M-065 タリダン君のお披露目
入り江の砂浜に大きな焚き火が作られ、大勢がそれを囲んでいる。ココナッツのカップにはココナッツジュースと蒸留酒を混ぜた酒が入ってるんだが、これは口当たりが良いのが問題なんだよな。ついつい飲みすぎてしまう。
とは言っても、今夜はお祝いなんだから、皆で楽しく酒を汲もう。
かなり出来上がって来た時、女性達がたくさんの魚の切り身を持ってきた。それを焼くのはケネルさんとネイザンさんだ。他に何人かの若者がいるのはネイザンさんの友人達なんだろうな。
焼き上がった魚は次々と、女性達が俺達に運んでくれる。一口サイズだから、焼くのも簡単なんだろう。
「たまに砂浜で騒いでるのはこんな感じだったんだな」
「お祭りが不定期に開かれるって感じね。夜店は出ないけど、一緒に騒げるのが一番だわ」
いつの間にか俺達の隣にナツミさんとカリンさんが戻って来た。
チマキによく似た食べ物を貰ってきてくれたんだけど、バナナの葉に包まれたお持ちのような食べ物は、俺達の世界のチマキとほとんど味が一緒だ。
たくさんいただいてしまったけど、残ったら明日の朝食に出来るかもしれないな。
ワイワイガヤガヤと騒がしいことこの上ない中、ネイザンさんと布にしっかりと包まれた赤ちゃんを抱いたティーアさんが現れた。
騒ぎがピタリと収まると、ネイザンさんがティーアさんから赤ちゃんを受け取り、大きく空に向かって掲げる。
「ネイザンとティーアの息子、タリダンが今日からトウハ氏族に加わったぞ!」
「「オオォォ!」」
ネイザンさんの言葉に呼応して焚き火を囲んだ連中が声を上げる。
直ぐにネイザンさんはティーアさんに赤ちゃんを戻すと、ティーアさんが焚き火の前から離れて行った。
これだけ騒がしいんだから、早めにカタマランに戻るのだろう。
ネイザンさんが長老やバレットさん達に、酒を注いで回ってるが俺達は用意された酒を互いに酌み交わせばいいらしい。
「タリダンか……。俺のところが男だったらライバルになるのかもしれないな」
「女の子だったら?」
「親が兄弟だからなぁ。氏族の中ではあまり見かけないな」
従妹同士は、あまり一緒にならないということなんだろうな。閉鎖的な島社会だから、近親婚をできるだけ避けているのかもしれない。
確か遺伝子異常の確率が高まるような話を聞いたことがある。それを少しでも防ぐためにカガイの風習ができたのかもしれない。
宴会は夜半まで続き、ナツミさんの肩を借りてどうにかカタマランに戻ってくることができた。
濃いお茶をナツミさんから渡されて飲むことになったけど、これを飲んでも明日は二日酔いで寝込むことになりそうだな。
「次はカリンさんね」
「次の乾期だから、また宴会用の肴を取って来られるよ。その時は新しいトリマランになるのかな?」
「ギリギリね。そうだ! オルバスさんが帰って来たから、その時の対応を聞いといてね」
頷くことで答えたけど、基本はリードル漁ができないトウハ氏族の漁師に払い下げられるはずだ。
「最終的には氏族会議で決められると聞いたけど、問題は魔道機関だ。4つも魔道機関を搭載したカタマランは他にないからね」
「交換することになるわ。面倒だけど……」
払い下げに、余計な費用が掛かってしまうな。まぁ、こんなカタマランだからねぇ。
「でも、次のトリマランは長く使えるわよ。本来なら数年単位で船を交換すべきなんでしょうけど」
「それは、魔石の上納で何とかできると思うんだ」
カタマランを払い下げられても、使う側で少しは改装したいところもあるんじゃないかな? その費用を少しでも負担してあげれば、トリマランの払い下げを伸ばすことも可能だろう。
それに、払い下げの費用は元値の3割らしいが、金貨15枚の3割なら新しいカタマランが購入できそうだ。
翌日。オルバスさんにトリマランの制作を依頼したことを話し、カタマランの払い下げについて確認することにした。
最初は驚いてたけど、リードル漁で上級魔石を得られることで納得したのか、俺に船尾のベンチに腰を下ろすように言った。
ベンチに腰を下ろして状況を話すと、オルバスさんの表情が呆れた顔から真剣な表情に変わってきた。
「確かにアオイのカタマランを払い下げるには、魔道機関の換装が必要だな。4つを2つにするのも分かるが、別に料金が必要になりそうだな」
「換装費用は上級魔石1個にはならないでしょう。船首の魔道機関を撤去したら穴を塞ぐことも必要です。それぐらいは俺達で行いますが、次の船はかなり面倒です」
「製作費が金貨15枚とはな。まあ、ナツミが自分で操船しやすくするのは理解できるが、ナツミと同じように操船できるものがいないことがトウハ氏族の問題でもあるわけだな」
ナツミさんの気まぐれとしてオルバスさんは納得しているみたいだ。半分は当たってるけどね。
「少し長く、新しい船を使いたいというのは問題ないぞ。できるなら10年ほど使うといいだろう。そのころには、子育てで新しく船を作ることになるはずだ」
なんとなく問題の先送りに思えるけど、要するに資産価値の低下をねらうということなんだろうか? 木造船だけど20年以上使えると言ってたからね。
「グリナス達が船を新たに作るには、さらに数年は掛かるはずだ。トウハ氏族が船を交換するのは5年から10年が一区切りになる」
「オルバスさんも、数年先には交換すると?」
「ああ、一回り小さなものにしようと、トリティ達と相談しているところだ」
子育てが終わったからなんだろうな。余生はのんびりとトリティさん達と漁をして過ごそうということかな?
