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M-063 祝いの肴を取りに行こう


 昼過ぎにネイザンさんが、俺達のカタマランにやってきて無事に生まれたと教えてくれた。

 先にグリナスさんがそれは教えてくれたんだけど、嬉しそうに話すネイザンさんの顔を見た俺達はそれはそれと気にしないことにした。グリナスさんもそんな自分の事は言い出さないで、義理の兄の手を握ってぶんぶんと振っているぐらいだ。


「それで名前は?」

「男の子だからなぁ。色々考えてはいるんだが、今夜にでもカヌイの婆さん達が選んでくれるはずだ」


 長老達が現実世界を、カヌイ達が精神世界を管理してるようだ。

 人の誕生も死と同じく精神世界が深く関与しているとこの世界の人達は考えているのだろう。


「いくつかの名を上げて、それを選んでくれるということなんですか?」

「そんな感じだな。4つ選んだんだが……。どうしても思いつかない場合は、カヌイの婆さん達がその場で付けてくれると聞いたな。そうだ! 5日後に浜で宴会だ。参加してくれよ」


 俺達が同じタイミングで頷いたのを見て、嬉しそうに席を立った。

 去り際にお茶のお礼を言ってくれたけど、まだまだ友人達を巡らないといけないみたいだ。最後の言葉が俺達のところにやって来た理由じゃないのかな?


「父さん達が帰ってくれば良いんだが……」

「ネイザンさんの親父さんはケネルさんだろう? それだけでも居てくれて助かると思うな。氏族を代表してオウミ氏族の島に行ってるんだからね」


 頷いてるところを見ると、納得はしてるんだろうけどね。

 それに、5日も後の話だから、それまでに帰って来るんじゃないかな?


「宴会となると、獲物がいるな。明後日にでも行ってみないか? 早めに用意して島の保冷庫に入れとけばだいじょうぶだろう」

 グリナスさんの提案に俺が頷く番になった。ナツミさん達も笑顔で頷いてるから、問題はないだろう。

 となると、俺達のカタマランで出掛けた方が遠くまで行けそうだ。丸1日も最大巡航速度を出せば、通常のカタマランの2日の距離を稼げるだろう。


 昼過ぎに商船に向かったナツミさんが、俺の頼んだ銛を持って来てくれた。

 さすがはドワーフ族の鍛えた銛だ。俺の思いを綺麗に形として仕上げてくれた。返しの可動部の動きもスムーズだ。俺の落書きのような絵と話を聞いただけで出来るんだからね。


「少し大きいわね。この前の反省ってこと?」

「ああ、この辺りで突くなら今の銛で十分なんだけど、この間のブラドなんか二回りも大きかったろう? 突いても魚が暴れて銛からはずれたりしたら本末転倒だからね。さすがに1m近い獲物は無理だけど、60cmを越えてもこれなら問題ないよ」


 1本の銛で全てを突こうというのは間違いだ。そんな人物もある程度はいるように思えるけど、俺は獲物に合わせて銛を選択することが大事に思える。

 俺の技能がないってことにもなるんだろうけど、それは銛を選択することでカバーしたいところだ。


「時間が掛かりそうだから、トリマランを頼んできたわよ。値段は金貨16枚。どうにか払えたけど、上級魔石と手持ちの金貨が無くなっちゃったわ」

「船はナツミさんにお任せだけど、かなり値段が高いんだね」


 実は……、と言ってお茶を飲みながら話してくれた内容を聞いて、自分でも顔の血の気が下がっていくの分かるほどだった。

 とはいえ、俺の要求は全て対処してくれたから文句は言えないんだけどね。


「かなり変わってるけど、オルバスさんになんて説明したら……」

「見た目ではそれほど変わらないわよ。計算では15ノットで効果が出るはずなんだけど」


 それなら問題ないのかな? 15ノット以上で漁に向かう機会は、それほど多くはないだろうしね。

 これも、ナツミさんが東の果てを見たいという欲求からなんだろうな。3隻目は普通のカタマランになるんじゃないかな? なってほしいな。


 銛の柄を炭火で炙りながら補正していると、直ぐに1日が過ぎてしまう。

 とはいえ、この作業を適当にしようものなら、狙いがブレてしまうからな。何度も柄を回しながら、納得のいくまで作業を続ける。


「やってるな!」

 大声で俺に声を掛けたのはグリナスさんだった。背負いカゴに一杯のココナッツの上にバナナの房が乗っている。


「明日は朝が早いぞ。これはアオイの分だ」

「ありがとうございます。何も手伝いませんで申し訳ありません」

「気にするな。アオイには色々と教えて貰ってるからな。友人達より一歩漁果が抜きん出てるのもアオイのおかげだと思ってるよ。それが次の銛の柄なのか?」


 俺の作業を注意深く眺めている。

 ひょっとして、グリナスさんはこんな作業は行わないんだろうか?


