表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
206/654

M-068 小さな漁場


 右舷の竿がヒットした。

 選択バサミの弾ける音で、ナツミさんがカタマランの速度を落とす。

 俺は反対側の竿を取って、急いで道糸を巻いた。ヒコウキを甲板に上げて、素早くプラグと弓角を引き上げる。

 その後で、ヒットした竿を手に持ったんだが、まだ魚は掛かったままのようだ。グイグイと竿を絞り込んでいる。

 ゆっくりとリールを巻いていく。竿のしなりを考えると、それほど大物では無いようだ。

 竿を立てては、リールで道糸を巻きながら竿を寝かせる。俗にポンピングと呼ばれる動作なんだが、魚体が大きければこの間にリールから道糸が出ていくんだよな。

 数分も経たずに、ヒコウキが見えてきた。竿を舷側の穴に差し込んで、ヒコウキを手にする。

 ゆっくりとヒコウキの先のハリスを手繰り寄せると魚体が見えてきた。

 そのまま、タモ網を使わずに甲板にゴボウ抜きにする。


「小さいね!」

「45cmには満たないね。でもグルリンだ。幸先は良さそうだよ」


 近くに置いてあったカゴに針を外したグルリンを投げ入れて、再び仕掛けを投げ入れる。次はもう少し大物を期待したいところだ。

 カタマランが速度を上げた時には両舷共に竿がしなっている。

 次の当たりが出る前に、釣り上げたグルリンの内臓だけを取り去って保冷庫の中に放り込んだ。

 

 ホッとしたところに、豪雨が襲い掛かる。

 そういえば、豪雨がやってきてるとナツミさんが言ってたな。ようやくここまで来たらしい。

 急いで帆布のタープの下に入ると、パイプを手にした。

 一息吸い込んだら、火が消えているのに気が付いた。タバコ盆の熾火でパイプに火を点けると、次の当たりを待つ。


 曳釣りは縦にカタマランが並ぶのではなく、進行方向に対して横に並ぶ。

 きれいに横に並んでいるわけではないのは、魚の取り込みで船足を一時的に遅くするからなんだろう。

 

 バチン! と洗濯バサミの飛ぶ音がした。

 弾かれたように立ち上がると、反対側の仕掛けを引き上げ始める。

 今度はシーブルだけど50cmは超えている。タモ網を操って甲板に引き上げたところで、再び仕掛けを投入した。


 10kmほど進んだところで、法螺貝の合図が聞こえてきた。

 カタマランが大きく旋回をすると、今度は南西に向かって進み始めた。

 

 往復の曳釣りで上げた魚はグルリンが3匹にシーブルが2匹。バルが5匹という成果だ。数はまあまあなんだろうけど、型が小さいな。一番大きなシーブルでさえ70cmをどうにか超えた感じだ。

 延縄に期待しながら、目印の浮きを探す。目立つテープを結んであるんだが、中々見つからないのは、豪雨のせいなのかもしれない。


「見付けたわ! 傍に着けるね」

 操船楼の方が見晴らしが良いから、ナツミさんが見つけてくれた。豪雨でなければ家形の屋根で俺も探すんだけど、タープの下からでは視界が限られてるからなぁ。


 浮きにゆっくりとカタマランが近づき、バウ・スラスタを使ってその場で向きを変えた。

 船尾から浮きに近づいたところで、船尾の扉を開き浮きを回収する。俺が浮きのアンカー代わりの石を引き上げている間に、ナツミさんは船首に向かってアンカーを下ろしてくれた。


 ナツミさんが戻ったところで、グンテを手に延縄の組紐を引き上げ始める。

 かなり重いし、ズンズンと引きが腕に伝わってくる。

 大物が期待できそうだぞ。


 ゆっくりと組紐を引き、枝張りのハリスが現れたところで、組紐を足で踏んで固定し、ハリスを引き上げる。枝針仕掛けの長さは1.8mと2.4mを3mおきに交互に付けている。

