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M-057 研究発表会の評価


「そうなの? 大変な役ねぇ……、プフフフ」

 そう言って、噴き出したのはナツミさんだった。

 ごめんね。と言いながら後ろに顔を向けて、今度は大声で笑い出した。そんなにおかしなことなのかなぁ?


「ごめんね。でも、アオイ君のプレゼンテーションを思い出したから……」

 涙を流しながら、話してくれたのは高一の秋の文化祭での出来事だった。

 

 確か、あれは……、「コウイカ釣りに必要なのは努力と根性のどちらが大切か」という、高校の運動部の協力を得て俺達のクラス全員が取り組んだ夏休みの自由研究だったんだよな。


「文化祭で最高の人気だったわよ。他校からの特別招待もあったでしょう?」

「とりあえず、有名にはなったけど……」


 とにかく努力と根性を自負する、少々汗臭い連中が集まったのは確かなんだよな。

 そんな連中を、学校の所有する漁船に乗せてコウイカ釣りをしたんだが……。

 船酔いはするわ、釣ったコウイカの墨で顔を真っ黒にするやつが出るわで、その映像で会場は大爆笑だったんだよな。

 肝心の俺達の研究成果である、才能は努力と根性を凌駕するとの結論を誰も聞いてなかったような気がする。


「先生方や来賓の皆さんには好評だったわよ。やはり才能が大事だということが、よくわかる発表だったと言ってたわ。でも、あの映像が……」

 またしても、俺から顔を背けて大笑いを上げている。


 あの映像のおかげで、協力してくれた連中もかなり有名になったらしい。

 筋肉だけで生きてるような連中に、意外な弱点があると分かったんだろうな。それが母性本能を刺激したようで、多くのカップルが誕生したと聞いている。

 次の自由研究には、是非参加したいという連中が大勢押し寄せてきたんだが、生憎とあの町の通過儀礼をしなければならなかったからね。


「協力はしてあげられるけど、きちんと説明しないとダメよ。ニライカナイの将来が決まりかねないから」

「それは十分に分かってるつもりなんだけどねぇ。問題は、各氏族が現時点でその影響をどのぐらい受けているかだろうな。それが各氏族の危機感に繋がるはずなんだけど」


 ナンタ氏族とホクチ氏族の漁獲が気になるところだ。

 トウハ氏族でさえ、獲れる魚の型が小さくなっていると感じているならば、カタマランでなく、外輪船で漁をする氏族はもっと切実だと思うんだが。


「各氏族の漁場は外輪船で5日の距離を保ってるんでしょう?」

「実際には、互いの氏族を尊重することで、隣接する漁場には3日程の距離を保っているらしい。俺達だって、ほとんど西の漁場には行かないからね」

 

 ナツミさんの案は、サイカ氏族の漁場を東に7日まで伸ばすという案だ。南北には6日程伸ばすことで、西の漁場を放棄する。

 オウミ氏族は東と南北にそれぞれ7日伸ばし、西は3日までとする。

 ナンタ氏族とホクチ氏族はそれぞれ南と北に漁場を延ばせば良いし、俺達トウハ氏族も東に漁場を広げられる。


「基本はこうなるのよね。サイカとオウミの漁場をきちんと決めれば他の3氏族は外に向かって広げることで何とでもなるわ。それに、この取り決めは今まで暗黙の了解で、漁を行っていない海域を開放するだけだから、他の氏族には影響はないはずよ」

「漁をしていない海域なら、かなり獲物もいるだろうな。短期的には豊漁ということになるんだろうけど……」


「その後は各氏族の思惑も絡むでしょうけど、季節や年ごとに漁場を変えることで資源の枯渇を回避できると思う。とはいえ、あまりルール化するのも問題でしょうけどね」


 緩やかな約定と各氏族内のルールの素案、ということになるんだろうか?

 全てをトウハ氏族で決めるということも問題だろうな。

 どちらかと言うと、各氏族から譲歩案が出てくる方がありがたいんだけどね。


「簡単な図と、試案の要点をまとめておくわ。それぐらいの協力しかできないけど」

「ナツミさんが一緒で助かるよ。俺一人ではとても説得できないと思う」


 俺の言葉を聞いて、また顔を後ろに向けて笑い出した。あの自由研究の報告がそんなにおもしろかったんだろうか?


 翌日、オルバスさんがバレットさんとケネルさんを連れて、俺を訪ねてきた。

 昨夜の話しの続きと言うことになるんだろうか? 

 ナツミさんは、お茶の用意をしてくれたところで、さっさとマリンダちゃんと一緒にザバンに乗って行ってしまった。入り江の出口近くで釣りをするんだろうか?

