M-037 漁場を外に広げるために
とりあえず話を終えたところで、俺は会議の席を離れることにした。
まだまだ氏族の会議に加わることはないだろう。せいぜい意見を述べるだけだ。この後は、トウハ氏族を今まで維持してきた、あの場にいた男達が考えることになるはずだ。
のんびりと、桟橋を歩いてきたらグリナスさんが桟橋に姿を現して俺を手招きしている。会議の動向が気になるんだろうな。
桟橋からグリナスさんのカタマランの甲板に乗ると、数人の男達が俺を待っていた。ネイザンさんまでいるのには驚いてしまった。
「それで、どうなったんだ?」
「一応、俺の案を話してきたよ。今頃は激論なんだろうな。だけど、会議の結果には俺達は従うんだろう?」
ちょっと待を開けて頷いている。仕方がないって感じだな。
「ある意味、トウハ氏族の未来を決めるようなものだからな。漁獲の増加が魚を枯渇しては困ると言っておいたよ。その為にすべきことも教えたつもりだけど……。後は、長老達の判断だな」
「俺達は、漁獲を増やすための漁法を教えていたんだと思ってたんだが……。そう言うことなのか。アオイは現状ではなく将来を教えてきたってことだな」
皆が黙ってしまったけど、少したってネイザンさんが小さな声で呟いた。
ネコ族全体がそんな感じなのかもしれないな。氏族ごとに対応に苦慮しているみたいな話を聞いたからね。
「だが、それはネコ族全体に言えることなんじゃないか? トウハ氏族だけでは、問題になりかねないぞ!」
「それは、長老にお任せしましょう。問題ではありますが、対応措置が無いわけではありません」
グリナスさんの問いに、一番簡単な対処方法を教えることにした。それは、氏族全体が外に膨らむことで何とかなるんじゃないかな。
「要するに、新たな漁場で魚を獲るってことか?」
「簡単ですけど、そうなれば魚影は濃いでしょうし、型も大きくなるはずです。今まで誰も漁をしてないんですからね」
それはそうだが……、という感じだな。だがやる価値は十分にあると思っている。そのためには中継点となる島が必要になってくるのだが、それは長老達の判断が出てからでも遅くはないはずだ。
「とりあえずは目の前のリードル漁です。それが済まないと対応はできないでしょうし、万万が一にも、魚が獲れない事態となっても魔石を売ることで生活は維持できますからね」
「そうだな。銛を研いでおくか」
トウハ氏族の将来がどうなろうとも、俺達は氏族の中で暮らさねばなるまい。その場限りの対処ではない対策を選んでくれるとありがたいんだが……。
思い腰を上げて、それぞれが自分の船に帰っていく。
俺もグリナスさんに片手を上げると、自分達のカタマランに戻ることにした。
「どうだった?」
「一応、アイデアを話してきたよ。それで、解決ということにはならないだろうけど、定量的な話をすることができる」
「海人さんも苦労したんでしょうね。でも、きちんと種を撒いてくれたんだから、私達で育てるのを手伝わないと申し訳ないわ」
それは重々承知してるんだけど、具体的には? となると怪しくなるんだよね。
できれば、ナツミさんが説いて欲しいところだ。
マリンダちゃんが昼食を告げにやって来た。
オルバスさんの船に向かうと、まだオルバスさんは戻っていないようだ。
「アオイの説明が理解できなかったのかにゃ?」
「それは無いと思います。皆さん真剣に聞いてましたし」
とは言っても心配だな。昼食を食べていても、視線が長老達のログハウスの方向に向いてしまう。
「どんな結論になろうとも、俺達は従うつもりです。でもその前にリードル漁がありますよ」
「ラビナスも頑張るにゃ! 数はどうでも、模様が濃いのを突いてくるにゃ」
とは言っても、海底におびただしい数のリードルがいるんだからね。目移りしないように確実に突くというのが難しいんだよな。
食後は、甲板でリードル漁の銛を研ぐ。研げば研ぐほど良く突き刺さるからね。銛先だけではなく、側面も丁寧に研いで、サビが出ていたシャフト部分はヤスリで落としておいた。
「やってるな! 邪魔して悪いが、相談に乗ってくれるとありがたい」
聞きなれた声に顔を上げると、バレットさんにオルバスさん、それにケネルさんの3人の姿があった。
船尾のベンチから腰を上げて3人を座らせると、家形の入り口付近に置いてあるベンチを2個運んで座る。1個は真ん中に置いて、テーブル代わりにする。これでお茶もタバコ盆も置いておける。
家形からナツミさんが出てきてバレットさん達に頭を下げると、お茶を沸かし始めた。
「長老達はカイト様の再来だと騒いでいたな。おかげで俺達は偉い迷惑を被ることになったが氏族の将来のためとなれば文句も言えんな」
「アオイの案をいくつかの班に分けて行うことになった。俺達は漁場の調査だが、幸いなことにリードル漁がすぐそこだ。漁師達が続々と帰島しているから、奴らから情報を得るのは造作もないことだ」
そんな話をしていると、ナツミさんが錫のカップにワインを入れて持ってきた。とりあえずは、これでも飲んで! ということなんだろう。
小さなカップだから直ぐに飲み終えてしまいそうだ。残ったボトルも持って来て、とナツミさんに顔を向けたら、ドン! とベンチから音が聞こえた。
ニコリと笑ったケネルさんが蒸留酒のボトルを手にしていた。これで、明日は二日酔い確定になってしまったぞ。
「少なくとも、俺達の漁場での魚種と漁の状況は、リードル漁が終わるまでには掴めるだろう。問題はその後だ」
「アオイの案では、さらに外側を調査するとの話だったな。となると、俺達3人が南北と東をそれぞれ担当して調査せねばなるまい。アオイ達にも同行してもらうぞ!」
「了解です。となればグリナスさん達にも手伝ってもらわねばなりませんね」
「明日にでもグリナス達と話し合って欲しい。そうだな……、各自2隻を同伴するか?」
俺の問いに、ケネルさんがオルバスさん達に顔を向けて答えてくれた。バレットさんも頷いているから、これは決定事項だな。
「まあ、昔の苦労を俺達も体験できるってことだな。この島を見付ける時も、何隻かが探し回ったらしいからな」
そんなことを言いながら、カップに蒸留酒を注いでいる。いつものようにココナッツジュースで割らないんだろうか?
