M-059 族長会議が始まった
長老達の暮らすログハウスが島の内側に移動すると聞いていたんだが、どうやら北側に移動しただけのようだ。
海が見えない生活は嫌だ、と長老達がごねたせいらしい。
その話をオルバスさんから聞いた時には、ナツミさんと一緒に笑ってしまったけど、後で考えれば長老達の思いも理解できるところがある。
ずっと海で暮らしてきたのだ。最後まで海を眺めていたいんだろうな。
長老達がかつて暮らしていた位置に、族長会議の建物があるのだが、すでにその周囲には大勢のネコ族の連中が詰め掛けていた。
会議での発言は出来ないが傍聴はできるってところが、この世界では珍しい例になるんじゃないかな。
「さて、出掛けるぞ。会場でのパイプは自由だ。ココナッツのカップを後ろ手に上げれば、酒を注いでもらえる。とはいえ、あまり飲みすぎないようにするんだぞ」
お茶の方が良いんだけどね。とりあえず、バッグに必要な物は入っているはずだ。
トリティさんとリジィさんが心配そうな表情で俺を見てるんだけど、ナツミさんとマリンダちゃんは、オルバスさんの話しに頷く俺に合わせて笑顔で頷いている。
ラビナスは早くから仲間と入り江におかずを獲りに出掛けたみたいだな。
オルバスさんが大きく頷いて腰を上げたので、慌てて俺も立ち上がった。
今日はくたびれたTシャツではなく、初めて着るTシャツだ。俺の友人の持ち物だったが返すこともできないからね。ありがたく使わせてもらおう。短パンは高校指定のオレンジ色のものだが、生地が丈夫だしフリーサイズなのもありがたい。
しかし、このTシャツは紺色なのは気に入ってるが、「根性」と大きく白抜きされてるんだよね。
麦わら帽子を被って、桟橋を歩いていく。後ろを振り返ると、皆が桟橋に出て見送ってくれていた。
「堂々としていればいい。何と言ってもネコ族に2人だけの聖痕の持ち主の1人なんだからな」
「はあ、なるべく後ろでじっとしています」
オルバスさんが歩きながら頷いているから、それで良いんだろう。前列は長老達が座るから、俺達はその後ろに控えることになるようだ。
会場に近づくと、海から会場に向かって杭が打たれていた。どうやら会場までの道が作られているらしい。確かに大勢が会場を取り巻いてるからね。他の氏族の連中だって会場に入り難いに違いない。
道を歩いていくと、すでに会場入りしている氏族もいるようだ。
会議の始まるのをパイプを使いながら待っている。
「オルバス、こっちだ!」
バレットさんが俺達を海上の近くで待っていたようだ。
どうやら長老達と一緒に行動するらしい。バレットさんの後について、長老のログハウスに向かった。
「これで全員じゃな。今回は我らが会議を仕切ることになる。我等の求めに応じて我等の将来を説けばよい。それに対する他氏族の長老達の問いに答える際は、我等の同意を得る必要はないぞ」
「答えに窮する場合はよろしくお願いします」
「ハハハ、それはその場で対応すればよい。将来の話には正解はないはずじゃ」
確かに、想定の積み重ねで将来を語る以上、正解は無いのかもしれない。ある程度の方向性を持たせられれば十分ということなんだろう。ある程度経過したところで、それが正しいかを再度見直しすることもできるんだからね。
少し気が楽になったのが、表情に出たのかもしれないな。俺を見ていた長老が、次々と席を立った。
「さて、出掛けようかの。皆が待っておるはずじゃ」
長老達の後に続いて、俺達5人が歩き始めた。会場までは3分も掛からない。ログハウスを出ると、会場に人が増えている。長老の言う通り俺達が最後になるのかもしれないな。
板の間の中央に六角形のラグが敷かれていた。そのラグの辺に沿って5つの氏族が腰を下ろしている。俺達は黒の布が巻かれた柱を背にラグの1辺に腰を下ろしたのだが、海側の辺には誰も腰を下ろしていないし、柱に布も巻かれていない。
海は神聖であるということなんだろうか? それともかつてはもう1つの氏族があったのだろうか。
トウハ氏族の長老に1人が席を立って、ラグの中央に立つと海を背に向け、首を左右に振って集まった各氏族の長老達に視線を向けた。
「ここに族長会議の開催を龍神に代わって宣言する。我等ニライカナイの国に住まうネコ族。氏族間の垣根を越え、我等の将来について意見を交わし合おうぞ」
トウハ氏族以外の各氏族の長老達は、3人ずつ参加しているようだ。長老全員が氏族を出てしまっては色々と問題もあるのだろう。
集まった長老達が、開催の挨拶に同意するように頷いているから、この会議は正式な会議として了承されたということになるようだ。
ラグの中央に立った長老が、各氏族ごとに顔を向けて頷いている。
「それでは、今回の議題について確認する。大きくは2つ。3つの王国からの漁獲高の2割増加について。
もう1つは、我らが漁をしていた時代よりも魚の型が小さくなり数も昔ほどでなくなってきたことじゃ。
今の筆頭がかつての我等より腕が劣るのであればそれも仕方のないことじゃが、そうは思えぬ。それに付いても話し合いたい」
「ナンタ氏族もそれを憂慮している。確かに数は揃えられても型が小さくなっている」
「ホクチも同じじゃ。大きな群れが来ないように思える」
