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M-064 祝いの席に欠かせぬ魚


 40cmには届かないが、10数匹のバヌトスを夜釣りで上げたから、今日は素潜りで頑張ろうと思ってる。

 ナツミさんは青物を釣ろうと考えているようだけど、群れが通らないと無理なんじゃないかな?


「南側で釣るから、カタマランには北から近づいてね」

「釣られたくはないからね。だいじょうぶさ」


 そんな言葉を交わしたところで、甲板から海に飛び込んだ。

 透明な海は数十m先まで視界を確保してくれるのだが、穴の中はモノトーンの世界だ。サンゴの穴から離れれば途端に水深が2mほどになるので、色鮮やかなサンゴを目に出来るんだけどね。


 獲物を探して穴を潜っていくと、しばらくぶりで石鯛に出会った。これはし止めなければなるまい。

 ゆっくりと石鯛に近づき銛を持つ左手を伸ばして行く。

 数十cmほどの距離で左手を緩めると、左手の中を銛の柄が滑るように素早く伸びていく。

 狙いたがわず、銛先は石鯛の鰓上部を貫通した。

 最初はもがいていた魚体が急におとなしくなるのは、銛を撃った場所が急所だからに他ならない。

 銛を手にして、カタマランに戻った。


 昼食前の素潜りで、石鯛を2匹にブラドを3匹突いたところで漁を終える。

 休憩で休んでいた俺達のところに、グリナスさんのカタマランが近づいてくる。


「獲れたか?」

「5匹です。バヌトスは十数匹獲れましたよ」

「なら、俺と合わせれば十分だな。ブラドが6匹だからアオイの上を行ったかな?」


 冗談を言いながら笑いあう。

 昼食をナツミさんとカレンさんが一緒になって作るみたいだから、出来上がるまではのんびりとパイプを楽しむ。


「バルタックじゃないか! バルタスも珍しいが、バルタックは目にするのが滅多にないぞ」

 俺の獲物を見て驚いているグリナスさんの話しでは、石鯛がバルタスでバルタックがイシガキダイらしい。

 宴席にかつてはバルタスが欠かせなかったらしいが、近頃はそれを手に入れr事が難しいと教えてくれた。


「バルタックならバルタスの上だ。ティーア姉さんも喜んでくれるんじゃないか?」

「なら早くに届けないと……」


 俺の言葉にグリナスさんがニヤリと笑う。漁が上手く行ったから、このまま戻ろうと俺達のカタマランに船を寄せてきたらしい。


「さすがはアオイだ。不漁が無いんだからな」

「それだけじゃないにゃ。もう次の船を頼んだみたいにゃ!」

「何だって!」


 俺達の会話に、出来た料理を運んできたカレンさんが一言呟いたから、グリナスさんが俺に詰め寄って来たぞ。


「とりあえず頼みはしましたけど、出来上がるのは雨季上がりじゃないかと……。この船の始末はオルバスさんと相談です」

「上位魔石を得られるからなぁ。俺のところはもうしばらく先だな。ところで、大きくするんだろう?」

「一回りは大きくなるんじゃないかと。ナツミさんが操船しやすいようにしますから、少しは形が変わって見えるかもしれませんね」


 俺の言葉にカレンさんも頷いている。その後ろでナツミさんが頭を掻きながら俺達を見ていた。

 ナツミさんの操船で納得するんだから困ったものだ。


 昼食は米粉の団子と焼き魚の入ったスープだ。ちょっと辛めだから、団子が甘く感じるな。

 食事が終わると、北西に向かってカタマランが走り出す。

                ・

                ・

                ・

 氏族の島に帰島したのは、翌日の昼過ぎだった。

 いつもの桟橋にゆっくりと近付くと、オルバスさんのカタマランが停泊している。どうやら漁場の端の島の確認と、目印の設置を終えたということなんだろうな。

 ゆっくりと、オルバスさんのカタマランの隣に船を停めたところで、カタマランの間に緩衝用のカゴをぶら下げた。最後にアンカーを下ろして船尾に向かうと、オルバスさんがカタマラン同士をロープで繋いでいる最中だった。


「戻って来たな。今夜はネイザンのところで宴会だそうだ」

「それで、獲物を獲って来たんです。たっぷりと食べられますよ」


 俺達が漁に出ていると聞いて心配していたそうだ。グリナスさんは、ちゃんと仲間に教えておかなかったのかな?


 俺達の横をナツミさんが横切って行った。トリティさんにこの後の事を聞いてくるとか言ってたから、出掛けたみたいだ。

 直ぐに、リジィさんがカゴを担いでナツミさんと一緒に乗り込んできた。


「持ってくね? グリナスさんのところにはトリティさんが向かったわ」

「その為に、獲って来たんだからね。そのまま手伝うの?」

「やはり、初めから参加するのが良いのよ。行ってくるわね」

 

 そう言って、保冷庫の蓋を開けるとリジィさんが驚いたような表情で保冷庫の中に手を入れた。


「バルタックにゃ! ティーアは幸せにゃ」

「バルタックだと!」


 今度はオルバスさんが驚いて、俺と一緒に腰を下ろしていたベンチから立ち上がった。

 保冷庫を覗き込んで頷いている。


「中々の型だな。これならネイザン達も喜んでくれるだろう」

「祝いで使う魚だったんですか? なら良かったです。バルタスに似てましたから突いてみたんですが」

「バルタスは祝いの席には欠かせなかったのだが、近頃は見るのもまれだ。バルタックはここしばらく島でも見てないんじゃないか」


 それほど貴重な魚ということなんだ。となると、来年はグリナスさんのところだからなぁ。また頑張らなくちゃならないぞ。

 リジィさんがカゴを背負って、ナツミさんを連れて桟橋に向かった。桟橋にはトリティさんとカレンさんが待っていたから、これから浜で調理を始めるんだろうな。ラビナスが一緒に付いて行ったのは焚き火の番をさせるんだろうか?

