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M-051 作業の引継ぎ


 オルバスさんとバレットさんが作業の引継ぎを行なうと、近くの島に皆が集まって宴会が始まる。

 夕暮れ時に釣り糸を下ろすとおもしろいように根魚が釣れたから、焼き魚の不足を嘆くことはなさそうだ。

 そんな宴会の最中に、鈍い振動が足元から伝わって来た。


「これか?」

「ああ、神亀が俺達の仕事を手伝ってくれる。神亀ならば南の海に出る抜け道をいろいろ知っているはずだが、あえて俺達の仕事を手伝ってくれる真意を考えてしまう」


「アオイは、神亀も資源の枯渇を気にしていると思ってるんだな?」

「早めに、手を打つことに賛成してくれるのでは? と考えてます」


 いつもは賑やかに酒を飲むバレットさんだが、神亀の話が絡むとそんなことはないようだ。かなり深刻に考えているんだよな。

 ネコ族の信仰の対象が実際にいることに俺は驚いたけどね。


「氏族の島に戻ったら長老に報告することになるが、その結果はケネルが伝えてくれるはずだ」

「まさか神亀が我等を助けてくれるとはなぁ……。子供の頃に亡くなった婆さんが神亀に乗ったことがあると話してくれたが、この歳になるまでその姿を見たことが無い」

「俺もだ。やはり何かしらの変化があるということなんだろうな」


 海人さんが活躍した時代のような変化がある、ということなのだろうか?


 俺達のトリマランに帰ったところで、ナツミさんと神亀の出現について話しをしてみた。ナツミさんの話しでは、女性達の間でもかなり話題になっているらしい。


「でもね。海人さんの時代と明らかに違う点があるの。海人さんの時代にはそれこそ毎日のように現れたそうよ。子供を背中に乗せて遊んでいたらしいわ」

「今回は、神亀が俺達に協力してくれてるってことだろう? 神の眷属が積極的な介入をしてきたのが気にはなってたんだ」


 あの大きなウミガメが果たして神の使いかと言われたら、科学的には否定されるに違いない。だけど、子供達を乗せても安心できるとの話を聞くと、やはり俺達と同じような意思を持った生物なんだろうな。

 不思議な世界の不思議な生物ということになるのだろう。俺達もネコ族の人達と同じように敬っていればいいのかもしれない。


「でも一度は乗ってみたいと思わない?」

「俺も乗ってはみたいけど、浦島太郎は嫌だな」

「意外とその話の元ネタかも知れないわ。神亀に乗ってやって来た人がいたのかも知れないわね。しばらくここで平和に暮らして去って行ったのかも知れないわ」


 錫製の小さなカップで、ワインを飲みながら話すナツミさんはいつもよりも饒舌だ。

 神亀でハイになっているのか、それとも単に酔いが回っているのか……。


「……でもね。乗らせてもらっても、故郷に帰ろうとは思わないわ。だって、この世界と私達の故郷の時間が合わないんですもの。2年前に消えた海人さんはこの世界で長寿を全うして亡くなってるのよ。万が一、戻れたとしても私達を知る人たちはいるのかしら?」


 ワインを手に首を振る。それは俺も考えたことだ。戻れたとしても友人や家族との歳の差が顕著になったら、向こうで暮らすことはできないんじゃないか?

 ナツミさんと砂浜に座って、ここの暮らしを思い出すようなことになりかねない。


「テレビもゲームもないけど、毎日の暮らしは楽しいところだと思うよ。戻りたいとは

今では思わなくなってしまったな」

「私もよ。確かに単調な暮らしだけど、漁はおもしろいし、カタマランの操船もたのしいわ」


 俺に笑顔を見せてはくれたけど、それは本心なんだろうか?

 俺と比べて、ナツミさんの方が苦労しているからなぁ。お嬢様育ちに、急に魚を捌けと言われて途方に暮れるところなんだけど、トリティさんやリジィさんの苦労もあって、今ではほとんど失敗しなくなっているし、ご飯にしても問題がなくなった。鍋でふっくらご飯が炊けるんだから驚いてしまう。


「でも、元気で暮らしていることぐらいは伝えたいわ。その方法について考えてるんだけど、その内にやってみるつもりよ」


 どんな方法を取るんだろう?

 その時には教えてくれそうだけど、やはりナツミさんもここでの暮らしで満足しているってことになるんだろうか?

 帰りたいけど、帰ったとしても……、ということで断念したのかもしれないな。となれば、俺がナツミさんを幸せにすることで応えなければなるまい。


 翌日は浜で朝食を皆で取ると、バレットさんやグリナスさんに後を任せて、カタマランの船団を組む。

 オルバスさんを先頭に縦隊を作り、俺達のカタマランはやって来た時と同じく、後ろから2番目だ。

 

