M-042 調査は二手に分かれて
東に2日、南に1日航行して4日目にひょうたん島を目指せということだから、帰りは少し速度を上げる必要がありそうだ。
東に向かって2日目だが、サンゴの崖を1つ見付けた。氏族の島に近い海域では東西に崖が続いているのだが、この海域では北東から南西に向けて続いていた。
カタマランを停めて潜ってみると、最深部の砂地までは10m以上ありそうだ。サンゴ礁の水深が4mほどだからかなりの落ち込みになる。
大型のブラドが悠然と泳いでいるから、かなり期待できる漁場になりそうだな。
昼近くになってサンゴの穴がたくさんある海域に入った。大きな穴にアンカーを下ろして昼食をとる。
30mほどあるアンカーに結んだロープに付けた目印だと、穴の深さが8mほどもある。昼食が出来上がるまでの30分にも満たない間に、40cmを越えるバッシェを3匹釣り上げることができたから、この周辺も期待できそうだ。
「バッシェは夕食にするにゃ!」
リジィさんの言葉を聞いてマリンダちゃんが嬉しそうな表情を見せる。バヌトスと言われるカサゴよりも美味しいとは聞いたけど、まだ食べたことはないんだよね。
「やはり手付かずの海域は期待できそうね」
「その中でも、期待できる漁場を見付けるのが俺達の仕事になるのかな。氏族の島からは遠いからもう1つの問題もあるんだよね」
「前に燻製を作る船を考えてたよね。それがあればいいんじゃない?」
かなり前の話だけど、その手はあるんだよな。
だけど、船足が極端に遅くなってしまう。それなら、あのひょうたん島を拠点にして製品をカタマランで運ぶ方が利点があるようにも思える。
その辺りは、氏族の島に帰ってからでもいいだろう。獲物の引き渡しと報酬の分配だって考えなければなるまい。
「拠点を作っても良さそうだ。だけど管理方法が面倒になりそうなんだよね」
俺の言葉にナツミさんも考え込んでしまった。
とりあえずは1年間の漁獲高を算出できるまでにしたところで、次の課題に移ればいいだろう。
時間はあるんだからね。それに簡単に課題を解決できるとは思えない。
夕暮れ近くになって、数個の岩が海面から突き出している場所を見付けた。
海底はどうなっているのかと潜ってみると、サンゴに覆われた大岩がゴロゴロしている。水深は5mを越えているから航行上は問題はないのだが、大型の魚が群れを成してるぞ。ここで素潜り漁をしたら、たちまち保冷庫が溢れてしまいそうだ。
ナツミさんやマリンダちゃんも海底の魚の群れを見て驚いている。
「氏族の島の近場ならと考えてしまうにゃ」
「ほんとうにゃ。説明しても信じて貰えないにゃ」
確かに信じられない話だろうけどね。
甲板に上がったところで、夕食の始まりだ。マリンダちゃんが根魚を釣ろうと下ろした仕掛けに直ぐに何かが食いついたようだ。
顔を真っ赤にして頑張っているから、タモ網を持って待っていると姿を現したのは大きなバヌトスだった。60cm近いんじゃないかな。さて、これは今夜のおかずになるのかどうかが俺とマリンダちゃんの一番確認したいところだ。
ナツミさんが包丁を振りかざしてバヌトスを捌こうとしているのを見ながらマリンダちゃんとココナッツジュースを飲む。残念ながら、大きなバヌトスは明日のおかずになるらしい。
今夜はバッシェで我慢! とリジィさんに言われてしまったんだよね。
夕食のバッシェはスープと塩焼き、それに唐揚げになって俺達の前に現れた。早速、唐揚げに手を出したけど、いつものカマルとは違って魚肉に上品な甘さがある。
1匹5Dというのも、この味なら納得できるな。
「のんびり2日間、東に進んだけど有望な漁場は3か所ということかしら?」
「明日は南だよ。日中で進むだけだから1カ所はあるんじゃないかな」
食事を終えたところでワインを1杯。マリンダちゃんにもトリティさんには内緒だよとナツミさんがカップに半分ほど注いであげたから、マリンダちゃんは笑顔で受け取っている。
今までの調査から、4日目は少し速度を速めると言っても2日間進むから、さらに1カ所以上は見付けられるんじゃないかな?
