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M-056 氏族の窮状を知らせる者


 5日間の漁を終えて氏族の島に帰って来ると、オルバスさんが俺を待っていた。

 どうやら、臨時の族長会議をトウハ氏族の島で開くことになったようだ。


「サイカ氏族が不漁続きらしい。なんとかしないと、王国の横やりが入りそうだ」

「いつからですか?」


 船尾にあるベンチに座っていたオルバスさんの隣に腰を下ろした。俺達の間にタバコ盆をオルバスさんが持ってくると、パイプに火を点ける。


「10日程前かららしい。やはり、同じ場所でしかも針を小さくしてまで漁を続けたせいなんだろうが……」

「突然と言うのが、ちょっと信じられないところです。少しずつ漁果が減るとは思っていたんですが」


 どう考えても、突然とは考えにくいな。漁以外にも原因があるんじゃないか?

 

「3つの王国とサイカ氏族周辺の海図はあるんでしょうか?」

「長老なら持っているはずだ。日が落ちたら、一緒に氏族会議に出られるか? 長老もアオイの意見を聞きたがっていた」


 夕暮れとなると、2時間もないんじゃないかな?

 心配そうに商船に向かったナツミさんを探そうと桟橋を見ていたら、夕食はここで取るように言われてしまった。

 そんなにお腹が減って見えたんだろうか?


 ナツミさんが帰って来たので、自分達のカタマランに戻って先ほどの話をナツミさんに伝えたら、やはり驚いているようだった。


「それほど急激な変化は起こらないはずよ。もしあるとすれば……」

「海域の汚染かな。一応俺もそれを考えてた。長老のところに海図があるみたいだから、河川の有無を確認してみるつもりだ」


「でも、それが原因だとしたら、かなり漁場を変えないといけないでしょうね。アオイ君のサイカ氏族の漁場を1日分広げることが現実味を帯びてきたみたい」


 アイデアだけだったんだけどねぇ。

 そうなると、トウハ氏族の島で族長会議をする意味も出てきそうだ。やはり各氏族ともに漁獲高が少しずつ減っているのでは、と恐れを持っているのだろう。


 久しぶりに、トリティさんの作った食事を味わったところで、オルバスさんと一緒に長老の住むログハウスに出掛ける。

 南国なんだから、広間の真ん中に囲炉裏を作ってなくてもいいんじゃないか、といつも思ってしまう間取りなんだよな。

 

「まずまずの漁だったようじゃな。今日は珍しく客人がおる。サイカ氏族の筆頭次席であるワーデナムじゃ。この若者が我等トウハ氏族のアオイで、聖痕の持ち主でもある」

 

 長老が紹介してくれた壮年の男は、囲炉裏を挟んで俺の反対側に座っていた。赤銅色に日焼けした逞しい体をしている。


「かつては我等氏族にも聖痕の持ち主がいたと聞いている。それが聖痕か……、長老が話してくれた通りの輝きだ。それを持つということは我等ネコ族の血を受け継いでいるのだろう、人間族がなぜこの場所に? と思っていたことをお詫びする」

「姿は変っていますが、トウハ氏族であることは変りません。話はオルバスさんから聞いていますが、長老はサイカ氏族周辺の海図をお持ちとか?」


「持っておるぞ。……これが、そうじゃ。何か思い当たることがあるのかのう?」

 長老の1人が後ろに体を向けて、木箱から巻紙を取り出した。その内の1つを俺の手元に放ってくれる。


 どんな場所なんだろう?

 早速、海図を広げて天井の光球の灯りで概要を眺めてみた。

 想像してた通りの地形が描かれていた。サイカ氏族の暮らす島から大陸は船で2日の距離にあるらしい。

 たくさんの島があるけど、その多くが大陸から流れ出す大河の三角州のようだ。

 この地形では、かなり水深の浅い汽水海域で漁をしているのだろう。確かに小魚は多かったに違いない。

 

「何か、心当たりがあるということかな?」

「はい。要因はいくつか考えられます。釣り針を小さくしてまで漁を続けただけでは、漁獲が一気に激減するとは思えません。この川が原因でしょう。川の水は海水の上を流れるんです。だんだんと海水に混じりはするんですが」

 

 本来なら汽水域は小魚が集まる場所だ。それが急にいなくなったとなれば、川の海への流路が変ったと考えられる。

 雨期の増水で、三角州でも増えたのかもしれない。


「要するに別な場所に魚が移った、ということですか?」

「それが一番可能性としては高いんですが、魚が少なくなった原因についても考えるべきでしょうね。それと、海の濁りはどうですか?」


 トウハ氏族の連中が、俺の質問に驚いている。素潜り漁ができる海域だからねぇ。海水の透明度は驚くほどだ。濁った海など、見たことが無いのかもしれないな。


「昔に比べて、酷くなっています。それに、背中の曲がっているような魚が近頃増えてきました」

「濁りの酷い海域と、背中の曲がった魚が獲れる場所は?」

「この辺りになります」


 3つ大きな川があるが、サイカ氏族の男が指さした場所は、その真ん中の川の下流域だった。

 背骨の曲がった魚となれば、重金属の影響だろう。この世界であれば銅の精錬ということになるのだろうか?