 魔石6個の魔道機関を2つ搭載しているカタマランが多いから、ナツミさんは速度が遅いと文句を言ってるけど、俺に言われてもねぇ……。

 2日目は、マリンダちゃんが家形の屋根の上で、ナツミさんの話し相手になってくれた。

 ちょっと安心して船尾のベンチでパイプを楽しむ。昨日は、ナツミさんの不満を延々と聞かされた感じがする。


 作業現場を出発して2日目の夕暮れが迫るころには、俺にも見覚えのある島が見えてきた。

 そんな島の砂浜近くにカタマランを停泊し、砂浜で夕食を作る。

 準備している間に、釣竿を出して魚を釣ろうとしたら、シーブルの群れに出会ってしまった。

 たちまち、夕食を作るのも忘れて釣りをすることになったのだが、各舟とも10匹以上は釣り上げたんじゃないかな。ちょっとした収入にはなりそうだ。

 外道で釣れたカマルを使って夕食のおかずを作る。夕食と言うよりも夜食になってしまったが、誰もそんなことは気にする様子もない。

 獲物の数を仲間に自慢気に告げながら、ココナッツのカップで酒を飲んでいる。


「神亀を見たものには豊漁が訪れるとは聞いたけど、こういうことなんだな」

「まったくだ。こんな岸辺にシーブルが群れで来るんだからな」


 ちょっとした豊漁を皆で喜び酒を飲む。日々の暮らしに笑顔があるならそれは一番幸せなことじゃないかな。

 

 翌日は、朝から土砂降りの雨だ。

 隣のオルバスさんのカタマランに朝食を貰いに行ったはいいが、素潜りでも行ったかのようにびっしょりだ。コッヘルに貰ったから蓋があって良かった。でないと薄味のスープになってしまうところだった。


「温め直すから、今の内に着替えたら?」

「このままで良いよ。この雨だからね。着替えてもすぐに濡れてしまいそうだ」


 タオルで顔と頭をぬぐってタオルを肩にかける。このタオルもだいぶ傷んできたな。雑巾代わりに使って、新しいタオルをバッグから取り出しとかないと。

 帆柱の横梁を使って作ったタープに下で朝食を頂く。魚の肉団子スープに米粉の団子が入っていた。

 今日の味付けはいつもと違って少し辛めだ。マリンダちゃんが作ったとは思えないからナリッサさんの味付けかな? リジィさんよりも味が濃いけど、俺には合ってる気がする。旦那さんも気にいる味だと思うな。


 家形の入り口近くにベンチを置いて、2人でお茶を飲んでいると法螺貝の音が聞こえてきた。

 ナツミさんが豪雨の中、ハシゴを上って操船楼に向かう。俺も急いでハシゴを上って船首でアンカーを引き上げる。ナツミさんに片手を上げたところで、船尾に移動した。

 船と船との間に入れた緩衝用のカゴはこのままでもいいだろう。

 すでにナツミさんが城の旗を掲げているから、特にすることもなさそうだ。

 カマド近くに置いてあるタバコ盆の熾火を使ってパイプに火を点ける。やがて笛の音が聞こえてきたから船団を作り始めるのだろう。カタマランがゆっくりと動き出した。

 2度響いた法螺貝が出発の合図だ。

 オルバスさんのカタマランを先頭に、10隻のカタマランが縦列を作って進むさまは、傍から見ればさぞかし壮観な姿に違いない。


「ロデナス漁の船団が右に見えるわよ。あれを見ると帰って来たって感じに浸れるよね」

「そうだね。でも、そろそろ場所を替えるべきなんだよな。南は無理でも、サンゴの崖沿いに東に向かったらどうだろう。少なくとも30km以上移動すればロデナスの大きさも数も増えそうな気がするんだ」


 少なくとも同じ場所で継続した漁は良くないだろう。カゴ漁のような罠を使った猟ならなおさらだ。


「カゴ漁は本来なら分散するはずなんだけど、海人さんは一カ所で行わせたみたいね」

「しかもロデニルを、他の漁師が商船に持ち込まないようにしてるんだ。ある意味保護してるってことなんだろうけど、漁場を一カ所にしたのはまずかったね」


 素潜りが出来なくなった漁師への救済を考えたということだ。海人さんらしいと言えばそれまでだが、教えた当時は毎日が大漁だったに違いない。

 いくら漁場が良いからと言って、長く続けたら不味い位は考えなかったのかな?


 待てよ……、ロデニルは生かして取引すると聞いたことがある。生け簀で運べる距離が問題だったとも考えられるぞ。氏族の入り江にあるロデニル用の生け簀まで1日で運べる距離ということなんだろうか? 運ぶ距離が2倍になるとロデニルの生存率が一気に下がるとでもいうのかな?

 その辺りを帰島したらオルバスさんに聞いてみよう。


「見えてきたわ。氏族の島よ。他の島と比べて大きいよね」

「少なくとも3倍はあるんじゃないかな? 小さいながらも滝があるんだからね」

 

 いつの間にか豪雨が止んでいた。

 さっきまでの豪雨が嘘のように青空が広がっている。舷側から前方を見ると島の北にある山が良く見える。

 2時間は掛からないんじゃないかな? 明日は1日休んで、明後日から漁をすればいいか。雨期の漁になると曳釣りと延縄ということになるのだろうが、誘ってくれるのをとりあえず待つことになるのかな。


「今度は曳釣りよね!」

「誰か誘ってくれるかな?」

「ダメなら、1隻でも出掛けるわよ!」


 出来れば2人ほど増員したいところだ。それなら単独で漁に行っても良さそうなんだけどね。

 

「トリティさんが曳釣りにゃ! って言ってたわよ。リジィさんやナリッサさん達もいるからオルバスさんのところと一緒なら問題ないでしょう?」

「前と一緒だね。それなら問題ないよ」


 まだ氏族に島に着かないけれど、すでに次の漁の話ができるんだから、ナツミさんはかなり感化されてるってことになりそうだ。

 だけど、俺だって嫌いじゃない。明日は休日と言っても、次の漁の準備で終わりそうな気がするぞ。それを考えると、俺の休日は船を走らせている時間ということになるのかもしれないな。



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