M-067 ナツミさんの勘任せ
東南東海域での曳釣りの成果は、バルが12、シーブルが8、グルリンが5匹という成果だった。これに延縄で捕らえた良型のカマルが22匹になる。
売値は147Dだから、45cmを越えたカマルは2匹で3Dになったようだ。上納を終えると、手元に残ったのは132Dだけど雨期の漁としては大漁と言っていいんじゃないかな。
グリナスさんも120Dを越えたようだ。派手なプラグにグルリンが飛びつくとは今でも信じられないけど、薄暗い海中では、派手な色がそれだけ魚とって目に付きやすいということなんだろう。
「次の漁にも期待ができるぞ。今度はどこに向かう?」
「ん~、悩みますね。他のカタマランの情報が欲しいところです」
「大漁だったらしいな。今度は俺達も同行できるぞ!」
そう言って隣のオルバスさんのカタマランから、俺の船に乗り込んできたのはネイザンさんだった。
錫のカップをネイザンさんに手渡してワインを注ぐ。ついでにグリナスさんと俺のカップにも注ぐと、ネイザンさんの言葉の疑問を訊ねた。
「まだ、タリダン君がいますから無理なんじゃないですか?」
「オルバスさんのところからマリンダとラビナスを乗船させる。操船はマリンダに任せられそうだし、ラビナスも今年は18歳だからな」
そういうことか。それなら安心できるだろう。3人増えると、売値を3等分しなければならないが、それでも近場の漁に比べればはるかに高い報酬を手に出来るはずだ。
「このプラグが当たりでした。少し派手なプラグを上層で曳くと、グルリンが掛かったんです」
「商船が来てるから、後で手に入れておこう。それで、どこに出掛けるんだ?」
話が振り出しに戻ってしまったが、バレットさんと俺達の大漁を聞いて南に向かうカタマランは多いに違いない。
となれば、北になるんだが……。
海図を広げながら北の海域を指差すと、ネイザンさんが東の海域を指差した。
「最初のバレットさんは、この辺りだ。アオイ達はこの区域だろう? そうなると、東南に向かった溝が続いているこの海域を経て南に進んだと考えるべきじゃないか? 今年の雨期の魚は東からやってきて、この溝を通って南の砂泥地帯に移動していると思うんだが?」
説得力のある話だ。確かに東に1日半の海域には、水深の深い溝が幾重にも連なって南西に伸びている。
場所に恵まれれば、延縄でグルリンが狙えるんじゃないか!
「おもしろそうですね。俺もネイザンさんに賛成です」
「岩礁地帯に近いから曳釣りは昼間だけ、それも狭い範囲になりそうだ。曳釣りよりも延縄が期待できるように思えるな」
「延縄を仕掛けて、1往復すれば夕暮れ前に延縄を引き上げられますよ」
グリナスさんの言葉に、俺が答えると2人とも頷いてくれた。これで、場所が確定したわけだ。
その後、出掛ける日取りの調整が入って、明後日の朝ということになった。オルバスさんにはグリナスさんが伝えることで俺達は解散する。
確か10m近い水深があったはずだ。海底に深く刻まれた溝は根魚達の格好の住処でもある。
晴れているなら、銛も使えそうだぞ。
「明後日の朝ね。グリナスさんが教えてくれたわ。食料の準備はOKだからいつでも出掛けられるんだけどなぁ」
「明日は休業しようよ。今回は人数が少ないから、場合によっては取り込む時に船を停めることになるよ」
それが曳釣りの唯一の課題でもある。掛かる魚が大きいと、どうしてもタモやギャフが必要だし、他の仕掛けだって船が停まってしまうと海底に根掛かりしかねない。
それを考えると、延縄が主で、曳釣りは従の漁になるんだろうな。
2日後の朝。俺達は4隻のカタマランを連ねて入り江を出る。時計回りに島を回って、島の東に到着すると、一路東に舵を切って船足を速めた。
通常航行なら1日半を1日で進むんだから、先頭を進むトリティさんはさぞかし良い気分で操船してるに違いない。
ナツミさんに聞いてみたら、18ノット近いとのことだった。
たまに操船を替わるんだが、30分もしない内にナツミさんが交代してくれる。
見てられないってことなんだろうか? ちょっとへこんでしまうな。
昼食休憩も取らずにカタマランを走らせるから、夕日が落ちる前に目的地の漁場に到着することができた。
漁場を広げたんだから、魔道機関を強化する連中も出てくるんじゃないかな。
俺達のカタマランでは2ノッチ付近らしいけど、グリナスさん達のカタマランならさらに半ノッチは出力レバーを上げているはずだ。
待てよ? 確か次のトリマランは魔石10個の魔道機関を2つ搭載するんだよな。魔石6個の魔道機関は補助ということなんだろうけど、どれだけ速度を上げられるんだろう?
ナツミさんの操船技術はトウハ氏族でも1番ということらしいが、その腕を酷使するような船にならないか?