 今、引き上げてるのは2.4mのハリスだが、いきなりグンと強い引きが指先に伝わり、ハリスが引き出されていく。


「ナツミさん。タモ網を用意してくれ。大物みたいだ!」

 

 俺の言葉にナツミさんがベンチに乗ってタモ網を海中に沈める。

 ゆっくりと、慎重にハリスを手繰って、魚体をタモ網に誘導していく。


「エイ!」

 ナツミさんが掛け声とともにタモ網を引き上げると、バタバタと暴れるシーブルが甲板に転がった。

 すかさず、頭に棍棒の一撃が与えられる。ナツミさんも慣れた感じだな。


 足で抑えた組紐を再び手繰る。

 今度のハリスは、手応えなく上がって来たが、組紐には魚の当たりが伝わってくるから次のハリスは期待できそうだぞ。


 どうにか、10本の枝針を回収し、末端の浮きを引き上げる。

 ザルに絡まぬように巻いた仕掛けの枝針に餌を付けると、再び浮きを流していく。

 どうにか最後の枝針を投げ込んで南西に向かってゆるゆると伸びていく仕掛けの末端の浮きを投げ込んでアンカーの石を落とした。

 30mほど先に浮きがゆらゆらと揺れている。このまま夕暮れを待って再び取り込もう。


 ずぶ濡れの衣服を脱いでサーフパンツに着替えると、濡れた衣服をタープの梁にぶら下げる。雨が上がればすぐに乾くんじゃないかな。

 獲物を捌き終えたナツミさんもずぶ濡れだ。家形に入って着替えた姿は、いつものビキニだな。俺が干した衣服の隣にナツミさんも濡れた衣服を下げている。


「これで一休みかしら。お腹がすいたでしょう?」

 俺が頷いたのを見たナツミさんが微笑むと、鍋から蒸したバナナを取り出した。

 ココナッツの実を2個割ると、ジュースを飲みながら蒸したバナナを頬張る。


「南の水路の作業の順番が前回と反対みたいだ。俺達が最後になるんじゃないかな?」

「トリマランが到着するのと、どっちが先になるのかな? ちょっと楽しみね。あの水路も神亀が手伝ってくれるんですもの、案外今期で終わるんじゃないかしら」


 水路の幅が問題だろうな。

 神亀の協力はありがたいが、横幅は神亀の想定外じゃないかな。それをきちんとそろえるのが俺達の仕事になりそうな気がする。


「ところで、カリンさんにあまり合わないけど、大きくなってた?」

「目立つようにはなってきたよ。だからかな? あまりカタマランから動かないのよね。でも獲物はきちんと運んでるわよ」


 妊婦には適度な運動が必要だと聞いたことはあるけど、荷物を運ぶのはどうかと思うな。


「この間、出産祝いを手に入れてきたから、いつ生まれてもだいじょうぶよ。生まれたら、急いで宴会の肴を獲りに行かなくちゃね」


 後は生まれるのを待つばかりのようだ。その時は、直ぐに漁に出よう。

                 ・

                 ・

                 ・

 2日で漁を切り上げて氏族の島に帰って来た。

 東の海域は、曳釣りよりも延縄漁が有望だな。グリナスさんは今度は延縄だけを使って仲間達と漁をするらしい。

 仕掛けをもう1本作ると言って、俺にも竹籠と2mほどの竹竿を渡してくれた。もう1つ仕掛けを作れということなんだろうな。

 俺としては、1つの仕掛けを流したところで根魚を狙いたいところなんだけどね。


「しばらく、シメノンの群れを見てないわ」

 せっかく貰ったものだからと、延縄仕掛けを甲板で作っていたら、ナツミさんがお茶のカップを差し出しながら呟いた。


「そうだね。雨期に入ってからはまったくだ。最後にシメノンを釣ったのはリードル漁前じゃないかな?」


 ナツミさんが、広げた仕掛けを踏まないように甲板を歩いて船尾のベンチに腰を下ろす。隣のカタマランから、マリンダちゃんがこっちを見てるから手招きしている。

 いつの間にか、少女から娘さんに変わっていた。

 そろそろ、相手を見つけるころになるんじゃないかな?


