M-061 俺達だけで東に行ってみよう
3日間続いた族長会議は、俺に取って苦行以外の何ものでもない。
俺の提案した内容の具体化を議論していたのだが、退屈な話なんだよね。眠っちゃいけないと思っていても、ここは南国だ。そよ風が吹く日陰という絶好のシチエーションとなれば眠くなるのは仕方がない話だ。
現に、長老達の何人かは夢の世界で漁をしていたんじゃないかな?
「とりあえずは終了だ。オウミ氏族の島に筆頭が集まって変更した漁場の確認を行うってのが面倒だな」
オルバスさんの甲板にトウハ氏族の上位3人が集まって酒盛りを始めた。
俺とグリナスさんもオルバスさんの隣にカタマランを泊めているから、一緒に飲まされてるんだが、これだと明日は二日酔い確実だな。
「まあ、我慢するんだな。その目印となる島と位置を戻ってから報告してもらわねばならん。向こうではあまり酒を飲むなよ」
オルバスさんの忠告を、バレットさんは苦笑いで聞き流している。
ケネルさんが呆れた顔で、2人に酒を注いでいるけど、俺達には注いでくれなくて良かったんだけどな。
「俺達の水路工事を神亀が手伝ってくれていると知れば、アオイの提案に賛成するほかなかったろうな。あの時の長老達の顔を見たか?」
「ああ、目を見開いていたな。トウハ氏族にアオイ在り、ということになったはずだ」
うんうんと頷いているバレットさんは、すでに出来上がってる感じだ。
とはいえ、酔っ払いの戯言というわけじゃなく、あの時は族長会議に参加した全員が驚いている感じだった。
それだけ神亀は、ネコ族に身近な神の使いということになるのだろう。
「これで布石は打ったということになる。後は、商会の連中が俺達の年間の漁獲高を算出すれば、いよいよ2割増しを具体化することになるぞ」
「雨期前のリードル漁ってことだな。そうなると……」
3人の男達が俺に視線を向ける。
燻製小屋を持つ台船と、運搬船ということなんだろう。
「図面は作ってあります。長老の指示次第で、商船に頼むことになりますが、人選は俺には無理ですよ」
どう考えても、台船には3家族、運搬船は操船ができる者が2人以上は必要だ。さらに桟橋からの荷下ろしだって考えなければなるまい。
俺の言葉に、3人が顔を見合わせている。余り良い案が無いってことなんだろう。この場合は、長老に任せようってことになるに違いない。
夜半を過ぎたところで散会になったんだが、隣のカタマランにどうにか帰り着くありさまだ。
ふらふらした姿で帰って来た俺に、ナツミさんが熱いお茶を入れてくれた。苦くて渋いお茶をありがたく頂いたけど、これを飲んだら眠れなくなってしまうんじゃないかな?
「とりあえず、ネコ族の方向性ができたということね」
「オウミ氏族も西以外の方向に8日の距離だからね。さすがにギリギリで漁はしないだろうし、トウハを始めナンタやホクチもあえてオウミ氏族の方向で漁はしないだろう。サイカ氏族については、帰る間際にあのメモを渡しといたよ」
「定置網の始まりなんでしょうけど、石組を作ってカゴを仕掛ければ潮の満ち引きで漁ができるわ。沖縄でそんな仕掛けを見たことがあるの」
マングローブの島でそんな漁をすれば小魚がたくさん獲れるに違いない。だけど、獲りすぎると直ぐに今まで使っていた延縄で小魚を釣ることができなくなると念を押しておいた。
大潮限定の漁にするようなことを言っていたから、それほど心配はいらないかmしれないけど、オウミやナンタ、ホクチがサイカ氏族に大幅に漁場を譲ってくれたから、漁場の広さを考えるとそれほど心配はいらないのかもしれない。
とはいえ、漁獲が一気に上がらないようにすることも大事に思える。
「乾期だから素潜り漁に出たいけど、皆はどうするのかな?」
「誰か誘ってくれるんじゃない? 誰も誘ってくれないなら東に行ってみたいわ」
俺達のカタマランで2日も行けば、他のカタマランよりは半日以上進めるだろう。
トウハ氏族の連中が2日の航程を基本にしているなら、あまり他の連中が漁をしない場所になる。少しは大物に巡り合えるかもしれないな。
翌日、ガンガンする頭を押さえながら甲板に出ると、隣のオルバスさんのカタマランとオルバスさんの船尾に着けていたグリナスさんのカタマランが見当たらない。
俺達のカタマランがポツンと桟橋に泊まっていた。
「あら、起きたみたいね。皆出掛けてしまったわ」
船尾のベンチに座った俺に、ナツミさんがお茶のカップを手渡してくれた。
ナツミさんの話しでは、オルバスさんはバレットさんと一緒にオウミ氏族の島に行ったそうだ。散々バレットさんが愚痴ってたからなぁ。付き合いってことかな?
グリナスさんは友人達と南に向かったらしい。グリナスさんもダウンしてたらしいけど、カリンさんが操船をしていったと言っていたから、起きたら別の場所ってことになるんだろう。もっとも、今日は移動だけだろうけどね。
「置いて行かれたね」
「ということで、東に行ってみない? カタマランで2日以上の場所に入ってなかったし」
天気は良いし、このカタマランには魔道機関が4つも付いてるから、帰って来れないということはないだろう。
「そうだね。だけど、食料はだいじょうぶなの?」
「ちゃんと買い込んどいたわ。野菜や果物もだいじょうぶよ」
なら、出掛けてみようか。まだ見ぬ大物が俺を待っているかも知れない。
俺が頷いたのを見て、家形の屋根に上って行った。
何をするのかと見ていると、体を仰け反らせるようにしながらアンカーを引き上げている。俺がこんな状態だから無理だと思ったのかな?
