M-066 曳釣りの漁場はどこに
3日間のリードル漁の成果は、上位魔石が4つに、中位魔石が6つ、低位が7個という成果だ。
オルバスさんに上位と中位魔石を1個づつ渡して長老に届けてもらう。トリティさんには低位魔石を1個手渡す。タリダン君のお守りで苦労してるはずだから、女性達の報酬分配には、トリティさんとティーアさんも含まれてるんだろうな。
「ありがたく使わせてもらうと長老達が言ってたぞ。次は上位は必要ないとも言っていた。アオイなら上位魔石を容易に手に入れられるのだろうが、それを氏族に還元するよりも自分達の為に取っておいた方が良いだろう」
「はあ、……なるべくそうしたいところですが、例の2割増しの話しもあります。燻製小屋を搭載した大型台船の製作もありますよ」
俺の言葉を笑いながら聞いている。
どうやら、すでに発注を終えているようだ。
「南の海域への出入り口を神亀が作ってくれたのだ。それを神の啓示と長老達は捕らえたに違いないな。アオイのくれたメモを使ったと聞いている。かなり大きなものになりそうだな」
かつての大型動力船を2隻並べる構造だからな。船体だけで長さ12mを越える。その上に横板を並べて台船とし、小型の燻製小屋を2つ作る。船尾には3家族が暮らせる家形を作り、燻製小屋と家形の間に甲板を作る構造だ。
焚き木を置く場所と燻製後の保管場所が課題だったのだが、左右の船体内部に焚き木の保管場所と、大きな保冷庫を作ることにしたらしい。
「前にアオイのカタマランを払い下げる話をしていたな。長老はそれを燻製の運搬用に使用することを考えているようだ。魔道機関を交換するのではなく、魔石を交換するだけで払い下げてくれ。もちろん、船首に付いている魔道機関は撤去することになるが」
「そうなると、もう片方の区画も改造した方が良いんでしょうか?」
「それは、長老達に任せればいい。そこまでしてもらうと、俺達の矜持が問題になりそうだ」
そう言って俺に笑いかけてきた。
魔石を交換して、船首の魔道機関を撤去すれば良いんだな。
高速運搬船として使うのであれば、適したカタマランと言えるだろう。
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リードル漁が終われば雨期ということなんだろうが、次の漁に出発する日から豪雨が続いている。
2日程、北にカタマランを進めて素潜り漁をしようということになったのだが、これではザバンは使えないな。
甲板から直接飛び込んでブラドを狙う。
少し海中が暗く感じるけど、あの豪雨だからねぇ。丹念にサンゴの裏を探ってブラドを突く。
「ご苦労様。少し休んだら?」
獲物を受け取ったナツミさんが労わってくれるのが嬉しい限りだ。甲板に上がって、豪雨で体の海水を流すと、帆布の下で体を休める。
「素潜りより、根魚を釣ったら? 少しは私も力になれるわよ」
「そうだね。豪雨だと海中が暗く感じるんだ。水中だから豪雨は関係ないと思ってたけど、漁はし難いんだよね」
昼近くでもあるから丁度良い。体をタオルで拭くだけにして、ナツミさんが沸かしてくれたお茶を頂く。
すでに、突いた獲物は捌いて保冷庫の中らしい。
「グリナスさん達は、どうしたのかな?」
「とっくに上がって、釣竿を出してるわよ。それにしても続くよね」
たまに止んで強い日差しが差すんだけど、直ぐに豪雨に逆戻りだ。これだと着替えてもずぶ濡れだからな。ナツミさんもビキニを着たままで甲板の仕事をしている。
だけど、今日のビキニは初めて見るな。かなり布地が少ないんだけど、そんな水着に限って高額だと聞いたことがある。明るいオレンジは褐色に焼けた肌に良く似合ってる。
「しばらく休んでて。その間に昼食を作るわ」
そう言って、カマドに鍋を掛けたんだけど、エプロンを一応付けるみたいだ。あの格好では火傷しないとも限らないからな。ナツミさんもその辺りは考えてるみたいだけど、そのエプロンも初めて見るな。
意外と手作りかもしれない。肉球が別の布地でアップリケのように縫い付けてあるんだが、かなりいびつだし、縫い目がぎごちなく見える。
昼食は朝食のご飯を使った雑炊だった。バナナのは言った雑炊なんてこの世界に来るまでは想像すらできなかったが、食べてみると意外に美味しいんだよね。ちょっと甘みのあるジャガイモ感覚だな。
雨音を聞きながらの昼食と言えば聞こえはいいが、滝のような雨だからあまり風情を感じられない。
そんな暮らしにいつの間にか慣れてしまった俺達だから、この先もこんな感じで漁を続けるんだろうな。
「さて始めようか!」
2人で釣竿を出す。リール竿だから帆布の下にいても、釣りができる。この辺りにはあまり大型も出ないから豪雨の中で取り込みをすることもないだろう。
2日間の漁をしたところで氏族の島に戻る。
商船が来ていたから、漁の獲物をナツミさんがカゴで担いでいった。幸いにも雨が止んでいる。早めに行かないとまた降り出しそうだからなぁ。
「余り振るわなかったなぁ」
「そんな時もありますよ。あの豪雨でしたからね」
グリナスさんがやって来たので、2人で船尾のベンチに座りパイプを楽しむことにした。
ナツミさん達は直ぐには戻ってこないだろう。今回の報酬は100Dに達しないかもしれないな。やはり雨期は曳釣りということかもしれない。
「やはり曳釣りかな?」
「延縄もできるなら、十分じゃないですか。場所は……」
「南西に行ってみたらどうだ?」
オルバスさんが俺のカタマランにやって来ると、家形の壁際に置いたベンチを持って来て俺達の会話に加わる。
南西の漁場の曳釣りで良い釣果があったんだろうか?
