M-055 氏族間の調整が必要だ
曳釣りから帰ったその夜に、オルバスさんが氏族会議に出掛けて行った。
やはり筆頭次席ともなれば、それなりに氏族の事を考えなければならないのかもしれない。
夜遅く帰って来たオルバスさんと一緒に、船尾でパイプを楽しみながら状況を教えて貰う。
オルバスさんも俺に説明することで頭を整理している感じに思えるな。
「他氏族の漁獲高の調査が、トウハ氏族と同じように行われるらしい。まあ、ニライカナイ国としてはそれで良いのかもしれんが、サイカ氏族だけでなく、他の3氏族も問題があるようだな。トウハ氏族と同じように外に漁場を探す動きではあるようだが、そうなるとオウミ氏族が問題になる」
確か中央の海域を版図にしている氏族で、海人さんが活躍した時代に3つほどの島に別れたんじゃなかったか? トウハ氏族がかつて暮らした島をオウミ氏族が使っていると聞いたことがあるぞ。
「俺達は余り西に向かって漁をしませんよね。たぶん、オウミ氏族との無駄な諍いを起こさぬようにとの思いがあると思います。となれば、オウミ氏族が版図を1日分広げるのは、ナンタ、ホクチ、トウハの氏族ともに問題はないように思えますが?」
驚いたような表情で俺に顔を向けた。
既存の権益を捨て去ることができない、ということなんだろうか?
「オウミ氏族はかつての外輪船で四方に4日分の版図で漁をしているようだ。たぶん我等と同じことを思っての事だろう。アオイの考えで行くなら、外輪船で2日分ほどの海域を漁場に出来るだろう。これは明日の氏族会議で諮ることになりそうだな」
俺達が外に向かうんだから、内側の海域は譲るべきだろうな。そうなると、サイカ氏族だけが取り残されかねないが、南北に漁場を広げることで少しは対応が取れるんじゃないか。
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曳釣りから帰って3日目に、バレットさん達が帰って来た。オルバスさんのカタマランの後ろにグリナスさんのカタマランが停泊する。
疲れた表情で俺のところにやって来たんだが、神亀のおかげでだいぶ工事が進んだらしい。
「あの大きさでサンゴにぶつかるから、簡単に水路ができてしまいそうだ。それでも、水路の幅は俺達で一定にしなけりゃならないだろうな。次の雨期も工事をすれば完成しそうに思えたぞ」
ナツミさんが俺達に渡してくれたワインを、美味しそうに飲みながら話してくれた。
「明日はさすがに休むんでしょう。その後は?」
「根魚を釣ろうと仲間達と話してたんだ。アオイもどうだ?」
そんな話は直ぐに同意してしまう。ナツミさんも島でジッとしていられない性格だからね。嬉しそうな表情を俺達に向けてくれた。
夕食は、オルバスさんの船で皆で一緒に頂く。
食費は払っていないんだけど、次のリードル漁には低級魔石を1個進呈することで妥協してもらおう。
夕食が終わると、グリナスさんの向こうでの活躍を聞きながらワインを頂く。
やはり、7YM(21m)の横幅を確保するのに手を焼いているようだ。
「休憩のタイミングが上手く行かないんだよね。近くの島から竹を切ってイカダを組んでから少しはマシになったんだけど」
あそこで素潜りを続けないと分からない話だけど、俺には十分に伝わった。確かに、休憩場所が必要だろう。
次に向かう連中には、最初からイカダを持って行かせた方が良いのかもしれない。
「途中で果物を仕入れてきたんだ。明日、持ってくるからな」
「いつもすみません」
「いいって。色々と世話になってるし、アオイは木登りが下手だからな」
確かに木登りは下手だろうけど、向こうの世界ではそれなりだったんだよな。だけど、ココナッツの木があれほど高いとは思わなかったし、微妙に曲がってる。あれは、俺には危険極まりない。
「根魚はどこで?」
「北東に行ってみよう。カイト様がガルナックを突いた場所よりは近いけど、海底に深い溝があるんだ。天候次第では素潜りもできるぞ」
互いにニンマリと笑ってしまった。やはりトウハ氏族は銛の民ということなんだろうな。
翌日。銛を研ぎ直していると、グリナスさんがカゴに入れたココナッツとバナナの房を背負ってやって来た。
甲板にドカリとカゴを下ろして、カマドの傍にある手カゴの中にココナッツをどんどんと詰め込んでいく。
「こんなに貰って、いいんですか?」
「たっぷりと取って来たんだ。父さんのところにも持って行くから心配しないでだいじょうぶだ」
島の売店に卸すことは考えないのかな?