 公害がこの世界でもあるとは思わなかったが、公害対策をしないで銅の精錬を流域で始めたに違いない。

 自国の繁栄を考えての事だろうけど、それがどれだけ害を広げるかを、この世界の人達は知らないに違いない。


「サイカ氏族の住む島から、大陸まで船で2日と聞いたことがあります。島から1日以上西の漁場を放棄することになるでしょうね。奇形の魚は、この川の上流で行われる金属の精錬が原因と思われます。サイカ氏族の者達も、そのような魚が獲れる場所で獲れた魚を食べ続けると、子々孫々に影響が出て来る可能性があります」


 俺の言葉にゾッとしたような表情を見せる。サイカ氏族の男は青ざめているほどだ。

 ひょっとして、すでに兆候が表れているのだろうか?


「実は……」

「すでに影響が出ていると?」


 サイカ氏族の男が力なく頷いた。

 これは問題だぞ。もう一度海図を眺めて、海流の向きを確認する。南から北に向かっているようだな。余り速い潮流ではないが、ゆっくりと北に向かって流れているようだ。


「この川の出口に近い漁場は閉鎖することになるでしょう。念の為に、南と北にある川近くも漁をしない方が良いのかもしれません」

「サイカ氏族の漁場が半減してしまう!」


 慌てて、サイカ氏族の男が俺に訴えるように声を絞り出す。

 トウハ氏族の男達、長老も含めて無言でジッと俺を見てるのだが、子供達を守るには他に方法がないんだよな。

 皮の上流での金属精錬を止めれば良いのだろうが、この世界でそのような申し出をしても笑い飛ばされるのが落ちだろう。それなら、その影響を受けない場所まで後退するほかに手はないんじゃないかな。


「余り悲観することも無かろう。我等ネコ族はニライカナイの国の基に集う者達じゃ。氏族の困りごとは他氏族も黙っておれぬこと。次の族長会議が雨期明けに行われる。その席でサイカ氏族の災厄をどのように緩和するかを話し合うことになるじゃろう」


 長老の言葉に、サイカ氏族の男がすがるような表情で長老に顔を向け頭を深々と下げた。


「トウハ氏族の聖痕の保持者が、その解決策を考えておる。元々は王国の依頼である2割増しの漁獲を得る策であったが、それが役立つであろうよ」

「何と! すでに案を持っておられると」

「案はある。とはいえ、その案を用いるのは全氏族の賛意が必要なのじゃ」


 嬉しそうな表情をしたサイカ氏族の男に、やんわりとその案を直ちに使うことができないことを長老が諭している。

 だが、全くの無策状態で族長会議をするわけではないことを知って、だいぶ穏やかな表情をしている。


「少なくとも、アオイ殿に教えて頂いたことを氏族に伝えましょう。まだ南西の漁場がありますし、氏族の漁場は西だけではありません」

「我等の漁具を試してみては? 我等も延縄というサイカ氏族と似た漁具を使った漁をします。そのまま使えるとは思えませんが、色々と試してみるのも良いのでは?」


 それなら、と数人のトウハ氏族の男が延縄の提供を申し出る。

 やはり何とかしてやりたいとは、思っていたんだろうな。


「100年ほど前に、トウハ氏族に現れた聖痕の持ち主であるカイト様が教えてくださった仕掛けだ。本来は今と少し違う形だったのだが、時がそれを簡略化してしまった。

とはいえ、雨期の大型を獲ることができる」


 バレットさんの説明を喜んで聞いているから、少しは漁獲高を上げられるかもしれないな。サイカ氏族の男としても、はるばるトウハ氏族の島までやって来たのだ。少しはお土産を持たせてやりたいとバレットさんも考えていたに違いない。


「だが、アオイの先ほどの話が本当なら、神亀が現れた理由も分かるというものだ。族長会議は何としても纏めねばならんぞ!」

「我等も、危惧しておる。確かに神亀を龍神が使わすわけじゃな。となれば、我等もそれなりの事を氏族会議で形にせねばなるまい」


 オルバスさんの話しを聞いて、長老の1人が呟いた。

 まさかこの島を出ることはないだろうが、かなりの譲歩を最初から言い出すつもりなんだろうか?


「アオイは先を見ることができるネコ族では稀な男じゃ。妻の協力もあるのじゃろうが、次の族長会議での説明をよろしく頼んだぞ」


 思わず、長老の言葉にあんぐりと口を開けてしまった。

 それって、俺に丸投げってことにならないか?


「聖痕の持ち主の言葉であれば、各氏族の長老と言えども聞く耳を持つ。後は我らが引き受けることになるじゃろうがのう」

「最初に状況と、今後の対応案をお話しすればよろしいと?」


「うむ。我等にそれができるとは思えぬ。付け焼刃で話は出来ても、その後の質問に窮するようであれば、事の真意が間違って取らわれかねん」


 要するに、プレゼンテーションってことなんだろうか?

 夏休みの自由研究以来の話だが、帰ってナツミさんと相談するしかなさそうだな。

 全校生徒の前で、話す機会は毎週のようにあったし、ヨットの大会でもそんな機会はあっただろうしね。

 多数を前にして話を進めるというのは、それなりの準備がいるだろうし、一番大事なのは度胸だと親父が言っていた。

 度胸は、それなりに持っていると思ってる。サメを突いて二度とやるなと爺様に怒鳴られたこともある。となれば、準備だけってことになるな。


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