「世話役を2人増やすと言ってたな。長老達は、商会から雇うことを視野に入れているようだったぞ。それに、カヌイの婆さん達の協力が得られるかを、長老が訊ねていくらしい。向こうも色々とあるだろうから、簡単ではなさそうだ」
とりあえずは前に向かったということだな。
結果がどうであれ、俺達はそれを元に交渉することになるだろう。後はニライカナイという国全体での足並みがそろうかどうかになる。
その辺りの交渉は長老に頼ることになりそうだ。
このまま、飲まされ続けるんじゃないかと心配してたんだが、夕食前に3人が帰って行った。当座の役割をしっかりこなすということになるんだろう。
ネコ族は、正直者であると同時に、まじめな連中ばかりだからね。
詐欺師には天国なんだろうけど、そんな人物はやってこないし、商船の乗員もそれは常に気を配っているに違いない。
ニライカナイの版図内の航行を独占しているわけではないのだ。そのような取引を行ったが最後、その王国が許可した商船には誰も足を向けないだろうからね。
夕食時になっても、オルバスさんは帰って来なかった。各舟に行って、それぞれ得意とする漁場とその状況を聞いているんだろう。
「まったく困った人にゃ」
「それだけ氏族を考えての事にゃ。20年もすれば良い長老候補にゃ」
候補という人達もいるんだ! 思わずナツミさんと顔を見合わせてしまった。
2千人に届きそうな人口だからなぁ。いろんな役目を負った人達がいるんだろう。それを統括する組織もやはり必要になるだろう。
簡単に漁協を長老達に説明すると、耳をそばだてて聞いていたから、その取り組みを請け負った人物もいるんだろうな。
「グリナスさん。氏族の版図を離れた漁場の調査を行うそうですよ。6隻の仲間を集めておくように言いつかりました」
「俺とアオイは確定だな。ネイザンさんにも声を掛けねば怒られそうだ。あと3人は、俺の仲までいいんだな?」
「ネイザンさんの仲間もいるでしょう。その辺りはグリナスさんとネイザンさんで調整してください。1、2隻の増加は許容できると思いますよ」
「漁場までの距離がある時は2家族で1つのカタマランに乗るにゃ。アオイのところにはリジィとマリンダを乗せればいいにゃ」
「そういうことか! それもネイザンさんと考えてみるよ。昼夜を通して船を進めるってことだね」
あの家形にハンモックが4つ吊るせるんだろうか? 後で確認しておこう。
食料だって、15日分は必要だろう。それはリードル漁が終わったところで調達することになるのかな?
水の容器も必要になってくる。トリマランでは東の果てを見てみようと考えてたぐらいだから、早めに1個買い込んでも良さそうだな。
「それでどうやって漁場を調べるんだ?」
「乾季ですから、素潜りをすれば分かるんじゃないですか? 大物を期待したいですね」
「となると、銛は大型用ってことか! しばらく使ってなかったからなぁ。リードル漁の合間に研いでおかないと笑われそうだ」
ちょっとした冒険には違いない。
獲物がそれほど獲れるとは思えないけど、俺達が新たな漁場を開拓できれば、それだけ氏族の漁獲が上がるだろうし、近場の漁場の資源枯渇を防止することにも繋がる。
それに、ネコ族の連中は、そんな冒険が大好きみたいだ。
トリティさんまで嬉しそうな表情でリジィさんと話をしているし、ナツミさんもカリンさんやナリッサさんと操船の話で盛り上がってるんだよな。