もっとも、あの売店は島で取れたものだけを販売しているようだけどね。
「ずいぶんと銛を研いでたな。すでに雨期も半ばだから、帰ったら俺も研いでおこう。錆びた銛なんか見つかったら、大目玉を食いそうだ」
「研げば研ぐだけ深く刺さります。手負いの魚に逃げられたくはありませんからね」
俺の言葉が、ツボにはまったのか、グリナスさんが大笑いを始めた。つられて俺も笑い出したところで、タバコ盆を取り出してパイプを使う。
ちょっと怪しい雲行きだが、降り出すことはなさそうだ。ナツミさんが昼食を手伝いに隣のカタマランに出掛けているから、2人でのんびりパイプを楽しめる。
「俺が小さいころ、父さんにさっきの言葉は散々言われたんだ。漁は遊びじゃない、突いた魚に逃げられないようにしろとね」
それだけ魚を大事にしろと言いたかったんだろうな。確実に突けるまでは銛を持つ手を緩めない。それが基本だろうと思うんだが、それだけでは数を上げることができない。ある程度魚の動きを先読みすることも大切なんだけどなぁ。それは先ほどの言葉に反することだが、それは応用ということになるんだろうか?
翌日は朝から豪雨だった。
さすがに、この雨ではねぇ。出発は雨が上がってからということで、朝食は蒸したバナナとお茶で済ましてしまった。
カマド自体に雨は落ちないんだが、火加減を見ている人の背中には容赦なく、滝のような雨が降る。そんな状態でも朝食を作ってくれたナツミさんに感謝だ。
「幸先が悪いね」
「晴耕雨読というぐらいだから、雨の日はのんびりしてればいいさ」
いつも働いてるんだからね。それなら……、と言いながらハンモックに横になってゆらゆら揺らしている。他のカタマランでも、家形の中で寝てる女性がいるんじゃないかな。
家形から出ると帆布のタープの下にベンチを置いて、のんびりとパイプを楽しむ。
見通し距離が数十mもないような豪雨だ。水汲み用の容器の蓋を開けて甲板に置いているんだが、このままいけば半分ほど溜まるんじゃないかな?
晴れれば、南国の強い日差しが肌を焼くけど、今は涼しく感じるほどだ。このまま昼を過ぎるようなら出発は明日に延期になるだろう。
結局、出発は1日延期となって、翌日の朝早くに俺達は4隻のカタマランで北東の漁場を目指すことになった。
今のところ空は晴れてるけど、丁度雨期の真ん中辺りだからねぇ。いつ雨が降ってくるか予断を許さない状況ではある。
4隻の先頭を進むのはグリナスさんのカタマランだ。俺達は連れて行って貰えることに満足して殿を進んでいる。
ちょっと、ナツミさんが不機嫌だけど、夜釣を始めるころには治ってるんじゃないかな。
「10ノット程度の速度なのよ。もうちょっと出しても良いのにね」
「カリンさんの操船ならもう少し上げられると思うけど、俺達以外に2隻いるからね」
2人での昼食はそんな話題になってしまう。
ネコ族の女性が必ずしも操船上手とは限らないはずだ。その辺りをカリンさんは考えているんじゃないかな。
それでも、昼食後のカタマランの速度は、午前中より少し上がっているように思える。
やはり、カリンさんも少し遅いと思ったに違いない。
目的の海域に到着して、アンカーを下ろしたのは夕暮れ時だった。
200mほどの距離を開けてカタマランが南西に向かって並んだのは、海底の溝を意識してのことだ。
溝の幅は数十mあるから、これだけ離れれば素潜り漁でも互いが干渉することはないだろう。
ナツミさんが夕食を作る間に、夜釣の用意をしておく。
竿は2本だけど、手釣りの仕掛けもあるから1本は青物狙いで浮き仕掛けを流してみるかな。
「ランプの用意は出来たわよ。氷も作ったし、餌は、塩漬けの切り身で良いんでしょう?」
「あれで十分さ。カマルが釣れたら、切り身を作ればいい」
とりあえず、餌を確保するつもりで手釣りの胴付き仕掛けを落とし込んだ。
水深は12mほどだ。底を切って、片手いっぱい程の棚を取る。
スープの良い匂いに鼻をひくひくさせていると、道糸を摘まんだ指に当たりが伝わる。
一端腕を海に落とすようにして道糸を送り、再度当たりを感じたところで大きく腕を伸ばして合わせを取ると、グイグイと道糸を引いてくる。
ハリスは5号を使っているから、そう簡単に切られることはない。力任せに道糸を手繰ると、30cmほどのバヌトスと呼ばれるカサゴが釣れた。さらに下針にも小さな魚が掛かっていたけど、20cmほどのサンゴで群れを成してる魚だ。
これは売れないだろうな? ナツミさんに三枚に下ろして貰って短冊を作ってもらおう。
たまたまなのか、そんな魚が3匹も掛かった。今夜の良い餌になってもらおう。
夕食ができた時には、日がとっぷりと落ちてしまった。のんびりと漁をするんだから、気にすることもない。
燻製の焼き魚、それとちょっと酸味が強いスープは御飯に丁度良い。ココナッツの殻で作ったお皿に乗っていたのは、未熟なマンゴウの漬物だ。トリティさんに教えて貰ったんだろうな。
御飯をお代わりしたら、ナツミさんが笑顔で山盛りに御飯を盛ってくれた。
「今夜は夜釣りで、明日は素潜りなんでしょう?」
「朝早くから漁はしないよ。それに、ザバンは使わないで漁をするつもり」
道具は用意してあるから、先ずはお茶を飲んで一息入れよう。
4隻のカタマランがランプを灯しているから、海面が明るく見える。問題は、夜だと雨がいつ降り出すか分からないんだよな。