 その後を追うように現れたグリナスさんがワインのビンを持ってきた。

 今夜は酒盛りなんだが、今から始めるんだろうか? とりあえず、小さなカップを用意しておく。


「たまに浜で焚き火を囲む男女があるのは、こういう祝いをしてたんですね?」

「祝いならいくら多くても楽しいからな。知らない連中が浜で騒いでいる時は飛び入り参加しても構わないぞ。昔からそれがしきたりだ」


 同じトウハ氏族ということなんだろう。それもおもしろそうだな。とはいえ、手土産ぐらいは用意しないといけないかもしれないな。

 

 いつの間にか、俺とナツミさんだけで出掛けた東の漁場に話に流れが変わっていた。確か新しい銛の話しからそうなったんだよね。


「やはり、島を遠く離れると型が良くなるのか……」

「昨日の漁場もそうだったな。南東におよそ2日という距離だったけど、魔道機関を2ノッチに上げれば1日半で到達できる」


「今までの銛では逃すことをアオイは考えてるが、お前はどうなんだ?」

「銛を1本用意しようと考えてたよ。アオイの銛の柄を見せて貰ってね。アオイがなぜ銛の柄にこだわってるのか少し理解したところだ」


 まだ完成とは言えない俺の新しい銛を、くるくると回しながら銛先の動きをオルバスさんが眺めている。


「何だ、何だ? そんな神妙な顔をして銛を眺めて」

 やって来たのはバレットさんとケネルさん、それにネイザンさんの3人だ。邪魔だから追い出されたのかな?

 とりあえず、新たなカップを用意して、ワインを注いであげる。


「バルタックを突いてきたそうじゃねぇか。近頃珍しい魚だ」

「ありがたい話だな。ティーアを嫁に出来たのがネイザンの最大の親孝行に違いない」

 

 何かすでに出来上がってる感じがするな。ネイザンさんが黙って俺の腕を握ってくれたのが一番嬉しく感じたな。


「それほど変わってる銛なのか?」

「確かに変わってはいる。だが、良く銛先を見てみろ」


 オルバスさんがバレットさんの目の前で銛先を回している。酔いが回った連中が尖った物を持つのは危険なんだけどねぇ。

 何度か回していると、突然バレットさんの目が見開いた。


「何だと! 貸してみろ」

 オルバスさんの手から、奪うように銛を受け取ったバレットさんが銛先の一点を見つめながら柄を回し始めた。

 しばらくじっと眺めていたが、銛を俺の手に返してくれた。


「まったく驚かされる。かつてのカイト様の銛は狙った獲物を外すことが無かったと聞いたことがあるが、案外この銛と同じように作ったにかもしれんなぁ」

「何を驚いたんだ?」


 ケネルさんが笑いながらオルバスさんに問いかけた。


「いくら柄を回しても、銛先が動かねえんだ。あの銛なら真っ直ぐ獲物に向かって行くはずだ。俺達は銛の腕を自慢にしているが、銛を自慢したことはねぇ。だが、カイト殿はいくつもの銛を持って獲物によって使い分けていた長老から聞いたことがある。名人でさえ銛を選ぶとな」


 一気に酔いが冷めた感じのバレットさんの話しだ。

 確かにその言葉は真摯に受け取るべきだろうな。万能の銛等存在しないんだからね。


「俺だって数本の銛は持ってるぞ?」

「リードル漁の銛を除けば2本だろうが? その2本の銛を作ったのはいつごろか覚えてるか? たぶん覚えてねぇだろうな。俺もそうだから」


 要するに、腕でそれをカバーして北ってことなんだろうな。それはそれで尊敬できることなんだけどね。


「言われてみれば確かにそうだ。銛の手入れは錆を取るぐらいで、これほど銛を真っ直ぐに仕上げる等とは考えもしなかった」

「曲がってなければ良いんじゃねえのか?」

「微妙にずれるんだろうな。獲物を確実に突くなら、どうしても近づくことになる。それに曲がった銛より真っ直ぐな銛なら、それだけ深く刺さるということになるんだろう」


 オルバスさんの言葉に、頭を落としながらもバレットさんが頷いている。


「アオイが素潜りで巧みに獲物を突くのは、案外普段からの銛の手入れにあるのかもしれんなぁ。俺達も見習うべきだろうよ。『トウハの銛に突けぬものなし』と、自負しているんだからな」


 なんとなくしんみりしたところで、皆のカップにワインを注いであげた。

 今夜は宴会なんだからね。沈んだ気持ちで参加するのは問題だと思うな。



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