 俺も、そっちの方が良いんだけどねぇ。


「サイカ氏族の男に俺達の延縄の仕掛けを渡して、中堅の連中に実際の使い方を教えるように言っておいた。次の商船で帰るだろうから、それまで2、3回の漁を経験できるだろう」

「サイカ氏族の島から東に向かって漁をするなら、延縄が使えるはずです。元々がサイカ氏族の漁法に近いですから、直ぐに使いこなせるでしょう」


 俺の言葉に、お茶を飲みながら頷いている。

 タバコ盆の熾火でパイプに火を点けると、他の3人もつられてパイプを取り出した。


「そこまではいい。同じネコ族だから助け合うのは当然だ。だが、王国の産業が俺達の漁業を脅かすとなれば問題だと思うのだが?」


 そういうことか。公害を防止する手立てがないものかということなんだろう。

 だが俺達の要求で、相手が金属の精錬を止めるとはとても思えない。

 ここは癪ではあるが、影響の出ない海域で漁をすることになるだろう。とはいえ、相手にも考えさせないと、放棄する漁場が増え続けてしまいそうだ。

 

「何とか商船を通して相手にも伝えないといけないでしょうね」

「一応、サイカ氏族の島には商会ギルドの出先がある。それを使うことは出来ないか?」

「それと、3王国に友好の印として魔石を献上している。その献上品に文を添えることもできるのではないか?」


 ニライカナイは1つの国ということだったな。その最高機関は部族会議ということになる。

 ならば、部族会議の決定を献上品に副えて3つの王国に知らせるのが一番だな。添えた文の内容を商会ギルドの出先にも伝えれば、その深刻さがさらに伝わるかもしれない。


「現状を知らせるのだな。将来的にはサイカ氏族の漁獲がさらに減るとなれば向こうも考えることになるな。だが、相手はそれをするだろうか?」

「たぶん、読んでも気にはしないでしょう。しかし商会ギルドは何らかの行動に出るはずです。自分達の権益が将来的になくなるのですからね。いくら王国が増産を俺達に依頼しても、魚がいなければどうにもできない話です。俺達の暮らしに少し不便は出るでしょうけど、ネコ族のニライカナイは魔石が獲れなくならない限り続いていくでしょう」


 魔石が獲れなくなったらかなり厳しい暮らしにはなるんだろうが、ネコ族が獲る魔石のほとんどが動力船の購入に使われている。

 小さな丸木舟で漁をしながら、細々と暮らすことになるんだろうな。

 

「今のところは、魔石の取れる量が減ったという話はない。カイト様の時代よりは減ってはいるが、これはカイト様の教えによるもので、リードルが減ったことによるものではない。思えば、カイト様はこんな時代がやがて来ると考えていたのだろうな」


 取る魔石の数を20個程度にしているようだ。昔のリードル漁ができる漁場は、今ではオウミ氏族が使っているようだけど、その漁場と比べて格段に中位の魔石が得られることもあるのだろう。


「2カ月も過ぎれば雨期明けのリードル漁だ。それが終われば族長会議がこの島で行われるぞ。俺達も会議の小屋を作らねばならん。氏族会議の小屋を移して新たな小屋造りだ」

「それは中堅に任せればいい。お前達にやらせたら他の氏族の笑いものになりかねん」


 バレットさんの言葉に2人が笑い出したけど、そんな小屋もあるんだろうか?

 とはいえ、1つの大きなイベントには違いない。本来ならば他氏族からの嫁取や嫁入りでたくさんの動力船が集まるらしいのだが、今回は見合わせるとのことのようだ。

 ちょっと残念な話だな。


「話は変わるが、東に1日半のサンゴの小さな崖でシメノンが豊漁だったらしいぞ。若い連中と出掛けたらどうだ?」

「貴重な情報ですが、バレットさん達は?」

「南で曳釣りだ。曳釣りには人数がいるがシメノンなら夫婦で十分だ」


 確かに言われる通りなんだよな。ちょっとどちらにしようかと迷う選択ではあるけど、乾期に備えて銛の腕を戻しておくことも大事なことだろう。

 昼は素潜りで、夜はシメノンの群れが来るのを待ちながらの、根魚釣りになるのかな?

 同行人はグリナスさんと相談すればいいはずだ。


「頑張れよ!」と言いながら3人が帰って行ったところで、家形の屋根に上り双眼鏡で誰が残っているのかを確認してみる。

 いつも同じ場所にカタマランを停泊するから、探すのは簡単だ。

 ヤグルさんの船とネイザンさんの船も停泊してるな。屋根から下りると、グリナスさんのカタマランに向かって桟橋を歩いていく。

 

「アオイじゃないか! どうした?」

「バレットさんに東に1日半の漁場でシメノンの群れがいると教えて貰ったんで、一緒に出掛けられないかと……」


 甲板の船尾にあるベンチに腰を下ろして、グリナスさんと先ほどの話を聞かせたところ、直ぐに賛成してくれた。


「根魚とは思ってたんだが、シメノンがいるならそっちがいいに決まってる。誰を連れていくかだな?」

「ヤグルさんとネイザンさんのカタマランが泊まってましたよ。後は、グリナスさんの友人もいるんじゃないですか?」


「2人は今朝出掛けて行ったんだ。残りは1人だな。俺から声を掛けておくよ。出発は明日でいいだろう?」


 ナツミさんの都合もあるんだろうけど、食料はたっぷりとあるようだから、水を汲んでおけば十分だろう。

 カリンさんもシメノンなら十分に手助けできるんじゃないかな?

 嬉しそうな表情で俺にお茶を渡してくれた。




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