表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
179/654

M-041 ナツミさんの操船手腕


 サンゴの発達した海域で速度を落としたバレットさんのカタマランを、ナツミさんが追い抜いて海域に突入した時には、バレットさんの嫁さん達も驚いていたようだ。リジィさんは呆れた表情だったし、マリンダちゃんは家形の屋根の上でどうなるかとわくわくした表情で前方を見ていた。

 俺は覚悟を決めて、ベンチでパイプを楽しむことにした。

 まさかとは思ったけど、ナツミさんには勝気なところがあったらしい。個人参加のヨットレースでいくつも賞を手にしたのは、そんな無謀ともいえる行動に勝利が結びついたのかもしれない。


 とは言っても、かなりの頻度で方向を修正している。バウ・スラスタを自在に操っているのがここにいても分かるんだよな。

 後ろを付いてくるバレットさんの奥さん達はかなり操船に苦労してるんじゃないか? ちょっと心配になって来たぞ。


「出たよ! かなり面倒な海域だったわね。後はバレットさんの奥さんに先を譲るわ」

 そんな言葉を俺達に掛けたところで、屋根の上にいたマリンダちゃんと操船を交代して甲板に下りてきた。

 リジィさんからココナッツジュースを受け取って美味しそうに飲みながら俺の隣の腰を下ろした。


「無茶もいいところにゃ。今回は運がよかっただけにゃ!」

 リジィさんのお叱りも、ナツミさんにとってはどこ吹く風って感じだな。笑みを浮かべてリジィさんを見ている。


「無茶はしてませんよ。カタマランの操船は自信がありましたし、何と言っても、これがあります」

 ナツミさんがサングラスを外してリジィさんに渡している。海を見るように言っているけど、恐る恐る海を見たリジィさんが思わずベンチから腰を浮かした。


「魔法のサングラスにゃ!」

「魔法ではないんですけど、海底の様子が見えるんです。ですからあの速度で海域を進んでも何の問題もありません」

「バレット達はきっと驚いてるにゃ。でも、これなら安心できるにゃ」


 そういうものだと納得したらしい。魔法があるぐらいだから、いろんな魔道具もあるんだろうな。

 俺達のカタマランの速度が落ちたので、バレットさんのカタマランが余裕で追い越していく。その後をマリンダちゃんが距離を保って付いて行く。


 その後は、順調な航海だった。ナツミさんが15ノット近いと言っていたから、時速30kmほどなんだろう。通常のカタマランの速度の2倍近いということだ。バレットさんが3日行きたいと言っていたけど、どうやらその言葉通りになってきた。


「あの東西に延びた島が3日目の距離にゃ。まだ昼前にゃ。今日中に4日目目の目安になる島が見えるかもしれないにゃ」


 リジィさんが島のガイドをしてくれる。きっとこの辺りは亡くなった旦那さんと一緒に何度も漁に来たんだろう。

 風景を懐かしそうに見てるんだけど、俺にはリジィさんがその風景を通して若い時の暮らしを思い出しているようにも思えるんだよな。

                 ・

                 ・

                 ・

 ひょうたん島と尖った小島。それがトウハ氏族の版図の南端らしい。かつては外輪船を使っていたことからこの半分ほどだったが、カタマランを使うことで各段に版図を広げたらしいが、西には広げていないようだ。オウミ氏族との干渉を避けたんだろうな。それに3方向に広げられるのだからね。


 バレットさんのカタマランが速度を落としてひょうたん島の南に向かう。小さな入り江でもあるのかな?

 まだ日が高いけど、今日はここまでになるんだろう。明日から漁場を調べる日々が続くはずだ。

 島を時計回りに南に回り込むと、案の定入り江が見えてきた。それほど大きな入り江ではないんだが、数隻は停泊できそうだ。バレットさんのカタマランに並べて停めたところでアンカーを投げ入れる。水深は2mほどだ。これじゃあ、おかずは無理かもしれないな。

 屋根裏から俺のおかず用の竿を出してマリンダちゃんに預けると、船尾で直ぐに釣りを始めた。上手く掛かれば良いんだけどね。

 

 ワインのビンを持って、バレットさんの座るベンチに向かうと、隣の席を叩いてるからここに座れと言うことなんだろう。


「5日の距離を3日で着いたぞ。さすがはカタマランの8石魔道機関だな。アオイの嫁もかなり過激だが、俺の嫁さん達は感心してたぞ。あの度胸は私達には無いとも言ってたな」


 いつも嫁さんにやり込められてるんじゃないかな? そんな嫁さん達のがっかりした表情が見られてうれしかったのかもしれない。バレットさんは悪人にはなれそうもないな。


「リジィさんに厳重注意をされてましたけど、ナツミさんにはそれなりに自信があったようです」

「まあ、操船は一流だ。ネコ族の中でも1番に違いない。オルバスが帆船の指導をしていたと言ってたからな。それを嫁さん連中に教えたら納得していたぞ」


 バウ・スラスタがあったからだとは教えないでおこう。教えたらすぐにも嫁さん達が欲しがるに違いない。

 

「それで、明日からなんですが……」

「今夜は、皆で食事を取ろうじゃないか。まだ日が高いからな。浜で焚き火を作るから、その間に何匹か突いてこい」


 そういうことか。それなら早速と、バレットさんに頭を下げてカタマランに戻る。

 20mも沖に泳げば直ぐにサンゴ礁がある。オケにロープを結んでおけば、獲物も入れられるだろう。

 短い銛を屋根裏から引き抜いて、家形の中で水着に着替える。

 装備を整えたところで、ナツミさんがたくさん突いてくるように励ましてくれたんだけど、それってプレッシャーにもなるんだよな。

 軽く頷くと、マリンダちゃんの釣りの邪魔にならないように海に入ると、オケを浮き代わりにして沖に向かう。


 入り江の傍のサンゴの切れ目を丁寧に探りながら魚を突くことにしたのだが、この辺りは誰も来たことが無いんじゃないか?