とりあえず、桟橋と繋いでいるロープを外しておくことぐらいはやっておこう。
「あら、外してくれたのね。出発するわよ」
改めて俺のカップにお茶を注いだナツミさんが操船楼に上っていく。俺が食欲がないことを知ってるのかな?
カタマランがゆっくりと桟橋を離れると、その場で急旋回をして入り江の出口を目指して進んでいく。
入り江を出ると、北に向きを変え速度を上げる。時計回りに島の東に出るんだろう。
20分も掛けずに島の東に移動すると、今度は東に向かって一直線に進み始めた。
かなり速度を上げてるな。15ノットは出てるんじゃないか?
日差しが強くなってきたから、帆で作ったタープの下に入ってパイプを楽しむ。
小気味よく波を切って、カタマランが海面を滑走しているようだ。
「もう、ちょっと上げてみるね!」
ナツミさんが後ろに顔を向けて声を上げる。
途端に、速度が上がった。20ノットは出ていないと思うけど、かなり近いんじゃないかな。船尾を見ると真っ直ぐに航跡が白く尾を引いている。
ちょっと魔道機関が爆発しないかと心配になってきたぞ。
ドキドキしながら、状況を見守ることしかできないのが残念な気持ちだ。
急に、カタマランの速度が落ちる。
進路上にある小さな島に近づいたところで、魔道機関が停止した。
ナツミさんが操船楼から出て屋根を船首に向かって歩いていくと、ドボン! と音がした。アンカーを投げ込んだみたいだな。
「お腹がすいたでしょう? 少し早いけど昼食を作るわね」
「ありがとう。だいぶ頭もすっきりしてきたよ」
すっきりしたというより、魔道機関が爆発するんじゃないかと心配で、いつの間にか頭の痛みが、どっかに行っちゃったんだよな。
「だいぶ速度が出てたけど?」
「3ノッチに入れてみたの。ノッチがあるんだから、一応定格範囲内よ。さらに半ノッチほど上げられるけど、それは止めた方が良さそうね」
120%出力ってわけじゃなかったということか? さらに速度を上げられても、ギヤが持つかどうかは別物だからね。
それぐらいで止めておいてくれた方が、俺の心臓にも都合がいい。
昼食は、魚のすり身を団子にして、軽く揚げた団子を焼いたものが、スープに入ってた。トリティさんに貰ったのかな?
それと蒸したバナナの切り身も入ってたから、カップ1杯のスープで十分お腹が満ちて来る。
「このまま進めば、1日半で3日分進めるわ。明後日には漁ができるわよ」
「大物がいると良いんだけどなぁ。せっかく親父から貰った銛先を使うような獲物をしばらく突いてないんだよね」
俺の言葉に笑顔で頷いてくれたけど、あまり期待してはいないんじゃないかな?
だけど、氏族の島から3日の航程で漁をする者はほとんどいないはずだ。それなりに期待はできると思うんだけどな。
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どうにか、1日半で通常のカタマランが3日掛かる海域までやって来た。
周囲の風景は、氏族の島の周囲と変わりはないように思えるな。千の島と言われていたぐらいだから、それも納得できるところではあるんだが……。
「明日は頑張ってね!」
昔話の絵本じゃないんだから、ご飯を山盛りにしないでもいいと思うんだけどなぁ。お代わりすれば同じことのように思えるんだが。
おかず釣りで釣り上げたカマルは30cmを越える大きさだ。
塩焼きにしてもらったんだけど、これなら御飯3杯は行けそうだぞ。スープの塩加減も絶妙だし、今日は余り酸っぱくないんだよね。
「この先も、同じ光景なのかしら?」
「ナツミさんはそれを調べたいんだろう? 次のリードル漁でどうにか頼めそうだよかなり改造するんでしょう?」
「魔道機関は3つで良いわ。でも、2つは魔石を10個使いたいの。スクリューを一回り大きくしたいし、ギヤも大きくしないと……」
トリマランと言ってたから、左右の船に魔石10個の魔道機関を搭載するんだろうな。となると、残り1つは魔石6個の魔道機関ということになりそうだ。船を低速で動かす時の補助エンジンにするんだろうか?
バウスラスタは1個では無理だろうしね。海人さんも、最終的には魔道機関を3基搭載したトリマランだとオルバスさんが言ってたから、案外似た物になるかもしれない。
早めに寝たんだけど、この海域には俺達以外誰もいないからねぇ……。
夜の海に2人とも裸で飛び込んで泳いでしまった。
翌日、ナツミさんの爪痕が深く背中に食い込んだようで、ひりひりする。ココナッツミルクを塗って少しは楽になったけど、これで素潜りをやったらどうなるんだろう?
それでも、簡単な朝食を取ったところで、漁の準備をする。
ザバンは下ろさずに、カタマランの甲板から直接海に飛び込んだ。
一夜を過ごした島から、それほど距離を取ったわけではないんだが、水深は5mほどで起伏に富んでいる。緩やかに南に傾斜している海底には小魚が群れを作っていた。
サンゴの下を覗いていると、最初の獲物を見付けることができた。
50cm近いブラドだが、いつも使っている銛でだいじょうぶなのだろうか?
一端海面に浮上して、息継ぎをしながら銛のゴムを引いて左手で握る。
浅い息を数回したところで、先ほどブラドが潜んでいたサンゴ目がけてダイブした。
ゆっくりと下動作でブラドに近づき、銛を伸ばしていく。
やはり、スレていないな。まったく俺に無頓着だ。ブラドの鰓付近に銛先を伸ばしたところで左手を緩める。
鰓より頭部に近いところを貫通したから、逃げられることはない。
そのまま力任せにブラドを引きだし、海面に向かった。




