、米や酒、魚醤などは一括購入して安く手に入るかもしれんな。アオイの考えは悪くないと思う。俺達には荷が重い話だ。バレットが帰ったなら、このメモを元に長老達と議論することになるだろう」


 俺が作ったと思っているようだけど、全てはナツミさんのアイデアだ。筆記したのが俺だから、字が下手なんだよな。

 

 パイプを取り出して火を点けようとした時だった。

 入り江に向かって2隻の商船がやって来たのが見えた。舷側にランプをたくさん並べているから、夜だと海面に姿がくっきりと浮かんで見える。

 後ろの商船はかなり大きいな。カタマランを曳いてきたんだろうか? 


「アオイ君! やって来たわよ。私達のトリマランが!!」

 家形の上でマリンダちゃんと商船を見ていたナツミさんが、大声で俺達に教えてくれた。


「トリマランだったな。かつてカイト様もトリマランを使っていたそうだ。嫁の要求に答えた結果だと言われているらしいぞ」

「3人の嫁さんだからなぁ。仲は良かったらしいけど、色々と要求されていたに違いない」

 なんとなく状況が見える気がしないでもない。元々海人さんは優しい性格だし、頼まれても嫌とは言わない性格だからねぇ。


 そうなると、明日は引っ越しということになるんだろうな。今のカタマランだって改修するところがあるから、早めに商船に行って相談しなければなるまい。

 残った酒を一気に飲んで、ナツミさんと明日の準備に取り掛かる。


「少し変わった構造だけど、漁に支障はないと思う。甲板がかなり広いから、帆布のタープは止めて、本格的なタープにしたわ」

「家形も広いんだろう?」


 ナツミさんの説明では5.4m×6.6mということだ。前と後ろの2部屋に分けたらしいけど、壁なんて作ったら風が入らないから暑いんじゃないかな?

 

「これで、2人目のお嫁さんを貰えるわよ。ちゃんとリジィさんに相談してるから、その内に話が舞い込んでくると思うわ」

「ちょっとそれは問題じゃないの!」

 怒ったような俺の口調に、ナツミさんが微笑みかけて話を始めた。


「私達の倫理感では問題かもしれないわ。でもね、倫理観は社会を形作る上での約束事なの。守れないようならそれを法律という形で対象集団を縛るのよ。

 この世界の倫理観は少し異なるわ。私達が元の世界に戻れないとなればこの世界の倫理観に合わせていくのは必然的な流れよ……」


 ナツミさんの話しは理論武装が完璧だからなぁ。違うんじゃないかと言いかけても、きちんと例を出しながら説明してくれるんだから困ったものだ。

 だが、ネコ族の男女比が2対1と圧倒的に女性が多いこと、それに動力船を使った漁をするには2人では心もとないことが、その背景にはあるのだろう。

 次の漁にはマリンダちゃんとラビナスを誘おうかなんて話になるのは、2人では曳釣りが不便極まりないからだ。


「それなら、ナツミさんの目に適う女性でないと困るな。いつも2人で喧嘩してるようじゃ俺が困ってしまう」

「周囲を見てもそんな人達はいないわよ。でもアオイ君だからねぇ、その辺りは任せといて」

 

 何か不安になってきたぞ。高校時代は憧れの存在として見ていたナツミさんだけど、いざ一緒に暮らし始めると、少しずつナツミさんの姿が俺達が想像していた人物と違っていたのが見えてきた。

 モデル並みのスタイルと世界を狙えそうな美人であることは間違いない。頭脳は明晰で知識も豊富だ。そこまではかつて俺達が知っていたナツミさんなんだけど、突飛な考えの持ち主で、かなりの無茶を平気で行う。手段のためには目的を厭わないという人物だった。

 前の世界ではあの町に留まることはできなかったんじゃないか?