「バレット達が南の漁場で曳釣りをしてきたそうだ。まずまずの釣果だったぞ。となれば、南西が狙い目になるな」
「明日に出掛けるなら、南西でしょうけど2日程休んでから出掛けたいと思います。そうなると、東南東でどうでしょう?」
「あそこには長い砂地があるな。俺も一緒だ」
シーブルは回遊するからなぁ、その群れを予想しなければならない。曳釣りする場所はある程度限定されるから、他船が先に釣りをしているところで釣るのは問題だろう。
南東付近にも出掛けるカタマランがあるんじゃないかな?
「もっとも、バレットの話ではバルが多かったらしい。それでも30以上釣り上げたなら十分だろうな」
当然、延縄もやったんだろうから、その獲物も20以上はあったはずだ。中々の漁果じゃないか。さすが筆頭と言われるだけの事はあるな。
「バルの仕掛けは持ってるんだろう?」
「一応買い込んであります。ですが、狙いはシーブルですよ」
俺の言葉に2人とも笑みを浮かべて頷いている。心は同じってことだろう。できればグルリンを釣りたいところだ。
シーブルとグルリンは形が殆ど同じなんだが、グルリンは緑がかった体色だ。それに少し胸鰭が鋭い感じがするだけなんだけど、味が全く違う。型が少し小さくとも値段がシーブルを越えるのも初めて食べた時に納得できたからね。
色々と棚を変えてみようか? そうなると枝針の長さを変えることになるのかな。いくつかハリスの長さの異なるプラグを準備しておこう。
「何か考え付いたのか?」
「ええ、いつもの曳釣りではおもしろみがありませんからね。仕掛けをいくつか試してみるつもりです」
俺の言葉に、オルバスさんがグリナスさんを睨みつけてる。少しは考えろということなんだろうけど、グリナスさんは目を白黒させているだけなんだよな。
「まったく、トウハの銛も大事だが、普段の漁も大事なことに変わりはない。昨年の2割増しの目標が出ているのだ。商会の連中は1か月の目標を示していたぞ」
「獲りすぎるのも問題だと商会も考えてくれたようですね。とはいってもサイカ氏族の漁がどのような推移なのかが分かるまでは頑張らないといけないでしょう」
先ずは数で2割増しを確保することにしたようだ。
そういえば、南の水路の方はどうするんだろう?
オルバスさんの話しでは、前回の逆の順番で作業を始めたらしい。
「俺達に順番が回ってくるのは雨季の真ん中辺りだろう。しばらくは漁を続けられるぞ」
どれぐらい進んだのかな?ちょっと待ち遠しくなってきたぞ。
ナツミさん達が帰って来た。重そうに背負いカゴを担いでいるから、食料品をたっぷり買い込んできたに違いない。
オルバスさん達に挨拶して家形の中に荷を下ろすと、カマドでお茶を沸かし始めた。
それが終わると、2個のプラグを見せてくれた。商船で買い込んできたんだろうか?
「綺麗でしょう? 疑似餌だから出来るだけ派手なのを選んできたわ」
「確かにオレンジ色は持ってなかったけど、この色でだいじょうぶかな?」
「やってみないと分からないじゃない。最初から否定するんじゃ漁師失格よ」
手厳しい指摘を受けたのをオルバスさんが笑って見ていた。
オルバスさんだって、俺と同じだと思うんだけどねぇ。
「確かにナツミの言う通りだ。試してみない内に否定するのは問題だろう。ということはカレンもか?」
「カレンは真っ赤なプラグだったわよ」
今度はグリナスさんが驚く番だった。
今度の曳釣りは色々と楽しめそうだな。そんな明るい色に食いつくんだったら、少しプラグの選択を見直さねばなるまい。