各氏族とも同じ思いのようだ。この状態で2割も増やしたら資源枯渇が現実味を帯びて来るな。
「それでは、その2つについて話し合おう。最初の2割増産については、現状の漁獲高を商会ギルドの手を借りて調査しておる。
雨期の調査が終わり現状は乾期の調査が行われておるはずじゃ。1年を経過すれば各氏族の年間の総量が算出できよう。それを2割増しにすれば問題あるまい」
「中々良い考えでしたな。我等も色々と考えたのじゃが、ネコ族全体が同じ方法で現状を出せば王国も文句を言うことは出来まい。それにその調査が我等ではなく商会ギルドを使って行ったというのも説得力をもつ」
「問題は、その対策にある。すでに漁獲高の2割増しを王国に約束しておる。当時はそれほど大変な話とは思っておらなかったからのう。10匹運ぶところを12匹運べばよい位に考えておったことも確かじゃ」
「我等、サイカ氏族は漁獲が確実に半減以下になっている。その状況下で漁獲を2割増やすことなど到底できるものではない」
会場の周囲は大勢のネコ族が取り囲んでいるのだが、くしゃみ1つ聞こえてこない。
長老の話す言葉だけが明瞭に聞こえてくる。皆、真剣な表情で聞いているんだろうな。
「現状の漁獲高を調査する方法は、我が氏族の聖痕の持ち主であるアオイが教えてくれた。漁獲高を増やす方法についても彼なりの私案を持っておる。
我等も一度それを聞かされて驚いたのじゃが、試してみるとかなり有効な手段に思える。
とはいえ、ニライカナイ全体でそれを行うとなれば、各氏族への影響が極めて大きい。話だけでも聞いてくれぬか?」
どうやら俺の案は氏族会議にすんなりと提示できる内容ではないらしい。各氏族の漁場を移動するとなれば影響が計り知れないということなんだろうな。
私案を聞かせるということであれば、提案ではないから、それを直接ここで裁可せずに済むということなんだろう。紛糾するようなら、今の話はなかったことに出来るということでもあるようだ。
「我等ネコ族の国を作ることができたのは、トウハ氏族の聖痕の持ち主であるカイト様のお力があっての事。先の漁獲高の調査の案は、トウハ氏族の聖痕の保持者からの提言であると聞く。
なら対応策もそれなりに持っていることは我等も納得できる話じゃ。
だが、トウハ氏族の長老があえて話を聞いてくれと言うからには、我等にその場で決断できる内容でないということじゃな?
氏族の島に残る長老達との意見を調整することも、場合によっては必要と考えたのじゃろうが、我等各氏族を代表しておる。我らが裁可を下せば我らが氏族はそれに従う」
「ナンタ氏族の長老と我等も同じ考えじゃ。聖痕の持ち主であれば氏族に幸をもたらすことも確かじゃが、ネコ族全体にもその影響を与えることもある。
かつてのカイト様がそうじゃったようにのう。それを考慮してくださることで龍神は我等に2人の聖痕の持ち主を授けるのじゃろう。
トウハ氏族の聖痕の持ち主と思わずに、ネコ族の聖痕の持ち主と思ってその話を聞かせて頂くつもりじゃ」
それほど、この左腕の聖痕は意味があるのだろうか?
なんとなく、聖痕が熱を帯びてきたようにも思えるけど、いよいよ俺の出番ということになるんだろうな。
「それは我等も分かっておるつもりじゃ。じゃが……。いや、ここでワシが話すよりも、早くにアオイの案を皆に聞いてもらうのが一番じゃろう。
それを会議の議題にするか、単なる私案の披露にするかは話を聞いてからでも遅くはない。
アオイ、始めてくれぬか。我等ネコ族の将来をどのように構築するかをな」
長老の後ろに控えていた俺は、俺に視線を向けた長老に小さく頷いて立ち上がった。
長老が中央のラグから戻ってきて、俺にラグの中央で話をするよう教えてくれる。
海側が上座ということなんだな。海側は龍神の座ということになるんだろう。
ゆっくりと歩いて、ラグの中央に立つと、海に向かって一礼をする。龍神の座ということになればそれなりの敬意は必要だろう。
ゆっくりと体を返して海に背を向け、長老達を見る。
トウハ氏族の長老達が増えた感じにも思えるほどに、似かよった顔立ちだ。
深々とお辞儀をして話を始める。
「トウハ氏族の聖痕の保持者であるアオイという若輩です。まだまだ漁の腕は伴いませんが、この世界に足を踏み入れる前には別の世界で暮らしておりました。その世界では、まだ仕事もせずに勉強の日々を送っておりましたが……」
なぜにそのような知識を持つかを話さねばならない。
これで俺が全く別の世界からやって来たことを教えることになるのだが、最初は大きく目を見開いて聞いていた長老達が、俺達の町の風習を聞いて納得したように頷いている。
「はるか昔、我等にこの地を託して去って行った者達の子孫なのじゃろう。死してこの地に魂を送ろうと今でも思っておるのは、やはりこの地での平和な暮らしを思っての事なのじゃろうな。
別の世界と言うておったが、そうではないぞ。我等の遠い先祖の血を持つ者達じゃ。龍神が我等の危機を知ってこの者達を送り届けてくれたに違いない」
ホクチ氏族の長老の言葉に、他の長老も頷いている。中には涙を流す長老もいるんだよな。迷い込んだ俺達をそれほどまでに思ってくれてるのかな?