 俺を恐れる魚がいないから、無警戒に近寄って来る魚を突くかたちだ。

 ロデニルでさえ、手掴みで簡単に獲れるぐらいだからな。やはり同じ場所で長年漁をするのは問題だとつくづく思ってしまう。

 直径50cmにも満たないオケだから、たちまち魚が溜まってきた。今夜皆で食べるにはこれで十分だろう。ゆっくりとカタマランに向かって泳ぎはじめるころには、そろそろ夕焼けが始まりそうな時間になっていた。

 

 カタマランの甲板に持ち上げようと考えてたんだけど、レミネィさんがザバンで俺を迎えに来てくれた。オケだけ預けて自分のカタマランに戻ると船首に置いてあるカタマランを下ろしてアウトリガーを組み立てておく。明日はこれを引いていけばいいだろう。

 ザバンを甲板に移動させたところで、ナツミさんに引き渡しておく。

 直ぐにリジィさんを砂浜に連れて行ったけど、何度か往復することになるだろうな。

 俺は最後で良いから、その前に着替えておく。

 いつものTシャツに短パン、腰に防水ケースに入ったタバコを入れておく。パイプは竹製のケースを老人から貰ったから。防水ケースのリングに紐で固定してある。ザバンで浜に向かう途中で転覆してタバコが台無しになった連中もいるらしい。嗜好品は大切に取り扱わないとね。


 俺が浜の焚き火に加わった時には、日が半分海に沈んでいた。

 それなりに美しい風景なんだけど、少し見飽きた感じで感動が薄れた気もする。


「アオイで最後だな。先ずはこれだ!」

 渡してくれたココナッツの殻を使ったカップには並々と酒が入っている。今夜はこれだけでいいような感じだ。

 一口飲むと、いつもよりアルコール濃度が薄く感じる。嫁さん連中も飲むから薄くしたのかもしれないけど、口当たりがいいということで騙されないようにしなければいけない。


「かなり突いてきたな。やはり氏族の島の周辺は俺達が獲りすぎたということになるのかもしれん」

「確かに豊富ですが、魚影は薄いですね。俺達を危険視しないから寄って来た魚を突いてきた感じです」

「薄いのか……。ちょっと、こっちに来い。これなんだが……」


 バレットさんが取り出したのはリジィさんが見せてくれた海図と似たものだった。少し記号が印が多いのは、それだけバレットさんが漁場を調べた結果なんだろう。

 しかし、5日目を示す海域の外側にはまるで記号が無い。今まで誰も漁をしていないということになるんだろうな。


「明日から調べるが、この島を拠点にして東西を最初に調べたい。アオイはどっちにするんだ?」

「でしたら東といきたいですね。2日間東にゆっくりと移動して、海底を探ってみます」


「なら俺達は西に向かおう。東に2日、南に1日航行して4日目にこの島を目指して帰ってこい。5日目にはこの島に帰るんだぞ。できれば昼過ぎまでには到着してくれ。何を調べるかは分かってるな?」

「崖と穴の大きさ、それにその場の魚影と種類でいいでしょうか?」


「十分だ!」と言いながら、少し減ったカップに酒を注ぎ足してくれた。有難迷惑なんだけど、はっきりと断れないのがつらいところだ。

 焼いた魚を炊いたご飯に混ぜたものや、焼いたロデニル……。久しぶりの御馳走だな。

 明日からの調査に備えてたっぷりと食べておこう。


 翌日は、コンパスを使って島の位置関係を割り出しながら俺達は西に向かう。

 紙を挟んだ小さな板と鉛筆を持って、ナツミさんは屋根の上だ。大きな帽子を被っていても、かなり熱いんじゃないかな?

 リジィさんが操船するカタマランは自転車ほどの速さで東に向かって進んでいる。ザバンをロープで曳いているせいもあるんだろうな。夕方に船を停めたら船首に引き上げておこう。

 ザバンを使って広範囲に調査しようと思ったけど、カタマランで調査しても良さそうだ。小回りがかなり効くから海面近くまで成長したサンゴ礁にも近付けるだろう。

 

 マリンダちゃんは、ナツミさんの傍で偏向グラスを使ったサングラスを掛けて海底を見ているようだ。たまにナツミさんに教えているのは海底の状況ということなんだろうな。

 確か、俺の持ってきたもう1つのサングラスは偏向タイプだったはずだ。俺もスポーツサングラスでなく、そっちに変えた方がいいのかもしれないな。

 とはいえ、今のところは目ぼしい漁場はないようだ。一面に広がったサンゴ礁は水深数mほどなんだが起伏に乏しく、サンゴの穴さえどこにも見当たらない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