「次はどこに行くにゃ?」

「そうだね。北に行ってみようかな。延縄と根魚を釣ろうと思うんだ」


 うんうんと頷いているんから、トリティさんに報告してオルバスさんに同行させるつもりかもしれないぞ。


「一緒に行こうか!」

「行くにゃ!」


 ひょっとしてマリンダちゃんだけってことか?

 まあ、操船の腕はそれなりだからナツミさんも助かるってことかな。根魚なら3人で釣るのもおもしろそうだ。


「明日は休んで明後日に出発よ。トリティさんに許可を貰っといてね」

「だいじょうぶにゃ。父さん達は南に行くと言ってたにゃ」

 となると、俺達だけってことなんだろうか?

 

 のんびりと昼寝をして過ごした翌日。朝早くにマリンダちゃんが俺達のカタマランに乗り込んできた。自分専用のリール竿を持ってきたようだな。

 背中の籠にはハンモックが入ってるんだろう。

 手伝ってくれるんだから、釣果はきちんと3分割にしなければなるまい。氏族のルールはあるんだが、それはあくまで他者が乗り込んだ時だ。マリンダちゃんとは長い付き合いだからね。


「準備はだいじょうぶ?」

「ちゃんと着替えも持ってきたにゃ。いつでも出発できるにゃ」


 ナツミさんが麦わら帽子を被ったマリンダちゃんを連れて操船楼に上っていく。

 俺も、ベンチから腰を上げて、オルバスさんの船と結んだロープを解き、船首のアンカーを引き上げた。

 作業が終わったと、片手を上げてナツミさんに合図を送ると、ゆっくりとオルバスさんの船から離れ始めた。

 この辺りは、バウ・スラスタのたまものだろう。ある程度離れたところで、その場でカタマランが方向を変える。

 桟橋の何人かが、カタマランの動きに驚いたような表情でこっちを見ている。

 そんな連中に、ナツミさん達が手を振っているのはいつもの事だ。

 入り江を出ると、途端に速度が上がった。晴れてるうちに先に向かうつもりなのかな?

 のんびりと船尾のベンチに座ってパイプを楽しむ。

 ナツミさんは操船楼の窓を開けて、家形の屋根に座っているマリンダちゃんとおしゃべりを楽しんでいるようだ。

 今度の漁場がたくさん釣れると良いんだが……。


 かなりの速度で北に向かった先で、サンゴの穴での根魚釣りと、短めのハリスで狙う延縄での漁は、俺なりに満足できる釣果だった。

 2日目の夜に、待望のシメノンの群れに出会ったからナツミさん達も満足しているに違いない。

 

 石造りの桟橋に停泊していた商船に、2人で獲物を担いでいった。

 そんな2人を見送ったオルバスさんが俺達のカタマランにやってくる。


「中々の漁だったようだな」

「シメノンの群れに出会いましたからね。リードル漁が終わってから初めてですよ」

「確かにシメノンの群れが薄くなっているようだ。とはいえ、漁をする場所がアオイが言ったように限定されていることも考えねばなるまい」


 トウハ氏族の漁場は広いのだが、実際に漁をするとなると場所が限られているようだ。浅かったり、サンゴ礁の穴が小さかったりと色々なんだけどね。

 俺達が漁をしたサンゴの穴はソロほど大きなものではなく、他の穴が小さかったから見落とされていたのかもしれない。数隻で漁をするとなったら、あんな場所で漁をすることも無かったろう。

 となると……。1隻で漁をするなら、近場にだって釣果を狙える漁場があるんじゃないか?

 そんな漁場を探すのもおもしろそうだな。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