 大学には行くだろうけど、途中で海外に飛び出して帰って来ないんじゃないかな。


「ひょっとして、ナツミさんはこの世界に来られたことが嬉しかったんじゃ……」

 その答えは、俺に向けられた笑みだった。

 笑みを浮かべた顔が俺に近づいてきて、2人で家形の床に倒れるように寝転ぶ。とりあえずはLEDライトを消しておこう。

                 ・

                 ・

                 ・

 翌日。朝食を終えた俺達は商船に向かうことにした。

 商船が曳いてきたのは俺達のトリマランだけでなく、カタマランや燻製小屋の付いた台船まであるようだ。

 引き渡しで賑わう商船の中で、順番を待ちながら棚の品揃えを眺める。結構色々な品物が並んでいるから、見てて飽きないんだよね。

 商船の店員が俺の名を呼んだので、ナツミさんと店員の前に向かう。


「アオイ様ですね。トリマランをお渡しします。それと注文があると聞いておりますが?」

「少し変わった注文が2つ。1つはドワーフさんで良いんですけど、もう1つは女性にお願いしたいのですが」

「それでは、2階にご案内いたします」


 案内されたのは小さな会議室だった。直ぐにドワーフの職人さんが現れたので、俺達のカタマランからバウ・スラスタの取り外しと、その魔道機関を使った船外機の製作を依頼する。


「おもしろそうな代物じゃな。特許を取得しても良さそうだ」

「特許はお譲りしましょう。でも俺が購入するときは安くしてくださいよ」

「それなら、先ほどの作業は無償で行おう。特許で十分に元が取れるが、それだけでは対価が引き合わんな……。これも付けてやろう。ワシの弟子ならこれを作った者が誰かは分かるじゃろう。交渉次第で根を下げてくれるぞ」


 そう言って腰のバッグから布包を取り出した。テーブルの上で布を開くと銀のパイプが出てきた。

 思わず息を飲むほどに細密な彫刻が施されている。

 絵柄は、人魚の戯れる姿だ。よくもこんな彫刻が彫れたものだ。このまま美術館にしまっておくような代物だぞ。


「手慰みで作った代物じゃから、値段が無い。落としても壊れんし、彫刻がすり減ることも無い。その彫り自体がいくつかの魔道紋でもあるのじゃ」

「金貨を積まなければいけないように思えますけど?」


 俺の言葉に、大きな笑い声を上げる。

「ガハハ……、分かれば十分じゃ。ワシにとっては、特許の方が大事じゃて、十分に対価となる。明日にでもカタマランを曳いてこい」

 

 そう言って、出て行ったけど、本当に貰っていいんだろうか? 思わず店員に目を向かると笑顔で頷いてくれた。


「次は女性の店員をお呼びします。私は下がった方が良いのでしょうね?」

「そうしてくださると助かります。アオイ君も先に帰っていいわよ。話が済んだらトリマランを移動していくから」


 俺もいらないってこと? 何を頼むんだろう。

 疑問は残るけど、とりあえず部屋を出て1階の店に戻った。ワインを2本買い込んで帰路につく。


「あれ? アオイだけなのか」

「ナツミさんは船に残って商談中だ。今度は何を頼むのか教えてくれないんだよな」

「アオイには必要ないものにゃ! 私も期待してるにゃ」


 そう言って、オルバスさんの船の甲板を越えようとしていた俺に、トリティさんが声を掛けてきた。

 思わずトリティさんに振り返ってしまった。


「直ぐに帰って来るにゃ。引っ越しは今日するのかにゃ?」

「ナツミさんが戻ってからにします。まだよく見てないんですよ。どんな船でも、ナツミさんが一生懸命考えたんですから……」

「だいじょうぶにゃ。ちゃんと理解してるにゃ。変わってるけど操船の腕はトウハで一番にゃ。私は2番目でいいにゃ」


 2番目はレミネイさんに譲らないつもりのようだ。グリナスさんも苦笑いを浮かべながら俺と一緒にお茶のカップを受けとっている。


「グリナスさんはここにいてもだいじょうぶなんですか?」

「リジィさんが付いててくれるからね。男は外で待ってるにゃ! と言われてしまった」


 それって、もう直ぐってことなんじゃないか?

 聞いた俺の方が驚いてしまった。

 ベンチの上に立って桟橋の北を眺める。まだバレットさん達は帰って来ないようだな。

 帰ってきたときに、おじいちゃんになってたら、バレットさんもさぞかし驚くんじゃないか。


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