「やはり魚が大きいにゃ。一番の問題は氏族の島との距離をなんとかしないといけないにゃ!」
「氏族を分けるのは嫌にゃ」
マリンダちゃんの言葉に、リジィさんがマリンダちゃんに顔を向けて頷いている。
氏族は家族同然ということだろう。俺の案では一時的に氏族の島を離れるということだから、氏族を分割することにはならないだろう。
「そんなことは考えてないよ。10日前後で交代しながら燻製を作れればいいな、と考えてはいるけどね」
「それなら問題なさそうにゃ」
リジィさんはOKらしいけど、長老達がどんな判断をするかだよな。
まあ、俺達で考えても結論は出ないから、氏族の島に戻ってからでも氏族の会議で調整すればいいだろう。それに、東と北に向かった連中の調査結果も気になるところだ。
翌日は、南に進路を変更して夕暮れまで漁場を探す。
サンゴの崖を1つ見付けたし、潮通しの良さそうな東西に延びる砂地も見付けた。
シーブルが群れを作っていたから、曳釣りなら良型の数を揃えられそうだ。
ナツミさんは周囲の島の位置をコンパスで記録しながら海底の状況と魚の種類を記録しているようだ。
船尾のベンチでいつでも潜れるように待機しながらパイプを楽しむ俺だけど、あまり出番が無いんだよね。
夕暮れが近づいたところで、近くの島の砂浜近くにアンカーを下ろしてカタマランを停める。
家形に入って着替えると、ナツミさん達は夕食の準備を始めていた。
「明日は北西に進路を取るわ。この崖と大きな溝が伸びてるといいわね」
「全体としてはかなり良い漁場があるということかな? バレットさん達の方が気になるね」
夕食後はワインやココナッツジュースを飲みながら、情報の整理を行う。
ナツミさんが昼に見つけた漁場と、漁場の周囲にある島の位置関係を海図に記載しているから、バレットさんと合流したら海図を渡すつもりなんだろう。
南の調査はバレットさんが責任者だからね。氏族会議への報告をきちんと行ってもらわなくちゃならない。
おかず釣りをするマリンダちゃんの竿に直ぐに魚が掛かるから、食事がいつも豪華なのが嬉しいところだ。
だけど、この海域にいるのは俺達の乗ったカタマランだけだから心寂しいことも確かだ。本来なら夜釣をするんだろうけど、今秋の調査では自分達で食べる以外の漁は行わない。
一夜干しにしても、氏族の島に3日以上は掛かるからね。
幸いなことにリードル漁が終わってすぐだ。今回の収入不足は低級魔石1個を売ればお釣りがくるし、島に戻れば思う存分素潜り漁を行える。
ひょうたん島を東に向かってから4日目。俺達は北西に進路を取りつつ、海域の様子を探る。
途中に砂地の溝や、サンゴの穴やサンゴの崖を見付けたけど、前に見つけたサンゴの崖がここまで続いているのかもしれないな。となると、かなり長い崖になるから、ロデニル漁には最適な場所に思える。
潜って調べると、大きなロデニルが俺を睨んでいた。
人数分を捕らえると、加護に入れて船尾から海に沈めておいた。カタマランにも生け簀はあるんだけど、生きた魚を運ぶことが無いからどのカタマランも生け簀の海水を取り込む栓は固く閉ざしているらしい。
もっとも、俺が潜る回数はそれほど多くはない。
いつ潜っても魚は大きいし、魚影が濃いことがだんだんと分かってきた。
漁場を広げるとなれば南は有望だな。
その夜は、海の真ん中にアンカーを下ろしてカタマランを停める。
水深は8mほどの砂地だ。この砂地も東から続いているのかもしれないな。夕暮れになると、遠くで小魚が跳ねているのが見える。大物に追われているのかもしれない。
「魚がたくさんいるみたい!」
「根魚も豊富だし、ここなら毎日が大漁だね」
「でも、あの海域を越えるのが問題にゃ」
サンゴが一面に育った場所だな。あれはナツミさんが偏向サングラスを掛けて、バウ・スラスタを自在に操ったから出来たことだ。
他の連中なら、水底を見ながら恐る恐る進むことになるんじゃないか。
そんなまどろっこしいことはしないだろうから、別な進行ルートを開拓するか、はたまたサンゴ礁を破壊して真っ直ぐ通れるルートを作ることになる。
そんな俺の考え方は、トウハ氏族の連中にどのように映るだろう。
「私達が住んでいたところは、船の出入りを容易くするために、サンゴ礁を取り除いて水路を作ることもあるんです。あの海域のサンゴの一部を他の海域に移動するのは、トウハ氏族として許容できるでしょうか?」
物も言いようだな。壊すと言わずに移動するというのか。
ナツミさんの話をジッと聞いていたリジィさんは、しばらくは無言だった。マリンダちゃんも興味深々でリジィさんを見ている。
「長老達も即断はできないと思うにゃ。でも、氏族の島に桟橋や灯台を作る時にはサンゴ礁を壊していたにゃ。ナツミはサンゴを壊しても、それを別の場所に移すと言ってるにゃ。海域が広いからかなりの時間が掛かるかもしれないけど、安全にあの海域を通れるにゃ。それは氏族の暮らしに役立つにゃ」
やはりネコ族は海を神聖視しているということなんだろう。サンゴに穴を開けて遺灰を埋めるぐらいだからね。それぐらいの破壊でサンゴを守って来たともいえる。
あの海域に道を作るとなると、横幅30m、長さは1kmにも及ぶ大回廊になるんじゃないか!
「俺としては別なルートを探すべきだと思うんだけど?」
「遠回りになるにゃ。道が作れればその方がいいにゃ」
リジィさんも、あの海域に水路を作ることには反対してないってことかな。
満点の星空の下、船尾のベンチに腰を下ろしてのんびりと一服を楽しむ。
3人の女性はすでに家形の中でハンモックに揺られているはずだ。明日は単独行動を始めた起点であるひょうたん島に戻ることになる。
昼頃には戻れと言っていたから、明日は少し速度を上げるのかな?