「俺の銛の柄は竹なんだ。余り長く持たないんだが、真っ直ぐだからね。アオイの銛は竹を使ったのは1本だけなんだな」

「竹だと前後のバランスが悪いんです。狙いが下にそれてしまいますから」


 俺の言葉に頷いてるってことは、それは経験済みということなんだろう。


「俺も木で作ってみるかな。普段使ってる柄と比べてみるのもおもしろそうだ」

「色々と試すのは賛成ですね。それと外に漁場が広がりますから銛先を変えることにしました。商船で作ってもらったのがこちらです」


 ベンチの蓋を開けて、銛先を取り出してグリナスさんに見せる。

 ジッと眺めていたが、首を捻ったり感心したりとおもしろく表情を変えている。

 

 その間に、お茶を用意してタバコ盆を取り出した。ナツミさんが探検だと言って島を散策中だからな。


「変わった銛だが、返しを大きくしたのは俺も納得できるな。それが動くというのはおもしろい仕掛けだけどね」

「魚体が大きいですからね。突いた魚に逃げられたら恥をかいてしまいます」


 まったくだ! などと言いながらパイプに火を点けて俺に顔を向ける。


「その工夫が俺達には思いも付かないんだ。カイト様が色々と教えてくれたんだが、少しずつ昔に戻っているようにも思える。理解力が追い付かないんだろうな」

「それでも、納得したところは残ってるじゃないですか。カタマランやカゴ漁、銛先が外れる銛だって、誰もが1本は持ってるはずですよ」


 結果が見えたものは取り入れる。ある意味現実主義の塊のような思考の持ち主ってことなんだろう。

 今を良しとするなら工夫をする必要もない。それを憐れんで龍神は海人さんをこの世界に送り込んだんだろうか?

 となると、俺達を送り込んだのは単なる氏族の漁果が振るわなくなっただけとは思えないんだよな。


「俺も、これに似た銛を作っておこう。それの柄をアオイと同じように木で作れば少しは違いも分かるはずだ」

「だんだんと漁具が増えてしまいますね」

「銛1つとは父さん達が良く言う言葉だけど、父さんだっていくつか銛を持ってるからなぁ。やはり獲物に応じた銛と言うことは考えなくちゃならないと思うな」


 数本の銛を使い分けるってことになるんだろうな。

 屋根裏に銛が並びそうだけど、それは仕方のないことだし、余裕はたっぷりとある。

 ナツミさんが呆れるくらいの数に、将来なりそうな気もするな。


 一端戻ってきたナツミさんだったが、今度はカリンさんと一緒に手カゴを持って出て行った。

 ティーアさんの赤ちゃんのお祝いを渡すということだったが、赤ちゃんを見てみたい気持ちが先んじているのが良く分かる表情だった。

 呆れた表情で見送った俺とグリナスさんは、夕食用のおかずを取るために桟橋で並んで竿を出している。


「宴会の席では俺達も見られるんですよね?」

「そうは言っても、直ぐに戻ってしまうぞ。それに夜だからなぁ」


 俺達がまじまじと見る機会は、ネイザンさんが赤ちゃんを連れてやってくるまで無理なのかもしれないな。


 その夜、お祝いの品は綿の反物が1つだと、ナツミさんが教えてくれた。

 それだけではと、ワインを1ビン贈ったということだ。余り風習を変えるのも問題だろうけど、ワイン1ビンならいいんじゃないかな? 宴会にだって使えそうだからね。


「明日は朝が早いのよね。朝食は温めるだけになってるからだいじょうぶよ」

「2ノッチで向かうと言ってたけど、グリナスさん達の2ノッチだからね」


 分かってると頷いてくれたけど、魔道機関の出力の違いが船足に響くからね。次のカタマランは魔石10個を2基搭載して、さらに魔石6個の魔道機関を1つ付けるようだ。

いったいどれぐらいの船速が出るんだろう?

 俺には想像すらできないな。


 翌日は、蒸したバナナとお茶が朝食だった。かなり残ってるから昼食もこれになるんだろうな。

 グリナスさんのカタマランに追従する形で、入り江を出るとグリナスさんは南を目指して速度を上げていく。 

 すでに15ノット近くは出ているはずだ。


 昼近くなっても、船足は止まらないが、少し東に向きを変えたようだ。このままいけばサンゴの穴がたくさんある漁場があるはずだ。

 ナツミさんと操船を替わって舵を握る。魔道機関の出力を変えないで舵だけで十分だとは言ってくれたけど、何となく緊張してくるんだよね。

 前方を進むトリマランの、後方50mをキープしながら1時間ほど舵を握った。


 小さなカゴを持って現れたナツミさんと舵を替わって甲板に下りる。船尾のベンチに昼食がカゴに入って置いてあった。

 ということは? ナツミさんが操船楼に持ち込んだカゴも昼食ってことになるんじゃないか。蒸したバナナを摘まみながら舵を握るナツミさんが想像できてしまうのも怖い話だ。


 夕暮れが迫る中、大きなサンゴの穴を見付けてアンカーを下ろす。200mほど先に、グリナスさんのカタマランも停まっているから、良いサンゴの穴を見付けたに違いない。

 夜釣りの準備を始めると、ナツミさんは夕食を作り始めた。

 ランプを2つ用意したから、それなりに甲板は明るいだろう。今は夕暮れの残照で一面赤く照らされている。


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