オルバスさんに氏族会議の方はよろしくと念を押したところで、俺達のカタマランに戻って来た。
家形に入ると、何やらナツミさんがメモを眺めている。どうやら、小型のカタマランのようだ。
「オルバスさんと話してきたよ。次は10年後を考えろと言われたけど、カタマランの方は魔道機関を交換することで了承してくれた」
「その位は使いたいわ。それより、これをどう思う?」
メモを俺に渡してくれたんだけど、このカタマランはザバンを2つ連結して作るようだ。後部に魔道機関が船外機のようになって取り付けられている。
「おもしろそうなザバンだけど、どこで使うの?」
「大型カタマランの付属品にしようと思うの。燻製小屋を2つも搭載すると、かなりの焚き木が必要になるわ。周囲の島から集めるのに使えるんじゃないかしら」
そういうことか。確かにちょっとした台船になるな。ロデニル漁の連中にも使えそうに思えるぞ。
「これって、バウ・スラスタの有効利用でしょう? 多用途に使えそうだよ。一足先に、船だけでも作ってみたら」
「ザバンは銀貨1枚なのよね。荷台の周囲を柱で囲いたいんだけど、アオイ君に作れる?」
そう言われたら、出来ないとも言えないところが辛いところだ。頷くことで答えたけれど、少し板や柱もいるんだよな。商船に材木は積んであるんだろうか?
メモを貰って、荷台とザバンの大きさを確かめて材料を購入することになりそうだな。
次の漁から帰って来た時に、居合わせた商船からザバンを2艘買い取り、魔道機関を搭載できるカタマランの製作に取り掛かった。
俺の作業が、あまりにも不器用に見えたのだろう、オルバスさんやバレットさんまで手を伸ばしてくるんだよな。
「ザバンをカタマランにするのはカイト様が初めだったらしい。だが、魔道機関を搭載することは考えなかったようだな」
「確かに小回りが利くし、荷を運ぶには適している。カタマランなら立っても安心だからな」
このまま行くと、試運転までやりそうな感じだけど、まだ魔道機関の搭載は先なんだけどね。
数日もせずに完成したカタマランは、子供達の絶好の遊び道具でしかない。
使うのはまだまだ先になるから、それまでは子供達に提供しよう。夕暮れ前には、ちゃんと綺麗に洗ってくれてるからね。
近場の漁場に素潜り漁に2回ほど出掛けると、雨期前のリードル漁が始まる。
今回はティーアさんがタリダン君を連れて里帰りということらしい。トリティさんがカタマランに残ると言っていたから、陸での作業はリジィさんが指揮を執るんだろう。ナツミさんも今では重要な戦力になっているんだよね。
「上級魔石2個は使い道が決まってるからね」
「最終日は4個を目標にするよ。あの船だからね。追加料金が必要かもしれない」
俺の言葉に、ナツミさんが笑い声を上げた。
冗談が分かったのかな? 商会との契約書は絶対だ。赤字になろうとも追加は要求することが無い。契約の腕が無かったと、商会から契約書を作った商人の評価が下がるだけらしい。
「このカタマランにも愛着がわいてるんだけどね」
「この世界の技術力を確かめるのが目的だったから、それは我慢して欲しいな。今度のトリマランも素晴らしいものになるはずよ。魔石と魔方陣のたまものという感じね」
まだ詳しくは教えてくれないんだよな。分かってるのは、トリマラン構造で魔道機関が3つ搭載され、その内の2つが魔石10個を使うものらしい。
どれだけ速度を上げるつもりなんだろう? それとバウ・スラスタは諦めたのかな?
2日後に、リードル漁に出掛けるトウハ氏族のカタマランが入り江に集結した。
バレットさんの法螺貝の合図で入り江を一列になって北に向かう。
俺達の位置は、後ろから2番目の定位置だ。かつてのカイトさんもこの位置だったと殿のオルバスさんが教えてくれた。