急に心配になって来たけど、すでに発注はしているから、この雨期の間には商船が曳いてくるんだろうな。
船首でアンカーを落とし込みながら、ふとそんなことを考えてしまった。
アンカーに結んだロープの目印では水深8m近いようだ。
明日が晴れなら、この辺りで素潜り漁も出来そうだな。
船尾に向かい、ナツミさんに投錨を報告したところで、船尾のベンチでパイプに火を点ける。
鍋をかき混ぜていたナツミさんは俺に振り返ることなく、ご苦労様と返事をしてくれた。今夜は何ができるのかな?
昼食は朝作った蒸したバナナだけだったから、お腹がぺこぺこだ。
燻製カマルのぶつ切りが入った野菜スープに、白いご飯と不思議な味のする漬物が今日の献立だ。漬物の材料を聞いてみたら青いメロンとのことだった。商船で売ってたらしいけど、マンゴウの未熟果実よりも漬物には適してるかもしれない。
「どうにかおかずのバリエーションも増えてきたわ。今度は唐揚げにチャレンジしてみるね」
「今夜の料理だって、努力の跡がうかがえるよ。ナツミさんなら美味しく作れるんじゃないかな」
リップサービスしてみたら、うんうんと笑顔で頷いてくれた。
食事が済んだところで、明日の延縄仕掛けの準備をしておく。ナツミさんが曳釣りの準備をしてくれたから、終わったところでワインを頂く。
ランプ1つの夜だけど、周囲には3つのランプがカタマランに掲げられている。
他の灯りが、なんとなく俺達に安心感を与えてくれるのが分かるんだよな。
翌日は、雨音で目が覚めた。
雨期だから豪雨が何時降って来るか分からないんだけど、昨日は綺麗に晴れてたんだよね。
「はい、塗り終わったわ。シャツを着ても良いわよ」
あいかわらず、ナツミさんの爪痕が背中に残る。癖なのかな?
痛みが引いた背中をいたわるようにTシャツを羽織って短パンをはいた。サンダルを履いて甲板に出ると、帆布の下でザルに入れた仕掛けの釣り針に餌を付け始めた。
塩漬けの切り身だけど、小さな奴が掛かればそれを下ろして餌に出来そうだ。
10本の針に餌を付けたところで、潮流を確認する。
船尾に向かって流れているから、このまま投げ込めるな。
1mほどの竿の付いた浮きに、仕掛けのフックを付けて甲板から投げ込んだ。
ゆくりと流れる浮きに合わせて、釣り針を次々に投げ込んでいく。最後の組紐に、同じような竿の付いた浮きを結んで投げ込み、浮きから伸びた細いロープと重り代わりの石を投げれば延縄仕掛けの投入は終了だ。
船尾から20mほど離れて、浮きが浮かんでいる。竿の先に付けた赤と黄色のテープがひらひらと靡いているから、曳釣りから戻って来た時にも直ぐに分かるだろう。
「終わったの? 朝食はもう少し待ってね」
ナツミさんがお茶の入ったカップを渡してくれた。いつの間にか上がった雨だが、いつまた降り出すか分からない。
「曳釣りだけど、竿は2本にしとくよ。3本だと俺1人じゃ、動きが取れないからね」
「漁は任せるわ。今日の天気だと、プラグは、これとこれね」
鈍い銀色と、オレンジのプラグだ。これに弓角が加わるんだが、選んだ根拠を聞いたら、女の勘と言われてしまった。
ナツミさんの勘が良いとは、学校で聞いたことが無いんだけどねぇ。
雑炊のような朝食を頂いたところで、曳釣りの仕掛けをセットする。
俺1人で全部をこなすことになるから、タモ網と棍棒だけはベンチに置いておく。
舷側に畳んだ竹竿を起こして、洗濯バサミに道糸を通せば、後は曳釣りの仕掛けを投げ込むだけになる。
操船楼に上がっていたナツミさんに準備ができたことを知らせると、白い旗を旗竿に上げる。
「北から豪雨がやって来るわ。あの雨が来ない内に出掛けたいわね」
「また来るの? 雨期だから仕方がないとはいえ、もう少し間隔を開けて欲しいよね」
操船楼のナツミさんが頷いているのが甲板でも分かる。その時、法螺貝の音が聞こえてきた。
急いで船首に走り、アンカーを引き上げると、ナツミさんに片手を振って合図する。
ゆっくりとカタマランが北東方向に向かって進んでいく。
さて忙しくなるぞ! 今度は船尾向かって家形の屋根を走り、曳釣りの仕掛けを投入する。道糸を30mほど出したところで、リールをロックすると、舷側の穴に竿を立てた。続いて反対側に向かって同じことをする。
カタマランはゆっくりと進んでいるけど、舷側から張り出した竹竿が大きくしなっている。
そのしなり具合を見ながら、ナツミさんが微妙に船速を変えているようだ。
後は、当たりを待つだけになる。カマドに乗せたポットからカップにお茶を注ぎ、帆布のタープの下でパイプを楽しむことにした。さて、どちらの竿が先にヒットするんだろう?




